9 最寄りの街トリス
前世の記憶を思い出してから二年程が経ち、私は8歳になった。
少しは身体も成長し、最近では神速剣に頼らずともヨハンさんに勝ち越せるようになってきた。
もっとも、お互いに本気でとなると話が変わってくるだろうが。
ヨハンさんは、騎士の正式装備である魔剣も抜いていないしな。
そして、私以外のメンツも成長が著しい。
シオンは相変わらずの天才だし。
ベルは正式な師匠の下で基礎を覚えたおかげか、魔法禁止ルールならば、一対一の試合で、たまにシオンに勝てる程の急成長を遂げた。
オスカーとラビも、それぞれ魔法を習得し、なんだかんだで剣術の稽古にも強制参加させたせいで、動きが格段に良くなっている。
今や、全員でかかって来られると、私ですら苦戦するレベルだ。
あくまでも、闘気禁止ルールでの話だが。
……いや、目標のある私とシオンはともかく、他の連中はこんなに強くなってどうする気だ?
ベルに関しては、ある日突然「俺は英雄になるんだ!」とか言い出して冒険者にでもなる可能性が高いと睨んでいるが、オスカーとラビはどうするんだろうか?
村の自警団にでも入るのか、それとも、ベルかシオンに付いて行くのか。
まあ、何でもいいか。
変に力に溺れたりしない限りは、いざという時に身を守る力というのはあった方が良い。
人生、何が起こるかわからない。
平和に暮らしていても、ある日突然、悪の帝国が侵略してくる事だってあるからな。
と、そんな感じで日々を過ごしていた時、父が興味深い話を持ってきた。
「街?」
「ああ。パパがよく街に行ってるのは知ってるだろう? リンネも大きくなってきたし、一度、パパと一緒に村の外に出てみないか?」
ほう。
つまり、お出かけか。
うむ。
断る理由はないな。
私も、いつかは村の外に出ようと思っていた。
今まではきっかけがなかったが、そのうち、弟子どものいる王都まで行くつもりだしな。
今回のお出かけが、そのきっかけになるのなら望むところだ。
それに、親子でお出かけというのは、実に楽しそうではないか!
「うん! 私も行く!」
「よし! じゃあ、二日後くらいに出発だ!」
「おー!」
という事で、父と共に街に行く事が決定した。
私が了承すると、父はわかりやすいくらいに、はしゃいでいた。
そんなに娘との外出が楽しみか。
そんな父を、母が生暖かい目で見ていたのが印象的だった。
そして、その話を剣術教室でしたところ、
「お前だけズルいぞ! 俺達も連れてけ!」
「そうっすよ!」
案の定、ベルとオスカーにブーイングを食らった。
話すんじゃなかったかもしれん。
いや、どうせすぐにバレる話か。
「お出かけですか。良いですねぇ。僕は仕事柄、この村を離れられないので、少し羨ましいです」
一方のヨハンさんは、クソ真面目だな。
村の防衛は自警団だけで十分なんだし、左遷された身なんだから、ちょっとくらいサボってもバチは当たらないだろうに。
私なんて、しょっちゅう仕事を放り出して、遊び歩いてたぞ。
「あ! そうだ。リンネちゃん、もしよかったら、シオンも一緒に連れて行ってくれませんか?」
「は? 何で俺が……」
「シオン。騎士になりたいなら、少しでも外の世界を見る事も大事ですよ」
「…………」
お、シオンがヨハンさんに言い負かされた。
それと、この気安い会話を見てわかるように、二人の親子関係は、この二年でそこそこ改善している。
これも、賑やかし組が入って剣術教室の空気が明るくなったのと、友達が出来て、シオンが若干丸くなったおかげだ。
つまり、私のおかげだな。
称賛してくれてもいいんだぞ?
