19 将来の話
現在。
私は、実家のリビングにおいて、両親と対峙していた。
父はとてつもなく深刻な顔をしており。
母も、父程ではないが真剣な顔をしている。
それを見ていれば、自然と私の顔も引き締まるというものだ。
そして、遂に父が口を開いた。
「これより、緊急家族会議を執り行います」
その言葉で、会議は始まった。
議題は、おそらく、私の将来についてだ。
何故、こんな事になったのかと言うと、発端は私達が村に帰還したところまで遡る。
◆◆◆
数日前。
あの、私は騎士になる発言をした宴会だが……あれは、その後も普通に続行された。
当然のように、私は質問攻めに合った訳だが、当たり障りのない発言で乗り切った。
私が騎士になろうと思った理由は前世にある。
故に、下手に説明ができないのだ。
前世の事を不特定多数の人間に話すつもりはないからな。
絶対に面倒な事になるのが目に見えている。
ベル達にすら話していないくらいだ。
あんな口の軽そうな奴らに話せるか。
私は、前世の事を話すなら、相当親しい奴にだけと決めている。
具体的には、両親、弟子ども、あとは前世で腹心だった連中くらいか。
例外としてシオンとかも知っているが……まあ、仕方がないだろう。
話しちまったのは、その場のノリだ。
こればっかりは、どうしようもない。
で、話を戻すが。
宴会はその後、酔ったドレイクが私に振られた悲しみで暴れ出した事で、カオスに突入した。
ドレイクを取り押さえようとして、吹き飛ぶ冒険者。
吹き飛ぶギルド職員。
飛び交う酒瓶に、飛び交う野次。
どさくさに紛れてリベンジを挑み、ボッコボコにされたベル。
涙目で負傷者に治癒をかけ続けるラビ。
当たり前のように、野次飛ばしてる連中に交ざっていたオスカー。
我関せずを決め込むも、結局巻き込まれたシオン。
そんな混沌の宴は、最終的に私がドレイクを殴って止めた事で終了した。
後に残ったのは、壊れきった酒場の成れの果てと、泥酔or気絶して転がる冒険者のみ。
修理代は、暴れたドレイクに出させるという事に決定した。
そして、宴が終わった後、変に疲れた私達は、とりあえず宿屋でもう一泊。
翌日には、二日酔いに苦しむドレイクに見送られながら、乗合馬車で領都を出発。
また五日かけてトリスの街に戻り、そこから三日歩いてマーニ村に帰って来た訳だ。
そこで出迎えてくれた父に、口の軽いベルとオスカーが、私の騎士になる発言を暴露。
私達の話す報告という名の冒険譚を、笑顔と驚愕の表情を交互に浮かべながら聞いていた父は、
それを聞いた瞬間に一瞬フリーズし、急に真顔になった後、私を連れて家に帰った。
そして、ロビンソンと共に牛の世話をしていた母を呼びに行き……緊急家族会議の開催を宣言したのだ。
そうして、現在に至る。
◆◆◆
「まずは、お帰りなさいリンネ。無事に帰って来てくれて嬉しいわ」
「うん。ただいま。ママ」
母は優しく微笑んで、私の帰りを喜んでくれた。
その後、怪訝な表情で父を見る。
「それで、いきなり家族会議なんてどうしたのよ? 私はまだ、詳しい話を何も聞いてないんだけど」
「……ああ。実は、リンネが騎士になりたいと言い出してな」
母の指摘を受けて、父は凄まじく重苦しい声で語り出した。
そんなにか?
私の発言は、そんなに重大な問題なのか?
