25 『剣神』アレク・ナイトソード
トーマスにアレクの仕事を押し付け、メアリーにちょっとしたお使いを頼み、後顧の憂いをなくしてからやって来たのは、王都から少し離れた場所にある広大な草原。
ここは、かつて弟子どもと最後の戦いを繰り広げた場所。
前世の私が死んだ場所。
あの時の続きをするのに、これ以上相応しい場所はないだろう。
「さて、アレク。わざわざ剣を持って、こんな場所まで来た理由……言わなくてもわかるな?」
「……はい」
ならいい。
私はスラリと剣を抜いた。
神剣が、怖いくらいに手に馴染む。
そして、アレクもまた剣を抜いた。
それは、アレクが持っていたもう一本の剣。
『剛剣グラム』
神剣を除けば世界最強と称される十の魔剣『十剣』の一つ。
かつて、私が剣神になる前に振るい、後にアレクへと受け継がれた剣だ。
「……戦う前に、一つ聞く。
アレク、お前は剣神の称号に拘りでもあるのか?」
「え?」
「え? じゃないわ。自分が神剣に選ばれてないと言った時、妙に沈んだ顔をしただろうが。
なんだ? 剣神の名を継げなかった事が、そんなにショックか?」
アレクにジト目を向けながら問いただす。
こいつは名声や称号に執着するような奴じゃなかった筈だ。
「で、どうなんだ?」
「それは……ええ、ショックでしたよ」
そして、アレクは語りだした。
抱え込んでいたのであろう悩みを。
私に向かって吐き出した。
「俺は師匠に託されたのに……ユーリとマグマの二人にも勝って、認められて、二人からも次期剣神の座を、王国の守護神の座を任されたのに……それなのに俺は、どうしても神剣に認めてもらえなかった。
俺は剣神でなければいけないのに、皆に託されたのに、その使命を果たす事ができない。どこまで行っても偽物の剣神にしかなれない。……ショックでしたよ」
言い終えた後、アレクは弱々しい表情で項垂れた。
……そんな風に思ってやがったのか。
今のアレクは、自分で自分を追い詰めている。
それも無駄に。
まったく、この馬鹿は……
「アレク」
「はい……」
「この馬鹿弟子がぁ!」
「ぐはっ!」
とりあえず、全力でぶん殴っておいた。
アッパーカットだ。
それが顎にクリーンヒットし、アレクは数十メートル上空まで吹き飛ばされ、その後、重力に引かれて地面に落下した。
傷は浅い。
闘気のおかげだ。
「お前は、そんな事でウジウジ悩んでたのか!」
「そんな事って……」
「いいか、アレク! 私は確かにお前に、お前らに神剣と剣神の称号を託した!
だが、それにそこまで深い意味はないぞ! ただの遺品の一つとして受け取っとけ!」
ぶっちゃけ、人生の最期にそれっぽい事をしただけだ!
それを無駄に深刻に捉えやがって!
「そもそも、剣神が王国の守護神ってなんだ!? そう呼ばれてたのは知ってたが、元を正せば敵を殺してぶんどった称号だぞ!
守護神もクソもあるか! 剣神の称号を重く考え過ぎなんだよ、お前は!」
確かに、私は国を守りたいと思った。
そういう風に行動した。
だが、それはあくまでも私個人の思想だ。
それをお前が無理に受け継ぐ必要はない。
「というか、その悩みユーリとかには相談したのか?」
「いえ……情なくて誰にも話せてないです……」
「馬鹿野郎! 私は教えたよな! 困ったり辛かったりする時は、素直に他人を頼れと! 私が教えた中で一番重要な事を忘れおって!」
本当に、この馬鹿は……!
