34 『炎剣』のマグマ
投稿時間ミスりました。
やってしまった……。
マグマ・プロミネンス。
別名、『炎剣』のマグマ。
グラディウス王国最高戦力『三剣士』の一人。
同時に、建国期から王国を支える大貴族、プロミネンス公爵家の現当主であり、更に王国騎士団の団長でもある。
プロミネンス家は武の家系。
代々の当主が、家宝であり十剣の一つでもある『炎剣イフリート』と共に王国騎士団長の役職を継いできたのだ。
そんな、血筋も実力も持っている偉大な男が……
「この、クソ爺がぁああああ!」
現在、いたいけな幼女に向かって拳を振り上げていた。
事案である。
◆◆◆
マグマが遠征から帰って来た。
それを私が知ったのは、アリス達の秘密特訓二日目の事だった。
仕事の合間に様子を見に来たアレクが教えてくれた。
ちなみに、アレクは私と違って真っ当に貴族としての仕事をこなしているので、地味に忙しいのだ。
クソ虫の実家を潰す作業も、大半はアレクの仕事だしな。
なんでも、クソ虫の実家は権威と歴史だけが取り柄の家であり、現在は腐りきって不正や横暴のオンパレードをしているから、時間さえ掛ければ正攻法で潰せるそうだ。
クソ虫家の横暴を見るに見かねた王家まで参戦している為、陥落は時間の問題だと聞いた。
だが、相手は腐っても公爵家。
当然、一筋縄ではいかない。
故に、アレクは忙しい。
とはいえ、社畜生活五十年以上の大ベテラン、トーマスがサポートに付いているので、目を回す程の忙しさではない。
ちゃんと休憩が取れるホワイトな職場となっている。
その休憩時間で娘の指導ができるレベルだ。
父親に構ってもらえて、アリスは喜んでいた。
娘の相手ができて、アレクも喜んでいた。
親子だなぁ。
二人とも似たような悩み抱えてたし、本当にこいつらは似ている。
心底そう思った。
話が逸れたな。
今はマグマの話だ。
奴が帰還したのであれば、当初の予定通り私の正体を明かす必要がある。
それに関して異論はない。
元々そのつもりだったし、アレクにもユーリにもアリスにも使用人軍団にも教えたんだ。
あいつだけ仲間外れにするつもりはないからな。
という訳で、マグマ帰還の翌日、メアリーにお使いを頼んで、マグマをナイトソード家に連れて来てもらった。
当日じゃないのは、まず国王とかに遠征の成果を報告するが先で、マグマが忙しかったからだな。
そして、本日。
アリスとシオンが限界を迎えてぶっ倒れ、私の時間に空きが出来たベストなタイミングで、マグマはやって来た。
早速、馬車から降りてきたところを狙って声をかける。
「久しぶりだな、マグマ!」
「……誰だ?」
私は失望した。
久しぶりに再会した馬鹿弟子は、師匠の顔も忘れるような薄情者になっていたのだ。
残念だ。
非常に残念だ。
昔は男気に溢れた熱血馬鹿だったというのに。
まあ、冗談はさておき。
これはあれだな。
まだ私の情報がマグマに伝わっていないのだろう。
外でおいそれと話せる内容でもないし、仕方がない。
「……なんだ、その責めるような目は?」
だが、せっかくだ。
そういう事なら、少しからかってやろう。
「失望の目だ! 私にあんな事をしておいて、まさか忘れるとは! とんだクズ野郎だな! 女の敵め!」
「おい!? 人聞きの悪い事言うんじゃねぇ!
なんだ!? 俺はお前に何をしたんだ!? 待ってろ! 今、思い出す!」
私の発言に加えて、近くにいた使用人軍団に白い目を向けられ、マグマは額に手を当てて必死に考え出した。
きっと、ありもしない記憶を探っているのだろう。
いやぁ、相変わらず馬鹿はからかいやすくて楽しいな。
そして、使用人軍団よ。
咄嗟に私のノリに合わせるとは、やるではないか。
いつの間に、そんな空気が読めるようになったんだ?
「マグマさん……まさか、リンネさんに手を出すなんて」
「変態」
「ロリコンどころの騒ぎじゃねぇな」
「なんと、おぞましい……」
「死ねばいいのに」
このノリの良さよ。
使用人軍団は、まるでゴミを見るような目をマグマに向けていた。
迫真の演技だな。
唯一、メアリーだけはため息を吐いているが。
さて、からかうのはこれくらいにしておくか。
「なんてな。冗談だ、冗談。半分くらいは。そんな真剣に悩まなくてもいいぞ」
「……お前、今の冗談は洒落にならねぇぞ。初対面の男に向かって何やってんだ」
お?