「へぇ、そうなの。リンネが騎士なんて意外……でもないわね。
リンネはエドガーの絵本が大好きだったし。
でも、それの何が問題なの?」
「騎士になる為には王都の騎士学校に入らいといけない。その学費は結構高いんだ。我が家の経済状況では難しいと言わざるを得ない」
「まあ、そうね。でも、それはリンネの冒険者としての稼ぎでどうとでもなるわ。それで? 本音は?」
「…………」
一瞬にして母に論破された父は黙り込んでしまった。
沈黙がリビングを包み込む。
ふと見れば、窓の外からロビンソンが心配そうに家の中を見つめていた。
お前だけが癒しだ。
そして、十秒程の沈黙を破り、父はやっと口を開いた。
「…………騎士になれば、国に命令された場所で働く事になる。
つまり、この村には居られなくなる。
リンネがいなくなってしまう。それが寂しくて……」
「はぁ……そんな事だと思ったわ」
なんと……!?
そんな事を思ってくれたのか!
いや、そりゃそうだよな。
子煩悩な父の事だ。
そういう考えになっても不思議ではない。
しまった。
私の配慮が足りなかった。
「でもね、あなた。子供はいつか親元を離れるものよ。私はそうでもなかったけど、あなたはそうだったでしょう?
それに、リンネは家出する訳じゃなくて、自分の夢を見つけてくれたの。
なら、背中を押してあげるのと、もし帰って来た時に優しく迎えてあげるのが、親の仕事よ」
「……ああ。わかってる」
本音を暴露し、弱々しくなった父の背中を、母が優しく撫でながらそう言った。
二人とも、私の選択を尊重してくれている。
この二人の子供で良かったと、心底そう思った。
「パパ、ママ、大丈夫だ! 私は帰って来る!」
そんな二人を安心させるべく、私は将来設計の続きを話した。
「何故なら、騎士学校を卒業したら、適当な理由をでっち上げて、この村に左遷されて来る予定だからな!」
だから、何も心配はいらんぞ!
という意思を籠めて、グッと親指を立てながら、力強く宣言した。
そうしたら、何故か二人はずっこけてしまった。
なにゆえ?
「えっと……リンネ? 騎士になりたいって言い出したのは、騎士の仕事に憧れたからじゃないの?」
「違うぞ」
即答すれば、何故か母は頭を抑えてしまった。
逆に、父はなんか嬉しそうにしている。
騎士と聞いて、ヨハンさんでも思い浮かべたか?
「じゃあ、なんで騎士になりたいと思ったの?」
「……それには、とても深い事情がある」
そして、今度は私が真剣な声で語る番だ。
私の真剣さを理解したのか、二人も再び神妙な顔になる。
「まず、私は剣神エドガーの生まれ変わりな訳だけど」
「……ああ、そうだね」
「……そうね」
む!
二人の顔が、一気に緩んだ。
とてつもなく優しい目で私を見ている。
やめろー!
そんな目で私を見るなー!
「ゴホンッ! それで、前世の私は命懸けでこの国を守ったんだ。
仲間も沢山死んだ。一番大切な奴も死んだ。
だから私は、あいつらの犠牲を無駄にしないように、戦争が終わった後も、この国を守ってきた。
この国に生きる人々を守ってきた」
世直しの旅(笑)とかも、その一環だ。
人を襲う魔物を倒し、人を踏みにじる事しかできないクソ貴族を斬り捨てたりしてきた。
あれだけの犠牲を出して、あれだけ辛く悲しく思いをしてまで守り抜いた国だ。
そんな国で不幸になる奴を、できる限り減らしたかった。
できる限り平和で幸せな国にして、あいつらの犠牲は無駄じゃなかったんだと証明したかった。
「そして、私は生まれ変わっても、それを曲げる気はないんだ。
だから、騎士になりたい。
権力と戦闘力。正しく使えば、最も人を助け、守る事のできる力を併せ持った騎士に」
さすがに、前世程の活躍はできないだろう。
力も衰えたし、剣神エドガーとしての名声も権力も、今の私にはない。
それでも、少しでも正しく力を使いたい。
大切なものを守るついでに、手の届く場所は守りたい。
それが私の望みだ。
それに、国の重要戦力である騎士になれば、弟子どもの持つ権力を笠に着れるだろうしな。
そうすれば、それなりの力は持てる筈だ。
「いや、それは……」
「良いんじゃないかしら」
渋い顔をした父の言葉を、母が遮った。
「スケールが大きすぎて、私にはよくわからないけれど、それがリンネのやりたい事なのよね?」
「うん!」
それは自信を持って言える。
これは、他の誰でもない、自分で考えて自分で決めた道だ。
「なら、よし。私は応援するわ。頑張りなさい、リンネ」
「……うん! ありがとう、ママ!」
この瞬間、私は前世以上に立派な騎士になる事を決めた。
なんだかんだで、前世では適当に済ませていた部分も多いからな。
母に応援された以上、半端な事はできん!
