36 合同訓練開始
「そんな事があったのですね……」
またも食堂で会ったスカーレットとオリビアに、今回の経緯を話した。
襲撃の後、駆けつけてきた兵士達に事情を話している内に時間が過ぎ、学校に着く頃には昼になっていた。
私は「休むか?」と聞いたが、二人は頑として拒んだ。
それだけ、今日に懸ける意気込みが強いのだろう。
その心の強さは立派だ。
「アリス……大丈夫ですの?」
「うん、大丈夫だから」
そう言うアリスの顔色は悪い。
強がって見せても、やはりコンディションに影響が出ているな。
シオンは瞑想でもするように気を落ち着かせているが、それでも万全ではなさそうだ。
授業開始まであと少ししかないが、それまでに少しでも回復してくれる事を祈るしかない。
……それと、少し予定を変更した方がいいかもな。
「とりあえず、二人とも何か食べとけ。腹が減っては戦はできぬ。
だが、食べ過ぎるなよ。満腹は動きを鈍らせるし、戦闘中に吐いたら目も当てられんからな」
「はい」
「……食事中に吐くとか言うな」
そうして、私達は学食を取りに行ってモソモソと食べ始めた。
さっき言った事を加味して、食事はサンドイッチが一つと飲み物だけだ。
二人とも、少し進みは遅いが普通に食べられている。
食欲があるのなら、思ったよりは平気そうだな。
「で、さっきの襲撃に関してだが……お前はどう見る、スカーレット?」
「そうですわね……」
スカーレットが顎に手を当てながらそう呟いた時、オリビアがスッと懐からある魔道具を取り出して、机の上に置いた。
風の魔法で周囲の音を遮断する、簡易式の盗聴防止魔道具だ。
気が利くな。
前回は使わなかったが……まあ、それは何か理由があったんだろう。
たとえば、あえてあの会話を周囲に聞かせる事で、クソ虫との敵対を大々的に周知させる為とか、そんな感じの理由が。
「まず襲撃者の正体ですが、アクロイド家の手の者である可能性が一番高いでしょうね。
聞いた話ですと、かなり杜撰な襲撃だったようですし、それで得をするのはフォルテくらいしか考えられませんわ」
「だろうな」
むしろ、それ以外の可能性があるのかという次元の話だ。
「しかし……少し不可解ですわね」
「む? 何がだ?」
「白昼堂々ナイトソード家の馬車を狙うという行動そのものがです。
それを行ったという証拠が出てくれば、いくらなんでも追及を免れませんし、そうでなくとも疑惑は深く残り続けます。
政治的に見れば、今回の事件は王家やナイトソード家を本格的に敵に回す愚行なのですわ」
……言われてみれば、その通りかもしれんが。
じゃあ、なんだ?
つまり、どういう事だ?
「そんな愚かな事を公爵ともあろう者がするとは思えませんが……では、他に何か目的が……? アクロイド家の仕業に見せかけて、他の誰かがやったという可能性もなくは……いえ、しかし……」
スカーレットが自分の世界に行ってしまった。
傍目から見ても、高速で頭を回転させているのがわかる。
よし、任せておこう。
頭脳労働は苦手だ。
こういうのは、できる奴に任せるのが最善だろう。
ややあって、スカーレットは顔を上げた。
「……ふぅ。わたくし一人で考えていても埒が明きませんわね。
詳しい事は情報を集めてから改めて考える事にいたします。
それよりも今は……」
「ああ。直接対決の方が大事だろう。わかっている」
細かい理屈捏ね回すのは苦手だが、今やらなければならない事くらいはわかる。
クソ虫を真っ向勝負で叩き潰す事。
これが最優先であり、決定事項だ。
「アリス、シオン、行けるか?」
「……はい。これくらいで折れる程、弱くはないつもりです」
「俺もだ。あまり見くびるな」
そうか。
たとえ、アリス達が戦えなかったとしても、私一人で戦いに赴くつもりだったが、この調子なら大丈夫そうだな。
正直、まだ心配ではある。
だが、そんな事を言っていては何もできない。
今は、二人を信じる。
そして、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
この後は、すぐに午後の授業が始まる。
例の合同訓練は午後の始め。
つまり、この後すぐだ。
「よし! 行くぞ!」
「はい!」
「ああ!」
「ご武運を!」
そうして、私達は決戦の場へと赴いた。
◆◆◆
合同訓練が行われる決戦の場は、第二訓練場。
少し前に、アリスと私が戦ったあの場所だ。
アリスにとっては、強敵相手に全力を出し尽くして戦うという事を既に経験した場所。
決戦の場としては悪くないだろう。
「やあ、アリス」
そして、そこに奴はいた。
他の二年生達に交ざる、不快な異物。
我らが宿敵、クソ虫ことフォルテ・アクロイド。
「聞いたよ。大変だったそうじゃないか。無理せずに休んでいた方がいいんじゃないかな?」
白々しい!
