18 戦いの後
「これで……終わりだぁああああ!」
私がドラゴンを仕留めてから数時間後。
最後に残ったオーガを、三年前の雪辱とばかりにベルが斬り捨てた事で、魔物の群れは全滅した。
結局、援軍を待たずして戦闘は終了したが、こちらの被害も甚大だ。
城壁の一部が崩れ、そこにあった大砲も破損。
街の内部も、城壁の穴から進行した魔物によって一部破壊された。
幸い、その辺りの住人の避難は完了していたらしく、民間人の死傷者はいないみたいだが。
ただし、戦いに出た騎士や兵士、冒険者は負傷者多数。
決して少なくない死者も出た。
だが、それでも、あの魔物の群れの規模を思えば、被害は奇跡的なまでに軽微だ。
私達の大勝利と言って差し支えない。
……戦いとはこういうものだ。
どんな英雄であろうとも、あれだけの戦力を前に、被害をゼロに抑えるなんて事は早々できない。
少なくとも、今の私にそこまでの力はない。
戦争に完全勝利などないのだ。
敗者は滅び、勝者は犠牲の上に掴み取った苦い勝利を噛み締めるのみ。
今回は、私の知り合いや友が死ぬ事はなかった。
だが、代わりに誰かにとっての大切な人が死んだ。
だから私は戦争が嫌いだ。
心底、ヘドが出る。
「嬢ちゃん。やったな」
私が出てしまった被害に思いを馳せていた時、ドレイクが話しかけてきた。
あれだけの数の魔物を相手にしながら、その体に大きな傷は見当たらない。
さすがだな。
「ドレイク、あの剣は助かったぞ。礼を言っておく」
「いいって事よ。ちょっとでも助けになれたんなら何よりだ。……正直、嬢ちゃんがドラゴンに向かって行った時は、心臓が凍る思いだったがな」
「だが、私の言った通りになっただろ。私は勝利を引き寄せた」
「ハッ! まあ、そういう事にしといてやる」
ドレイクは愉快そうに笑った。
そして、その笑みが徐々に深くなっていく。
どうした?
「クックック。それにしても、まさか本当に一人でドラゴンを倒しちまうとはなぁ。まさに小さな英雄ってか。ギルドがどう動くのか楽しみだ」
そう言って、ドレイクは私に背を向けて歩き出した。
どっか行くらしい。
「じゃあ、俺は行くわ。またな嬢ちゃん。
それと、ギルドには明日あたりに顔出してみろ。おもしろい事になると思うぜ」
「? わかった」
そうして、ドレイクは去って行った。
また酒場にでも行ったのだろう。
それにしても、ギルドには明日あたりに顔を出せ、か。
元々、今回の報酬を受け取るのと、昇格試験の結果を聞く為にギルドには行くつもりだったが……何故に明日?
それに、おもしろい事?
……よくわからんが、まあ、先人の知恵には従っておくか。
「リンネちゃん!」
「おっと」
ドレイクが去った直後、今度はラビが現れた。
そして、いきなり私に抱きついてきた。
今にも泣きそうな顔で。
「よかった! 生きててよかったよぉ!」
「……心配かけたみたいだな。よしよし」
「うぇえええん!」
ラビは泣き出してしまった。
私は孫でもあやすような気持ちで、ラビの頭を撫で続ける。
今回の戦いは、まるで戦争のような規模だったからな。
今までの冒険と違って、人も死んだ。
それに、私達の誰かが死んでもおかしくはなかった。
より一層、死を身近に感じた事だろう。
そんな不安と恐怖から解放された今、泣きたくなっても無理はない。
むしろ、戦闘中に泣かなかっただけ立派だ。
その分、今は存分に泣かせてやろう。
「おーい! リンネ! ラビ!」
そうしてラビを慰めている間にベル達も帰って来た。
……こいつらは別に泣いてないな。
それどころか、ベルにいたっては満面の笑みだ。
逞しいな。
「オーガを倒したぜ! 三年前のリベンジ成功だ!」
「他にもいっぱい倒したっす! 報酬は期待できるっすよ!」
「今度はドラゴンも俺達だけで倒してやるぜ!」
「む、弱いうちに挑んで無駄死にだけはするなよ」
「わかってるっての! お前に負けてらんねぇって事だ!」
「そういう事っす!」
「……騒がしい」
「皆、無事でよかったよぉ!」
なんにせよ、私達は全力で戦い、そして生き残った。
また、全員で馬鹿やって笑う事ができる。
