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         〜黒髪〜

「ついに来ちまったな。まあなるようになるさ!」

 青威はそんな独り言を言いながら、眼の前の大きな屋敷を見つめていた。

 周りの空気に染まる事無く、威厳に満ちた雰囲気は一度しか見た事のない、記憶のままであった。

 

 青威は屋上での一件の後、紫龍と望月を屋上に残し、一足先に教室に戻った。

 教室では安子の自殺騒動の話題で持ちきりだったが、青威にとってはそんな話題よりも、自分の身の上の事の方がよっぽど重要で、女子達の噂話など耳に届いていなかった。

 ただ一つ青威の心に引っかかったと言えば、占い好きの涼香が紫龍の事をタロットで占い、死神が出たと言い。

「アイツ自身が死神よね」と言っていた事くらいだろうか。

 占いの事を知らない青威でも、死神のカードの意味合いはなんとなくわかっていた。

 

 少し遅れて望月は戻ってきたが、紫龍は鞄を残したまま、下校時間になっても姿を見せなかったのである。

 よって、紫龍の鞄は、只今青威の手に握られていた。


「あの〜、東雲青威さんですか?」

 後ろからいきなり可愛らしい声が聞こえてきて、青威は慌てて後ろを振り向いた。

 そこには、腰の辺りまである艶やかな黒髪を揺らし、右目に眼帯をした少女が笑顔で立っていた。

 眼帯をしていてもその可愛らしさは色褪せず、二重の大きな瞳が美しかった。

「私、凪朱音なぎ あかねと言います。青威さんと同い年ですよね? 今日からよろしくお願いしますね」

 朱音と名のった少女はそう言い、青威が手に持っている紫龍の鞄に気付くと、手を差し出す。

「それ、兄貴の鞄ですよね? すみません持って来てもらってしまって」

 朱音の礼儀正しさと紫龍のあの無愛想な態度の大きな差に、青威は面食らっていた。

「右目、どうかしたの?」

「ああ、これですか? 昨日辺りから調子が悪くて、物貰いみたいなんですよね。ああ、移ったら大変だから、あまり近づかない方がいいかも」

 朱音はそう言うと、青威に向って小首をかしげ優しく微笑んだ。

 君の物貰いなら、移ってもいいかも……。

 青威は密かに心の中でそんな事を思っていた。

 朱音の態度と笑顔に触れ、紫龍に対しての嫌悪感が薄らいでいくような気がした。

 単純な女好きである。


「では家に入りましょうか」

 朱音の言葉に促がされ、青威は凪家の屋敷へと足を踏み入れる。その時、何かそれまでとは違う感覚を感じたような気がした。

 門を入った途端、柔らかい懐かしいような空気を感じたのだった。

「お帰りなさいませ、お嬢様……そちらの方は青威様でいらっしゃいますね?」

 白髪混じりの髪の毛を後ろでまとめ、紺色の和服を着た女性が、玄関先で膝を付き青威たちにそう言葉をかけた。

「ただいま、雪絵さん」

 朱音はそう言うと靴を脱いで、家に上がる

「はじめまして、東雲青威です。今日からお世話になります」

 青威は明るい笑顔でそう言い、雪絵を見つめた。

 雪絵はその笑顔に、遠い記憶を重ねているのか、懐かしそうに青威の顔を見つめる。

「俺の顔に何か付いてますか?」

「いいえ、何でもないんです。それではお荷物をお部屋のほうに運んでおきますので、その間に時雨しぐれ様にお会いになるといいです。朝から首を長くしてお待ちですよ」

 雪絵はそう言うと、青威から荷物を受け取り、廊下の奥へと消えていく。

 青威は朱音に案内され、祖母である凪時雨なぎ しぐれの部屋へと向った。

 

