16話『素振り』
『お世話になっちゃって ゴメンね、んじゃまた』
『い 、いえ こちらこそ色々と頂いてありがとう御座いました』
八雲達は小助と由良の家を出て町の近くの森へと向かった。
剣を見てもらう為に法眼と待ち合わせてるからだ。
『この辺かな?』
『八雲〜 あの木の向こうに昨日の人が居るよ』
八雲には全く見えないがテンは気配を感じ取れる。
『そうか、サンキュー』
そして法眼の居るであろう場所に辿り着くと
そこには…天狗が居た。
『えーと…昨日のおっちゃんよね?』
『あぁ そうだ、しかし今は鞍馬天狗と名乗らせて頂こう』
『はぁ…?』
『ワシは剣を教える時は この姿なのだ』
全く意味が分からない。
何かの…いや一種のプレイかと思った。
凄い人ってのは、やはりどこか突き抜けてる分 その皺寄せで違う所がおかしくなるんだろうと思った。
『んーと…鞍馬さんで良いのかい?』
『否 そこは大天狗様だな』
(自分で大を付けるのか)
『そ、そうか…大天狗様ね』
この時は正直 騙されてるかもと八雲は考えて居た。
ただ、騙されてるとしても それでも自分以外の人の剣術の程を見てみたいとの好奇心が勝っていた。
『うむ。では 軽くお主の実力を見る事から始める』
天狗がそう言うと腰から木刀を抜き八雲にその切っ先を向けた。
『え…いや その高下駄でやるのかい?』
天狗はTHE 天狗な格好をしていた。
この頃から天狗の格好は確立してたんだなと驚いた位だ。
『ふむ…』
ゴソゴソ…
(やっぱり脱ぐんか、そら動きやすい普通の草鞋を選択するよね)
『…さて、掛かって来るが良い』
『いや 俺にも木刀貸してくれない?』
『…それもそうだのぅ。ほれ』
『ありがとう』
投げられた木刀を受け取りマジマジと見るが
洞爺湖温泉と書かれてる様な立派な物ではなかった。
樫の木で作られてるのだろうが、刀に少しだけ寄せてる感じの無骨な木片と言った感じか。
(これで遠慮なく行けるよ)
『さて、掛かって来い』
『よし、宜しくお願いします』
軽く頭を下げ 木刀を構えた後、天狗へと距離を詰め袈裟斬りを放った。
もちろん手加減などしていない。
カン!
『ふむ、素人ではない様だな』
それを軽く受け天狗は余裕そうだ。
『…良いか、まず基本の袈裟斬りはこうだ』
八雲の刀を弾くと素早く力強い一撃が上段から雷の様に八雲を目掛けて落ちて来る。
それを八雲は受けるが腕から足へと全身に雷撃を受けたかの様に痺れが伝播する。
『ぐ…』
『良いか…刀を振る時は無駄な力を抜け、そして必要な所にのみ力を集中させろ』
『わ…分かった』
八雲は一旦バックステップで後ろに下がり今度は胴払いで襲い掛かった
が、天狗がそれを刀で受けるかの動きを見せたと思えば次の瞬間、八雲の身体が回転し地面に落ちた。
(何故 俺が空を見てる…?)
『今のは旋風だ』
『つむじ…』
『お主は未だ剣術の基本がなっとらんな、今日はコレより上段 中段 下段それぞれの素振りと受けの修行をするが良い』
『…分かった』
『まず上段の型はこうだ』
天狗の法眼から 上段、中段、下段とそれぞれの刀の振り方を一通り教わる。
『よし、ではワシは明日また参る。それまで素振りのみしておれ』
『素振りのみかぁ…』
敵を倒しながら修行をすれば剣術をマスター出来ないまでも上達はするだろと思ったが
そうではないらしい。
まずは基礎である理想的な刀の振り方を覚えない事には、ただの腕力勝負な振り回しになるのだろう。
『八雲〜 見てるの飽きたから ご飯見つけてくるね〜』
『あぁ 頼んだ』
『任せて〜』
テンも昼にはただ黙って居る事に飽きてしまい
身体を動かしに森の中へと入って行った。
(無駄な力を使わずに振り下ろす…無駄な力を使わずに…)
丸1日、何かに駆り立てられた様に刀を振って居ると、少し気付いた事があった。
微量だが刀を振る際に身体の中に力の流れを感じた。
ただ その力の流れに集中すると何故かすんなりと刀を振れない。
しょうがないので夕方からは 非常にゆっくりと刀を振り、力の流れをスムーズに且つ刀を綺麗に振る様にした。
『八雲〜 大丈夫?』
『ん?大丈夫だよ…って辺りは真っ暗じゃないか』
『そうだよ〜 それに八雲 汗だらけだよ』
『お?おぉマジだ、楽しくて集中しちまった。宿に行こうか』
『うん!』
翌朝、宿を出ると再び森の中へと八雲達はやって来た。
昨日の感覚を思い出す様にゆっくりと記憶をなぞりながら刀を振り始める。
身体から適度に汗が滲み始めた頃に天狗もやって来た。
『ふむ、もうその域まで達したか』
『ん?おぉ 天狗のおっちゃん おはよう』
『おう。お主やはり変わっておるな、ところで鵺はどう倒したのだ?』
『鵺?テンの術と俺は刀に術を込めて倒したよ』
剣術が初心者ってのは自覚していた。
それを急遽補うならゲームの知識から来る魔法剣しかないと思った。
『刀に術…面白いな、やってみよ』
『ん、あぁ こんな感じだよ』
八雲は刀に火の術を込める。
鵺の時の様な土術よりも火術の方が見た目から分かりやすそうかなと考えての事だ。
『ほぅ…確かに火の刀になっておる。それでどの様な効果があるのだ?』
『効果?いや火に弱い魔物なら効果的かなって』
『ほう お主 陰陽道にも精通しておるか』
『陰陽道?陰陽術の?名前は聞いたことあるけど全く分からないよ』
陰陽術で知ってる事なんて安倍晴明だとか式神だとか その辺りの一般的な事しか知る訳がない。
五行なんとかってのがギリギリだ。
『うむ。五行相克の考え方がそれだ』
『あぁ それそれ 火とか木とかだっけ?』
『うむ。木火土金水だな』
『へぇ〜、俺が思ってたのは地水火風雷だったよ』
『似た様な物だ』
(いや金と木が分かんねーよ…)
『ま、お主次第では陰陽術も触りだけ教えてやらない事もないぞ』
『俺次第?んーまぁ 一度見れたから それだけで満足だよ』
存在し行使する事が可能とさえ知れれば術に関しては作れそうな気はしてた。
なので術と関係ない剣術やらは素直に初歩から教えて貰うのはありがたい。
『そうか、欲がない男だのぅ』
『まぁ欲はあるけど 今はこの世界を満喫するってのが楽しいからさ』
『ふむ?お主 旅の目的は?』
『今はないや、こっちの世界は楽しいから帰ろうとも思わないしね』
現代に帰っても仕事仕事だし、魔法や術の類もない。
当たり前の事ではあるが。
『ふむ?お主は良く分からないな、誠に珍しい男だ』
『褒め言葉として受け取っておくよ』
『ふはは、よしでは続きを致せ、ワシは明日また来よう』
『あいよーう』
その後、今日もテンに呼ばれるまで夜だって事に気付かず無心に刀を振って居た。




