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        〜散り散りな点〜

「あ、朱音あかねさん!」

 半分泣きそうな声が壁に反射して響き渡る。青威が顔を上げると、考祥こうしょうが見下ろしていた。

「考祥、手を貸せ」

 青威あおいの言葉に、考祥は落ちるような速さで階段を駆け下り、朱音の傍らに膝を付くと、青威と二人で朱音を抱え上げた。痛みが走るのか、朱音は耐えるように顔を顰め、痛みを逃すように息を吐き出す。

「いったい、何があったんだよ?」

 考祥は青威に答えを求めるが、青威は何も答えない。何かを考えているのか、その表情は硬くまとっている空気は刺々しかった。

 顔を上げた青威が考祥の方を見る。その瞳は刺々しく、それ以上何も聞けないような空気を漂わせていた。

 そんな自分の姿に気付いたのか、青威はフッと目を伏せると微かな声を漏らす。

「わるい……」

「とりあえず、保健室だな」

 考祥はそんな青威の様子に、少し怯えたような表情を浮かべながら言った。

 青威の紺碧色の瞳の中に、今までの雰囲気と違う威圧的な力強さ感じ、思わず言葉を飲み込んだのだった。

「ごめんね」

 朱音の弱々しい声が聞こえ、考祥は細い目を余計に細めて、朱音の顔を覗き込む。

「すぐに保健室連れて行くからね」

 考祥の優しい声に、朱音は微かに微笑んだように見え、それがなおの事痛々しかった。

 青威と考祥は朱音の体を支えて保健室に向う。

 いったい誰に押されたと言うのであろうか、青威は眉間にしわを寄せ、朱音のペースにあわせゆっくりと足を進めた。

 今朝のダンプカーの一件が青威の脳裏を霞める。

 何か関係があるのだろうか、今の段階では何の根拠もなく、ただバラバラに散らばる点でしかない状況に苛立ちを募らせる青威だった。

 

 保健室では紫龍しりゅうが壁にもたれ、気だるげに煙草を吸っていた。

 日陰で冷やされた心地のいい風が黒い髪の毛を揺らして通り過ぎて行く。

「もう少しで夏休みね、また旅行に行くの?」

 露原つゆはらは足を組み、妖艶な雰囲気を漂わせながら紫龍に聞いた。

「ああ」

「あんな田舎のどこがいいの? どこが気に入ってるか、毎年同じ場所ばかり、体調は大丈夫? 何かあってもすぐにこっちには帰れないし、貴方の体の事は剣持けんもちじゃないと……」

「剣持だって、どうにもできないだろう?」

 煙草の煙を吐き、睫毛を伏せ、そう冷ややかに言い切った紫龍の言葉に、露原は悲しく笑い何も言えないでいた。

 そこへいきなり保健室のドアが開き、朱音を抱えた青威と考祥が現れた。

 ドアが開く音と現れた三人の姿に露原は驚き立ち上がったが、紫龍は煙草を咥えたまま三人の姿を凝視する。いや違う、三人を見ているというよりは、その後ろにある何かを見ているようにも見えた。

