35 非道の刺客
マグマとの話し合いは終わった。
実に有意義な情報を得られたものだ。
強大な敵がいると認識するだけでも、気が引き締まるからな。
まあ、その強大な敵と戦うのはまだ先だ。
まずは目先の敵に集中するべし。
つまり、クソ虫死すべし慈悲はないという事だな。
実にわかりやすくて良い。
「……なあ、さっきから気になってたんだが」
私が席を立ってアリス達の所に戻ろうとした時、マグマが窓の外を見ながらポツリと呟いた。
「アリスと一緒にいるあの小僧……もしかして、ヨハンの倅か?」
「む、ヨハンさんを知ってるのか?」
予想外のところからヨハンさんの名前が出てきた。
あー、いや、そういえばヨハンさんは元近衛騎士って言ってたな。
なら、騎士団長のマグマと面識があってもおかしくないのか。
「爺が、さん付けだと……!? ヨハンの奴、何やったんだ!?」
「故郷で剣の練習相手になってもらってた。ある意味、今の私の師匠と言えなくもないかもな」
そう考えると、ヨハンさんにとってマグマは孫弟子か?
いや、ヨハンさんに師事したのほ、あくまでリンネであってエドガーじゃないから違うか。
もしそうだったら、マグマとの上下関係逆転でおもしろかったんだが。
「そ、そうか。まあ、なんにせよ田舎で上手くやれてるみたいだな。安心したぜ」
そう言うマグマは、本当にホッとしたような顔をしていた。
……思ったよりも、ヨハンさんと深い関係だったのか、こいつ?
「あいつら親子には悪い事をしちまったからな……。
嫁が死んで消沈するヨハンをフォローしてやる事もできず、アクロイドの馬鹿を止める事もできなかった。
部下を守れない。上司としても、騎士団長としても失格だ。
俺はあいつらに、結構な負い目があるんだよ」
私の疑問が顔に出ていたのか、マグマは後悔するような顔で語ってくれた。
負い目か。
ヨハンさんは、別に上司を恨んでる感じではなかったがな。
まあ、それとこれとは別か。
この様子だと、マグマは最善を尽くしたんだろうが、力不足だったのは結果が物語っている。
この直情馬鹿なら、そりゃ負い目の一つも感じるか。
「そう思うなら、息子に罪滅ぼしでもしてきたらどうだ?
ちょうど、今は元凶を潰す為の特訓中だしな。
アリスのついでにシオンを鍛えてやると良い。
負い目があるなら、行動で精算してこい」
「……そうだな。幸い今日は時間がある。一肌脱いでくるか」
そうして、マグマが特別講師に加わった。
困惑するシオンに向かって頭を下げ、その後は頼れる兄貴的なポジションに収まって指導を開始してした。
私としてはシオンよりもアリスを優先してほしいところだが……まあ、ここは何も言うまい。
アリスを無視してる訳でもないし、それに珍しい事にシオンがマグマになついたからな。
なんでも、マグマはひねくれる前のシオンと面識があったらしく、シオンはその頃の事を覚えていたのだ。
とにかく、マグマの加入によって、特訓は更に有意義なものとなったのだった。
◆◆◆
そして、必修科目以外の試験をサボりながら特訓する事、五日。
遂に秘密特訓は終了した。
明日は、来るべき合同訓練の日だ。
正直、五日程度で上がった力など高が知れている。
だが、それでもクソ虫対策だけは殺す気で詰め込んだし、アリス達は死ぬ気で覚えた。
ことクソ虫に対する対応力だけは、大きく向上した筈だ。
あとは、己の努力を信じて全てを出し切るのみ。
「よし! 行くぞ、アリス、シオン!」
「はい!」
「ああ」
緊張した面持ちの二人と共に馬車に乗り込む。
何故、シオンまで緊張しているのかというと、当然、シオンもクソ虫と戦う予定だからだ。
今回の目的はクソ虫を叩き潰す事であり、できればそれをアリスにやらせて、クソ虫の言い分を完全否定する事。
だが、いくら対策を練ったとはいえ、実力差は明白であり、アリスが敗北する可能性もまた高い。
その場合は、誰かが代わりにクソ虫を叩きのめし、最低限、奴の面子だけでも潰す必要がある。
実力的には私がやるのが一番だが、心情的に考えると二番手はシオンだ。
私達の中で、奴に対して一番怒りを抱いているのはシオンなのだから。
それも当然。
なにせ、私達の中ではクソ虫による最大の被害者がシオンだ。
優先順位では、現在進行形で被害を受けているアリスが上にくるが、次に戦う権利がシオンにはある。
