17 ドラゴン討伐
空を走り、ドラゴンとの距離を詰める。
出し惜しみはなしだ。
初手から全力で決める。
「神速飛剣!」
最高速度で放った飛剣が、ブレスを放とうとしていたドラゴンの口の中へと吸い込まれ、ブレスを暴発させて爆発する。
まずは一度、厄介なブレスを封じた。
次は、完全に封じる。
「神速剣・一閃!」
ドラゴンの喉を切り裂くように、剣を一閃。
だが、やはり硬い。
闘気を纏っているとはいえ、こんな安物の剣では、鱗のない首筋すら切断できないか。
それでも、喉を潰した事に変わりはない。
傷口部分は、他の魔物と同じように、砂となって崩れている。
これで、もうブレスは撃てまい。
そして、これで終わりではない。
全力を出していられる一分の内に、できうる限りの攻撃を叩き込み、できうる限りのダメージを与える!
「うおおおおおおお!」
ドラゴンの背に飛び乗り、翼に剣を突き立てて、そのまま超速で走り抜けた。
それによって翼を切断。
飛行手段を失ったドラゴンが、地上に向けて落ちていく。
私は、その間、ドラゴンの背中を滅多斬りにした。
ドラゴンが身を捩って暴れれば、神脚で離脱し、別の部位を斬る。
ほとんどの攻撃は、鱗が硬くて、そこまで深くは斬れなかったが、決して浅くはない傷を刻んでいる筈だ。
そして、ズズンという大きな音を立てて、ドラゴンの巨体が地に落ちた。
下敷きになって、何体かの魔物が潰れる。
だが、そんな事はお構い無しとばかりに、ドラゴンは暴れた。
巨大な爪が、何度も私を狙って振るわれる。
「神速剣・流!」
それを受け流し、反撃に斬る。
だが、爪や腕の部分は特に硬く、かすり傷程度しか付かない。
これでは駄目だな。
神脚を使って、一旦距離を取る。
そこに、他の魔物どもが襲いかかって来た。
ヴァンパイアの爪が、リッチの魔法が、オーガの突撃が私に迫る。
「邪魔だ! 神速飛剣・五月雨!」
それを飛翔する神速剣の連撃によって粉砕する。
一秒に満たぬ間に百回は振るわれた剣が、魔物どもを粉微塵にし、砂へと還した。
しかし……
「ぐっ!?」
その瞬間、身体に鈍い痛みが走った。
チッ。
もう限界か。
我ながら貧弱な身体だな。
親に貰った身体にケチを付ける気はないが、鍛え方が足りん。
即座に闘気の出力を落とし、飛脚でその場から離脱した。
追い縋るドラゴンには飛剣をぶつけてやったが、あまり効いていないな。
さすが、腐っても危険度Sといったところか。
今の私では、神速剣以外に有効打がない。
飛脚で空を飛び、城壁の上に戻る。
「ラビ! 治癒!」
「う、うん! ヒール!」
ラビの治癒魔法が、闘気の反動で傷付いた私の身体を癒す。
ラビは、昔よりも魔法の腕を上げた。
この程度のダメージなら、数秒もあれば回復する。
しかし、その数秒で事態は動く。
私という障害が消えた事により、ドラゴンが城壁へと突撃を開始した。
空を飛ばなくなり、ブレスを吐かなくなっただけ、まだマシだが、それでも見上げるような巨体が凄まじい速度で体当たりしてくるのは脅威だ。
迎撃に大砲が撃ち込まれるが、それは残りのリッチに相殺される。
リッチの数が減ったおかげで、何発かはドラゴンに命中し、私が抉った鱗を貫通してダメージを与えたが、ドラゴンは意にも介さない。
欠片も速度を落とす事なく、城壁に激突。
その部分が破砕する。
そのまま、ドラゴンは街の中へと侵入しようとした。
マズイ!
回復なんて待っている場合じゃないか!?
「させるか! アームド・ブースター!」
「攻ノ型・破断!」
「破断・雷!」
「ストームブラストっす!」
だが、私が動く前に、ドレイク達の攻撃がドラゴンの巨体を押し返した。
おお!
さすがS級冒険者+天才ども!