よくもまあ、ぬけぬけと!
クソ虫は心配そうな顔を作ってはいるが、目が笑っているし、声も言葉とは裏腹にへばりつくような気持ち悪さがある。
確信した。
犯人はこいつだ!
「そこ、私語は慎みなさい」
「おっと。これは失礼しました」
教師であるユーリの言葉には素直に従い、クソ虫は一旦引いた。
決めた。
あいつは徹底的に潰す。
情けも容赦も拘りも捨ててぶっ潰す。
今、そう決めた。
「では、これより一年A組と二年A組による合同訓練を開始するわ。
今日の目的は相互理解。お互いの実力を確かめる意味で、一対一の試合を行います。
双方の合意さえあれば、誰が何度戦おうと構わないわ。
二年生は、一年生に胸を貸すつもりで戦いなさい」
『はい!』
この一見まともな事言ってるように感じるユーリの言葉だが、当然、私達の目的をサポートする為の方便である。
ユーリは、教師としての権限を私的な目的で使う事に少し難色を示したが、最終的に背に腹は変えられないという事で協力してくれた。
これで、クソ虫が不様に逃走さえしなければ、私達は全員が奴と戦う事ができるという訳だ!
お前が虐げた者と元剣神の怒り、存分にその身で味わうがいい!
「じゃあ、最初は……」
「私が行こう」
前に出ようとしたアリスを手で制し、私が手を上げた。
アリスとシオンが驚いた顔で私を見る。
事前に決めた予定と違うからな。
だが、ここは押し通す。
「二人とも、悪いが、ここは私に任せてくれ。私が先陣を切る」
鋭い視線で二人を見ながら、私はそう宣言する。
目的は一つだ。
まずは私が確実な勝利を手にし、強引に流れを引き寄せる。
本来ならまず二人に任せるつもりだったが、今の二人は不調だ。
まずクソ虫と精神面で対等になるには、私が最初に勝って勢いを味方に付けるしかない。
「……わかりました。頑張ってください、リンネちゃん!」
「俺達の出番を奪うんだ。情けない真似はするなよ」
「もちろんだ。━━必ず勝ってくる」
二人もそれをわかっているのか、否定せずに送り出してくれた。
他のクラスメイト達も、何かを察しているのか、私に一番手を譲ってくれた。
その想いには、死んでも答える。
「一年生は決まりのようね。では、二年生は……」
「勝負だ。フォルテ・アクロイド」
ユーリの言葉を遮り、クソ虫を指差して宣言する。
高位貴族に対する割りと無礼な行いに、他の生徒達がざわめいた。
「貴様ぁ! フォルテ様に対して無礼にも程があるぞ!」
「黙れ」
「ヒィ!?」
なんか見た事あるような奴が絡んできたが、殺気を叩きつけて黙らせる。
よく見たら、前にいた取り巻き三匹の中の一匹じゃないか。
相変わらずの小虫だ。
「構わないよ。僕が出よう」
「フォルテ様!? しかし……」
「いいんだよ。身の程を知らない一年生を教育してあげるのも、先輩としての役目さ」
「ハッ!? その通りです! さすが、フォルテ様!」
なにやら寸劇じみたやり取りがあったが、なんにせよ、向こうも戦う気はあるらしい。
好都合だ。
そして、お互いに試合開始地点に立ち、訓練用の木剣を手に向き合う。
私達の周囲を、結界が包み込んだ。
「準備はいいわね? では、始め!」
ユーリが試合の開始を宣言した。
クソ虫は動かない。
……どういうつもりだ?