せっかくの合法的に恨みを晴らせるチャンスなのだ。
なんなら、アリスが勝った場合でも、ダメ押しとばかりに連戦を挑んでボコボコにすべきだろう。
その場合は、もちろん最終的に私も戦う。
アリスを追い詰め、シオンを傷付けた罪、存分にその身で償えクソ虫ぃ。
そうして、気合い十分な私達を乗せた馬車が、騎士学校に向けて出発する。
例の授業は午後からだが、出発は朝一だ。
不慮の事故で遅れでもしたら洒落にならないからな。
つまり、今日は他の授業も受けなければならないという事だ。
私のテンションが少しだけ下がった。
「!」
そんな、戦意の中に少しだけ憂鬱の混ざった複雑な気持ちを抱えていた時、私の野生の勘が危険を感知した。
次の瞬間、馬の嘶きが聞こえて馬車が止まる。
「なんだ?」
「なんでしょう?」
「警戒!」
私は車内の二人に短く警告を発しつつ、馬車の扉を蹴り開けて外に出る。
そこでは黒装束に身を包んだ連中が、白昼堂々、ナイトソード家の馬車に襲撃をかけていた。
数は十人弱。
既に御者の執事と、隣に乗っていた護衛の番兵が剣を抜いて応戦している。
「敵襲だ! 二人とも、馬車の中から出るな! その状態で警戒!」
貴族の馬車は特注品だ。
馬車自体が並みの攻撃魔法を弾く魔道具である。
これに籠ってさえいれば、乗り込まれない限りは安全。
そんな事を考えながら、私は剣を振るい、容赦なく襲撃者どもを真っ二つにしていく。
こいつら、そんなに強くない。
正直、馬車を守りながらでも、護衛の二人だけでなんとかなるレベルだ。
だが、念には念を。
何かが起こる前に、迅速に処理する。
「攻ノ型・一閃!」
「ヒッ……!?」
私に襲いかかろうとした襲撃者の首をはねる。
愚かな事に、襲撃者は向こうから襲ってきたくせに怯えていた。
戦場で臆せば命を持っていかれる。
襲撃者は、最期の瞬間を恐怖に身をすくませるという愚行で潰しながら、命を落とした。
他の奴も同様に始末する。
飛脚によって高速で駆け、流れるように殺していく。
首をはねる、胴を薙ぐ、顔を突き刺す。
そうして死体を量産していった。
「!」
不意に、背後から炎の矢が飛んできた。
結構な練度の魔法!
他の襲撃者どもとは比較にならん!
その魔法を剣で叩き落とし、魔法が飛んできた方向を見る。
そこには、普通の街人の格好をしながら、私に向かって短杖を向ける女の姿があった。
しかし、そいつはすぐに身を翻して去っていく。
チッ。
民衆に紛れて逃げたか。
民衆達は現在、街中で突然に始まった殺し合いに驚いてパニック状態だ。
その混乱に乗じて逃げるのは、然程難しくない。
それでも追おうと思えば追えるが……やめといた方が良いだろうな。
あくまでも、アリス達の安全が最優先。
去る者を追って馬車の側を離れる訳にはいかない。
代わりに、他の襲撃者どもを即行で殲滅する。
護衛が何人か斬ってくれた事もあり、戦闘開始から十秒としない内に、逃げた奴以外の襲撃者は全滅した。
だが、最後の一人はあえて生かしている。
こういう輩はできれば生け捕りにし、黒幕の情報を吐かせるのがセオリーだ。
「ヒィ!? やめろ! 来るなぁ!」
「もう抵抗しても無駄だ。お前は兵士に突き出す。死にたくなければ、そこでキリキリと情報を吐くんだな」
「嫌だ! 嫌だぁああああ!」
武器を持っていた腕を斬り落とされ、恐怖で半狂乱になった最後の一人は、腰を抜かしながらズリズリと後退している。
そんなに怯えるなら、最初から襲撃なんてするなし。
「死にたくねぇ! 死にたくねぇよぉ!」
「往生際が悪……!?」
そこで、私は異変に気づいた。
襲撃者の腹の中に魔力が集中している。
最初は魔法でも使うつもりかと思ったが、違う。
この現象には見覚えがある。
「そいつから離れろ!」
「あああああああああああああああああ!」
私が警告を発した直後、悲鳴を上げる襲撃者の腹が、異様なまでに膨れ上がる。
そしてすぐに、━━破裂した。
爆炎が、王都の一角を吹き飛ばす。
「一閃!」
それを剣の一振りで斬り裂き、どうにか馬車だけは守りきった。
元々、民衆も殺し合いの場から逃げていたので、巻き込まれた奴もいない。
だが……襲撃者の体は、見るも無残に爆散してしまった。