いつもなら、ここでブチギレるんだが、マグマは疲れたようにため息を吐くだけだ。
これは、私がいない間に成長したという事か?
あの直情馬鹿が大人になって……!
実に感慨深いな。
「だが、失望したのは少しだけ本当だぞ。師匠の顔を忘れるとは何事だ、この馬鹿弟子が」
「なんだ、そりゃ? また、からかってるつもりか?
ていうか、マジで誰だよ、お前? アリスの新しい友達か?」
む?
信じていないな、この馬鹿弟子が。
よかろう。
そういう事なら、私にも考えがある。
「あれは、良く晴れた日の昼下がりの事だった~」
「おい、いきなりどうした?」
「私が庭で弟子二人をしごいていた時、レドラに連れられて生意気そうな少年がやって来た。
レドラは言った。「私の孫だ! こいつも鍛えてやってくれ!」と」
私は、マグマと出会った時の出来事を歌うように語り出した。
ここからが、おもしろい話なのだ。
「元上司の頼み。別に断る理由もなかったので、私は普通に受け入れた。
だが、しか~し、ここで少年は思いもよらぬ行動に出た~」
「おい、やめろ! その先はやめろぉ!」
マグマが顔色を変えた。
だが、やめてやらない。
大声で続ける。
「ませた少年は、庭先で懸命に剣を振る白銀の美少女に一目惚れ~。
出会って最初に言った言葉は、「俺と結婚してくれ!」だった~。
それに対して少女は答えた。「失せなさいデカブツ。あなた、体臭がキツイのよ」と。
実に辛辣! その後、すぐに少女の内面を知って幻滅し、少年の初恋は終わった~。
そして、その出来事は長年に渡ってネタにされ続け、私がおもしろ半分で吟遊詩人に話したら、尾ひれが付きまくって拡散され、哀れ国中の笑い者に~。
あれは実に愉快であ……」
「黙れ! この、クソ爺がぁああああ!」
この日。
グラディウス王国の英雄『炎剣』のマグマは、いたいけな幼女に手を上げた。
それは、紛れもない事案であった。
◆◆◆
マグマの拳をヒラリと避け、仲裁に入ったメアリーによってマグマは沈静化された。
その後、アレクの執務室まで行き、事情を説明。
この間、アリスとシオンには二人で試合をしているように言っておいた。
「話はよくわかった。ようするに、クソ爺の亡霊が舞い戻ってきた訳か」
「亡霊とは失礼な。今の私は可憐な美少女リンネだ。リンネさんと呼べ」
「何が可憐な美少女だ、気色悪い。てめぇなんぞ呼び捨てで十分だ、リンネ」
さっきの出来事を根に持っているのか、マグマはめっちゃ不機嫌だった。
だが、私がエドガーだという事は、もはや疑っていないらしい。
呼び捨ては、まあ、許してやろう。
ユーリもそうだったし、こいつらが私に敬意を払ってないのは今さらだしな。
「で、王都に帰って早々、アクロイドの倅に喧嘩を売り、今はアリスを鍛えていると……。
相変わらず、周りを振り回しやがって」
「反省も後悔もしていない! あのクソ虫は一度徹底的に叩く必要がある。
これでも、暗殺に走らなかっただけ自重したんだぞ」
「それに関して文句はねぇよ。スカーレットの奴もお冠だったからな。むしろ、良い機会だろう。
だが、考えなしに行動すんのはやめろって話だ」
「いや、私だってそれなりに考えたぞ?」
「どうだか」
マグマが疑うような目で睨み付けてくる。
失礼な奴め。
「まあ、この話はここまでにしよう、マグマ。リンネさんも勝算があるみたいだし」
「ふん。まあ、なんにせよ気をつけろよ。アクロイドの連中は手段を選ばねぇ。試合前に一服盛るくらいは普通にしてくると思え」
「それ、ユーリにも言われたな。安心しろ。私はそういうのにも敏感だ」
これでも元侯爵。
闇討ちや暗殺、毒殺の類いには常に気を配っている。
世直しの旅(笑)のせいもあって、結構恨みを買ってたからな。
生まれ変わっても、その癖は抜けていない。
「じゃあ、次の話だな。お前が帰ってきたら聞こうと思ってた事がある」
「なんだ?」
「お前の遠征の成果だよ。例の謎の魔物どもに関して知りたい」
私の目が真剣さを増した事に気づいたのだろう。
マグマもまた眼光が鋭くなった。
「……そうか。そういやリンネってのは噂の『天才剣士』の名前だったな。連中の事を知りたがるのも道理か」
マグマがポツリと呟く。
馬鹿のくせに鋭い。
まあ、こいつは所謂、頭の良い馬鹿だから不思議はない。
「わかった。どこから知りたい?」
