21 王都
シオンと二人で旅をする事、一ヶ月と少し。
道中で盗賊に襲われたり、その盗賊を根絶やしにしたりといった些細なトラブルはあったが、最終的に、ほぼ予定通りの期間で王都へと到着した。
王都。
正確には、王都グラディウス。
それは、その名の通り、このグラディウス王国の中心であり、国内最大の街である。
かつて、私がドラゴン討伐を成し遂げた大きな街、領都シャムシールとは比べ物にならない大きさと賑わい。
単純な面積でも人口でも、シャムシールの十倍、二十倍では利かないだろう。
そして、そんな巨大な街を守る堅牢な城壁と、街を完全に覆い尽くす極大サイズの対魔法結界。
相変わらず、圧巻の眺めだな。
田舎者のベル達が見れば、放心していたかもしれん。
それにしても……
「ふむ。懐かしいな」
「それは俺の台詞だ。お前は来た事ないだろう」
私が懐かしさに浸っていたところで、シオンが余計なツッコミを入れてきた。
お前には私の前世を話していた筈だが、まだ信じていないのか。
まあ、いいだろう。
私が王都に来た目的の一つを考えれば、どうせすぐに真実を目の当たりにする事になるのだから。
王都の正門を抜け、私達の乗って来た乗合馬車が停留所に停車する。
門を潜る時に手続きが必要だったが、冒険者カードを見せたら一発だ。
なにせ、シオンはA級、私はS級。
どちらも一流の冒険者。
門番は、私達の年齢で侮る間抜けではなかったようで、快く通してくれたものだ。
というより、私の噂が王都にまで流れていた。
弱冠11歳にしてドラゴンを狩り、異例の若さでS級冒険者になった少女『天才剣士』リンネ、だそうだ。
私にもドレイクと同じで異名が付いたのは知っていたが、まさか王都にまで知られていたとは。
人間というのは、本当に噂話が好きだな。
ちなみに、シオンやベル達にも異名が付いたのだが、今は関係ないだろう。
馬車を降り、ここまで共に旅をした御者のおっちゃんと同行者達に別れを告げる。
そうして、私は久しぶりに、具体的に言うと13年ぶりに王都の地を踏んだのだった。
前世の私が死んでから、今の私に生まれ変わるまでのタイムラグは、ほぼなかったからな。
暦を見て確認したから、間違いない。
「さて、まずは宿でも取るか」
「いや、入学試験の手続きが先だ。行くぞ」
勝手知ったるといった様子で、シオンが歩き出す。
こいつは王都出身だし、騎士学校はシオンの父であるヨハンさんの母校だ。
場所は知っているんだろう。
ちなみに、私も知ってはいるが、ぶっちゃけ、うろ覚えだ。
前世では、学校に興味なんてなかったからな。
弟子どもをぶち込んだ事くらいしか接点もないし、街並みも私が知るものと大分違っていて、迷わずに行ける自信はない。
ここは、おとなしくシオンに付いて行くのが正解か。
……それにしても、宿を取るよりも先に学校へ向かうとは。
余程、待ちきれないと見た。
実に微笑ましい。
「……なんだ、その目は」
「微笑ましい若者を見る温かい目だ」
「馬鹿にしてるのか」
そんなやり取りをしつつ、騎士学校を目指す事しばらく。
私達は、よくわからない場所にいた。
「シオン、これはどういう事だ?」
「……俺の住んでいた頃とは、街並みが違う」
「なるほど、迷子になった訳か。そして馬鹿か」
「お前にだけは言われたくない。……おい、やめろ。その目で見るな」
私は、失敗した若者を見る温かい目でシオンを見た。
まさか、優秀なシオンがこんな初歩的なミスを犯すとは。
らしくもない。
柄にもなく緊張しているのか、なんなのか。
実に微笑ましい。
「シオンよ。人生の先輩として、一つアドバイスしてやろう」
「お前の方が年下だろうが」
「いいか? 困った時は変な意地を張らず、素直に人に聞くのが一番だ。
おーい! そこのお嬢ちゃん達!」
「え? あ、はい。なんでしょうか?」
「わたくし達ですの?」
「……」
私は、とりあえず一番近くにいた通行人に話しかけた。
シオンと同い年くらいの少女が三人。
内一人は、腰に剣を差して武装している。
……これ、お忍び中の貴族か何かじゃないか?