「……はぁ。こうなったら、俺だけ我が儘言う訳にもいかないな」
私と母を見ながら、ポツリと父がそう呟いた。
「正直、想像以上に壮大で驚いたけど……立派な夢だ。
パパも応援するよ。頑張りなさい。
でも、疲れたらいつでも帰って来ていいからな!」
「パパ!」
「よく言えました」
父が涙ぐみながらも賛同してくれた。
この瞬間、私は前世をも超える最高の騎士になる事を誓った。
父に寂しい思いをさせてまで進む道だ。
生半可な事はできん!
そうして、家族会議は、具体的にいつ頃騎士学校に通うのかという話に移った。
さすがに今すぐというのはなし。
騎士学校に通うのに、11歳は幼すぎるのだ。
結局、「どうせならお友達と一緒に行くのが一番じゃない?」と言い出した母によって、私が王都に行くのは二年後。
シオンの奴と一緒にという事になった。
一応、知り合いなら既に弟子どもとかが王都にいるのだが、二人はまだ私の前世を信じきっていないようで、あまり真面目には聞き入れられなかった。
ちなみに、王都までシオンとの二人旅になると決定しかけたところで、「若い男女が二人旅なんて、けしからん!」と父が吠えたが、私は男に興味はないし、再婚するつもりもない。
これでも、私は一途なんだ。
未だに、昔の女を引き摺っているのだよ。
それを二人に言ったら、凄まじく微妙な顔をして「孫の顔は見れないかも……」と呟いていた。
そして、シオンとの二人旅は許可された。
まあ、シオンが了承すればの話だが。
そうして、家族会議が円満に終わろうとした時、ふと思い出したように母が言った。
「そういえば、この村に左遷されるつもりって言ってたけど、それってどういう事なの?」
その質問に、私は自信を持って答えた。
ハッキリと。
恥ずべき事など何もないと言わんばかりに。
「ママよ……それはそれ。これはこれだ」
物事には優先順位というものがある。
たしかに、私はこの国や、そこに住む人々を理不尽から守りたい。
しかし、見知らぬ他人よりも、父と母の方が遥かに優先順位は上だ。
どちらか選べと言われたら、迷わず二人を選ぶ。
そんな二人と離れて、遠方で仕事なんてできるか!
大丈夫だ。
左遷されても立派な騎士にはなれる。
ヨハンさんのようにな!
それに、弟子どもに接触しておけば、普段はこの村でのんびりとし、有事の際にだけ召集されるという特殊な勤務形態も取れる筈だ。
奴らの権力があれば、そのくらいの融通は利かせられる。
もし断られたら?
存分に語り合おうではないか。
肉体言語でな。
そう説明したら、二人の目がとても優しくなった。
なにやら、現実の見えていない子供を見るような目だった。
そんな目で見られるのは、誠に遺憾だ。
◆◆◆
その夜、私が寝た後に、私抜きで二度目の家族会議が行われた。
議題は、昼間と同じく私の将来について。
こっそりと起きて聞き耳を立てたところ、「とりあえず、やるだけやらせてみよう」という結論に至ったようだ。
こうして、私の騎士学校入学は、家族公認となったのだった。




