12 危険度A
オーガが戦闘態勢を取ったと認識した瞬間、私は剣を抜き放ち、全速力で駆けた。
「神速剣・一閃!」
出し惜しみはしない。
初手最高火力だ。
こいつの攻撃の矛先がベル達に向けば、間違いなく殺されるだろう。
そうなる前に、殺る。
しかし、オーガは私の神速剣を、棍棒を盾にして防いだ。
「チッ!」
剣が棍棒を切断し、オーガの肩口を大きく斬り裂くが、致命傷には至っていない。
このクラスの魔物は、素で並みの闘気使いよりも硬かったりする。
今の身体能力だと、神速剣ですら一撃では殺しきれないか。
「…………」
オーガが、反撃に丸太のような巨腕を振るう。
「飛脚!」
それを王国剣術の一つ、シオンも使っていた特殊な歩方で避け、オーガの腕を足場にして飛ぶ。
そして、そのまま首筋を斬り裂いた。
……だが、傷は付けども首を飛ばす事はできなかった。
神速剣なら斬れたかもしれないが、今の私だと無理な体勢からでは放てない。
私が通り抜けた後、避けたオーガの拳が地面に突き刺さり、衝撃と共に、地面に大きなクレーターを作り出した。
凄まじい剛力。
まるで、マグマのようだ。
いや、あいつはもっと上だが。
それでも、私以外が受ければミンチ確定だな。
元A級冒険者の父なら、ギリギリ大丈夫かもしれないといったところか。
「リンネ! 一人で突っ込むんじゃありません!」
「ごめん!」
私が、オーガから一旦距離を取ったタイミングで、父が怒りながら合流した。
今の父は現役時代に使っていたという魔剣を持っている。
ならば、かなりの戦力だ。
オーガとも、まともに戦えるだろう。
魔剣とは、特殊な素材と製法を使って造られる、魔法の武器である。
それを持つ者は、擬似的に闘気の魔法を使えるようになるのだ。
だからこそ、魔剣はやたらと値段が高い。
つまり、今の父は闘気使いと遜色ない働きができる。
加えて、ここ数年は私との稽古をかかさなかった為、少しは現役時代の勘が戻っている筈だ。
そんな父と私を主力に、ベル達をサポートに回せば、オーガは決して勝てない相手ではない。
幸い、今の一連の攻防だけでも、それなりのダメージを与えた。
致命傷でなくとも、かなり深く斬った。
血が流れれば、少しは弱体化も……
「何?」
オーガがゆっくりとこっちを向く。
浅くない傷を負わせた筈なのに、まるで痛みなんて感じていないかのような、無機質な目。
思えば、こいつは今まで呻き声の一つすら上げていない。
そして、その体に付いた傷からは、一滴足りとも血が流れていなかった。
「パパ……オーガってあんな感じだったか?」
「そんな訳ない! あれは普通じゃないぞ!」
そりゃ、そうだ。
私は魔物退治の専門家ではないが、オーガと戦った事がない訳じゃない。
一応、魔物退治の専門家である冒険者にも確認してみたが、結論は変わらず。
あのオーガ、普通じゃない。
変異種だ。
「俺もやるぜ!」
「駄目だ! お前の戦える相手じゃない! 下手したら本気のドレイク並みだぞ!」
血気に逸るベルに対して怒鳴りつける。
変異種というのは、大抵通常種よりも強いと、どこかで聞いた事がある。
オーガはただでさえ危険度Aの、戦闘力だけならS級冒険者に匹敵しかねない強敵。
ドレイクに瞬殺されていたベル達を、そんなのと戦わせる訳にはいかない。
それは、半ば自殺だ。
「私がメインで攻める! パパ達は遠距離から狙撃! 私は避けるから、気にせず撃って! ベルは後衛の壁! 基本は避けて、いざとなったら命懸けで後ろを守れ!」
「わ、わかった!」
「リンネ!? 待ちなさい!」
「ごめん! ここは行かせて!」
父の静止を振り切って再突撃する。
同時に、オーガも踏み込みで地面を陥没させながら、こっちに突撃してきた。
高速の世界で、私とオーガが交差する。
「神速剣・流!」
二度目の神速剣でオーガの拳を受け流し、そのまま脚を斬り裂く。
カウンターの剣技。
それを食らわせ、オーガの片脚を完全に切り落とした。
相変わらず血は出ないが、これでかなりの機動力を殺せた筈だ。
……だが、体への反動も大きい。
体感として、神速剣はあと一度が限界だろう。
ラビの治癒魔法を受けられれば話は別なんだが、戦闘中にそんな暇はない。
「ああ、くそ、仕方がない! 飛剣!」
「ボルティックランス!」
「嵐の矢!」
「アクアランサー!」
脚を失ったオーガに、容赦なく父達の遠距離攻撃が炸裂する。
的が大きい事もあって、全弾命中した。
オーガは変わらず無機質な表情を崩さないが、ダメージはある。
体の一部は、筋肉の鎧が剥がれ、骨が露出しているのだから。
しかし、やはり傷口から血は流れず、代わりに砂のように崩れている。
見れば、さっき切り落とした脚も、砂となって消えた。
……不気味な相手だ。
「…………」
オーガが無言でベル達の方を向く。
怒気も殺気もない。
だが、放置すれば確実に害となる。
だから、オーガの矛先が父達に向かう前に、私が再度飛び出す。
「攻ノ型・槍牙!」
突きを放つも、オーガは腕を盾にして止める。
闘気を纏い、切れ味を増した剣は、それなりに深く刺さっている。
だが、こいつ相手では切断くらいしなければ意味はないだろう。
即座に剣を引き抜き、飛脚で距離を取る。
