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【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。  作者: 虎馬チキン
第2章 入学編

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26 シオンの入学初日

 騎士学校の入学式の日。

 宿に一人残されたシオンは、合格発表と同時に学校から支給された白の(・・)制服に着替え、いつものように腰に剣を差し、一人で騎士学校へと向かった。

 これからは学校の寮へと入るので、この宿ともお別れだ。

 シオンは荷物を纏めた。

 未だに帰らないリンネの分も含めて。


 そう、シオンの同行者であるリンネは未だに帰っていないのだ。 

 一週間程前。

 入学試験を終えた翌日に、「ちょっと、剣神の家を襲撃して来る」という、ふざけた事をぬかして宿を出て行ったきりである。

 その日からリンネは帰らず、代わりにリンネの使いを名乗る一人のメイドがシオンの元を訪ねて来た。

 

「あなたがシオンさんですね。リンネ様から手紙を預かっています。こちらをどうぞ」


 そう言ってメガネのメイドが差し出した手紙。

 そこには、確かにリンネ本人の汚い字で、こう書かれていた。


『シオンへ。


 お前がこの手紙を読んでいるという事は、私は既にこの世にはいないだろう。

 割りと冗談抜きでその可能性があるが、まあ、心配するな。

 大丈夫だ、多分。


 で、具体的な話をすると、私はこれから剣神に挑む事になった。

 冗談も手加減も抜きのガチバトルだ。

 死ぬ気はないが、最悪の場合は死ぬし、死なずとも大怪我くらいはするだろう。

 というか、この手紙が届いている時点で大怪我確定だ。

 おそらく、お前がこの手紙を読んでいる頃、私は治癒術師の世話になっている。


 という訳で、怪我がある程度治るまでは帰れないから、そのつもりでいてくれ。

 もしかしたら入学式にも間に合わないかもしれん。

 その場合は、寂しいだろうが一人で行ってくれ。

 くれぐれも、因縁のクソ貴族に会っても暴走するなよ。

 以上だ。

 健闘を祈る。


 リンネより。



 PS.試験に落ちてたとかだったら、すまんが一人で田舎に帰っててくれ』


 そんな、思わず読み始めた瞬間に握り潰したくなるような、ふざけた内容の手紙だったが、

 この手紙を運んで来たメイド曰く、この話は真実であるらしい。

 シオンは、ひとまずこの話を信じた。

 というのも、剣神の家、ナイトソード家の使用人を名乗るこのメイドが、物腰から見て相当な実力者であると見抜いたからだ。

 それこそ、剣神の部下を名乗るに相応しいと思える程に。

 加えて、リンネ直筆の手紙もあり、これが盛大なドッキリである可能性は低いと判断した。

 見舞いに来るかと聞かれたが、それは断った。

 こんな、王都に来て早々に大問題を起こした馬鹿の事など考えたくもない。



 シオンは、リンネの事を頭の片隅へと追いやり、騎士学校への道を急ぐ。


 学校に到着した後、まずはこれから世話になる寮へと向かった。

 騎士学校は三年制。

 つまり、何事もなければ、これから三年間世話になる場所だ。


 そしてこの寮、本来は二人部屋だが、入学試験で優秀な成績を残したシオンとリンネは特別生として優遇されており、二人部屋を一人で使う事ができる。

 シオンは、空いているベッドにリンネの荷物を適当に放り投げた。

 本当ならリンネに与えられた部屋に運んだ方が良いのだろうが、その部屋は当然ながら女子寮だ。

 女子寮は男子禁制。

 シオンは立ち入れないのである。

 一応、学校の職員に事情を話せば通してくれるかもしれないが、馬鹿の為にそこまでしてやる気など、シオンには更々なかった。



 荷物を置いて部屋にきちんと鍵をかけ、入学式が行われる会場へと向かう。

 まだ時間に余裕はあるが、時間厳守は騎士の基本だ。

 遅刻など、もってのほかである。

 ならば、早めに行動するくらいが丁度いい。

 シオンは、遅刻どころか初日から不登校をかます、どこぞの不良生徒(リンネ)とは違うのだ。


 そして、騎士学校の生徒ともなれば、シオンと同じく真面目な者が多いようで、彼が到着するよりも前に集まっている者はそれなりにいた。

 そこには、シオンと同じ白い制服を着た生徒の他に、黒い(・・)制服を着た生徒もいる。

 色の違いは、学校の違いである。

 白い制服が騎士学校の生徒。

 黒い制服は文官学校(・・・・)の生徒なのだ。

 その証拠に、白い制服を着た者だけが腰に剣を差して武装している。

 