呆れて物も言えんわ。
「はぁ……。アレク、無駄に思い悩むな。
神剣に認められなかったくらいでお前を責めるような奴はいない。
というか、お前に継がせた張本人である私は、そこまで剣神の称号に拘りはない。
それで騒ぐのは、せいぜい、クソ貴族連中くらいだろ。そんなのは無視しろ、無視」
……さて、言いたい事は言った。
後はアレクの気持ちの問題だ。
「それで、お前はどうしたい? 剣神の名を継ぐのは、決して義務ではないぞ。
それでも欲しいか? 剣神の称号が。
それでも成りたいか? 世界最強の剣士に」
私はアレクに問う。
強制はしない。
私の跡など、継ぎたくなければ継がなくていい。
剣神の称号など、いらないなら捨ててしまえばいい。
だからこそ、問う。
これは、アレクの気持ちの問題だ。
そして、アレクは答えた。
「……はい。それでも俺は、剣神になりたい。
自分の意思で、師匠の後を継ぎたい。
今でも、そう思っています」
「そうか……」
ならば、もう何も言うまい。
無駄な重責は取り払った。
その上で決めたのなら、後は言葉の代わりに剣を交えるのみ。
「構えろ、アレク。最後の稽古の続きだ。
真の剣神になりたくば、私を倒して神剣を継承してみせろ」
「……はい!」
アレクが応じると同時に、私は闘気を全開にし、神剣の力を解放した。
神剣もまた、分類としては魔剣の一つ。
即ち、魔剣特有の擬似闘気を使う事ができる。
当然、その出力は世界最高だ。
「ぐっ……」
まだ解放しただけだというのに、凄まじい反動が私を襲う。
やはり、自分の闘気にすら耐えられない体で神剣を使うのは危険過ぎる。
全力で戦える時間は一分とないだろう。
だからこそ、その一分に全てを懸ける!
わざと負けてやるつもりはない!
「行くぞ!」
「はい!」
開幕速攻!
「神脚!」
初手から全力の神脚で距離を詰める。
全盛期には及ばないが、確実に老年期を超えた速度で突っ込む!
「神脚!」
それに対して、アレクは全く同じ戦法で応えた。
アレクは、三人の弟子の中で唯一、私の神速剣を継承している。
そして、今のアレクは最後に戦った時、20歳に満たない餓鬼だった頃より遥かに強い。
その結果……
「「神速剣・一閃!」」
ぶつけ合った初撃の威力は、全くの互角だった。
僅かにつばぜり合いをした後、互いに弾かれるように後退する。
そのまま様子見……なんて真似はしない。
時間がないんだ。
攻めて! 攻めて! 攻め続ける!
「神速剣・五月雨!」
目にも留まらぬ連続斬り!
神剣によって更に強化され、速さを増したこの技。
たとえ、防御の達人であるユーリであろうとも容易には捌き切れないだろう。
さあ、どう受ける!?
「神速剣・五月雨!」
「何ッ!?」
アレクは、真正面から同じ技で迎撃してきた。
連続攻撃に対して、寸分違わず剣を合わせて防いでくる。
マジか……!
五月雨同士で打ち合うならば、攻め手よりも、それに合わせなければならない受け手の方が、圧倒的に難易度が高い。
それを私相手にやるか!
しかも、隙あらば主導権を奪おうとしてくる!
こやつめ!
「ならば、これならどうだ!? 神脚乱舞!」
このままでは決め手に欠けると判断した私は、即座に離脱し、神脚によって上下左右前後に跳ね回る。
そして、四方八方からアレクへと斬りかかった。
「くっ……!」
アレクもまた神速で剣を振り、私の攻撃を防ぐ。
だが、朧を交えた複雑な動きを捉えきれず、体に小さな傷が増えていく。
いけそうだ。
このまま押しきる!
「神速剣・嵐!」
そんなジリ貧の状況を打開しようとしたのか、アレクが次の一手を打ってきた。
嵐は広範囲を衝撃波で吹き飛ばす技。
たしかに、捉えられない速度を相手に範囲攻撃は理にかなってはいる。
だが!
「それは悪手だろ!」
嵐や飛剣は、剣に纏わせている闘気の魔力を打ち出す技だ。
だが、この技には欠点がある。
斬撃を飛ばす為には、剣に魔力を集中させなければならない。
その工程を挟む分、他の技よりも遅いのだ。
無論、アレクの技量を持ってすれば、それでも相当速い事に違いはない。
だが、こと神速剣同士の戦いにおいて、この僅かな遅れは致命的な隙を生む。
技を繰り出す直前の隙を突き、私の剣がアレクの腕を斬り飛ばした。
切断されたアレクの左腕が、クルクルと宙を舞う。
しかし……
「ぐぁ……!? そういう事か!?」
その直後、まるで腕を斬り飛ばされる事を想定していたかのようにアレクは動き、
体を回転させながら残った右腕で剣を振るって、攻撃の直後に一瞬硬直した私の右足を斬り裂いて行った。
やられた……!
嵐を撃とうとしたのはフェイント。
私がその隙を突いて腕を落としに行くと予測し、腕を囮に使って、逆にカウンターを仕掛けてきやがった!