口調や雰囲気から高貴な感じがする。
それに、上手く気配を消しているが、この子達に話しかけた瞬間、周囲から複数人の視線を感じた。
おそらく、隠れた護衛がいるんだろう。
適当に話しかけたが、些か面倒な相手を選んでしまったかもしれん。
よく見れば、三人の内二人の少女は銀色の髪と赤い髪をしていて、どことなくユーリとマグマに似ている。
あいつらは、血筋的にはかなりの上級貴族だ。
その親戚か何かだとすれば、このお嬢ちゃん達も結構なお偉いさんという事になる。
となると、もう一人は付き添いの護衛だろうな。
「えっと……どうかしましたか?」
「ん? ああ」
まあ、別にいいか。
悪い子達ではなさそうだし、余程無礼な事でもしなければ問題ないだろう。
「すまんが、騎士学校がどこにあるのか教えてくれないか? ちょっと、この馬鹿のせいで道に迷ってしまってな」
「誰が馬鹿だ」
シオンのツッコミは華麗に無視する。
事実だろうが。
「騎士学校……もしかして、入学希望者の方ですか?」
「まあな」
銀髪の子の質問に軽く答える。
「あら。じゃあ、もし合格すれば、あなたの同級生ですわね。
ねぇ、あなた達。道は教えてあげますから、入学した時にもしよろしければ、この子のお友達になってくれません事?」
「ちょ!? スーちゃん!」
「ん? 別に構わないが。……その子は友達がいないのか?」
「そうなのですわ。わたくしや崇拝者みたいな連中はいるのですけれど、お友達となると中々……」
「スーちゃん!」
銀髪の子が、スーちゃんと呼ばれた赤髪の子を止める。
銀髪の子は、ちょっと涙目になっていた。
なるほど。
この子はボッチなのか。
それは気の毒に。
「わかった。そこのお嬢ちゃんは、私達が責任を持ってボッチから脱却させてやる。な、シオン」
「何故、俺まで……お前が勝手にやれ」
「何を言っている。迷子になったのはお前のせいだろうが。責任はしっかりと取れ」
「……チッ」
不満そうだな、シオンよ。
だが、これはどっちかというと、お前にとって必要な事なんだぞ。
高位の貴族と因縁があるお前にとって、同じ高位貴族との人脈は値千金の価値があるのだと何故気づかない?
「まあ、なんにせよ、よろしくお願いいたしますわ」
「うむ。任された」
「あわわ……話がドンドン纏まっていきます……」
銀髪の子があわあわ言っていたが、それでどうにかなる訳でもなく、話は纏まった。
というか、この慌て方、どことなくラビに似ているな。
和む。
「スー様……」
「あなたは黙っていなさいオリビア。心配しなくとも、考えあっての事ですわ」
「ハッ。失礼いたしました」
そして、赤髪のスーちゃんとやらは、苦言を呈そうとした護衛の少女を黙らせた。
……自分で言うのもなんだが、私達みたいな怪しい連中を友達にしようとか、この子もかなり大胆だな。
少なくとも、普通の貴族の感覚じゃねぇ。
やり手なのか、ただの馬鹿娘なのかはわからんが。
「では、案内しますわね。こちらですわ」
そうして、謎の少女達は、私達を騎士学校に案内してくれた後、華麗に去って行った。
なんでも、休日ショッピングの途中だったらしい。
あの銀髪の子の息抜きが目的だったそうだ。
そして、別れてから気づいたが、名前を聞くのを忘れた。
これでは再会するのが大変そうだ。
まあ、あの子達が本当に貴族なら、貴族らしく貴族の情報網でも使って、向こうから会いに来るだろう。
私が心配する必要はあるまい。
そのまま、今度は騎士学校の門番に話しかけ、入学試験を受けたい旨を伝えた。
「ふむ。入学希望者か。それならば、あそこで受付をしている。
だが、入学試験は何かしらの推薦がなければ受けられないぞ。大丈夫か?」
その話はヨハンさんから聞いているから大丈夫だ。
推薦というのは、貴族や騎士、あるいは剣術や魔法の道場主から「この者は騎士になるに相応しい」と認められる事で受けられるものである。