そして、私達をはじめとした戦闘職が命懸けで頑張ったおかげで、この街は守られたのだ。
今は、それを素直に喜んでおけば良い。
こうして、突然巻き起こった戦争のような戦いは、終結した。
◆◆◆
そして、翌日。
復興に駆り出される大工や魔法使いの姿を尻目に、宿屋でぐっすりと眠った私達は、それでも抜けきらない昨日の疲れを引き摺りながら、冒険者ギルドを訪れた。
一応、昨日も「待つのは嫌だ!」とぬかしたベルとオスカーが突撃したものの、何故か報酬も何も持たずに撤退してきた。
理由を聞いたところ、ギルド職員が目を回して過労死しそうな程に忙しく動き回っていた為、さすがにこれ以上仕事を増やすのは哀れだと思って退散してきたらしい。
本音は、順番待ちの列が嫌だったとか、そんなところだろう。
なるほど、ドレイクがギルドに顔を出すのは明日にしろと言っていた理由はこれだったのかと納得したものだ。
その反省を活かし、今日は午後にギルドを訪れた。
さすがに、この時間帯なら多少は落ち着いてきているだろうという考えだ。
空いた時間は、適当に街をぶらついて潰した。
私は武器屋に行って来たな。
折れた剣の代わりを買って来たのだ。
今回の反省を活かし、安物ではなく、そこそこに値の張る、そこそこに良い剣を買った。
魔剣を買うという選択肢もあったが、あれを私が持っていても宝の持ち腐れだろう。
全力で振るえば十秒しか持たないような切り札、使い時に悩むわ。
そんなものに大金をかけても、我が家の家計が傾くだけだ。
……しかし、武器屋の店主はやけに親切だったな。
まあ、私は街を守る為に戦った冒険者な訳だし、別に不思議ではないんだが、それにしてもだ。
この剣にしても、本来の半額以下で売ってくれたしな。
もしかしたら、店主はロリコンだったのかもしれない。
と、まあ、そんな感じで時間を潰し、ギルドにやって来た訳だが。
「おお、来たぞ!」
「あれがドラゴン殺しのお嬢ちゃんか!」
「それに、大活躍した子供達ね」
「まだ、ちっちぇのに大したもんだ!」
私達を見た冒険者達が、やんややんやと騒ぎ始める。
内容は、大半が私達を称賛するものだ。
素直に「助かったぜ! ありがとう!」と言ってくる輩もいる。
その声を聞いて、ベルとオスカーは鼻を高々と伸ばし、ラビは恥ずかしいのか、私の後ろに隠れた。
シオンも、満更でもなさそうだ。
私も、普通に気分が良い。
中には嫉妬の目で見てくる奴もいるが、それは仕方がない。
有名税というやつだ。
だが、そういう輩はごく一部だった。
大半の奴は好意的である。
冒険者ってのは、基本的に気の良い連中なのだろう。
ふと見れば、酒場の一角にドレイクがいた。
私と目が合うと、ニヤリと笑って親指を立てた。
なるほど。
おもしろい事とは、これか。
遂に、楽器を携えた吟遊詩人が私達の歌を歌い出した。
ラビが羞恥で茹で上がる前に、受付に赴く。
受付対応は、いつも通りラビとシオンだ。
ラビは若干壊れ気味だが、まあ、大丈夫だろう。
そんなラビに配慮したのか、シオンが先に受付嬢へと話しかけた。
「昨日の報酬を貰いたい。それと、昇格試験の結果を教えてくれ」
「はい。少々お待ちください」
受付嬢は笑顔でシオンに対応すると、奥から大きめの金貨袋を五つ持って来た。
ほう、結構デカいな。
それぞれ、金貨百枚はありそうだ。
「こちらが、今回の報酬になります。そして、昇格試験の結果ですが、文句なしの合格です。こちらをどうぞ」
そう言って、受付嬢は五枚のカードを差し出した。
「皆さんの新しい冒険者カードになります。ランクはB級。一流冒険者の仲間入りです。なくさないでくださいね」
「おお!」
「やったっす!」
ベルとオスカーが嬉そうにカードを受け取り、ラビとシオンもそれに続く。
当然、私も受け取った。
これがB級の冒険者カードか。
……ん?
「なあ、私のだけデザインが違うんだが?」
「あ、はい。リンネさんは今回、ドラゴン討伐という多大な功績を挙げられた為、ギルド上層部の判断により、B級ではなくS級に特進という事になります」
「は?」
今、とんでもない事を言わなかったか?