で、他の連中も連れて行きたいという話を父にしたところ、保護者の許可が出たらオッケーという事になった。
シオンは、保護者であるヨハンさんが、むしろ推奨してるので同行決定。
ベルとオスカーも、割りとすんなり許可が下りた。
唯一、ラビのところが少し難航したらしいが、意外にもラビ自身の強い希望によって許可されたそうだ。
なんでも、一人で置いてきぼりにされるのは嫌だったのだとか。
納得の理由だ。
ちなみに、それを聞いた父は少し落ち込んでいた。
もしかしたら、親子水入らずという状況を楽しみにしていたのかもしれない。
すまん事をした。
今度、何か埋め合わせをしよう。
◆◆◆
そして二日後。
私達は最寄りの街、トリスに向かって出発した。
徒歩だと三日はかかる距離だが、我が家においてロビンソンの次に優秀なペットである、馬のチャールズが引く荷車に乗り込む事によって、移動時間を半日に短縮。
朝一で出発した為、その日の夕方にはトリスに到着する事ができた。
よくやった、チャールズ。
そして、街の門で通行税を支払……う事なく、そのまま門を通過した。
これは、父の冒険者という立場のおかげだ。
冒険者は、基本的にこの手の税金が免除され、ランクによっては色々な恩恵を受ける事ができる。
父は引退したとはいえ、A級冒険者としての資格を失った訳ではない。
身分証明である冒険者カードを見せれば、街の門くらいは顔パスという訳だ。
むしろ、門番達が「いつも、お疲れ様でーす」って感じで頭を下げていた。
父は、よくこの街に通ってるからな。
門番とは顔見知りなのだろう。
で、街の中を荷車でガタゴト進み、配達先である酒場にたどり着いた。
街の中心にある、一際大きな建物だ。
ヨハンさんの家よりも、余裕でデカい。
その扉は、来る者拒まずというかのように、開け放たれている。
「おお! これが冒険者ギルドか!」
「うっひゃぁ……でっかい建物っす」
「す、凄いね……」
そんな酒場こと、冒険者ギルドを見上げて、三人組が感嘆の声をもらす。
よく見れば、シオンですら若干目が輝いていた。
やはり、子供にとって冒険者ギルドとはテンションが上がる場所という事か。
私?
私は前世でよく(酒場として)利用していたから、そんなでもないな。
「じゃあ、おじさんは裏手に行って配達を済ませてくるから。中でおとなしく待ってるんだよ?」
「「「はーい!」」」
「はい……」
「わかってます」
父の言葉に、私とベルとオスカーが元気に返事をし、ラビとシオンは控えめながらも、ちゃんと頷いた。
そして、父は荷車を引くチャールズと共に、建物の裏手へと消えて行った。
私達は、それを見届ける前に巨大な扉を潜って、ギルドの中に入る。
と同時に、ベルとオスカーが受付目掛けてダッシュした。
「あ!? お前ら!」
こいつら、事前に打ち合わせでもしてやがったな!
一糸乱れぬ同時スタートだったぞ!
そんな二人の後を、私は必死に追いかける。
床を壊すとマズイから、闘気は封印だ。
「……はぁ」
「お、置いてかないでぇ!」
走る私達を、シオンは呆れながら、ラビは置いていかれない為に、追いかけてくる。
しかし、この二年でやたらと身体能力の上がった二人は、私達が追い付く前に空いている受付へと到達してしまった。
「「冒険者登録お願いします!」」
「え、えーっと……」
そして、受付嬢を困らせていた。
何やってんだ、本当に……。
「お前ら……」
「冒険者になりたいだと? やめとけ坊主ども」
だが、私が声をかける前に、一人の男がベル達に近づいて話しかけた。
眼帯を付けた中年の男だ。
手には酒の入ったコップを持っている。
酔っぱらいである。
「なんだよ、おっさん! 俺達の邪魔するな!」
「そうっすよ!」
「黙れ! たしかに冒険者になるのに年齢は関係ねぇがな! それにしたってお前らは若すぎる! せめて、あと五年してから出直して来い!」
この酔っぱらい……酔っぱらいのくせに、言ってる事はただの子供を心配するおっさんだな。
案外、悪い奴じゃないのかもしれん。
「寝ろ」
!?
しかし、その一言を呟いた瞬間、酔っぱらいの雰囲気がガラリと変わった。
眼光が鋭くなり、酒の入ったコップを受付に置き、凄まじい速度で動き出す。
その動きで、その殺気で、二人を攻撃しようとしているのがわかった。
私は反射的に闘気を解放し、床をおもいっきり踏み込んで、二人の前に一瞬で移動した。
「劣化神速拳!」
「ぬぉお!?」
そして、手加減抜きの拳を酔っぱらいに叩き込んだ。
未だに、一日数回しか使えない神速剣ではないが、それでも無理なく扱える範囲では最高出力の闘気を纏った一撃。
それを食らった酔っぱらいは、凄まじい勢いで吹っ飛んで行き、ギルドの壁にめり込んだ。
……やっちまったな。
「ド、ドレイクさん!?」
「あいたたた……こいつは驚いた。嬢ちゃん、いったい何者だよ?」
だが、酔っぱらいは割りと平気な感じでめり込んだ壁から出てきた。
ほぼ無傷かい。
さっきの攻撃は咄嗟に左腕でガードされていた。
そんな事ができるこの酔っぱらいこそ、ただ者じゃないだろう。
まあ、その左腕が、魔道具の義手だったのには、少し驚いたが。
マントで隠れて見えなかった。
「そう言うあんたこそ何者だ?」
「俺か? 俺はな……」
「ああーーーーー!?」
酔っぱらいの声を、ベルの大声が遮った。
いきなり、どうした?