その成れの果てである、焼け爛れた手足や生首が周囲に散らばっている。
「リンネさん、今のは……?」
「……腹の中に爆発の魔道具を仕込まれてたんだろうな。
人間爆弾。昔、帝国の狂った部隊がよく使ってた手だ」
もっとも、そいつらは自爆の瞬間ですら悲鳴一つ上げなかったがな。
今回のは、誰かが連中と似たような発想で作った、使い捨ての部隊ってところか。
あの様子を見るに、多分、あの襲撃者は、捕まりそうになったら自爆しろという命令に縛られていたんだろう。
故に、即死した奴は爆発しない。
死人が魔道具を発動させる事はできないからな。
おそらく、道連れ狙いというよりは、口封じが目的の自爆だ。
……胸糞悪い事しやがって。
「お前ら、片方は屋敷に戻って報告してこい。もう片方はここで私達と共に待機だ。少しすれば兵士が駆けつけて来るだろう」
「「了解!」」
指示を出せば、元部下二人は迅速に動いてくれた。
御者をやってた使用人の方が屋敷に駆け戻り、護衛の番兵はここに残る。
こいつら、なんだかんだで優秀なんだよな。
周囲を警戒する番兵を尻目に、私は馬車の中に戻る。
アリスの様子が気になったからだ。
そしたら、案の定、アリスは顔を青くして、シオンに背中を撫でられていた。
「アリス。人が死ぬのを見るのは初めてか?」
「……はい」
「そうか……。すぐにとは言わないが、慣れろ。騎士を目指すなら、避けては通れない道だ」
「はい……」
そうして、私はシオンからアリスを受け取り、優しく抱き締めて頭を撫でた。
今のアリスにはメンタルケアが必要だ。
私だって初めて人が死んだのを見た時は辛かった。
まあ、私が初めて人死にを見たのは、前世の故郷が滅びた時だ。
厳密に言えば、アリスが感じている気持ちとは少し違うだろう。
それでも、完全に共感する事はできなくとも、慰める事はできる。
「…………」
そして、シオンはそんなアリスを心配そうに見守っていた。
私は目線でシオンに感謝を伝えた。
そんなシオンも、少し顔色が悪い。
冒険者時代に盗賊とかを殺した事はあるが、あんな悲惨な死に様を見るのはシオンも初めてだからな。
そんな状態でアリスを優先してくれた事に感謝しよう。
……それにしても。
今回の襲撃の目的が二人の精神を乱す事だとすれば、やってくれたとしか言えんな。
確実に午後の授業に響くだろうし、場合によっては欠席だ。
こんな事をして得をする奴なんて一人しか思い浮かばんぞ。
クソ虫ぃ……ここまでやるか!
本当に手段を選ばんな!
クソを通り越して鬼畜の諸行だ。
絶対に許さん!
だが、それでも今はアリスが優先だ。
私は忸怩たる思いを内心に封じ込め、ただただアリスの頭を撫で続けた。
◆◆◆
リンネ達を襲った襲撃者の一人。
魔法攻撃を放った女は、現場を離脱した後、服装を変えているかもしれない追っ手を巻き、裏路地を通りながらとある貴族の屋敷へと帰還した。
その屋敷は、何を隠そうアクロイド公爵家の別邸。
自らの領地を持つアクロイド家が、王都に住まうにあたって作られた豪邸である。
女は、そこに住まう己の主の下へと帰還し、膝をつきながら今回の件を報告した。
「ほぉ、襲撃は失敗しましたか」
「ハッ。天才剣士は想定以上の手練れでした」
「ふぅむ。所詮は平民と侮り過ぎましたかね。まあ、戦果は大して期待していなかったから別に構いませんが」
報告を聞くのは、でっぷりと太った肥満体の中年男性。
人を人とも思っていない腐った貴族。
彼こそがアクロイド家当主、ピエール・アクロイドであった。
「さぁて、おねだりを聞いてあげましたし、力も与えてやったのですから、負ける事は許しませんよ、フォルテ。
我がアクロイド家に、無能はいらないのですから」
そして、ピエールは興味を失ったかのように「下がりなさい」と命じ、女を下がらせた。
その顔に、実の息子へとかける期待も、情も、何もありはしない。
フォルテに対するピエールの思いは一つ。
自分の役に立つか否か。それだけだ。
立てば良し。
立たねば、それはただのゴミ。
奴隷紋を刻み、無理矢理に働かせて使い捨てにした手駒と何も変わらない。
それがピエール・アクロイドという男の、醜く腐りきった考え方であった。
そんな裏に潜む者の思惑をも乗せた、戦いの時はすぐそこにまで迫っていた。




