29 国王
アリスとの楽しい食事会の翌日。
アリスとシオンは朝一の馬車で学校に戻り、アレクとトーマスとメアリーも、それぞれの仕事に戻った。
ただ、ユーリだけは今日も有休を取っている。
私もアリス達と一緒に学校に行くつもりだったが、突然入った予定のせいでキャンセルだ。
ユーリと私が学校を休んだ理由。
それは、予想外に早くセッティングされた、王家との会談が理由である。
「おー。久しぶりに近くで見るとデカく感じるな」
「あなたの背が縮んだせいでしょう」
現在。
私とユーリは、この王都の中心にある巨大な城、王城シルバーソードの前に来ていた。
トーマスの仕事が早すぎるせいだ。
さすが、いつも私に仕事を押し付けられていた社畜の鑑。
まあ、それにしても王家側の対応が早すぎると思うが。
たまたまスケジュールに余裕があったのか、それとも無理矢理ねじ込んだのか。
どっちでもいいな。
ちなみに、現在の時刻は正午だ。
いかに仕事の早い連中でも、昨日の今日で朝一からというのはさすがに無理だったらしい。
その空いた時間で、私はどうしてもやっておきたかった事をやれたから良かったが。
あと、午前中に治癒魔法をかけまくられたおかげで、包帯が取れたな。
おかげで、王城に来ても、そこまで奇異の目で見られずに済んでいる。
まあ、三剣士が幼女連れて来てる時点で、だいぶ目立ってはいるが。
「お待ちしておりました、ユーリ様。此方へどうぞ」
「ええ」
そうして城の中に入ると、あらかじめ待機していた騎士の一人(制服から見て、近衛騎士団)に小部屋まで案内された。
密会だからな。
謁見の間で堂々とやる訳にもいかない。
「こちらです。国王様も間もなくいらっしゃいます。しばらく、お待ちください」
「わかったわ」
「それでは、お連れの方。剣をお預かりいたします」
「ん? ああ、そうだったな。ほれ」
腰に差していた剣を騎士に渡す。
普通に考えて、国王と会わせるのに武装を許す訳がない。
例外は、前世の私や三剣士だけだ。
これは信用と実績の問題だな。
剣がないと落ち着かんなー。
なんて思いながら待つ事、少し。
小部屋の扉がノックされた。
「国王様がいらっしゃいました」
「どうぞ」
そう言って、ユーリが素っ気なく入室を許可すると、部屋の扉が開いた。
そこから、ユーリと同じ白銀の髪をした男が現れる。
こいつがグラディウス王国の国王。
この国の最高権力者。
シグルス・グラディウス。
「やあ。久しぶりだね、ユーリ」
「ご無沙汰しております、兄上」
そして、ユーリの兄でもある。
この生意気な馬鹿弟子が、珍しく敬語を使う相手だ。
いや、こいつ相手に敬語を使わなくていい奴など、この国にはほぼ存在しないだろうが。
……ふむ。敬語か。
よし。
ちょっと、からかってやろう。
「それで、君は……」
「はじめまして国王様。
私はリンネ。S級冒険者であり、現在は騎士学校の末席を汚させていただいております。
この度は、訳あってユーリ様にご同行させていただきました。
以後、よしなに」
「ああ、君が『天才剣士』か。噂は聞いているよ。こちらこそ、よろしく。
それと、今は非公式の場だ。
もう少し肩の力を抜いてくれていいよ」
「ハハァ!」
急に敬語を使い出した私を見て、ユーリが驚愕の表情をしていた。
どうした?
私だって敬語くらい使えるんだぞ。
昔、騎士になった時に、叩き込まれたからな。
「それで。今日は何の用件かな?