離脱した場所をオーガの拳が通過し、また地面に突き刺さって衝撃が発生、クレーターが出来上がる。
そこに再び、父達の遠距離攻撃が炸裂。
さっきと同じ光景だが、ダメージは確実に増えている。
不気味な相手だが、いくらなんでも、動けなくなる程に体を破壊すれば死ぬだろう。
ならば、これでいい。
「…………」
その時、オーガが動きを変えた。
三度突撃する私には目もくれず、足下に落ちていた何かを右腕で拾い上げた。
それは、最初の攻防で破損した、棍棒の残骸。
オーガが、それを大きく振りかぶる。
狙いは……父達の方だ。
「ッ! 神脚!」
そうとわかった瞬間、私は闘気の出力を最大にまで上げた。
更に、それを脚に集中し加速。
そして、オーガに辿り着いた瞬間、脚から腕へと闘気の集中箇所を変更。
渾身の力で、剣を振り抜く。
「神速剣・一閃!」
温存していた三度目の神速剣が、防御に回されたオーガの左腕を切断し、そのまま首までも斬り飛ばす。
まっとうな生物なら、これで死ぬ。
━━しかし、オーガの動きは止まらなかった。
片腕、片脚に、頭部。
五体のうち三つを失ったオーガが、それでも残った右腕を動かし、棍棒を投擲した。
私は動けない。
神速剣に加えて神脚まで使ってしまった反動により、体が硬直していた。
骨が軋み、筋肉が痛み、腕にはおそらくヒビが入っている。
オーガの投擲を、ただ見ている事しかできなかった。
棍棒の残骸が、凄まじい速度で飛翔する。
「おおおおおおおお!」
だが、それを父が魔剣を盾にして防いだ。
完全には止めきれずに父は吹き飛んだが、棍棒の軌道は変わって、見当違いの方向に飛んでいく。
あれくらいなら、父も死んではいないだろう。
助かった……!
「ッ!」
そっちに意識を取られた一瞬の隙に、オーガの拳が私に迫っていた。
投擲に使った右腕を体ごと回転させて繰り出された裏拳のような一撃が、私に直撃した。
そのまま、残ったベル達の方に吹き飛ばされる。
『リンネ!』
「ゴフッ……大丈夫だ!」
咄嗟に、再び闘気を全開にして受けた。
故に、致命傷は避けられた。
しかし、大丈夫ではない。
また全開闘気を使ってしまった反動と合わせて、体はボロボロだ。
「ヒール!」
ラビの治癒魔法が傷を治してくれるが、さすがに全快とはいかない。
これだけの傷だ。
たとえ、ヨハンさんであっても、ユーリであっても、一瞬で治しきるのは無理だろう。
まだ子供で、そこまで治癒魔法を習熟していないラビでは、焼け石に水程度の効果しか見込めない。
そして、事態は更に悪化した。
オーガが残った脚に力を籠め、こちらに向けて突撃してきた。
「! ボルティックランス!」
「ウィンドブラストっす!」
「アクアブラスト!」
咄嗟に、魔法の使える三人が迎撃し、勢いは削れた。
しかし、未だにかなりの速度と質量を持った、オーガの突進は止まっていない。
「らあああああああああ!」
迫るオーガの前に、ベルが立ち塞がった。
ベルにはさっき、いざとなったら命懸けで後ろを守れと言った。
その言葉を守って、ベルは私達を守る為に、強大な敵の前に立った。
「守ノ型・城壁!」
ベルが、剣を盾にオーガを止めようとする。
守ノ型・城壁。
本来ならば、盾を装備した者が使う技。
それによって、オーガを止めようと言うのか。
「うおおおおおおおおおお!」
ベルが咆哮を上げる。
少し遅れてシオンも合流し、二人でオーガを押さえ込んだ。
結果、━━オーガは止まった。
「ハッ」
私は、思わず笑ってしまった。
やるじゃないか二人とも。
足手まとい一歩手前くらいに考えていたのが恥ずかしいぜ。
そうだ。
子供達がこんな必死に戦ってるんだ。
なら。
ここで立たなきゃ、英雄じゃないよなぁ!
「おおおおおおお!」
ボロボロの体に鞭を打ち、オーガに向かって走る。
オーガは、残った右腕を振るおうとしている。
それを許せば、オーガに密着している二人は吹き飛ばされるだろう。
闘気も纏えず、今の攻防で力を使い果たした二人は、それだけで死にかねない。
ならば、そうなる前に、けりをつけるのみ!
「神速剣・破断!」
ラビのおかげで少しは回復した体を酷使し、威力重視の神速剣を振るう。
されど、威力を重視しようとも神速の一撃である事に変わりはない。
その剣が、オーガが腕を動かすよりも早く炸裂し、オーガの体を縦に斬り裂いた。
そうして、━━首を落としても死ななかった怪物が、遂に死んだ。
真っ二つになったオーガの体が、砂となって崩壊していく。
もう、動き出す気配はない。
周囲に他の魔物がいる気配もない。
「勝った……」
私は勝利を確信し……そして、限界を迎えて意識を失ったのだった。
◆◆◆
どことも知れぬ、暗い部屋。
その部屋の奥に置かれた豪奢な椅子。
玉座と呼んでも過言ではないその椅子に、一人の女が腰掛けていた。
「む?」
「如何されましたか、陛下?」
『陛下』と呼ばれたその女が、何かに気づいたように顔を上げる。
それに対して、対面に跪く巨漢の老人が疑問を呈した。
「いや、何でもない。実験用の人形が一つ壊れただけだ」
「左様でございますか」
そして、二人は何事もなかったかのように話を続ける。
その会話を聞く者は、他に誰もいなかった。