「なんだそりゃ!? リンネだけズリィぞ!」
「そうっすよ! それなら、あたし達もA級くらいに上げるっす!」
「いや、ドラゴンを討伐したんだ。妥当と言えば妥当だろう。文句があるなら、お前らもドラゴンを狩って来い」
「くっ!」
「それを言ったらおしまいっすよ!」
「えっと、リンネちゃん、おめでとう」
素直に祝福してくれるのはラビだけか。
いや、後ろの方で「新たなる英雄にかんぱーい!」って声が聞こえてくるが、そっちはどうでもいい。
……いや、ちょっと待て。
もしかして、この話はすでに拡散されてるのか?
だとすると、武器屋の店主がやけに親切だったのも説明がつくぞ。
まあ、だからなんだという話でしかないが。
はー……にしても、私がS級冒険者ねー。
不思議な気分だ。
宝の持ち腐れになりそうだな。
「え、え~と、それでですね……」
ん?
まだ何か話があるのか受付嬢?
なにやら目が泳いでいるが、どうした?
「本来なら、功績に見合った特別報酬が支払われるのですが……なにぶん、今回襲撃してきた魔物は死体が残らず、素材を得る事ができなくて……。
つまり、その、街もギルドも収入が得られず、冒険者の皆さんへの報酬と街の復興資金の捻出で完全に大赤字な訳でして……。
それに、事件の原因究明もしないといけないので、尚の事、出費が……」
ああ、なるほど。
そういえばそうか。
それは、御愁傷様としか言えんな。
だが、その話が私に何の関係があるんだ?
「それでですね……リンネさんのS級昇格は、その特別報酬の代わりと申しますか……ぶっちゃけ、それで勘弁してください! お金がないんです!」
そう言って、受付嬢は土下座するような勢いで頭を下げた。
必死だ。
「お願いします! それで納得してください! 納得させられなかったら、私、クビになっちゃうかもしれないんです!
ウチには食べ盛りの弟達がいるんです! どうか! どうか、お願いします!」
受付嬢は、恥も外聞もなく、頭を下げ続ける。
なんだ、これは?
冒険者ギルドの暗部を見た気分だぞ。
一気に気分が沈むわ。
私は、受付嬢の肩に優しく手を置いた。
「お姉さん……私は鬼じゃないからな。そういう事情がある場所から 搾り取ろうとは思ってない。だから、安心しろ」
「……本当ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
受付嬢は泣き崩れてしまった。
いったい、どれだけ上から圧力をかけられていたのやら。
なんにせよ、これで一件落着だな。
「……なんだ、この茶番は」
最後にシオンがそう呟いた。
それには激しく同意だった。
その後、私達はせっかくだから、宴会を始めた冒険者達に交ざる事にした。
ベルとオスカーはタガが外れたかのように騒ぎ、ラビは戦闘中に治癒魔法で助けられたというイケメン冒険者達に囲まれて茹で上がっていた。
シオンは、それを尻目にチビチビとコップを傾けている。
だが、私は知っている。
あのコップの中身はジュースだ。
そして、私はドレイクと一緒に飲んでいた。
前世の体なら酒を飲むところだが、今回はシオンと同じくジュースだ。
未成年の飲酒は体に悪いし、父と母に怒られそうだからな。
「どうだい、嬢ちゃん。一気にS級冒険者、英雄の一人になった感想は?」
「まあ、驚きはしたな。そのくらいだ」
英雄として称えられるのは初めてじゃないからな。
感想としては、そんなもんだ。
「チッ。なんだよ、つまんねぇな。せっかくギルドに入れ知恵して仕掛けたドッキリだってのによ」
「ちょっと待て! お前の仕業か!」
犯人はこんなところにいたのか!
「おいおい、睨むなよ。俺はちょっとばかし、S級に嬢ちゃんを推薦しただけだ。だから、怒るなって」
「……別に怒ってはいない。ハメられたみたいで、ちょっとイラッとしただけだ」
「そうか。なら、飲め飲め。そういうのは飲んで忘れちまえ」
「ジュースだぞ? それに、ハメた張本人が何をぬかすか」
そう言いつつも、私はジュースを飲んだ。
グビグビと飲んだ。
酒ではない筈だが、なんだか酔ってきたような気がする。
これは、いわゆる雰囲気に酔ったというやつだろう。
「まあ、なんにせよ、これからは同じS級同士だ。よろしくな」
「うむ」
ドレイクが差し出したコップに自分のコップをぶつけて乾杯する。
ドレイクは、めちゃくちゃ機嫌が良さそうだ。
「まさか、ジャックの娘と同じ階級になるとはな……感慨深いもんだ」
「そうか」
「ああ。人生、何が起こるかわかんねぇな。あいつが冒険者を辞めると言い出した時に、俺達の道は完全に別れたもんだと思ってたんだが……」
そうして、酔ったドレイクは、父との昔話や、父と母の馴れ初めなんかを語り出した。
とても気持ち良さそうに酔っていやがる。
いい歳したおっさんがだらしないとは言うまい。
前世の私も、酔った時はこんな感じだったからな。
そして、一通り話して満足したのか、ドレイクは唐突に違う話を振ってきた。
「そうだ。嬢ちゃん、俺とパーティーを組まねぇか? あの坊主どもも一緒によ。
俺もそろそろ歳だ。後輩を教えるだけ教えた後に引退ってのも悪くねぇ」
……ほう。
興味深い話だな。
さしずめ、ドレイクは、前世の私がアレクを弟子に取った時と似たような事を考えているのかもしれない。
だが……
「それは、おもしろそうだな。だが、断る」
「なんでだ? まだ親元を離れたくねぇってんなら、何年か待ってもいいぞ? ……それとも、俺が嫌いか?」
「いや、そうじゃない。って、なんで泣いてるんだお前は?」
私に嫌われるのが、そんなに嫌か?