そして重要なのが、この推薦を貰っていながら何かやらかしたりすると、推薦した者の顔に泥を塗る事になるという事だ。
故に、推薦はする方もされる方もかなり慎重になる。
この推薦を貰えるか否かが、騎士になる為の最初の関門だな。
私も昔、弟子どもを推薦した事があったっけ。
懐かしいな。
で、私達はヨハンさんに書いてもらった推薦状があるから、問題なしだ。
ついでに、伝家の宝刀、冒険者カードもある。
冒険者カードは、冒険者ギルドに認められた証でもあるので、高位の冒険者カードは、ある意味、推薦状と同等以上の価値がある訳だ。
それを受付の兄ちゃんに提出したところ、
「え!? あなたが、あの天才剣士!? なんで騎士学校に!?」
と、大層驚かれた。
驚き過ぎて、業務に支障をきたしていた。
おい、手が止まっているぞ。
そういうのはいいから、早く手続きを済ませろ。
そう伝えたところ、
「は、はい! 只今!」
と、受付の兄ちゃんは敬礼しながら、即座に手続きを済ませてくれた。
さっきとは比べ物にならない手際の良さだ。
ふむ。
どうやら、中々に優秀な人材だったようだな。
「お待たせしました! こちらが入学試験の受験票になります。なくさないでくださいね」
そして、受付の兄ちゃんは、冒険者ギルドの受付嬢を思い出すような事を言いながら、受験票を差し出してきた。
そこには、試験開始の日時と受験番号が記載されている。
シオンが349番。
私が350番だった。
「あなた達なら、試験の成績次第では特別生も十分狙えます! 頑張ってください!
あと、ファンです! サインしてください!」
「うむ」
受験票の後に差し出された色紙にサインを書いてやる。
昔の癖で、うっかりエドガーと書きそうになり、その部分を塗り潰してからリンネと書く。
……少し汚くなったな。
「相変わらず汚い字だ」
「うるさい」
「ありがとうございます!」
シオンは微妙な顔をしていたが、受付の兄ちゃんは喜んでいた。
ならば、よしとしよう。
その後、騎士学校の場所をしっかりと覚えてからその場を離れ、宿を取る為に王都の街並みを歩く。
また迷うのはゴメンなので、宿は騎士学校に近い所にあるものに決定した。
お互いに異論はなかった。
という事で、近場の宿に直行。
受付の姉ちゃんに話しかける。
シオンが。
「泊まりたい。二人部屋一つで、とりあえず五泊だ。空いているか?」
「はいは~い。空いてますよ~。食事付きで、一泊銀貨八枚です。外で食べるなら、その分割り引きするけど、どうします?」
「いや、そのままでいい」
「まいど~」
そうして、サクサクと受付は終了した。
何故、五泊なのかというと、入学試験が五日後だからだな。
万が一、そこで落ちた場合は田舎に帰る事になる。
だからこそ、とりあえず五泊なのだ。
ついでに言うと、合格した場合は入学試験から正式な入学までの間お世話になる。
入学してしまえば学生寮があるのだが、それまでの間は家なしだからな。
……ああ、いや、一応、前世の屋敷に突撃するという手もあるか。
だが、家がないから泊めてくれというのは……なんとなくヒモのようで嫌だ。
うむ。
行くのは入学試験が終わってからにしよう。
「うふふ~。それにしても、若い男女が相部屋なんて~。これはラブロマンスの予感!」
「……はぁ。こいつとは、そういう関係じゃない。怖じ気が走るから、そういうのはやめてくれ」
「あら~残念」
寝言をのたまう姉ちゃんはともかく、順調にいけば、しばらく世話になる宿だ。
名前はしっかりと覚えておくか。
ふむ、『次元の荒鷲亭』だな。
覚えた。
なんとも不思議な名前だが、覚えた。
その後は、「英気を養う」と言って宿に引きこもったシオンに荷物の番を任せ、私は久しぶりの王都を歩き回った。
軽く迷子になったが、まあ、なんとか晩飯までには帰還できたから問題はない。
こうして、私達の王都暮らしが始まったのだった。




