14 昇格試験に向けて
オーガとの戦いから三年が経った。
私は11歳となり、身長もだいぶ伸びてきたものだ。
成長期というやつだな。
胸とかも、少しだけ膨らんできた。
もっとも、二つ歳上のオスカーや、同い年であるラビよりも随分小ぶりなので、将来は絶壁かまな板になりそうだ。
まあ、元男としては、むしろそっちの方が嬉しいがな。
胸など、戦いの邪魔だ。
そして、この三年間、冒険者として地道に活動してきた事で、私達『英雄の剣』の冒険者ランクはC級にまで上がっていた。
冒険者というものは、いくら実力があってもランクに見合った依頼しか受けられない為、基本的に飛び級という事はできない。
依頼を一定回数達成する事でのみ、一つ上のランクに上がれるのだ。
まあ、何事にも特例というものはある。
だが、特例とは、滅多にないからこその特例だ。
私達には関係なかった。
だからこそ、最初のF級の頃は薬草採取や猫探し。
その繰り返しでE級になったら、次は雑魚魔物退治と、『英雄の剣』なんてパーティー名とは裏腹に、本当に地道に依頼をこなしてきた。
私としては、猫探しが一番大変だったがな。
あれは、戦闘力だけではどうにもならない。
まあ、そんなこんなの苦労を乗り越えて、私達はC級冒険者になった訳だ。
それに、C級になってから、もうしばらく経つ。
今のランクでの依頼も結構こなしたし、そろそろB級に上がれるんじゃないかと思っていた時だった。
ラビから、その話を聞いたのは。
「「「昇格試験?」」」
いつもの依頼が終わった後、冒険者ギルドにて、私とベルとオスカーの声が重なった。
その情報を私達に教えてくれたラビは、呆れたような顔をしていた。
シオンにいたっては、隠す事なく、馬鹿を見る目で私達を見ている。
どうやら、この二人は知っているらしい。
知らないのは、私達、脳筋or馬鹿トリオだけのようだ。
「お前ら……受付で散々言われてきただろう。何故、知らない?」
「受付対応は二人に任せてたから、聞いていなかった」
「俺もだ」
「同じくっす」
「はぁ……この馬鹿ども、俺が抜けた後、大丈夫なのか?」
シオンが頭が痛いとばかりに呟いていた。
まあ、シオンは15歳になったら、つまり、あと二年でこのパーティーを抜け、王都の騎士学校に入学する予定だ。
入学試験に落ちでもしない限り、そこから先は騎士の道に進み、冒険者は半引退という事になるだろう。
そうなった後の、このパーティーを心配しているようだ。
「……ラビ、頑張れよ」
「……うん」
シオンは、ラビに心底同情するような目を向けていた。
というか、さっきから私達への扱いが酷いな。
自業自得だから、何も言えんが。
「で? 昇格試験ってなんなんだよ?」
その扱いに気を悪くしたのか、ベルが少し不機嫌そうな声で尋ねる。
そこで不機嫌になるのなら、少しは改善すればいいものを。
私?