トーマスからは緊急の案件としか聞いていないんだけど」
「…………」
「ユーリ?」
「……ハッ。失礼しました。この世のものとは思えない光景を見て放心していたようです」
「う、うん?」
そこまでか。
私の敬語は、そこまでレアか。
まあ、そういえば、こいつらの前で使った事はなかったような気がする。
「では、率直に用件をお伝えします。
今日来たのは、私達の師こと、先代剣神エドガーに関しての事です」
「彼の御仁がどうかしたのかい? 亡くなってから随分経つけど、隠し子でも見つかったとか?」
おい、こら。
それだと、私が浮気したみたいだろうが!
冗談にしても笑えない。
ぶっ飛ばすぞ、お前。
「率直に言うと、先生は生まれ変わって帰って来ました」
「……ちょっと、何言ってるかわからないな」
「ちなみに、このリンネが先生の生まれ変わりです」
「待って。ちょっと待って」
「シグルスゥ。隠し子とは、言ってくれるじゃないか。あ゛ぁ?」
「……ドッキリかな?」
「残念ながら違います。神剣が反応しましたし、間違いないでしょう。現実を受け入れてください、兄上」
ちょっと殺気を籠めて睨み付けてやると、シグルスの顔がドンドン青くなっていった。
失言した自覚はあるらしい。
そこには、一国の王としての威厳など欠片も残ってはいなかった。
「あの、その、エドガー殿……」
「リンネさんと呼べ」
「リンネ様! 生意気言ってすいませんでした! どうかお許しを!」
シグルスはバッと椅子から立ち上がり、流れるように土下座した。
そこには、一国の王としての威厳など欠片も残ってはいなかった。
むしろ、こんなのが国王で大丈夫なのかと心配になる情けなさだけがあった。
だが、まあ、こいつがここまで下手に出るのは、私とフレアの二人だけだ。
私は昔、王族の権力で調子に乗ってたガキンチョ時代のこいつを脅威苦した事があるからな。
どうにも、それがトラウマになってるらしい。
なお、フレアに関しては、単純に尻に敷かれている。
「顔を上げろシグルス。
なぁに、私は優しいからなぁ。寛大な心で許してやろう。
それに、今は非公式の場だ。
もう少し肩の力を抜いていいぞ」
「ハハァ! ありがたき幸せ!」
む。
さっきの台詞をそのまま返して慌てさせてやろうと思ったんだが、これはガチで怯えてるな。
慌てる余裕すらないと見た。
ここまで脅かすつもりはなかったんだが……。
まあ、失言したこいつが悪いか。
だが、この態度を公式の場にまで引き摺るなよ。
絶対に面倒な事になるからな。
「兄上、その癖、まだ治っていなかったんですね。
それで、緊急の用件というのは、リンネの処遇に関する事なんですが……そろそろ、椅子に戻って真面目に話し合いましょうか」
「あ、ああ。そうだね」
そうして、シグルスは席に戻り、真面目な話し合いが始まった。
「それで、リンネ様。私に会いに来られたという事は、何かご用件がおありなのでしょうか?」
「いんや、別に。お前ら王家には話を通しておいた方がいいって言われたから来ただけだ。
私は前と同じように、細かい事はお前ら若い衆に任せて半隠居、じゃないな。今回は青春してるから、有事の際だけ頼れ」
「了解しました! 家族にも伝えておきます!」
「兄上。公式の場でその態度はやめてくださいね」
さて、伝える事はこれで終わりだな。
あとは、気になってた事聞いとくか。
「そういえば、二年前の魔物襲撃事件は知ってるか? シャムシールの領都を襲ったやつだ」
「え? いや、知ってはいますが……急に話が変わりましたね」
「私も現場にいたからな。ずっと気になってたんだ。
で、私の聞いた話だと、王都の学者連中が調べてるらしいが、何かわかったか?」
現状、あの事件の情報はドレイクからの又聞きでしか知らないからな。
できれば、もう少し正確な情報を知っておきたい。
頭脳労働は苦手だが、それでも知っているのといないのとでは、今後の対応に差が出る。
