30 初登校
城から帰って来た後の時間は、前にメアリーが言っていた使用人一同とのふれあいタイムに費やされ、もみくちゃにされてる内に一日が終わった。
私にメイド服を着せようとしてきた奴らは何なんだ?
私、お前らの親代わりみたいなもんだぞ?
親にメイド服着せようとすんなし。
いや、最終的には着たが。
そして、それを見たユーリに、絶対零度の視線で睨み付けられたが。
そんなこんなで翌日。
使用人一同に別れを告げ、朝一の馬車でユーリと共に学校へと向かった。
遂にやってきたのだ。
私の初登校の日が!
という事で、校門でユーリと別れた後、まずはシオンの部屋へとやって来た。
ここに私の荷物があるって話だったからな。
その荷物の中に制服もあったので、遠慮なくシオンの部屋の真ん中で着替えた。
恥じらいとかは一切ないのだ。
そうして着替え終わった制服姿を鏡で見て確認し、
「ほう! 中々に可愛いではないか。シオンはどう思う?」
「凄まじいな。躊躇なくスカートを履くお前の神経が」
シオンに意見を求めたら、そんな答えが返ってきた。
そうじゃなくて、もっと容姿に関する客観的な意見が聞きたかったんだが。
騎士学校の制服はカッコいい。
女子の制服は、そこに可愛いが追加されてカッコ可愛い。
母譲りの美貌を持つ私がこれを装備すれば、その可愛さはアリスにすら並ぶだろう。
その事実を他人の口からも聞きたかったのだが、シオンでは無理か。
こいつは、私の事を女として見ていないからな。
まあ、女として見られても困るが。
だからといって、まるで昨日のユーリのような絶対零度の目で見られるのも納得がいかん。
何がそんなに気に食わんのだ?
ユーリもお前も。
「嬉々として女装する剣神エドガー……幻滅だ」
「? おかしな事を言う奴だな。
今の私は美少女剣士リンネだ。美少女がスカートを履いて何が悪い?」
「……はぁ。もういい。もういいから、早く女子寮に行ってくれ。
これ以上、人の幻想を壊すな」
そうして、私は部屋からつまみ出されてしまった。
全くもって失礼な奴だな。
だが、まあ、もうすぐ始業の時間だ。
口論している暇もないし、今回は見逃してやろう。
その後、女子寮にある私に与えられた部屋に荷物を置き、校舎へと向かった。
初登校である。
本当はアリスと一緒に行きたかったのだが、私とした事がアリスの部屋がどこにあるのか聞き忘れた。
仕方ないので、今日は一人で登校だ。
部屋に関しては、校内でアリスを見つけて聞き出そう。
そして、私が登校する頃には、他の生徒達もまた登校を始めていた。
白い制服を着て、腰に剣を差した騎士候補生達。
彼らの大半が十代後半であり、二十を越えていそうな奴は殆どいない。
これにも、たしか理由があった筈だ。
なんだったか。
騎士を目指す為に勉強や鍛練のみに集中できるのが二十くらいまでで、それを過ぎたら他の仕事で食っていかねばならないからとか、そんな感じの理由だった気がする。
あとは、騎士候補生の半数くらいを占める貴族の子女を、親が学校に送り出すのがそのくらいの年齢なんだったか?
細かい事は忘れた。
だが、一つ言える事があるとすれば、そのくらいの年頃の少年少女達の中で、頭一つ分小さい私は少し浮くという事だ。
実際は、前世まで計算に入れると、逆の意味で頭一つ分どころではなく浮いているのだが、それを知る生徒はいない。
二人くらいしかいない。
なら、問題はないな。
そのまま通学の波に乗り、自分のクラスへとやって来た。
私のクラスは、一年A組だ。
その扉を開けて中に入る。
そして、とある席へ向かって弾丸のように飛翔した。
「ア~リス~!」
「わっ!? リンネちゃん!?」
その席に座っていた、我が愛しの孫娘に抱き着く。
アリスと同じクラスだというのは、一昨日の食事会の時に聞いていた。
アリスと一緒の学園生活。
ここは天国か!
「あれは天才剣士!? 何故、アリス様になついている!?」
「手懐けたのか? さすがアリス様」
「尊い……美少女と美幼女尊い……」
なんか、外野が騒がしいが無視だ。
「はぁ……。朝から騒がしい」
と、そこで、もう一人知ってる奴がいる事に気づいた。
「シオン。お前も一緒のクラスだったのか」
「……一応伝えておいた筈だが、そうか、聞いていなかったな」
聞いていなかった。
いつ言った?