「その左腕の義手! あんた、もしかして、あのS級冒険者『隻腕』のドレイク!?」
「おっと。そっちの坊主は俺を知ってるみたいだな」
隻腕のドレイク?
知らない名前だ。
だが、ベルが知ってるという事は、たまーに村に立ち寄る吟遊詩人か何かから聞いたんだろう。
つまり、そこそこの有名人って訳だ。
にしても、
「なるほど、S級冒険者か。どうりで」
強い訳だ。
S級冒険者とは、上位の騎士にすら匹敵するか上回るとまで言われる、冒険者の最高位。
国内に僅か数人しか存在しない、戦闘と探索のエキスパートだ。
そして、この酔っぱらいは、おそらく現役のS級冒険者。
下手したら、ヨハンさんや今の私よりも強いかもしれない。
流れでぶん殴っちまったが、ヤバイ奴に喧嘩を売ってしまった。
さて、どうするか。
「で、そんな俺をぶっ飛ばしてくれた嬢ちゃんは何者なん……」
「ドレイクゥゥ……!」
しかし、そんな強者の後ろに、いつの間にか誰かが回り込んでいた。
その誰かは酔っぱらいの肩に手を乗せ、地の底から響くような怨嗟の声を出している。
酔っぱらいの肩がビクッと震えた。
「お前、何、ウチの娘に殺気ぶつけてんの? 死にたいの? 俺に引導を渡してほしいの?」
「じゃ、ジャック……!? ひ、久しぶりじゃねぇか。あ、あの嬢ちゃん、お前の娘だったのか……」
「元パーティーメンバーのよしみだ。言い訳くらいは聞いてやる。早く話せ」
「うっ……!」
その人物とは、何を隠そう父であった。
いつの間にか配達を終えて、こっちに来ていたらしい。
そして、そんな父の飛びっ切りの殺気に当てられて、完全に素面に戻った酔っぱらい改め、ドレイク。
戦闘力なら父を遥かに超えている筈なのに、何故かおもいっきり怯えていた。
どうも、昔の知り合いみたいだけど、それを差し引いても、今の父からは抗い難いオーラを感じる。
怒った時の母と同じオーラだ。
初めて、父を怖いと感じた。
「い、いや、俺は若すぎる坊主達が、無謀にも冒険者登録しようとしてたから、止めただけだ!」
「本当にそれだけか?」
「……あー、その、俺も酔っぱらってたからな……ちょっとイラついて手が出ちまったというか、なんというか……」
「なるほど。歯ぁ食いしばれ」
「ちょ、待っ……」
父の渾身の一撃が、ドレイクの顔面に突き刺さった。
殺気に呑まれて防御できなかったのか、それをもろに食らったドレイクは、またも吹き飛んで、さっきとは反対側の壁にめり込んだ。
ギルド内は、何故か拍手喝采の嵐に包まれる。
酒と喧嘩は、酔っぱらいどものテンションを上げるのだ。
ギルド職員は困り顔をしている。
そして、私達は終始呆然としながら、その一部始終を見ていた。
その後、冷静になった父は、おとなしく待っていろという言葉を無視したベルとオスカーを叱り、
ついでに、正当防衛とはいえ暴力を振るった私に、軽くお説教をした。
だが、結局は友達を守ろうとしたという事で褒められた。
やはり、父は甘い。
結局、ベルとオスカーの冒険者登録は、保護者の許可がなければダメだという事で却下され、
その日は、おとなしく宿屋に泊まって、翌日に街を一通り見て回ってから村に帰るという事になった。
ちなみに、私と父が壊した壁と床は、子供に手を上げようとした酔っぱらいが全部悪いという事になり、修理代は全額ドレイクが支払うそうだ。
本人曰く、軽く気を失わせるだけのつもりだったとの事だが、減刑はされなかった。
なんだか、少し哀れだ。
ただ、━━なんだかんだで私の為に父が怒ってくれたのは嬉しかった。
親の愛情を感じたな。
そう考えれば、あの時の父は少しだけカッコ良かったような気がする。
帰りの荷車の上で、それを素直に父に伝えると、
父はとても晴れやかな顔で、デレデレと笑ったのだった。