「来ないのか?」
「先手は譲ってあげるよ。後輩くん」
「そうか。ならば、遠慮なく行かせてもらおう」
その瞬間、私は高出力の闘気を纏い、それを脚に集中した。
「神脚」
本気の踏み込みで地面が凹み、私は一瞬にしてクソ虫との間合いを詰めた。
そして、木剣の一撃を、クソ虫の木剣に向けて打ち込む。
「ッ!?」
「どうした? 戦場で剣を落とすなんて、剣士として失格だぞ。早く拾え」
公衆の面前で恥をかいたクソ虫の顔が、羞恥と怒りで歪む。
ハハハ!
いい気味だ!
「なめるな!」
即座に木剣を拾い、クソ虫は私から距離を取った。
そして、魔法を発動させる。
「風纏い!」
クソ虫は、闘気の上から風の鎧を纏った。
あれは鎧であると同時に、術者の動きをサポートし、その速度を大きく引き上げる移動補助の魔法。
たしか、そこそこ習得の難しい魔法だった筈だ。
「風神・槍牙!」
その状態でクソ虫が突進してくる。
確かに速い。
技のキレも悪くはない。
だが、私よりは圧倒的に遅い。
繰り出された突きを軽くかわし、続く連撃もことごとく防ぐ。
クソ虫の顔が驚愕に歪んだ。
「何故だ!? 何故、当たらない!?」
「お前が弱いからだろう」
「グハッ!?」
そう言いながら、クソ虫の腹を木剣で叩く。
踞ったところを足で蹴り飛ばし、再び距離が空いた。
「飛剣・風刃!」
「飛剣!」
「ぐっ……!? そんな……馬鹿な……!?」
クソ虫の放った風の刃を飛剣で迎撃し、逆に押し返して吹き飛ばした。
「トルネードウィンド!」
「飛剣・嵐!」
次は大風の魔法。
これも押し返して粉砕する。
そして、再び神脚で距離を詰めた。
「ッ!? 来るなぁ!」
「遅い」
迎撃に繰り出された剣は、あまりにも遅い。
劣勢に追い詰められてからの立て直しが、全くと言っていい程できていない。
格下をいたぶる事しかできないのか、こいつは?
……醜い。
「神速剣・五月雨!」
「ぐぁああああああああ!」
怒涛の連続斬りで、クソ虫の全身を滅多打ちにする。
「神速剣・重槍牙!」
「ぐぅうううううううう!」
次は連続の刺突。
最後の突きでクソ虫の体を吹き飛ばし、地面に這いつくばらせた。
「痛い……痛い……」
「惨めな」
こいつには、私だけではなく、アリスやシオンの剣を受け止める義務がある。
故に、この一戦で潰れないように加減はした。
それなのに、この体たらく。
いくら強くとも、根性のない奴は酷く脆い。
「私の勝ちだ。フォルテ・アクロイド」
「それまで。勝者、リンネ」
結界が解除され、ユーリが静かに試合の終了を宣言した。
そして、ユーリがクソ虫に近づき、嫌そうな顔で治癒の魔法をかける。
周囲の反応は様々だ。
驚愕する者。
奇声を上げながらクソ虫に駆け寄る者。
ボロ雑巾になったクソ虫を半笑いで見つめる者。
とりあえず、クソ虫の面子を叩き潰す事はできたようだな。
「こんな……馬鹿な事が……あっていい筈がない……! クソ……!」
そして、少し回復したクソ虫は、小声で自分の名前を叫びながら、怨嗟の目で私を睨み付けていた。
なんだ、まだ元気そうじゃないか。
安心したぞ。
「お前ぇ! 覚えていろ! 僕を敵に回した事を後悔させてやる!」
「……何が覚えていろだ。まさか、これで終わりだとでも思っているのか?」
私が殺気を籠めて睨み返すと、トラウマでも刻まれたのか、クソ虫は顔を青くして冷や汗をかいた。
いい気味だ。
もっともっと追い詰めてやりたくなる。
だが、それをやるのは私ではない。
「ここからが本番だ」
そう言い残して、私は一年生の所へと戻る。
そして、そこで待っていたアリスの肩を叩く。
「行けるか?」
「はい」
「そうか。頑張れ」
「はい!」
私と入れ替わるように、アリスが前へと進み出る。
その背中は、なんだか頼もしく見えた。
「アクロイドさん。あなたに勝負を申し込みます」
そうして、アリスは凛とした声で、クソ虫に勝負を申し込んだ。




