13 戦いに生きる覚悟
━━ジャック視点
俺は今、気絶したリンネを背負い、ベルくん達と共にトリスの街を目指していた。
あの特異オーガとの戦いにより、俺達はかなり消耗してしまった。
リンネや他の皆に治癒の魔法をかけた事で、ラビちゃんはほとんどの魔力を使い果たしたし、
ベルくんとシオンくんは、治癒魔法を受けてなお、オーガの突進を受け止めた時のダメージが治りきっていない。
三人、いや、リンネを含めたこの四人は、もう戦えないだろう。
余力があるのは、遠距離攻撃に徹していたオスカーちゃんと俺だけだ。
しかし、俺達も決して余裕ではない。
オスカーちゃんの魔力も、かなり目減りしている。
俺だって、重症ではないというだけで、治癒術師の世話になりたいと思うくらいには、深い傷を負ってるんだ。
だが、危険度Aの化け物、それも首を落としても死なないような変異種と戦って、死人が出なかっただけでも奇跡。
あれは、全盛期の俺が、当時のドレイクを含めたパーティーメンバー全員と一緒にかかったとしても、相当苦戦しただろう。
それこそ、死人が出てもおかしくない程に。
そんな化け物を、こんな子供ばかりのパーティーが討伐したんだ。
奇跡と言う他にない。
「…………」
だが、俺に勝利の喜びはなかった。
心の中にあるのは、自分の不甲斐なさに対する憤りだけだ。
娘一人守りきれずに、何が元A級冒険者だ。
まったく、聞いて呆れる。
情けない。
情けなすぎて、笑えもしない。
しかし、それと同時に、仕方がなかったと思ってしまう自分もいる。
あれは、格の違う戦いだった。
衰えた今の俺では、下手に割って入る事のできない高位の戦闘。
実際、俺は投擲物を一つ食らっただけで、軽く吹き飛ばされた。
それも、受け方を少し間違っていれば、こんな傷では済まなかっただろう。
できた事と言えば、せいぜい遠距離からのサポートが関の山だった。
そんな戦いを繰り広げるなんて、本当にウチの娘は天才だ。
剣神様の生まれ変わりというのも、案外本当の事なのかもしれない。
だが、そんな天才も今は力尽き、俺の背中で寝息を立てている。
そう。
どんな大天才であろうと、倒れる時は倒れるし、死ぬ時は死ぬ。
それが、戦いに生きる者の宿命だ。
……やっぱり、リンネには、そんな人生を送ってほしくないな。
「……俺、何もできなかった」
と、その時、ベルくんがポツリと呟いた。
彼の方を見てみれば、悔しそうに俯いている。
ベルくんは、俺達の中で唯一、遠距離攻撃を持たない。
故に、今回の戦いでは、あまりサポートができなかった。
それを気にしているのだろう。
俺からすれば、オーガの突進を受け止めただけでも大金星だと思うけどな。
そう言って慰める事は簡単だが……
「それが冒険者の仕事だ。自分では歯が立たないような化け物と、不意に出会ってしまう事もある」
俺は、あえて違う言葉を選んだ。
ベルくんだけではなく、この場の全員に向かって、諭すように話をする。
「今回は運良く生き残ったが、次は死ぬかもしれない。冒険者は常に死と隣り合わせだ。……いや、冒険者だけじゃない。兵士や騎士も同じ。それが、戦いに生きる者の宿命なんだから」
子供達は、俺の言葉を真剣に聞いていた。
だからこそ、俺も真剣に話を続ける。
「『運が悪かった』。ただそれだけの理由で、自分や大切な仲間が死ぬ。戦いに生きていれば、そういう事がざらにあるもんだ」
事実、俺やドレイクも仲間を失っている。
あれは、辛くて悲しかった。
戦いというのは、辛くて悲しいものなのだ。
「━━それでも、君達は冒険者を続けるかい?」
やめるなら今のうちだと、暗に告げる。
何も、戦いだけが人生じゃない。
実際、俺は今、戦いの世界から離れて生きているが、幸せだ。