 騎士学校と文官学校。

 正確には、王立騎士学校と王立文官学校。

 この二つの学校は、共に国を担う最も重要な人材を育成する機関であり、

 それ故に、相互の理解を深める為、同じ敷地を共有する程に深く繋がっている。

 それこそ、最早一つの学校と呼んでも差し支えないレベルだ。


 当然、そこまで深く繋がった両校は、入学式や卒業式など共通のイベントを合同で執り行う。

 つまり、この場には両校合わせた全ての一年生が出席する訳だ。

 この一人一人が、将来国を背負って立つ人材だというのだから凄まじい。

 まあ、中には、どこぞの馬鹿(リンネ)のように不参加を決め込んでいる不良生徒もいるのだろうが。


 そんな中にあって、シオンは知っている顔を見つけた。

 シオンが気づいたのと同時に、相手もシオンに気づいたようで、その少女は白銀の髪をふわりとなびかせて、シオンの方に振り向いた。


「あんたは……」

「あ、はい。お久しぶりです。試験には無事に合格されたみたいですね。おめでとうございます」


 そう言ってニコリと微笑む、可愛らしい少女。

 それは、王都に来た初日に出会った三人の少女の内の一人だった。

 リンネが珍しく真剣な顔で「仲良くしといた方が良いぞ」と言っていた相手。

 リンネの分析では、彼女達はかなり高位の貴族である可能性が高いそうだ。

 それは、シオンも薄々感じていたが、馬鹿(リンネ)に同じ事を言われたせいで一気に自信がなくなった。

 まあ、だからと言って、殊更に避けようという気もないのだが。


「あー……」


 同年代の女の子を相手に何を話せばいいのかわからず、シオンが言葉に詰まる。

 今までシオンが接してきた同年代の女といえば、馬鹿(リンネ)馬鹿(オスカー)妹みたいな奴(ラビ)だけだ。

 シオンは、まともな女の子と話す機会がなかった。

 ましてや、立場的には目上の貴族が相手。

 しかも、よく考えてみれば名前すら知らない相手。

 シオンが停止するのも無理はなかった。


「ああ、そういえば自己紹介を忘れていましたね。

 私はアリスと申します。あなたの名前は?」


 その沈黙をどう捉えたのか、少女、アリスが自己紹介を始めた。

 これは、シオンにとっても渡りに船である。

 可愛い女の子とお近づきになるチャンス、期せずして到来であった。


「シオンだ」

「シオンさんですね。改めて、よろしくお願いします」

「ああ」


 しかし、やはりシオンは素っ気ない態度しか取れない。

 まあ、シオンだから仕方あるまい。

 リンネ一行の中では常識人枠だったが、それは周りが馬鹿過ぎたせいで彼自身の欠点が目立たなかっただけ。

 シオンは元来、不器用な性格なのだ。

 リンネがいなければ、友達を作る事すらできなかったかもしれない。


 そうして、二人はぎこちないながら(主にシオンが)会話を続けた。

 幸いにして話題はあった。

 リンネが入学前から大問題を起こし、入学式を欠席した事。

 アリスの実家で、ちょっとした騒動が起こったらしい事。

 そういう細々とした世間話を続ける事ができた。


 ちなみに、アリスを高位の貴族と見て、シオンは敬語を使うべきかとも考えたが、他ならぬアリス自身に止められた。

 友達付き合いをするなら、必要ないだろうとの事だ。

 シオンとしてはその方が助かるが、おかしな貴族だとも思った。


 そうしている内に、入学式が始まる時間が近づいてくる。


 二人は、規則を重んじる騎士候補生らしく会話を切り上げ、式に集中した。

 丁度、話題も尽きてきたところなので、シオンにとってはベストなタイミングだったのかもしれない。


 そして、会場となった場所の壇上に、黒い制服を着た赤髪の少女が現れ、入学式が開始された。


「あ、スーちゃんだ」


 アリスが小さな声でポツリと呟く。

 彼女の言う通り、壇上に現れたのはシオンも知っている顔。

 シオン達をアリスの友達にしようと画策した、あの少女であった。

 その後ろには、あの護衛の少女も控えている。 

 何故、あんな場所にいるのか?