「いったい、どうしたの?」

 露原は慌てて青威と考祥に、朱音をベッドに寝かせるように促がす。

 ベッドに横たわる朱音は必死に痛みを堪え、額には汗が滲んでいた。

 露原は朱音の靴下を脱がせ足の状態を見る。

 くるぶしの辺りが見るからに張れていた。

「階段から落ちたんだ」

 考祥は微かに震える声でそう言い、心配そうにベッドに横たわる朱音を覗き込む。

 骨折はしていないようだった。

「たぶん、捻挫だと思うけど、一応これから病院に行って見てもらった方がいいわね」

「先生が付き添ってくれるんだろう?」

 青威はまだ苛立っているのか、少し刺々しい緊張を感じさせる声で、露原にそう確認する。

「ええ、もちろん」

「考祥、後はお前に頼んだ」

 青威はそう言って、考祥の肩に手をかけながら、煙草を咥えている紫龍を真っ直ぐに見つめた。

 紫龍の漆黒の瞳には青威の顔がしっかりと映り、二人を取り巻く空気は、誰も入り込めないような雰囲気を漂わせていた。

「じゃあ、考祥くん、手伝ってくれる」

 露原はその雰囲気を感じ取り、妖艶な微笑を考祥に向けて浮かべる。

 紫龍は咥えた煙草を手に持ち替え、思い切り握り締め火を消した。顔色一つ変えない冷ややかな紫龍の雰囲気に、青威も考祥も露原も黙りこくったままだった。

 紫龍はゆっくりと朱音に近付いていく。

「……大丈夫か?」

 静かで淡々とした口調で紫龍は朱音に話しかける。すると朱音は痛みに滲んだ汗を拭いながら微かに微笑み、ゆっくりと頷いた。

 紫龍の細長い指が朱音の頬に伸び、ゆっくりとなぞるように優しく撫でる。微かに紫龍の眉間にしわが寄る。青威はそれを見逃さなかった。

 何かを感じ取ったに違いない。青威はそう思っていた。


 考祥は青威と紫龍に只ならぬ空気を感じ、何かがあると察知したのか、その場に残りたいと口にしたが、露原に「今は朱音ちゃんの事を優先するべき」だと促がされ、仕方がなく朱音の体を抱えるようにして保健室から出て行った。

 三人の姿が消えるのを確認してから青威は紫龍の方をゆっくりと見つめる。紺碧色の瞳はしっかりと紫龍の姿を捉えて放さなかった。

「どう言う事だ?」

 青威の怒りに満ちた声が保健室に響く。

「お前はどう思うんだ?」

 紫龍にそう聞き返された青威は、少しの間考え込むように黙りこくっていたが、何かに気付いたように顔を上げ口を開いた。

「霊とかそんなものじゃないような気がする」

「……正解」

「じゃあ、いったい、誰の仕業だって言うんだ?」

「朱音の体に残っていた気は、霊気じゃなかった……」

 紫龍はそこまで言うと、口も噤み黙って保健室から出て行こうとする。

「何なんだよ! はっきり言えよ」

 青威は紫龍の後を追いかけ、激しい口調でそう聞き、紫龍の腕に掴みかかる。保健室を出ようとしていた紫龍の足が止まる。

「これは俺の問題だ、お前には関係ない」

「説明しろ! お前はいつも何も話さない! いいかげんにしろよ。俺だって朱音ちゃんを助けたい気持ちは同じなんだよ!」

「朱音の気持ちを受け入れらるだけの器の無いお前に、話す必要は無い」

 冷たく言い放った紫龍の言葉に、青威は何も言えなかった。

 そんな青威を見て、紫龍は軽く鼻から笑いを漏らす。

「珍しく言い返してこないんだな?」

「……本当の事だからな」

 悔しそうにそう言った青威に、紫龍は少し悲しげな表情を浮かべ、自分の腕を掴んでいる青威の腕を軽く払い除けた。

 聞えないほどの微かな声が聞こえる。

 ……おもしろくねえ。そう聞えた。

 紫龍の微かな呟きは青威には聞えていない。

 青威は背を向けて歩いていく紫龍に、声をかけることもできず、ただ見つめるだけだった。

「いったい、俺はどうしたいんだ?」

 青威は、自分自身に問いかけるように唇を噛み締める。

 腕に刻まれた龍緋刀の痣が、焼けるようにチリチリと痛んでいた。

 何かが起こる暗示。何も根拠は無い、だがそれは確信として青威の心を揺さぶる。

「今朝のダンプカーの一件もそう、今回の朱音ちゃんの事もそうだ……狙いは何なんだ? 俺の存在か? 俺が狙われたのじゃなく朱音ちゃんが狙われたのか? いや紫龍を狙っているのか? くっそ〜! 何が何だかさっぱりわからねえ!!」

 漠然としか姿の現れない敵に対して、苛立ちを募らせる。それと同時に自分の行くべき道がまだ定まっていない事を思い知らされ、自分に対しての怒りが込み上げて来ていた。

 青威は拳を握り締めると、思い切り壁に叩き付ける。鈍い音が微かに空気を震わせ、怒りを感じさせた。

「決めたはずだ……大切な者……守る……考えるのはよそう、俺は朱音ちゃんを守りたい、それだけだ」

 青威はそう自分に言い聞かせるように呟くと顔を挙げ、唇を噛み締めた。

 紺碧色の瞳は強い光りを放ち、その表情には今までの優柔不断な青威の雰囲気は無かった。

 もう見えなくなってしまった紫龍の後を追うように青威は足を踏み出す。

 何が原因で、どんな理由がそこにあって、何が狙いなのか、それを突き止め、朱音を守るために。

 青威は、心の中に漠然と漂う不安に負けないように、力強く一歩を踏み出したのだった。

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