15 魔物襲来
昇格試験当日。
私は、目の前に用意されたテスト用紙を前に唸っていた。
「ぐぬぬ……」
迂闊だった。
まさか、昇格試験の内容が、筆記と実技の二つに別れていたとは。
こんな事なら、予習の一つでもしておくべきだった。
いや、諦めるのは、まだ早い!
ドレイクも言っていたではないか。
試験は、戦闘力だけではどうにもならない事もあると。
まさに、今がその時だ。
根性見せなければ。
幸い、問題は冒険者としての基礎知識、探索のやり方や、特定の魔物の弱点や倒し方といった、決して解けなくはないものばかりだ。
父に教わった事や、前世で聞き齧った記憶まで引っ張り出せば、必ずなんとかなる!
筈だ!
自分の力を信じろ!
そうして、頭が沸騰しそうになりながらも、なんとか合格点は取れているんじゃないか? というくらいの出来にはなった。
疲れた……。
しかも、これだけ頑張って、合格点に達している保証はないという。
まあ、合格点に満たないのなら、別にそれでもいい。
試験の合否は、筆記と実技の合計点という話だ。
ならば、実技で満点を取ればいいのだ。
おそらく、ベルとオスカーも、その可能性に賭けているだろう。
……いや、オスカーは割りと要領がいいから、崖っぷちなのはベルだけかもしれない。
そして、筆記試験の時間が過ぎ、試験官を務めるギルド職員が立ち上がった。
「では、これにて筆記試験を終了します。続いて実技試験に移りますので、受験者の皆さんは速やかに会場に移動を……」
『緊急! 緊急!』
と、その時。
試験官の言葉を遮るように、放送用の魔道具から大きな声が聞こえてきた。
多分に焦りを含んだ声だ。
『街の東側、シールの森方面より、大量の魔物の群れが街に向かって接近中! その数、少なくとも百体以上! 住民は速やかに避難を! 騎士、兵士、冒険者の皆さんは、ただちに街の東門に集合してください!』
「なんですって!?」
試験官が驚愕の声を上げた。
受験者達も、結構混乱している。
だが、私は冷静だ。
こういう不測の事態ってやつは、ある日突然、なんの前触れもなくやってくる。
それを経験で知っているからな。
私は無言で席を立とうとした。
「失礼します!」
と同時に、他のギルド職員がやって来て、何やら試験官に耳打ちする。
何やら話がありそうなので、とりあえず、その場で待った。
既に街が襲われているという訳ではないみたいだからな。
そのくらいの時間はあるだろう。
「皆さん、これより試験は一時中断。街の防衛をギルドから正式に依頼します。
この依頼を受ける方は、ただちに街の東門へと向かってください」
「待てや」
試験官の言葉を聞いて、私をはじめとした何人かは即座に立ち上がったが、一部は座ったまま静観を決め込んだ。
そして、そいつらを代表するかのように、柄の悪い男が試験官に突っ掛かる。
私は、そいつらを無視して歩き出した。
話を聞く時間はあるが、モタモタしている暇はない。
「試験を中断しておいて何もなしか?
俺は忙しい中、遠路はるばる、この街に来たんだ。試験を後日に回すじゃ納得できねぇぞ」
「もちろん、埋め合わせはしますよ。この依頼はギルドからの正式案件。それ相応の報酬をお約束します」
「違うな。それじゃ足りねぇ」
「…………」
がめついな、こいつ。
何様のつもりだ?
