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         〜流出〜

 帰りのホームルームが終わり、青威は帰ろうとしている所を望月に呼ばれた。

 なぜ呼ばれたのか、予想はついていた。高校三年ともなれば卒業後の進路を決めなければならない、だが青威は進路を決めかねていた。

 青威は特に自分のやりたい事を見つけられず、ただ漠然と生まれた場所に戻りたいと言う気持ちだけはあった。

「それで、どうするつもりだ?」

 望月は青威の顔を覗き込みながらそう聞いてくる。だが、青威はそう聞かれても見つからない答えを答えることは出来なかった。

「先生、俺さ、卒業したら凪家を離れたいって思ってる。母さんの墓もあるし、別海に戻りたいって気もするんだ」

「やっぱり紫龍の事が気にくわないか? どうだ一ヶ月、そろそろ二ヶ月近くになるだろう? 一緒に住んでみて」

 望月の問いに青威はこの学校に来た日の事を思い出していた。

 紫龍に腹を立て望月の家に居候させてくれと頼んだ事。

「ああ紫龍の事ね、確かに腹立たしい事の方が未だに多い。だけど、凪家の家の事情やら、紫龍のおかれている立場がわかってきて、あのひねくれた性格もその副産物かとも思うし、だからって理解できるかって聞かれたら、わかんねえけど、紫龍が身近にいる人間を傷つけたくないって思っている事はわかったよ」

 青威はそう言いながらかすかに微笑んだ。

「そうか」

「そう言えば、朱音ちゃんがこの学校で紫龍を殴った事があるのは、俺とモッチーだけだって言ってたけど、それって本当?」

 青威の問いに望月は少し目を伏せ軽く深呼吸をすると、青威の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「ああ、確かに……紫龍の体の事は聞いてるか?」

 望月の問いに、青威は少しだけ目を伏せ悲しげな雰囲気を漂わせる。

「聞いてる」

 青威の言葉に望月は意を決したように瞳を輝かせると、ゆっくりと静かに口を開いた。

「あいつはな、前に一度自殺を図った事がある。今から二年前くらいだな、その時に引っ叩いた事がある。お前の転校初日に根元の自殺騒動があっただろう、あの時も紫龍はきっと自分の事と重ねてたはずだ、根元に言った言葉は自分に言った言葉でもあるんだろう」

「自殺? 何で?」

 青威は驚き、身を乗り出して言葉を絞り出すようにそう聞いた。

「さあ、何でだろうな、何が理由なのかは絶対に話そうとしなかったな、その時に約束させたんだ、どんなに自分勝手な事をしても構わない、だが命だけは粗末にするなってな」

「だから遅刻しても、何をしても怒らないのか?」

「まあ、アイツはお前と違ってどんなに学校を休んでも成績だけはトップだからな」

「な!? マジかよ」

 いつも授業を真面目に受けている自分よりも、授業の殆どを出る事無く、何処かをほっつき歩いている紫龍の方が成績が良いとは、成績に無頓着な青威でもやはりショックであった。

 青威は深々と溜息をつき、栗毛を揺らす。

 その時だった、いきなり職員室のドアが開き誰かが入って来る。その音に驚くように青威も望月もドアの方に目をやる。するとそこには頬を赤く染め、朱音が息を切らし立っていた。

「青威、大変!」

 朱音はそう言って、青威の方に向って歩いて来ると、携帯を開いて青威の画面を見せる。

「おい、凪、今進路指導中だぞ」

「先生、ごめん。こっちの方もちょっと急用なの」

 朱音の言葉に、望月も携帯を覗き込んだ。

「何だよこれ!?」

 携帯に映っていた画像は、未来と紫龍が抱き合っている写真であった。そして画像と一緒に書かれてあった文字には『月島未来に熱愛発覚、相手は凪家の御曹司』とあり、内容を読むと酷いものだった。