結果としてアレクは左腕を失ったが、私は右足を奪われた。
即ち、私の機動力を殺した。
読み合いはアレクの勝ちだ。
「神脚乱舞!」
そして、今度はアレクが私の周りを跳び回る。
立場逆転だ。
さっき有効だった攻撃が、そのまま私に返ってきた。
唯一の救いは、アレクも片腕になった事で剣速が低下した事だが、その分、神脚による加速力がある。
一方、足をやられた私は回避すら困難。
完全にアレクの優勢だ。
「ぐっ……!」
しかも、そろそろ体の限界も近い。
一分という短すぎるタイムリミットは、すぐそこにまで迫っていた。
……だからなんだ!
「まだだァ!」
私は最後まで全力で戦う。
全力で勝ちを目指す。
それが私のやり方だ!
「神速剣・槍牙!」
「がっ……!?」
全神経を集中し、針の穴を通すような精密な刺突で、アレクを捉える。
その突きが、アレクの脇腹を穿った。
「くっ……!」
だが、アレクは後ろに下がりながら反撃の一撃を繰り出した。
引き技の斬撃。
それを避けきれず、左目を斬り裂かれた。
「ハァアアア!」
後ろに下がったアレクが、すぐに態勢を立て直して再度突撃してくる。
「あああああ!」
私は、それを真っ向から迎え撃つ。
おそらく、これが最後の攻防になるだろう。
これ以上は体が持たない。
決着をつけるぞ、アレク!
「「神速剣……!」」
互いが技の構えを取る。
私は上段に剣を振り上げ、アレクは腰だめに剣を構えた。
そして、最後の一撃が放たれる。
「「一閃ッ!」」
選んだ技は、互いに同じ。
私は剣を振り下ろし、アレクは体を捻って抜刀術のように剣を振り抜いた。
私の剣がアレクの肩にめり込む。
それによって、アレクの剣は勢いを失った。
腕の根元を両断されれば、当然、腕は動かない。
だが、アレクは知った事かとばかりに、体の回転で強引に剣を振り切った。
その剣速は、━━私よりも速かった。
アレクは、私の剣がその体を斬り裂くよりも速く駆け抜け、私の腹に横一文字の傷を刻む。
傷は深い。
血がドクドクと溢れ出す。
体が動かない。
戦闘継続は、不可能だ。
「……見事だ」
最後にそれだけを口にして、私は倒れた。
戦闘の余波によって更地となり、剥き出しになった地面に倒れ込む。
地面に血が広がっていった。
「師匠!」
そこへアレクが走り寄り、私を抱き起こしながら、懐から回復薬を取り出して傷口へとぶちまける。
それによって僅かに傷が治り、血が止まった。
まあ、早急に治癒術師に見せなければ死ぬだろうが。
それでも、少しだけ話す余裕は生まれた。
「アレク、お前の勝ちだ。受け取れ……」
私は最後の力を振り絞って、アレクに神剣を差し出す。
前世の最後と同じ光景。
あの時と同じように、アレクは残った腕を震わせながら、神剣を受け取った。
そして、神剣は淡く光って形を変える。
飾り気のないショートソードから、少しだけ装飾のある直剣へと。
その形状は、アレクが最も扱いやすそうな形をしていた。
アレクは、神剣に認められたのだ。
「あの時は見届けられなかったが……今度こそ確かに見届けたぞ。
アレク……お前が次の『剣神』だ」
「はい……!」
アレクは、涙を流しながら何度も頷いた。
……剣神という称号について、その立場について、義務について、こいつなりに苦悩したのだろう。
深く深く悩んだのだろう。
その涙には、万感の想いが籠められているように感じた。
私はそんなアレクを、とても穏やかな気持ちで見詰めた。
「しかし……弟子に追い抜かれたら、もっと悔しいもんだと思ってたんだがな……」
なんだろうか。
悔しさは確かにある。
だが、それ以上に嬉しいという気持ちが勝るのだ。
不思議な感じだ。
負けず嫌いな私の思考とは思えない。
そんな益体もない事を考えている内に、意識が遠のいていった。
目が霞む。
どうやら無理をし過ぎたらしい。
酷く眠い。
今の私には、この微睡みに身を任せる事しかできない。
「師匠?」
今日は疲れた。
少し寝よう。
少し休もう。
それが良い。
「師匠!」
そんな、うるさいアレクの声を聞きながら、私は意識を落とした。