食事会の時か?
あの時はアリスに夢中だったから、他の事を気にする余裕などなかったのだ。
「お?」
そんな事を考えていたら、ゴーンゴーンという鐘の音が近くから聞こえてきた。
多分、学校の中心に設置されてたやつだろう。
定刻になると自動で鳴る魔道具の鐘だったか。
たしか、この鐘が授業開始の合図だった筈だ。
という事は、
「そこ。鐘が鳴ったら自分の席に戻りなさい」
鐘が鳴っている最中、教室の扉を開けて一人の女がやって来た。
こうして来るという事は、こいつがこのクラスの担任なのだろう。
思いっきり知ってる顔だったが。
「ユーリ! お前が担任か!」
「ええ、そうよ。わかったら自分の席に戻りなさい。
あなた、実技はともかく筆記試験は落第寸前だったのだから、不真面目な態度を取るようなら退学させるわよ」
「ぐはっ!?」
ユーリの口撃によって、私は計り知れないダメージを受けた。
そうか……落第寸前だったか……。
自分でも薄々そうじゃないかとは思っていたが、アリスの前で言われるとダメージが大きい。
孫の前でカッコ悪いところを見せてしまった。
……真面目に勉強するか。
私は、とぼとぼとした足取りで、自分の席に座った。
あ、荷物置くの忘れてた。
「では、ホームルームを始めます」
そうして、ようやく私の学園生活が始まったのだった。
◆◆◆
ホームルームを終え、いくつかの授業を乗り切り、休み時間になった。
「つ、疲れた……」
「お、お疲れ様です」
「リンネが真面目に授業を受けるとはな。明日は槍でも降ってきそうだ」
黙れ、シオン。
そう言いたいが、反論する元気もない。
最初の授業と次の授業は座学だった。
しかも、私が一番苦手で興味も持てない、数学や地理の授業。
地理に関しては世直しの旅(笑)の経験をなんとか活かせたが、より専門的な内容になると付いて行けない。
グラディウス王国の隣に聖アルカディア教国があり、更に王国と教国をはじめとしたいくつかの国と隣接するように、巨大なディザスロード帝国がある。
更に、その周辺に中小規模の国々が点在してるという基礎知識まではなんとかなったが、
その周辺諸国の名前を上げろだとか、国内の領地の名前と特色を答えろだとか言われると、もう無理だ。
旅の経験?
そんなもん、フワッとしか覚えてないに決まってるだろ!
大して役にも立たなかったわ!
そして、数学に至っては普通に苦手だ。
この時点で、もう頭痛がした。
だが、まだ悪夢は始まったばかりであった。
その次の授業は、座学以上に興味の持てない礼儀作法の授業だった。
騎士は下級とはいえ貴族の一員。
つまり、こういう授業も当然ある。
しかし、私だって元侯爵だ。
昔、トーマスとかに叩き込まれたおかげで、礼儀作法も最低限はこなせる。
そう。
最低限は。
だが、それでは駄目だった。
教師にめっちゃ駄目出しを食らい、動きを修正され続け、疲れ果てた。
肉体的にではなく精神的に。
あまりに精神が荒んだせいで、私と同じで平民出身のくせにシレッと完璧にこなしていたシオンに殺意が湧いたレベルだ。
あの野郎、ヨハンさんに習ってやがったからな。
それでも、他の平民出身の生徒達は私と同レベルの奴も多かったので、赤っ恥をかくという程ではなかったのが救いか。
周囲の生暖かい視線が多少気になったが。
なんだ「ドジっ娘幼女尊い……」って。
喧嘩売ってんのか?
そうして、私は授業の度に疲れ果て、アリスに癒しを求めて抱き着き、なんとか気力を充電しているのが現状だ。
若干、学校に来た事自体を後悔したが、私はまだ大丈夫だ!
アリスがいれば乗り越えられる!
まあ、そのアリスは、私とは比べ物にならないくらい優等生だがな!
聞けば、アリスもまた特別生なのだそうだ。
私みたいに戦闘力でゴリ押ししたタイプではなく、純粋に様々な分野で優秀な成績を修めた正統派の特別生。
おじいちゃんは鼻が高いぞ。
ならば、私も負けてはいられん!