しかし、状況は悪化した。
城壁が壊れた事によって、他の魔物どもがそこに集まり出している。
こっちも、それなりに優秀な指揮官がいるらしく、即座に指示を出して穴を塞ぐように陣形を組んではいるが、その分、他が手薄になる。
苦戦は免れないだろう。
そして、肝心のドラゴンは、ドレイク達の攻撃によるダメージが薄い。
押し返す事を重視したせいで、傷にはなっていないのだ。
「リンネちゃん! 終わったよ!」
「助かった!」
一通り、戦況の分析を終えたタイミングで、私の治療も終わった。
完全回復だ。
これでまた全力が出せる。
体力の消耗は激しいが、そんな事を言っている場合ではない。
「神脚!」
再度飛び出し、ドラゴンへと斬りかかる。
この化け物の相手は、私が務めなければならない。
こいつを野放しにすれば、今のように一瞬で戦況がひっくり返る。
誰かが止めなければならない。
そして、それは強い奴の仕事だ。
「神速剣・槍牙!」
今度は、大きな眼球を狙った刺突を繰り出す。
確実に、脳の奥まで破壊した手応えがあった。
だが、止まらない。
ドラゴンが爪を振るう。
それを避けるが、ドラゴンはそのまま体を回転させ、巨大な尾を叩きつけてきた。
「神速剣・一閃!」
それを真っ向から斬り伏せる。
回転した勢いのままに、私の斬撃とぶつかった竜の尾は、根元から切断されて宙を舞い、地面に落ちると共に砂となって崩れた。
それでも、ドラゴンは暴れ続ける。
尾を失ったのならば牙で。
それを避けられたのならば、再びの爪で私を狙う。
私は、その攻撃の全てを避け、受け流し、反撃でドラゴンを斬り刻んでいった。
今の私は強い。
まだまだ全盛期には程遠いが、それでも全力を出していられる一分の間は、老い衰えた老年期に迫る程の力を取り戻している。
つまり、剣神と呼ばれていた頃とほぼ同等という事だ。
その力があれば、ドラゴンごときに負けはしない。
「ぐっ……!」
だが、それも一分間限定の話。
鍛えているとはいえ、まだ身体が出来上がっていない子供の身では、剣神の闘気には耐えきれない。
あの剣がない分、反動も減っているというのに。
それでも、身体が持たない。
やはり、鍛え方が足りん。
「神足剣!」
ダメージを与える事ではなく、弾き飛ばす事を目的として、強烈な蹴りをドラゴンの頭部に叩き込む。
ドレイク達に吹き飛ばされた時以上の勢いで、竜の巨体が浮いた。
「神速飛剣・嵐!」
そこへ、更に衝撃波の斬撃による追撃。
ドラゴンの足が止まる。
その隙に、再びラビの所へと撤退。
治癒によって回復し、三度突撃する。
「ハァ……ハァ……!」
だが、ダメージはどうにかなっても、体力の消耗が激し過ぎる。
反動で自分が傷つくような、身の丈に合わない闘気を使うという事。
それは、言うなれば、限界を遥かに超えた速度で走り続けているに等しい。
そんな事をしていれば、あっという間に体力は底をつく。
元々、持久戦など狙えはしないのだ。
短期決戦で終わらせるしかない!
「おおおおおおおお!」
咆哮を上げながらドラゴンを斬り裂く。
神脚で跳ね回りながら、頭、腕、腹、背中とあらゆる部位をひたすらに斬り続ける。
そして、反撃の爪を再び受け流……
「ッ!?」
ドラゴンの爪を受けた瞬間、━━剣が、根元からボキリとへし折れた。
しまった……!
この剣は、前世で使っていた世界最強の剣ではない。
闘気を纏わせて硬度を上げていたとはいえ、どこにでもある安物の剣だ。
ドラゴンを相手にこれだけ打ち合えば、折れるのは当然であった。
クソッ!
体力の方を気にしすぎて、剣にまで意識が向かなかった!
元剣神にあるまじき大失態だ!
「くっ……!」
さすがに、剣もなしに防げる程、ドラゴンの攻撃は甘くない。
今まで受け流していたものを、全て回避せざるを得なくなった。
一時撤退する事すら容易ではない。
このままでは……マズイ!
「嬢ちゃん! 使え!」
だが、その時、ドレイクの大声と共に、後方から一本の剣が飛んで来た。
それを咄嗟に掴む。
これは……ドレイクが使っていた剣。
おそらく、片手で振るう事を前提としているのだろう、やや短めの剣。
だが、それは、小さな私の体にはよく馴染んだ。
そして、この剣からは凄まじい力強さを感じる。
さすがに、前世で使っていた剣程ではないが、さっきまでの安物とは比べる事すらもおこがましい強大な力。
間違いない。
この剣は……魔剣だ!