 青威がこの屋敷を訪れたのはこれで二度目である。六歳の時、顔も憶えてない祖父の通夜に来て、この廊下を通った。

 古めかしい床、壁、天井、だがそのどれもが自己主張していて、自分の姿を持っているような凛とした力強さを漂わせている。

 凪一族の長きに渡る歴史を見てきた家屋だけに、良くも悪くも重厚な存在感であった。

 薄暗い廊下を通り過ぎると、外に剥き出しになっている廊下に出る。角を曲がると池が見えた。

 そこに来るまでの間、青威はずっと前で揺れる艶やかな黒髪、そしてその下の可愛らしいお尻を見つめていた。

 朱音は足を止める。急に足を止められ、髪の毛、いやお尻に見とれていた青威は勢いで、朱音の背中にぶつかってしまう。

「ご、ごめん」

 謝る青威に朱音は穏かに微笑んだ。

 柔らかな温かい雰囲気が漂い、黒髪から覗く真っ黒い大きな瞳に青威が映り揺れている。

 青威は顔が熱くなるのを感じていた。


「お婆様、只今戻りました。青威さんも一緒です」

「よく来た。中に入りなさい」

 時雨の言葉に朱音は障子を開ける。

 中には淡い紫の和服を着た、白髪の老婆が背筋を伸ばし正座をしていた。

 年齢は八十八歳。とてもそうは見えない雰囲気を漂わせ、瞳には力強さを感じた。

 朱音と青威は部屋に入ると障子を閉める。

「青威、よく来たな。お前を見るのはこれで二度目か、大きくなったな……さあ、もっと近くに来なさい。」 

 時雨にそう言われ、青威は時雨の眼の前に座る。

「やはりよく似ているな……春奈の最後の姿を見にいってやれなくて悪かった」

 時雨は目を細め、青威の頬をしわだらけの手で触る。

 青威はその手を握り締めて、自分の頬から離すと、時雨の膝の上へと戻した。

「これからお世話になる身の上で、こんな失礼な事を言うのは申し訳ないのですが、俺はこの凪家には何の期待もしていません。ですから母の葬式に来なかった事を社交辞令のように謝られても困るんです。それにまだ二度しか会った事のない方を、お婆様と呼ぶ事もできません」

 青威は時雨の瞳を真っ直ぐに見つめると、力強い口調でそう言った。

 時雨はそんな青威を愉快そうに見つめながら口を開く。

「意志の強さまで春奈譲りかのう。親子とは奇妙な物だ。青威、わかった、わしの事は時雨と呼ぶといい。それはそうと凪家の当主には会ったか?」

「当主?」

 時雨の言葉に青威はそう聞き返した。

 この家に来て会ったのは、時雨が初めてである。まだ他の誰とも会ってはいない。

「お前と同じ学園に通っている、紫龍の事じゃよ」

 時雨のこの言葉に、さすがの青威も驚いた。

 あの年齢にして当主に君臨しているとは思わなかったのだ。親の脛をかじっているボンボンだと決め付けていたのだった。

「何じゃ、会っていないのか? あいつめ、また学園をさぼりおったか、仕方がないヤツじゃ」

「いいえ、会いました」

「そうか、で、会った感想はどうであった」

 時雨は好奇心に満ちた瞳で、青威の口から出てくる言葉を待っているようだった。

 まるで子供のようである。

 青威は、一呼吸置いて口をゆっくり開いた。

「……最悪です」

 目を伏せ、うつむいてそう言葉を発したのだった。

「そうか……最悪か……まあ、無理もなかろうな。あいつはこの家の者にもなかなか心を開かん、素直な自分を見せるのは、唯一そこにいる妹の朱音だけじゃ。一つ屋根に住んでいても仲良くする必要は無い……夕飯の時にこの家に住む者を紹介しよう。それまでに部屋の整理をしているといい、朱音、案内してあげなさい」

「はい、お婆様」

 朱音は立ち上がり障子を開ける。

 青威は、時雨の瞳を真っ直ぐに見つめ立ち上がると、一礼して背中を向け部屋から出て行った。


 静かに障子が閉じられ、障子越しに映る二つの影が青威の部屋へと向っていく。

「そうか、紫龍との再会は最悪であったか」

 時雨はそう小さく呟き、微かにほくそ笑んでいた。

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