私は、自分が頭脳労働に向かないと諦めているからいいのだ。
オスカーも似たようなもんだろう。
いや、こいつは地味に地頭が良いから、単にめんどくさがってるだけかもな。
「えっとね。昇格試験っていうのは、B級以上に上がる為に受けなきゃいけない試験の事だよ」
「B級以上は、世間一般から見て一流と呼ばれる領域だ。だからこそ、これまでと違って、昇格する為には依頼達成数の他に厳しい試験を受けなければならない。
……何故、騎士を目指している俺の方がお前らよりも詳しいんだ。少しは頭を使え、馬鹿ども」
「なんだと!」
「今のは、さすがに言い過ぎっす!」
「文句があるのなら、まず常識を覚えろ」
「死ねぇい!」
「くたばるっす!」
三馬鹿が仲良く喧嘩を始め、ラビがおろおろとしているのを尻目に、私は考える。
なるほど、昇格試験か。
たしかに、そんな話を小耳に挟んだ事があるような気がする。
それを聞いたのが、前世だったか、今世だったかは、忘れたがな。
いわゆる、B級以上の壁というやつだったか。
「り、リンネちゃん。止めないと……」
「ほっとけ。いつものスキンシップだ。それより、昇格試験はこの街で受けられるんだったか?」
「え? う、ううん。もっと大きい街で、一年に何回かしかやってないみたいだよ」
「なるほど」
そういえば、そんな感じだったな。
思い出してきたような気がする。
「ちなみに、その時期はいつだ?」
「一番近いのは、10日後だって」
「そうか」
なら、一旦村に戻って、父や母に遠出してくると伝えないとな。
今回は父(それと、チャールズ)と一緒ではないので、村に帰るまでに約三日。
街に戻って来る時はチャールズの足を借りるとして、約半日。
そこから、乗合馬車で大きな街とやらに行くのに数日はかかるだろうから……割りとギリギリじゃないか?
喧嘩なんてさせてる暇はないな。
私は三馬鹿を殴って気絶させ、強制的に喧嘩を終わらせてから、引き摺って村に帰った。
◆◆◆
その三日後。
私達はそれぞれの親に事情を話し、遠出の許可をもらった。
ラビの両親も、ラビが立派に冒険者をやっているのを見て考えを改めたらしく、最近では反対する事もなくなったそうだ。
未だに心配はされるらしいが、それは当然だろう。
そして、私達は両親やヨハンさん、ロビンソンといった面々に見送られながら、父とチャールズと共にマーニ村を出発した。
チャールズはいつも通りの活躍を見せ、半日で街へと到達。
だが、今回はここで乗合馬車に乗り換えだ。
父とチャールズは、昇格試験の会場となる街までは付いて来ないので、お別れである。
「じゃあ、行って来る!」
「うぅ、リンネ。やっぱり、パパも一緒に……」
「牧場の仕事があるだろ。それに、ママに冷たい目で見られるから、やめた方がいいぞ」
「うっ……!」
ごねる父を黙らせる。
心配してくれるのは嬉しいが、過保護というのもよくないぞ。
それを案じたからこそ、母は今回の遠出に父の同行を禁じたのだろうし。
まあ、父が長期間家を離れたら、牧場の管理が大変になるというのが最大の理由だろうが。
「じゃあ、改めて、行って来る!」
「リンネ、本当に気を付けなさい。いくら、リンネが強くても、死ぬ時は一瞬だから」
「わかってる!」
もう、オーガの時みたいな不様は晒さない。
だから、安心して待っていてほしい。
そして、私達を乗せた乗合馬車が出発した。
馬車が見えなくなる手を振り続ける父に、私も飽きずに手を振り返した。
◆◆◆
そうして、馬車を乗り継いで旅をする事、五日。
私達は、昇格試験が行われるという大きな街、領都シャムシールへと到着した。
「うおお! すげぇ!」
「なんすか、これ?」
「綺麗……」
ベル、オスカー、ラビの、大きな街を見た事ない組が、感嘆の声を上げた。
まあ、たしかに、この光景を初めて見るのなら驚くか。
なにせ、
「ハハハ。こういう街を見たのは初めてか? 凄いもんだろう? 街を覆う大結界ってやつは」
そう。
御者をしていた兄ちゃんが説明してくれた通り、この街には、街全体を覆う巨大な結界が張られている。
たまに淡く光る、透明な魔力の膜。
ドレイクがベル達と戦った時のやつとは違い、外側からの魔法攻撃のみを防ぐ、対魔法結界だ。
大きな街や前線の砦、貴族の邸宅なんかには、大抵、この結界が張られている。