これならば!
「うおおおおおおお!」
私の闘気に、魔剣による疑似闘気が上乗せされる。
凄まじい力。
だが、同時に凄まじい反動が私を襲う。
今の私では、この状態で動ける時間は十秒とないだろう。
しかし、それだけあれば十分だ!
「神速剣・一閃ッ!」
渾身の力を籠めた神速剣を、ドラゴンの体に付いた数多の傷の中で、最も深い傷が刻まれた場所へと、寸分違わず振り抜く。
結果、━━ドラゴンの巨体は袈裟懸けに両断され、真っ二つに斬り裂かれた。
そして、他の魔物と同じように、傷だらけの竜の体は砂となって崩れていく。
その刹那。
ドラゴンと目が合った。
無機質……ではない。
さっきまでと違い、確かな意思を宿した瞳が、私を見据えていた。
「見事だ。小さき者よ」
そんな言葉を最後に、ドラゴンの体は完全に崩壊した。
後に残ったのは、巨大な砂の山のみ。
それすらも、戦場を吹き荒れる風に飛ばされ、すぐに散ってしまうだろう。
……終わった。
だが、最後のは、いったい何だ。
この魔物どもは、意思なきゾンビみたいなもんじゃなかったのか。
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
ドラゴンとの戦いは終わったが、魔物どもはまだ残っている。
それに、城壁が崩れた以上、もはや籠城はできない。
援軍を待つ余裕など、既にない。
速やかに殲滅しなければ、魔物どもは街の中へと攻め入る。
「もうひと踏ん張りだな」
私は限界に近い体を引き摺って動き出した。
まずは、ラビの所へ戻って回復しなくては。
◆◆◆
「ありゃりゃ~。ドラゴンやられちゃってますね~」
「みてぇだな」
魔物の群れが進行して来た森の中。
一際高い木の上に、三人の人物が乗っていた。
その内の二人、仮面の男と紫髪の女は、望遠鏡という遠方を見通す魔道具を目に当て、今まさに魔物の群れに襲撃されている街の様子を観察していた。
「やっぱり最強の魔物って言っても、あんなもんなんですかね~。
ていうか、あの女の子ヤバイ。あんなにちっちゃいのに鬼のように強~い。あの子に今回の事がバレたら殺されちゃうかも。
キャー! ワタシ怖~い! 助けて~、スコーピオンさ~ん!」
「黙れボケカス」
「酷い! スコーピオンさんの鬼! 鬼畜! ドS!」
騒ぐ仮面の男を嫌そうに睨み付けた後、紫髪の女はもう一度望遠鏡を覗き込んだ。
そこに映った、ドラゴンを討伐した少女を見る。
その顔には、恍惚の笑みが浮かんでいた。
「しっかし、暇だったから付いて来たが、良いもんが見れたぜ。餓鬼は嫌いだが、気の強い女は大好きだぜぇ。五年後くらいが楽しみだ」
女は腰の剣を撫で付けながら、「早く、あいつの苦痛に歪む顔が見てぇ」と物騒な事を言って笑っていた。
恍惚の表情で、まるで発情でもしているかのように息が荒い。
せっかくの美貌と色香を台無しにする不審者っぷりであった。
「うっわ。変態さんに目を付けられるとか、あの子もかわいそ~」
仮面の男は、さして同情もしていないような軽い調子でそう言った後、「さてさて」と呟いて、望遠鏡を懐にしまった。
「それじゃあ、任務は果たしたって事で、帰還しましょうか。
ワタシ、午後からデートの約束があるんで、報告とか早めに終わらせたいんですよ」
「てめぇ、任務をなんだと思ってやがる」
「暇って理由で付いて来た人に言われたくないですね~」
そんな軽口を叩きながら、仮面の男が魔法を発動する。
再び空間の歪みが発生し、それが消えた後、彼らの姿はどこにもなかった。
シャムシールの街を襲った災害。
その実行犯達は、誰にも知られる事なく現れ、誰にも知られる事なく去った。
しかし、事件はこれで終わった訳ではない。
この一連の事件は、後に始まる因縁の戦い。
その序章に過ぎなかった。