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        ~龍緋刀の力~

「いったいどうしたんだ?」

 ついさっきまで薄暗く感じていた林の中が、一瞬にしてキラキラとした木漏れ日輝く、気持ちのいい空間に変わった事に青威は少し面食らっていた。

 校舎の傍にある林を目の前にした途端、重苦しい圧力のような雰囲気を感じ、体を緊張させながら林の中へと入った、だが、今はそんな雰囲気が漂っていた事など嘘だったとしか思えないような清々しい風が吹き、心地のいい空間が広がっていた。

「何かがあったのか?」

 そう言葉を口にしながら、その原因の一つに紫龍の存在がある事を、青威は確信していた。

 青威はゆっくりと深呼吸をしながら林の中を歩いていく。

 ふと青威の耳に草を踏みつけながら走ってくるような足音が聞えてきた。

 紫龍の足音とは違う。

 青威はそう直感して、体を緊張させ、身構えた。

 足音はもうすぐそこまで迫っていて、そして姿を現した。

 青威の眼の前に現れたのは知ってる顔、もしかするともう二度と遭いたくないと思っていた相手だったのかもしれない。

 青威は現れる相手を予想していたのか、驚く様子を見せず、ただ黙って唇を噛み締めていた。

「あら、久しぶりね」

 青威の目の前に現れたのは春奈だった。

 春奈は小悪魔のような笑みを浮かべてそう言い、ゆっくりと青威に近付いてくる。

 青威は一言も言葉を発せず、ただ春奈の瞳を真っ直ぐに睨んでいた。

「そんな恐い顔は青威君には似合わないわよ」

 春奈はそう言いながら青威の頬に手を伸ばしたが、頬に触れる寸前で青威が春奈の手を握り締め、それを拒否したのだった。

 春奈は皮肉めいた笑みをそっとうかべ、目を伏せる。

「何の用だ? 紫龍に遭ったのか?」

 青威の問いに春奈は顔を挙げゆっくりと口を開いた。

「私は紫龍よりも青威君に興味があるんだけど……」

 春奈の言葉に青威は口を噤んだまま何も言わない。

 春奈はニヤリを口を歪めると、自分の手を握っている青威の手を反対の左手で握り思い切り握り締める、途端に青威の顔が痛みに歪み呻き声を上げ、その場に膝から崩れ落ちた。

「青威君は母親にそっくりね」 

 言葉は優しかったが、そこには感情の欠片をも感じず冷ややかな雰囲気を漂わせていた。

「くっ……俺の……母親の事を知っているのか?」

 青威は苦痛の中から言葉を絞り出し、必死に春奈の手から逃れようとするが、春奈の手は鋼鉄のように硬く人間味を感じさせない力で、青威の手を握り締めていた。

 青威の手が紫に変わり始める。

「青威君覚えてる?」

 春奈はそう言うと愉快そうにクククと小声をたてて笑った。

「私が暗示が得意な事、あの時は凪家のお嬢様に邪魔されてしまったけれど、貴方、もう少しで紫龍を殺すところだった、本当に愉快だったわ」

 春奈が話し続ける中、青威の額には冷や汗が滲み、頬を伝って流れ落ちている。

 青威はあの春奈の店で起きた一件を思い出していた。

「……うるせえよ」

 青威の瞳は怒りに染まるり、それと同時に腕に刻まれた龍緋刀の痣が痛み出す。

「それと、母親に何の関係があるんだよ!」

 青威はそう言いながら自分の手を握り締めている春奈の手を握った、その時だった、春奈は悲鳴をあげ手を放しその場に蹲る。右手に握られている左手からは血が滴り落ちていた。