何故、対魔法だけなのかというと、魔力の節約、及び、物理まで防いでしまうと交通が凄まじく不便になるからという理由だった筈だ。
昔、誰かに聞いた。
そのまま、乗合馬車は街の正門へと入り、停留所となっている場所で停車した。
「ほら、早く行くぞ」
初めての大きな街をキョロキョロと見回す三人に向かって、唯一、特に何も感じていないようなシオンが先を促す。
まあ、シオンは昔、王都に住んでいたらしいからな。
あそこは、こんな田舎領地の領都とは比べ物にならない、国の中心部だ。
それを知っていれば、この街を見ても、感動する理由はないか。
実際、私とて欠片足りとも感動していないしな。
そうして、目移りが激しい三人組を引き摺って、この街の冒険者ギルドにやって来た。
さすがに、領都だな。
トリスの街のギルドよりも、遥かに大きい。
「え? 昇格試験ですか? 君達みたいな子が……? へ? 受験票? ……ホントだ。か、確認しました。少々お待ちください」
そこの受付に冒険者カードを提示し、トリスのギルドで発行してもらった受験票を提出して、昇格試験の登録は完了した。
受付嬢は少し面食らっていたようだが、私達の年齢を考えれば無理もない。
ベルとオスカー、シオンが13歳。
私とラビにいたっては、11歳だ。
いくら冒険者登録に年齢制限がないとはいえ、この歳でB級昇格試験に挑む奴は稀なのだろう。
さて、登録は終わったし、試験まではまだ何日か時間がある。
宿を取った後は、適当に街をぶらついて時間を潰そうかと思っていた時、例によってギルドと併設されている酒場に、見た事のある顔を見つけた。
昼間から酒をかっくらっている、眼帯を付けた中年だ。
悲しい事に、お一人様のようだ。
それを哀れに思った私は、せっかくだから声をかけてやる事にした。
「奇遇だな、ドレイク!」
「ん? おお、誰かと思えば嬢ちゃんか! しばらく見ねぇうちにデカくなったな!」
その中年、S級冒険者のドレイクは、私を見た途端、笑顔になった。
やはり、可愛い女の子から声をかけられるのは嬉しいか。
こいつ、強面だからな。
笑顔で接してもらえる機会は少ないのだろう。
「そっちの坊主どもも久しぶりだな! どうだ? 少しは強くなったか?」
「当たり前だ!」
「今すぐリベンジしてやってもいいっす!」
「お、お久しぶりです」
「……ふん」
私に続いて、他の四人もドレイクに声をかけた。
ベルとオスカーは挑戦的。
ラビはビクついていて、シオンは不機嫌そうだ。
ドレイクに対する印象が、それぞれ違いそうだな。
「……聞いたぞ。あの後災難だったそうだな。まさか、あんなド田舎にオーガの変異種が出るとは……」
と、その時、いきなりドレイクが神妙な顔して話し始めた。
ああ。
その話、ドレイクの耳にも入ってたのか。
どうやら心配してくれたらしい。
やはり、割りと良い奴だな、こいつは。
「問題ない! 私も強くなったからな! 今なら、あんな奴楽勝だ!」
「ハッ! 威勢が良いな。どれ。機会があったら、今度は嬢ちゃんも揉んでやるよ」
「セクハラだな。パパに言いつけるぞ」
「そういう意味じゃねぇよ! まだ揉むだけの乳もねぇくせに、何ぬかしてんだ!」
冗談だ。
さすがに、ドレイクが私を性的な対象として見てるとは思っていない。
もしそうだったら、出会った時に、股間にぶら下がってる二つの玉を潰していた事だろう。
「で、嬢ちゃん達はなんでここに……ああ、大方、昇格試験でも受けに来たか」
「当たりだ」
「その歳でなぁ……これが才能ってやつか」
ドレイクは、なんとも言えない微妙な顔をしていた。
まあ、父曰く、父とドレイクがB級に上がったのは、20歳を過ぎてからだったらしいからな。
そんな顔にもなるか。
「なんにせよ、応援しておくぜ。まあ、実力に関しちゃ心配してねぇがな。だが、試験は戦闘力だけじゃどうにもならない事もある。せいぜい気をつけろよ」
「む……わかった」
頭使うのは苦手だが、まあ、頑張るとしよう。
私だって、別に馬鹿という訳ではないからな。
少し脳筋なだけだ。
ベルとは違うのだよ。ベルとは。
「ああ、それとな。ここだけの話って程でもねぇが、嬢ちゃん達が遭遇したオーガと似たような変異種が、最近、国中に出没してやがる。
だからどうしたって話でもあるが、まあ、用心だけはしておけよ」
最後に、忠告するようにドレイクは言った。
あんなもんが国中に、だと?