まあ、知り合いの子供に嫌われたらショックではあるが。
「じゃあ、なんでだよ?」
「それはな……」
納得していなさそうなドレイクに向けて、私は話す。
ドレイクの誘いを受けられない理由を。
「私は、━━しばらくしたら冒険者辞めるつもりだからな」
ドレイクに向けたその言葉は、予想外に酒場に響いた。
冒険者達が唖然とした顔で私を見る。
『……は?』
そして、ほぼ全員が、そんな間の抜けた声を上げた。
ベルやオスカーもだ。
ラビも絶句しているし、シオンも目を見開いている。
ん?
「言ってなかったか? 私は王都で騎士になるつもりだぞ」
『はぁあああああああああああああ!?』
絶叫が冒険者ギルドに響いた。
私は、それを尻目にジュースを飲み続けたのだった。
◆◆◆
「そうか。襲撃は失敗に終わったか」
「その通~りでございます陛下! なんか、馬鹿に強い女の子がいましてね。
ドラゴンはその子にやられちゃいました!
他の魔物が全滅するのも、時間の問題だと思いますよ~」
「ふむ」
どことも知れぬ暗い部屋。
そこに五人の人物がいた。
部屋の奥にある玉座に腰掛ける、陛下と呼ばれた女。
その側に控える、巨漢の老人。
玉座の前に立ち、おどけた態度で報告する仮面の男。
その隣で我関せずの姿勢を貫く、紫髪の女。
そして、どこまでも無言な兜の男。
「ドラゴンは期待外れであったな。まさか、三剣士を引き摺り出す事すらできぬとは。
リッチやヴァンパイアも、コストの割には使えない。
やはり、人形は英雄と呼ばれる強き人間を使うのが一番という事か。
まあ、実験としては有意義であったし、今後も続けるが」
仮面の男の報告を聞いた陛下と呼ばれた女が、感情の感じられない冷たい声で、そう言った。
その様は、ただひたすらに冷酷。
女は怖じ気の走るようなおぞましい事を、平然と口にする。
「陛下、如何なさいますか?」
巨漢の老人が女に尋ねる。
「そうだな。シャドウは有望な人材を探せ。今回と同じように、モリメットを護衛につける。
其奴のような強き者を連れて参れ」
「ハハァ!」
シャドウと呼ばれた仮面の男は、まるで道家師のようなおどけた態度で、大袈裟な程に恭しく頭を下げた。
「スコーピオン。其方は教国に赴き、その剣で『神龍』を弱らせろ。
ただし、期が熟すまでは悟られるな。
他に指令があれば、追って報せる」
「了解。チッ、ドラゴン相手か。つまんねぇ仕事だぜ」
紫髪の女が一人ごちる。
それを巨漢の老人が鋭く睨み付けた。
「スコーピオン。陛下の命が不服と申すか?」
「そういう事じゃねぇっての。あんたは真面目過ぎるぜ爺さん」
「や~い! 怒られてやんの~! スコーピオンさんのお馬鹿さ~ん!」
「殺されてぇのか! テメェは不真面目過ぎんだよシャドウ!」
言い合いをしながらも、三人は仕事をこなす為に去って行く。
あれでいて、与えられた仕事は真面目にやるのだ。
だからこそ、処理されずに重用されている。
「では、陛下。私も失礼いたします」
「ああ」
そして、巨漢の老人も去って行き、部屋には女一人が残される。
彼女は虚空を見つめ、何かを考えながらポツリと呟いた。
「あのドラゴンを討伐する少女、か」
それが何を思っての言葉だったのか。
それが、いったい、どういう意味を持つ言葉なのか。
それを知る者は誰もいない。
今はまだ。




