2話 『火球』
テンの道案内で街を目指し、歩く。
八雲は未だ(これは夢の中だ)と思い込んでいる。
信号待ちして居た と言う事までは薄々と思い出してはいるのだが
その後はドンと衝撃を受けた様な気もするし
視界が回った気もする。
ただどうしても その後が思い出せない。
気が付けば眼前に人間の言葉を話す子狐のテンが居たと言う事だけだ。
色々な意味で頭が痛い。
『ねぇねぇ〜、あそこに兎がいるよ〜』
テンが言う方向に視線を向けると白い野兎が1匹居た。
『おぉ…本当だ、野兎なんか初めて見た』
八雲は(どうせすぐ逃げて行くんだろうな)と思って居た。
しかし言葉を話す狐が居る様な世界だ、普通ではない。
と、野兎は此方に気付くと牙を剥き、猛スピードで走り寄って来た。
『…へ?野兎って こんな攻撃的なのか?うお!』
顔面に向かって飛んで来た野兎に対し咄嗟に頭を両手でガードしたのだが
八雲の腕から血が流れる。
『痛…なんじゃコイツ』
『八雲〜 ぼくに任せて』
そう言うやテンは口から…いや正確には口の10センチ程先からゴウッと火の玉を放った。
その火の玉は見事に命中し、キー!と言う鳴き声を洩らした後 野兎は動かなくなった。
『おま…お前 今のなんじゃそれ…』
腕の傷の痛みを忘れる程に驚き、呟く。
『ん〜火球の術だよ〜?八雲も使えるでしょ?』
『…いやいやいや 使える訳ないやんけ』
夢にしては腕の傷口の痛みがリアルなのは気になるが
そんな事より驚く事が多過ぎて頭がオカシクなりそうだ。
『え〜 八雲は火球の術を使えないの?なんの術を使えるの?』
『いや何にも使えないだろ普通…』
『え〜? あ!野兎が兎肉とお金を落としたよ』
(…肉と金?…落とした?)
さっきまで野兎が倒れた所を見ると 確かに精肉店で見かける様な肉のブロックと小銭が落ちていた。
小銭を拾い上げて見ると1銭と書かれた小銭が5枚、そしてブロックの肉だ。
『テン、これは何なの?』
薄々は感じている。
もしかしたらと思えている。
この様なアイテムと金銭を落とすシステムはアレしかないと考えている。
『敵を倒したら落とすんだよ〜、八雲は知らなかったの〜?』
やっぱりか…。
これゲームの中の世界だ…。
思うに俺は死んでるか植物人間にでもなり夢を見て居るのかも知れない。
と言う事は信号待ちをして居た あの時、後ろからカマでも掘られて事故ったのだろうか。
いや、そうとしか思えない。
それなら この夢の世界は俺に都合の良い世界のはずだ。
俺が見て居る夢なんだ。
思いっきり楽しんでみるか。
『ねぇねぇ〜 八雲〜?』
『あ、悪いな。んで魔物を倒すとアイテムとか金を貰えるって事な?』
『うん そうだよ〜、それに段位も上がるよ〜』
『段位…いや そうか、そうだよな。それより術ってのは どうやって使うんだ?』
『術〜? 身体の中でね、火術をごぅっと練るの〜、そんで当たれ〜って撃つの』
テンはニコニコと楽しそうに話しているが
八雲にとっては巨人の元監督かよってツッコミそうになるほど訳が分からなかった。
(とりあえず火術を練る…イメージするって事か?)
目を瞑り 火をイメージしてみる。
…何か身体の奥底に五芒星が見えた。
(なんだこれ…)
見た事のない文字が五芒星のそれぞれの頂点に描かれている。
見た事のない文字だが なんとなく感覚で読める。
(火、水、風、雷、土…)
試しに火と描かれている場所に意識を向けてみた。
すると五芒星の中心が少しだけ赤くなる。
(これか…これを放つのか?)
なんとなく感じる力を手に集め
(飛べ)と念じてみる。
すると先程のテンの火球より小さい火の玉が
八雲の右手から飛んで行った。
『八雲すごーい、火球の術を使えた〜』
これが初級魔術だろう事は さすがに八雲にも分かる。
しかし この初級程度の術でさえ発動するまでに暫く時間が掛かった。
実戦で使う前にかなりの練習が必要だろう。
『テン、アリガトな。良い事を知れたよ』
『うん!ぼくに何でも聞いて〜』
テンは子狐でも 俺にとっては先輩だな
と思い再び街に向け歩き出した。