……偶然か?
いや、何やらとてつもなく不吉な予感がするな。
言われた通り、用心だけはしておこう。
そうして、私達はドレイクと別れ、適当に宿を取った後、街をぶらついて時間を潰した。
ベルとオスカーは武器屋に直行。
ラビは、馬鹿二人が心配だったのか、付いて行った。
シオンは、宿の部屋で静かにしているそうだ。
私は……土産でも探しに行くか。
そんな感じで、試験開始までの数日は過ぎていった。
◆◆◆
領都シャムシールから少し離れた森の中。
低ランクの冒険者達が、薬草採取などの依頼の為によく訪れるその森で、不可解な現象が起こっていた。
森の一角で、━━空間の歪みが発生したのだ。
見る者が見れば、希少な空間属性の魔法によって起こされた現象だと見破ったであろう。
しかし、その場には、そのような有識者も、まして目撃者の一人すらいなかった。
そして、空間の歪みから、三人の人物が現れる。
「いや~、着いた、着いた」
一人は、フード付きの真っ黒な外套を羽織った男。
その顔には、笑顔を模した黒い不気味な仮面をつけている。
全身黒ずくめ。
街の中で発見されれば、即、不審者として通報される事だろう。
「え~と、ここら辺でいいですかね~? スコーピオンさんはどう思います?」
「場所なんて適当でいいだろうが。それよりも、早くおっぱじめようぜぇ」
仮面の男の声に答えたのは、紫の髪をした口調の悪い女。
腰に巻いた剣帯に、一目で業物とわかる一本の剣を差している。
女は、男と同じ外套を羽織っているが、その下には、こぼれ落ちそうな程に大きな胸を包むチューブトップに、健康的な太ももを大胆に露出するショートパンツといった際どい服を着ており、
口調とは裏腹に、凄まじい色香を放っていた。
「かぁ~! わかってませんねぇ! こういう計画は、事前の準備が物を言うんですよ! これだから野蛮人はお馬鹿さんで困る! ねぇ、そうは思いませんか、お客さん!」
「喧嘩売ってんのか? てか、誰に言ってんだテメェはよ。まさか、その人形に話しかけてる訳じゃねぇだろうなぁ?」
「おやおや~、人形に話してはいけませんか? 人形にだって心があるかもしれないじゃないですか! まあ、あったら確実に地獄でしょうけどね! おっと、こりゃ、一本取られた! アッハッハッハ!」
「……オレ様は、テメェのそのノリが大っ嫌いだぜ」
「いや~、それ程でも~」
「褒めてねぇよ!」
終始おどけた態度で喋る男と、不快そうにしながらも律儀にツッコミを返す女。
そんな二人を前に、最後の一人は無言を貫いていた。
「…………」
上半身裸で、フルフェイスの兜を被った巨漢の男だ。
その身体は屈強な筋肉の鎧で包まれ、その筋肉にも、歴戦を思わせる傷痕が多く付いている。
そんな個性的な外見に反して、兜の男はどこまでも無言で静かだった。
それこそ、まさに人形のように。
「さてさて~。では、計画実行に相応しい場所を探した後、始めるとしますか。━━全ては陛下の御心のままに~、ってね」
そうして、不審な三人組は森の中に消えていく。
彼らは、まごうことなき危険人物であり、災いの種。
決して、放置してはならない存在。
シャムシールの街に、厄災が迫っていた。