村で誰かと結婚するもよし。
それが嫌なら、街に出て商人にでもなるのもいいだろう。
戦い以外にも、人生の楽しみ方はたくさんあるのだから。
でも……
「……俺はやめない。俺は、いつか英雄になりたい。たとえ死んでも、夢を諦めたくない」
ベルくんは、もう覚悟が決まっているかのように、強い意思を感じさせる声で、そう言った。
……まるで、昔の俺みたいだな。
いや、俺なんかよりも遥かに強いか。
俺も昔は、英雄になるんだと息巻いていたが、最初に死にかけた時に心が折れて、それからは身の丈に合った仕事ばっかしてたからな。
最終的には、仲間にも恵まれてA級にまで登り詰めたが、結局、英雄にはなれずに、結婚して引退だ。
心残りすらない。
でも、あるいはこの子なら、俺が諦めた夢を叶えられるかもしれないな。
「あたしはベルに付いて行くっすよ! そして、おもしろおかしく生きるっす!」
オスカーちゃんは……ちゃんと理解してるんだろうか?
少し不安だ。
だが、常に前向きである事は、冒険者にとって必要な資質でもある。
そう考えれば、案外、オスカーちゃんは冒険者に向いているのかもしれない。
「わ、私も、冒険者続けます。そ、それで、今度は皆を守れるくらい、強くなりたいです」
ラビちゃんも、そう言ってグッと両手の拳を握った。
……ちょっと意外だ。
気弱なこの子なら、死の恐怖を感じたところで諦めると思っていたが。
子供というのは、大人が思うよりも、よほど強いのかもな。
それか、思いもしない速度で成長するという事か。
「俺は騎士を目指す事をやめるつもりはありません。冒険者も続けますよ。戦いから逃げるようじゃ、騎士にはなれない」
そして、シオンくんの考えも変わらずか。
リンネからの話で、この子も相当頑固な部類だというのは知ってる。
それでも、命の危機を体験してなお、信念が欠片もぶれないというのは凄い。
あのクソイケメンの息子にしておくのがおしいくらいだ。
結局、子供達は誰一人として冒険者をやめる気にはならなかったか。
リンネにはまだ聞いていないが、多分、この子もそうだろう。
なにせ、リンネは勝者だ。
あれだけの強大な敵を打倒した、小さな英雄だ。
そんな子が、怖気づいて冒険者をやめるとは、どうしても思えなかった。
……最近の子供って、強すぎじゃないか?
いや、この子達が特殊なだけか。
最近の子供とひとくくりにするのは、よくない。
実際、他の村の子達は普通だ。
とにかく、これについて考えるのは、ここまでにしておこう。
今は、一刻も早く街に、冒険者ギルドに戻って、皆の治療をするのが先だ。
その後に、あの特異オーガの事を報告しておかなくては。
薬草採取の依頼で、あんな化け物と遭遇するなんて、どう考えてもおかしい。
この辺には、オーガなんて生息していなかった筈だ。
そもそも、あれの存在自体がおかしいだろう。
なんだ、首を落としても死なないオーガって。
あれじゃ、まるでゾンビだ。
ゾンビのめんどくささを搭載したオーガとか笑えないぞ。
実際に目にした今でも信じられん。
そうして、俺達は帰路を急いだ。
俺はずっと、訳がわからない現象に対する薄気味悪さを感じながら。
◆◆◆
私が目覚めた時には、オーガとの戦いから既に二日が経過していた。
寝てる間に診てくれたという医者曰く、オーガ戦のダメージに加えて、極度の疲労が原因だろうとの事。
まあ、あれだけの死闘を繰り広げ、神速剣を四度も使用したのだから、当然の反動だな。
しかし、二日も目を覚まさなかったせいで、他の奴ら(特に父)を大いに心配させてしまったようで、
目が覚めた瞬間、父に力の限り抱きしめられて死ぬかと思った。