次は私のターンだ!
「よし! 充電完了! 行くぞ!」
「お、おー……」
「はぁ……」
次の授業は戦闘訓練!
そう!
私の唯一の得意分野!
優秀な孫に良いところを見せる機会がようやくやってきたのだ!
張り切って行くぞ!
その為に、まずは更衣室で運動服に着替えを……
「ん? どうした、アリス?」
「え、え~と……リンネちゃんは普通に女子更衣室使うんですね……」
ああ、そういう事か。
「安心しろ。小娘どもに興味はないし、私は一途だからな。変な事はしないと誓おう」
「……わかりました。信じます」
フッ。
そんな事を気にするとは、アリスもお年頃だな。
まあ、そんなアリスの為にも、とっとと着替えて先に出ておくか。
更衣室に入った瞬間、私は躊躇なく即行で制服を脱ぎ捨てた。
◆◆◆
そうして着替えた後は、授業が行われる訓練場へ直行。
入学試験が行われた場所とよく似た所へとやって来た。
ここは第二訓練場というらしい。
おそらく、似たような施設が学校中にあるのだろう。
「揃ったわね。それでは、これより戦闘訓練を開始するわ」
A組が勢揃いしたのを見て、教官のユーリがそう言った。
どうやら、戦闘はユーリが教えるらしい。
今さらだが、王国最高戦力に指導を受けられるというのは贅沢な事だな。
いや、元王国最高戦力も騎士団や兵士達に、たまに指導はしてたが。
まあ、本格的な修行をつけたのは弟子どもだけだがな。
他は、軽い手解きといったレベルだ。
「さて、今日は入学後初めての戦闘訓練という事で、あなた達の現時点での実力を見極めさせてもらうわ。
まずは、適当に二人組を作りなさい」
その言葉を聞いた瞬間、私は迷わずアリスの手を取った。
渡さぬ。
この役は誰にも渡さぬ。
アリスも、苦笑しながら受け入れてくれた。
ちなみに、A組は全部で二十人なので、仲間外れが出る事はない。
友達作りが苦手なシオンも安心だ。
「組んだわね。それじゃあ、そのペアで試合を行ってもらうわ。
木剣を使った一本勝負。
目的は教師が見る事だから、試合は一組ずつ順番ね」
「なん……だと……!?」
アリスと戦わねばならんのか!?
いや、だが、これも愛の鞭!
アリスだって騎士候補生。
つまり、騎士を目指しているのだ。
ならば、こういう場で甘やかすべきではない。
甘やかされて騎士になっても、死ぬだけだ。
だったら、弟子どもにしたのと同じように、真剣に相手をして鍛えてやる事こそが愛!
堪えろリンネ!
ここは心を鬼にする時なのだ!
「アリス……厳しく行くぞ」
「! はい!」
私の気迫を感じ取ったのか、アリスがとてつもなく真剣な顔で答えた。
よし。
私も覚悟を決めた。
可愛い可愛いアリスを容赦なく叩きのめし、弟子どもを超える最強の剣士へと育て上げるのだ!
「あれ……? なんでしょう、寒気が……?」
アリスがポツリとそう呟いた。
寒いか?
私は熱いぞ。
この心は使命感で燃え滾っている!
「……嫌な予感がするわね」
ユーリが何か言ったような気がしたが、小声すぎて、よく聞こえなかった。
その後、試合はつつがなく進行。
入学試験の時と同じように、試合は結界の中で行われるので、派手な魔法を使おうとも、シオンが無双しようとも、外への被害はなし。
怪我人が出れば、ユーリの治癒魔法で回復させられる。
そして、一試合終えるごとに、ユーリは手元のノートに何やら書き込んでいた。
真面目に教師をやっているようだ。
そして、遂に私達の番がやってきた。
腰に差してある真剣を置き、木剣を手にしてアリスと向かい合う。
私からすれば、孫娘との特別な戦い。
他の生徒から見ても、特別生同士の注目の試合だ。
場の緊張感は高まっていく。
「リンネちゃん……胸をお借りします! 全力で行かせてもらいますよ!」
「いいだろう! かかって来い、アリス!」
お互いに油断なく木剣を構え、そして……
「では、始め!」
ユーリの合図と同時に、試合が始まった。