 シオンが不思議に思っていると、次の瞬間、彼女は驚くべき事を語り始めた。


「新入生の皆さん、はじめまして。

 わたくしは王立文官学校生徒会長、スカーレット・グラディウス(・・・・・・)と申します。

 以後、よろしくお願いいたしますわ」


 その自己紹介を聞いて、シオンは目を見開いて驚愕した。

 文官学校生徒会長。

 そんな立派な肩書きを持っていた事にも驚きだが、最大の驚きは彼女が名乗った名字だ。


 スカーレット・グラディウス。


 このグラディウス王国において、その名字を名乗れる者は一握りしかいない。

 王国の名を背負う者。

 それは、この国の頂点、王族(・・)のみである。

 彼女は、シオンの予想を遥かに上回る大物だった。

 そして、それはスカーレットをスーちゃんなどと気安く呼ぶアリスも同じだ。

 リンネの予想は見事に的中していた。

 シオンは信じられない思いだ。

 その六割は、リンネの予想が当たっていた事に対するものである。

 シオンの中で、リンネはそれ程にアホなのだ。


「あなた達は厳しい入学過程と試験を乗り越え、見事この王立学園に入学を果たした、選ばれし精鋭達ですわ。

 いずれは、あなた達がこの国を背負って立つ事になるでしょう。

 故に、その自覚をしっかりと持ち、立場に恥じない活躍を期待しています」


 シオンが愕然としている間にも、スカーレットのスピーチは続く。

 壇上に立つ彼女は、まさに上に立つ者、王族としてのカリスマ性に満ちており、その声にはとてつもない覇気があった。

 彼女は、自分で言った言葉を体現している。

 立場に全く恥じない活躍をしている。

 そんな彼女が語る言葉には、素晴らしい説得力があった。


「━━以上です。これにて、わたくしの挨拶を終わりますわ」


 そして、スピーチが終了した。

 誰からともなく拍手が巻き起こり、麗しき生徒会長を祝福する。


 その拍手に見送られながら、スカーレットは壇上を降り、続いて校長の長くてつまらない話が始まる。

 校長の話が長くてつまらないというのは、どこの学校でも変わらない常識に近い現象だ。

 だが、今回は特にその傾向が顕著だった。

 それはそうだろう。

 誰だって、おっさんの長々とした話よりも、麗しの美少女生徒会長の話を聞いていたいに決まっている。


 そんな校長の話もじきに終わり、入学式は終了した。

 この後は、それぞれの学校に別れ、各生徒会メンバーが軽く学校内を案内してくれる予定だ。

 つまり、スカーレットは文官学校の方へと行き、こちらには騎士学校の生徒会メンバーがやって来た訳だが……



 ━━その時、シオンは自分の視界が真っ赤に染まったような感覚に陥った。



「はじめまして。僕は騎士学校の生徒会長、フォルテ・アクロイドだ。よろしく」



 シオンは、騎士学校の生徒会長を名乗った、一見穏やかそうに話すこの男の顔面を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。


『平民上がりの息子のくせに!』


 昔、この男に言われた言葉が脳裏にフラッシュバックする。

 あの時よりも成長している。

 背が伸びている。

 声も変わっている。

 だが、シオンが見間違える筈がない。

 なにせ、自分達家族を壊しかけた相手の顔なのだから。


『どうせお前の母親も、騎士に尻尾を振るしか脳のない無能な平民だったんだろ!?』


 心の内で暴れる怒りに、必死の思いで蓋をする。

 今殴れば、前と同じ事になる。

 自分はおろか、尊敬する父をも巻き込んでしまったあの時と同じになる。

 シオンは、怒気を決して顔に出さず、完全に抑え込んでみせた。


「やあ、アリス」


 不快の権化が、シオンの隣にいたアリスを見て笑顔を浮かべた。

 おぞましい、吐き気のする笑みだ。

 少なくとも、シオンにはそう見えたし、アリスも顔をしかめている。

 

「……お久しぶりです、アクロイドさん。新入生の案内をしなくていいのですか?」

「勿論、仕事はするさ。でも、愛しの婚約者様(・・・・)の顔を見たら我慢できなくなってしまってね」


 フォルテがアリスの頬に手を添えた。

 条件反射なのか、アリスは身を固くしてしまっている。

 少なくとも、好意的な反応ではなかった。


「……正式には決定していないお話でしょう」

「そうだね。でも、時間の問題さ。

 僕以上に、君に相応しい男はいない」


 一見、イケメンと美少女の逢瀬に見える場面に、新入生達の一部が黄色い悲鳴を上げていた。

 一方、シオンは吐き気を堪えるのに必死だった。

 そして、シオンの中で急激にアリスへの仲間意識が芽生えていく。

 被害者の会的な発想である。


「おや?」


 その時、フォルテの視線がシオンに向いた。

 表面上は笑っているが、シオンにはわかる。

 今のフォルテは、虫を見るような目をしていた。

 昔と何も変わらない、平民を見下す視線であった。


「君は、噂の『雷剣』だね。会えて嬉しいよ。

 是非、仲良くしようじゃないか」

 

 ふざけるな死ね。

 シオンの内心を言葉にするのなら、これ以上適切な表現はないだろう。

 だが、シオンは殺意をなんとか飲み込み、握手を求めるように差し出されたフォルテの手を掴んだ。

 このまま握り潰したくなったのは言うまでもない。


「さて、じゃあ、学校案内を始めようか」






 その後、フォルテとその取り巻きである生徒会メンバーによる学校案内を受け、最悪の入学初日は終わった。

 そして、シオンが疲れた顔で寮の自室へ引き上げようとした時。


「お待ちください」


 シオンは、背後からかけられた声に呼び止められた。

 振り返ると、そこには……


「あんた……」

「ええ。またお会いしましたね、シオンさん」


 メガネをかけ、腰に剣を携えた、物腰の鋭いメイドが立っていた。

 そう。

 シオンにリンネからの手紙を届けた、剣神の使用人を名乗るあのメイドだ。


「何のご用ですか?」

「旦那様からのご命令です。あなたを当家へお連れするようにと申し付けられました。一緒に来てください」

「……は?」


 シオンの怒涛の一日は、まだ終わっていなかった。

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