あの事件は、私をして頭に入れとかなければならないと思うような、不気味で不吉な事件だった。
そして、私の直感が言っている。
あれで終わりではないと。
「そうですね……。あれ以降、いえ、もっと前からですが。程度の差はあれど似たような魔物が王国各地で目撃されています。
それらの調査報告を纏めた資料ならありますが、お渡ししましょうか?」
「いや、そんなもん渡されてもわからん。要点だけかいつまんで話せ」
「ですよね。それに関しては、現在、マグマ率いる騎士団が大規模な調査に赴いています。報告は彼の帰還を待ってから聞かれるのがよろしいかと」
「ほう。そんな事になってたのか」
マグマが遠征中ってのは知ってたが、まさかあの事件の調査に行ってるとは思わなかった。
王国最高戦力の一角を送り出す辺り、国全体でもあの事件、というよりあの魔物どもを重く見てるって事か。
それが聞けただけでも収穫だな。
細かい話は、言われた通りマグマが帰って来てから聞こう。
「他には何かございますか?」
「他か……あ、そういやフレアはどうした? 姿が見えないが」
「彼女は、ジークと共に聖アルカディア教国へと外交に行っています。しばらくは帰って来ないでしょうね」
「なるほど。そりゃ寂しいな」
「ええ。本当に」
教国かー。
あそことは、昔から同盟国だったからな。
そりゃ、外交くらいするわな。
で、フレアは息子共々出国中と。
王族も大変そうだ。
「ちなみに、娘はどうした?」
「スカーレットですか? あの子は文官学校に通っていますよ。
たしか、アリスとも仲が良かった筈です」
お、そうなのか。
じゃあ、近い内に会いそうだな。
「もちろん、スカーレットにもリンネ様の事は伝えておきます。無礼のないようにさせますので」
「別に構わないがな。ちょっとくらい無礼でも。
昔のお前みたいに、権力に胡座かいて暴走でもしてない限りは、脅威苦も死導もしないから安心しろ」
アリスと仲が良いって事は、スカーレットも良い子なんだろ。
ん、待てよ。
前に城下町でアリスと一緒にいた子がスカーレットだったんじゃないか?
フレアと同じ赤髪だったし、可能性高そうだな。
仲良くなれそうだ。
「……それを聞いて、心底安心しました」
「……お前は私にビビりすぎだな。私の事を何だと思ってるんだ」
「あら、兄上にトラウマを植え付けたのを忘れたのかしら?
あの傲慢だった兄上が、『私は臣民の皆様がいなければ何もできないゴミ虫です。ゴミ虫が調子に乗っててすみませんでした』と死んだ目で語るようになった事件、私は忘れていないわよ」
「やめてくれ! それはトラウマなんだ!」
シグルスが頭を抱えて苦しみ出した。
そんなにか?
そんなトラウマになるような事したか?
ちょっと、護衛も装備も食料もない状態で、迷宮の奥底に拉致して数日間放置したりしただけだろうが。
他にも色々やったが、どれもこれも弟子どもに課した修行よりは軽い。
ここまでのトラウマになるようなもんじゃなかった筈だ。
「さて、兄上が壊れてしまったし、今日の会談はここまででいいかしら?
そろそろ、スケジュールが押してると思うのよね」
「ん? 私は構わないぞ。聞きたい事は聞けたしな」
「そう」
そうして、ユーリはテーブルの上にあった呼び鈴を鳴らした。
実は、この呼び鈴も魔道具であり、防音仕様の部屋の外にまで音が響くような仕掛けになっているのだ。
たしか、地味に高級品だったと思う。
その音を聞いて、外に待機していた近衛騎士が部屋へと入って来て、トラウマに悶えるシグルスを立たせて連行して行った。
国王に対する態度ではないが、まあ、こういう事はたまにあったからな。
慣れてるんだろう。
その後、私達は城の外に待機させておいた馬車に乗って屋敷へと帰った。
さーて、明日からは学校だ。
気合い入れていこう。
こうして、国王との密会は終わったのだった。