 青威は眼の前で起きている光景に驚き、自分の掌をまざまざと見つめる。たった今まで握られていた右手には力は入らないが、左手は異様に熱を持っていた。

 いったい何が起きたのか? そう自分に問いかけ、そして龍緋刀の事が頭に浮かんだ。

 これも龍緋刀の力なのだろうか? 目に見えない力……今までも霊の類を見る事は出来なくても、感じる事はできた、だが、人を傷つける力はなかった。

 龍緋刀の力、悪意のために使われたとしたら……それを考えると青威は寒気が走るほどの恐怖を感じ、自分自身に課せられた責任の重さを感じていた。

「……まったく、可愛げない子だわね、あの小憎らしい女とそっくりだわ」

 春奈は自分の手を押さえたまま唇を噛み締めながらそう言い、ゆっくりと立ち上がると、青威を睨みつける。

「まさか……おふくろの死因にお前は関係してるのか」

半分確信したように、青威は春奈を真っ直ぐに見てそう聞いた。

春奈は口元を卑しく歪めると、青威のその不安そうな顔を愉快そうに見つめ口を開く。

「私の特技は暗示、人を死に追いやることなど容易たやすい事だ」

 春奈のその言葉に青威は目を見開き、胸に強い痛みを感じた……それは憎悪だったのかもしれない。

「それは、自殺ではなかったって事なのか!?」

 青威はその事実を確認するように、ゆっくりと怒りを抑えつつ春奈に問いかける。

 春奈は、口角を上げ青威を見つめると馬鹿にしたような笑い声を上げた。

「馬鹿な子……母親が自殺したのは自分のせいだと思っていたのだろう? 死に際のセリフも死に方も私の台本通り、愉快だったよあそこまでの力を持っていながら、私の操り人形と化し、お前の青威君の心に影を落としてくれたんだもの」

 春奈の言葉を聞くうちに青威の表情がどんどん変わり、怒りに満ちたその表情は、今まで自分自身が抱えてきた苦しみを全て吐き出すかのようだった。

「てんめえ!!!」

 青威の怒りはまるで花火のように弾け、体は飛ぶように春奈に襲い掛かっていた。だが、そんな冷静さを欠いた動きは、すぐに春奈に予想されかわされてしまう。

 春奈はまるでねずみを手玉にとって遊ぶ猫のように、青威をあしらっていた。 

 青威は思い通りに行かない事への苛立ちと、春奈への怒りを混同させ動きが雑になり隙を作った、春奈はその隙を見逃さず、青威の背後へ回ると首元にしっかりと腕を絡ませ、きつく締め上げていく。

 青威の動きが止まり、息苦しさのあまり顔を歪ませ、必死にその腕を外そうともがくが、人間離れしたその力の前では龍緋刀の力が発動しない青威がかなうはずもなかった。

 青威の視界がどんどん薄れ霞んで行く。

 その時だった、どこからか声が聞こえた、もしかすると必死に生きようとする青威自身が、記憶の中から無理やり引っ張り出してきた声だったのかもしれない。

「あきらめるな!」そう聞こえた。

その声は確かに、青威の母親のものだった。

 青威はその声に呼び戻されるように目を見開く、その瞳には力強い光が満ち、怒りは烈火のごとく青威の体を奮い立たせた。

 青威の体は熱をおび、春奈はその熱さに耐え切れず思わず腕を放す。

 龍緋刀の痣が激しく痛み、目の前に今までにはないほど赤く輝く龍緋刀が姿を現したのだった。 

 青威は目の前の龍緋刀をしっかりと握り締めると、春奈を突き刺すような視線で睨みつける。

 今までの青威とはあきらかに雰囲気が違っていた、それはまさに夜叉を想像させるものだった。

 青威は軽く地面を蹴ると、凄まじい速さで春奈に向かっていく、それは風よりも速く目には見えない動きだった。

 春奈は今までに無い怯えた表情を浮かべ、青威に背を向け逃げようとしたしたその瞬間、龍緋刀が春奈の心臓に惹きつけられるように突き刺さり貫通する。

「ぎゃああああ」

 空気を揺さぶるように断末魔が響き渡り、龍緋刀はより一層輝きを増しているように見えた。

「……ま……さか……これ程の……力……だ……」

 春奈の言葉は切れ切れで最後まで聞き取る事ができず、その苦悶に歪んだ姿は、まるで砂が舞うように青威の前から消えてなくなってしまったのだった。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 青威は息を切らしながら、その場に膝をつく。

 いったい何が起こったのか、青威自身が把握しきれてなかった。

「お手柄だな」

 予想もしてなかった声に驚いて青威は振り返える。

「紫龍……」

 そう言った青威の手には、赤く輝いた龍緋刀が握られていた。

 すぐに紫龍の視線は、赤く輝く龍緋刀に向けられた次の瞬間、いきなり龍緋刀が鳴き出す。

 耳が痛くなるような、甲高い音が空気を裂くように鳴り、龍緋刀が勢いよく、青威の意思を無視して動き出した。

 青威の身体は龍緋刀に引きずられるようにして動きだす。

 必死に龍緋刀を放そうとするが、まるで吸い付いたように放れなかった。

 龍緋刀は真っ直ぐに紫龍に向かって飛んで行く。

 紫龍はそれを予想していたように、口元をニヤリと歪ませ静かにその場に立っていた。

 


 

 

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