まあ、仕事で戦ってる騎士や兵士と違って、冒険者は基本的に金か名誉か自分の都合で動く。
だから、非難するつもりはない。
ちょっとばかしイラっとするから、ぶん殴りたいとは思うが。
「…………わかりました。緊急事態ですが、昇格試験は続行。街の防衛を実技試験の代わりとさせていただきます。
功績次第によって合否を判定するので、そのつもりでいてください」
「ふっ。その言葉が聞きたかった。行くぜ、野郎ども! せいぜい派手に暴れ回るぞ!」
『おう!』
どうやら、話は纏まったらしいな。
部屋を出る寸前に、そんな会話が聞こえた。
まあ、防衛戦力が増えるのなら、何も言うまい。
そして、私は部屋を出てすぐにベル達と合流し、東門とやらに急いだ。
道中、冒険者に英雄としての過度な理想を持っているベルが喚いたが、まあ、仕方がない。
ああいう奴もいるって事で納得しておけ。
世の中、気に入らない奴の、百人や二百人いるもんだ。
一々気にしていたら、キリがない。
そう言っておいたが、ベルはずっと不機嫌なままだった。
◆◆◆
街の中を疾走し、東門へと辿り着いた。
この街は土地勘がないから盛大に迷子になり、面倒になって、途中から建物の上を走って来たがな。
そのせいで、私達の中で一番体力がないラビは、若干息が上がっている。
まあ、ラビは後衛だ。
戦闘にそこまでの支障はないだろう。
「よう。来たな、嬢ちゃん達」
「ドレイクか」
私達が到着した時、東門には結構な戦力が集まっていた。
ドレイクをはじめとした、腕利きと思われる冒険者が……二十人くらいか。
加えて、昇格試験を受けていたC級冒険者が、約四十人。
騎士っぽい奴が約十人。
兵士が沢山。
騎士と兵士に関しては、街を囲う城壁の上にもいるだろう。
あそこには、大砲がある筈だからな。
これだけの数がいれば、有象無象の魔物の百体くらい、どうにでもなりそうなもんだが。
しかし、この場は緊迫した雰囲気に包まれている。
どうやら、何かあるみたいだ。
「何かあったのか?」
「……それがな。実はとんでもねぇ事になってやがる」
ドレイクは神妙な顔で語り出した。
絶望的とも言える情報を。
「斥候によると、街に向かって来てる魔物の数は約百体。それだけなら、まだなんとかなるんだが……問題なのは数より質だ。
最低でも危険度C。中には危険度Aの大物まで何体か交ざってるそうだ。嬢ちゃん達にとって因縁深いオーガもいるらしいぞ」
「は?」
「なんだ、そりゃ!?」
「マジっすか!?」
私は思わず間の抜けた声を上げ、ベルとオスカーは驚愕の声を上げた。
ラビとシオンは絶句している。
無理もない。
これはもう、一つの街だけで対処できる領域を軽く越えてるぞ。
もはや国が動くレベルの大災害だ。
「しかもな、それを聞いた連中がビビって逃げ出しちまった。ここに来てる冒険者は、覚悟の決まってるベテランがほとんどだ。嬢ちゃん達も、逃げるなら今の内だぜ」
見れば、昇格試験にいたC級冒険者達が兵士からこの情報を聞いたのか、尻尾を巻いて逃げ始めていた。
その中には、あの試験官に噛みついた柄の悪い奴もいる。
ちなみに、そいつは、
「冗談じゃねぇ! そんな化け物どもと戦ってられるか! 俺は田舎に帰らせてもらう!」
とか言っていた。
他の奴らも似たようなもんだ。
あれだけイキがっておいて、これか……。
実に情けない奴らである。
「あいつら!」
「坊主。冒険者は命あっての物種だ。責めるもんじゃねぇぞ」
吠えるベルを、ドレイクが宥める。
そして、改めて聞いてきた。
「で、お前らはどうする?」
「俺は逃げねぇ! 英雄はそんなカッコ悪い事しねぇんだ!」
「あたしは、ぶっちゃけ逃げたいんすけど……まあ、ベルがやるなら付き合うっす」
「ふ、二人が残るなら、私も」
「俺は騎士志望だ。冒険者と違って、自分の都合で逃げたりはしない」
「……ハッ! 勇ましいこった!」
ドレイクは、諦めたような顔で笑った。
個人的には逃げてほしいのだろうが、実力があるから、止めるに止められないといったところか。