「全部だ」
「だろうな。説明する。アレクも聞け。こいつは、下手すりゃ王国全土を揺るがす情報だ。王国最強の騎士として耳に入れとけ」
「……わかった」
そうして、マグマは語り出した。
あの事件の真相。
そこに繋がる情報を。
「結論から言うぞ。まだ推測に過ぎねぇが、━━あの魔物どもは十中八九、人災だ。
連中を操り、王国に攻撃を仕掛けてる黒幕が存在する可能性が高ぇ」
「なっ!?」
アレクが驚愕の声を上げた。
一方、私はどこか納得していた。
奴らを自然現象と思うよりは、黒幕がいると言われた方がよっぽど説得力がある。
あれだけ強力な魔物どもが、単体で現れて暴れるならともかく、徒党を組んで街を襲撃するなんて、普通の魔物の生態から考えると、どう考えてもおかしいからな。
「俺は今回、あの魔物どもが多く出現する何ヵ所かの場所へ調査に赴いた。学者連中と一緒にな。
結果は完全に空振り。迷宮を探ろうが、森を探ろうが、山を探ろうが、何一つとして手掛かりは出てこなかった。
学者連中は、揃いも揃って「突然現れたとしか思えない」これしか言わねぇ」
駄目じゃねぇか。
「だが、それはいくらなんでもおかしい。自然現象なら、必ず何かしらは情報が出てくる筈だ。
それがねぇって事は、人為的に情報が消されてる可能性が非常に高い。
そこで、俺達は調査方針を変えた。
どうすれば人為的にあの現象を起こせるか。
それを徹底して調べた」
ふむふむ。
それで?
「結果は、わからないだ」
駄目じゃねぇか!
「睨むな。話はまだ終わってねぇ。
こっちに関しては、少しは情報が入ったし、推測も立てられた。
まず、魔物が突然現れる現象に関しては、空間魔法で飛ばされたんじゃねぇかって説が有力だ。
で、肝心の魔物どもをどうやって操ってるかだが……」
マグマはそこで溜める。
室内に緊張が走った。
「学者連中がある魔法の情報を掴んできた。
━━死霊魔法。
その名の通り、アンデッド系のモンスターを作り出して使役する、闇魔法の禁術だ」
闇魔法……か。
嫌な奴を連想する魔法だ。
しかし、闇魔法使いがアンデッド……少し違和感があるな。
「だが、それも確定じゃねぇ。
調べたとこ、死霊魔法で作れるのは普通のゾンビだけって話だ。生前と同じ力を持ったアンデッドなんて作れねぇ。
しかも、理論上ゾンビ一体作って維持するだけで馬鹿みてぇな魔力を消費する。
王国全土に出現するだけの膨大な数を動かすとなると……」
「その特殊なアンデッドを作れる術者が数人、いや、数十人はいる事になるのか……現実的じゃないな」
「その通りだ、アレク。しかも、そいつらを支援する空間魔法使いが最低でも一人はいるって事になる。
自分で言っといてなんだが、そんな集団がいるとは思えねぇ」
だろうな。
そもそも、闇属性の適性持ちは万人に一人。
それに、闇魔法というのは、全魔法属性の中で最強の攻撃力を誇る。
ぶっちゃけ、わざわざゾンビ作るより普通に戦ってた方がよっぽど強いのだ。
それを捨ててゾンビ作りに走る変人は少数だろうよ。
少なくとも、私なら絶対にやらん。
「だが、これ以外の推測となると、もっと突拍子もねぇ事になる。
アンデッドを生み出す迷宮を制御したとか、僅か数人でこれだけの事ができる、規格外の魔力を持った闇魔法使いが複数人いるとかだ」
まあ、そうなるか。
そうなってくると、もう推測なんて無意味だな。
だが……
「だがな。一つだけ確実に言える事がある。
得体の知れない強大な敵がいて、そいつらが王国を狙ってる可能性が高いって事だ。
それだけは絶対に忘れるな」
「ああ、わかってる」
「……肝に命じておこう」
帝国による侵略戦争が終わってから数十年。
王国は平和を維持してきた。
少なくとも、あれ以来戦争は起こっていない。
だが、今回の敵は強い。
強くてデカい。
シャムシールを襲撃してきた戦力は、戦争をしに来たと言っても過言じゃない規模だった。
そんなもんを平気で使い潰してくる敵がいる。
下手すれば、巻き起こるだろう。
もう一度、国を揺るがす戦争が。
あの地獄の時間が、再びやってくるかもしれない。
その時、私はどうするのか?
決まっている。
大切なものを守る為に、剣を取って戦う。
それが私の生き様だ。
来るべき戦いの時に備えて、私は覚悟という名の刃を研いだ。