他にも、ラビは涙目になっていたし、ベルとオスカーとシオンも柄にもなくホッとした顔をしていた。
そして、起きた後に、父からあのオーガについての事や、それに対するギルドの見解なんかを聞かせてもらった。
まず、あのオーガは首を落としても死ななかった事や、傷口が砂になって崩れていた事などから、ゾンビだったのではないかと考えられているらしい。
たしかに、言われてみれば、ゾンビの特徴と合致するな。
しかし、ゾンビとは普通、体が腐っていて、生前の力も残っていない。
あのオーガは、明らかに生前と同じ姿で、危険度Aの名に相応しい力を振るっていた。
しかも、通常のゾンビというものは、迷宮などの特殊な環境に放置された死体が変質して魔物化したものらしい。
知らなかった。
だが、この辺りに迷宮はなく、オーガも生息していない。
どこかから流れて来たのかもしれないが、真相は闇の中だ。
結局、オーガの死体も残らなかった為、これ以上の調査は不可能とギルドは判断。
正体は不明。
どこから来たのかも不明。
どこぞの迷宮で偶然ゾンビ化した可能性の高いオーガの変異種、という事で、ギルドの記録には残されるらしい。
そんな一連の話を終えてから、父は改まった様子で、私に語りかけてきた。
「……リンネ。冒険者を続けていれば、こうしてまた倒れる事もあるだろう。もしかしたら、そのまま死んじゃうかもしれない。
それでも、リンネは冒険者を続けたいか?」
父は、憂うような目をして、そう聞いてきた。
……ああ、そうだった。
今回、私は倒れて、父に多大な心配をかけてしまったのだ。
いくら、今世において初めての同格に近い相手との殺し合いだったとはいえ、オーガごときを相手に、まったく情けない限りだ。
元剣神が聞いて呆れる。
それでも……
「……ごめん、パパ。それでも私は、しばらく冒険者を続ける。それに、戦う事は戦えなくなるまでやめないと思う」
戦う事は、私の唯一の取り柄だ。
私から戦う事を取ったら、あまり残るものはない。
それに、私は戦っていないと、自分がいつでも戦えるのだと思っていないと、安心できないのだ。
平穏の中にいると、どうしても、その平穏がいきなり崩れた、前世の故郷の事を思い出してしまう。
あの時、前世の故郷が滅びた時に、私に剣神と呼ばれた頃の力があったのなら。
そんな事はあり得ないとわかっている。
それでも、どうしてもそう考えてしまう時がある。
当時の私は、まだ五歳かそこらの子供だった。
それも、今と違って何の力もない、ただの子供だ。
そんな無力な私は、あの魔帝率いる帝国軍から、ひたすら逃げる事しかできなかった。
だが、今は違う。
今の私も子供だが、力を持った子供だ。
今ならば、帝国軍のような理不尽が突然襲って来ても、抗う事ができる。
私の力は、その為の力だ。
いざという時に、大切なものを守る為の力。
その力を錆び付かせる訳にはいかない。
だから、私が戦いをやめる事はない。
前世のように、戦えなくなるその時まで、剣を置くつもりはない。
それが、私の信念なのだから。
「……そうか」
父は、あまり落胆はしていなかった。
わかっていたとでも言うかのように、少し悲しそうな目をするだけだ。
……それでも、やはり親に心配をかけるのは心苦しいな。
だから、私は代わりの言葉を口にした。
「その代わり、パパが安心して見てられるくらいに、私は強くなるぞ!」
父の望む言葉とは違うだろう。
だが、それでも、これが私の精一杯の言葉。
この言葉だけは、違えるつもりはない。
それを聞いた父は、キョトンとした顔をした後に、
「そうか。頑張りなさい」
優しく笑って、そう言った。
「うん!」
私はそれに、精一杯の元気な笑顔で答えたのだった。