なんだかんだで、戦力は欲しいだろうしな。
「当然、私も残る! 勝算はあるんだろ?」
「まあな。防衛戦なら結界と城壁、大砲が使える。
それに、今頃ギルドか領主が、通信の魔道具で国に救援要請を出してる筈だ。
最悪、一日くらい粘れば、国お抱えの空間魔法使いが、とびっきりの援軍を連れて来てくれるだろうさ」
そう言った後、ドレイクはニヒルに笑って、こう続けた。
「それに、━━俺一人でも負けるつもりはねぇしな」
それは、S級冒険者という称号を持つに相応しい、経験に裏打ちされた、確かな自信を感じさせる強者の笑みだった。
渋い中年であるドレイクには、よく似合っている。
ほほう。
中々にカッコいいじゃないか。
そう思ったのは私だけじゃないらしく、ベルがキラキラとした目でドレイクを見ていた。
考えてみれば、ドレイクはS級冒険者であり、吟遊詩人に歌われる程の冒険者だ。
冒険者として英雄を目指すベルにとっては、割りと憧れに近い存在なのかもしれないな。
初対面の印象が悪かったから噛みついてるだけで、本当は握手とかして、サインとか貰いたいのかもしれない。
「ドレイク殿、こちらに」
「おう、今行く。と、そうだ。嬢ちゃん達も付いて来い。これから陣形とかを決める作戦会議だからな。一緒に戦う以上、連携は大事だぜ」
「わかった」
という事で、ドレイクと一緒に他の冒険者達の所へと行った。
そこには、冒険者だけではなく、騎士や兵士達も集まっている。
どうやら、会議は既に始まっているらしい。
「待たせたな」
「ドレイク殿! おや? そちらの子供達は?」
「こいつらも今回の作戦の戦力だ。実力は俺が保証する。そうじゃなくともC級冒険者だ。参加する資格はあるだろ」
「なんと……! その歳でC級とは。将来が楽しみですな」
そうして、私達は概ね好意的に歓迎された。
ドレイクのお墨付きというのが効いたのかもしれない。
もしかしたら、ドレイクの弟子か何かと思われているのかもな。
まあ、そうだとしても別に構わん。
そして、会議が進行する。
「やはり、大砲で数を減らした後、引き付けて防衛に徹するのが無難ですかな?」
「だろうな。敵には危険度Aの化け物が複数いる。下手に突撃しても死ぬだけだろう」
「報告です! 只今、国からの伝令がありました! 大至急空間魔法使いを手配し、一日以内に王国最高戦力『三剣士』のお一人を派遣してくださるそうです!」
「なんと! それは本当か!」
「三剣士様が来てくださるのなら、まさに千人力ですな! ならば、我々は街の門を閉じ、時間稼ぎを目的とした作戦を行うべきと考えます。異論はありますかな?」
『意義なし!』
「俺も特にねぇな」
「では、細かい陣形の相談に移りましょう」
私が適当に聞き流している間に、作戦はどんどん決まっていった。
決して、サボっている訳ではない。
適材適所だ。
頭脳労働は、私の苦手分野だからな。
現場指揮官くらいならできるが、作戦とかを立てるのは無理だ。
だったら、作戦を立てるのはドレイク達に、それを聞くのはラビかシオンに任せて、私は決まった事の要点だけ聞いて、言われた場所で言われた通りに暴れればいい。
それが一番効率的だ。
そのまま、会議は恙なく進行し、終わった。
どうやら、基本的に籠城の構えを取って、援軍が来るのを待つという事に決定したらしい。
私達の仕事は、城壁に取り付いて来た魔物の迎撃だ。
というか、ほぼ全員が同じ仕事だ。
交代で、ひたすら迎撃する事になる。
持久戦だな。
そして、それぞれが配置に付き、こちらの準備が完了する。
それから一時間もしないうちに、魔物の群れが現れた。
鳴き声の一つすら発する事なく、不気味な程、静かに行進する魔物の群れ。
見ただけでわかる。
あれは普通じゃない。
三年前のオーガとそっくりな、不自然さと薄気味悪さを感じる。
「……一筋縄ではいかなそうだな」
不吉な予感を覚える。
だが、それで魔物の群れが止まる訳もなく、遂に先頭の魔物が大砲の射程圏内に入った。
戦いが始まる。