 未来の事を誹謗中傷する内容ばかりで、未来が月島組、組長の孫である事も書かれてあり、月島組が過去にどんな事をやっていたかという事が、長々と書かれてあった。

「月島さんも売れっ子だから、こういう記事が出るのかもしれないけど、熱愛は仕方がないとしても、この月島組の話は月島さんには関係の無い話なのに」

「この月島組の話だって、どこまで本当かわかったもんじゃねえ、紫龍には電話してみたのか?」

「うん、だけど電源を切ってるみたいでつながらなかった」

 朱音の言葉に青威は唇を噛み締める。そんな青威と朱音に望月が言葉をかけた。

「月島組か……お前達、あまりこの事には首を突っ込むな、もしも何かあったとしてもこれは単純に芸能人のスキャンダルで終わるような話じゃないと思うぞ」

「どう言う事だ!?」

 望月の言葉に青威は顔を上げて、望月の服に掴みかかるようにそう激しく聞いた。

「十五年くらい前に月島組は解散したが、それまでは月島組って言うのはかなり危ない事をしているって有名だったんだ。確かな証拠があるわけじゃないが、話では裏で殺人も請け負ってたって話だ。だからこの話には首を突っ込まない方がいい、わかったな!」

「だけど紫龍とも噂になってるんだぜ、心配じゃねえのかよ」

 青威は望月の服を握り締めそう言い、顔を覗き込んだが、望月は青威から目を逸らし口を噤んでしまう。

「どっかの学園ドラマだったら、こういう時、担任は身を挺して教え子を守るんじゃねえのかよ! 俺は未来さんって人間も好きだし、それに紫龍だって……」

 青威はそこまで言葉にすると口を噤み言葉を飲み込んだ。次の言葉を出そうとした自分に驚いたのだ、紫龍だって大事だ、そう言おうとした青威が存在したのだった。

「もういいよ、頼まねえ、朱音ちゃん行こう」

 青威はそう言うと椅子から立ち上がり、朱音の手を握り締めると、望月の方を睨むように一瞥して職員室から出て行った。

「青威、兄貴とは連絡がつかないし、月島さんの住所だってわからないのよ、どうするの?」

「とりあえず、未来さんの事務所に行ってみよう。事務所なら調べればわかるだろう」

「ああ、それなら桃子に聞けば早いわ、前に月島未来の服好きだって言っていたから、事務所の場所を知ってると思う」

 朱音は空いている手で携帯を握り締めると立ち止まって電話をした。すぐに桃子は電話に出て未来の事務所の場所を教えてくれた。

 もちろん桃子も流出している未来の記事を目にして驚いていた。

 ネット上に流した犯人は誰なのか? 目的は何なのだろうか?

 朱音と青威の二人は、頭の中を駆け巡る疑問と不安を振り払い、とりあえず未来の事務所へと向った。

 

「大丈夫でしたか?」

 未来の事務所では、クルミとアヤが心配そうな顔をして未来の右手に巻かれた包帯を見つめていた。

「大げさなのよ、確かに傷は少し深かったけど大丈夫だから、それよりも仕事仕事!」

 未来はそう言って、自分の机に座ると血で汚れたスケッチブックのページを破り捨て、包帯が巻かれた右手に鉛筆を持つ。

 やはり痛みがあるのか、一瞬顔をしかめ、手の動きが止まった。

「未来、今日一日くらい休んでも仕事には差支えがないだろう?、医者も言ってたじゃないか、傷が深いから右手をあまり使わないようにって」

「だけど、希ララのステージ衣装のデザインの打ち合わせだってしなきゃいけないし、それまでにある程度自分の頭の中に描いたものを形にしておきたいのよ」

 相手が友人の希ララだからなのか、いつになく自分のペースを乱し、焦っているように見えた。

 そんな焦りを余計に急かす様に聞きなれた足音が事務所に近づいてくるのが聞え、いきなりドアが開いたかと思うと、そこには耳にピアスとし、髪の毛は金色に近い茶色、ラフはTシャツにジーンズを履いた男が立っていた。サングラスをしている為、表情をうかがい知る事はできない。

「希ララ!?」

 未来は驚いたように立ち上がりそう叫んだ。立ち上がった反動で椅子が後ろに移動して壁にぶつかる。

「未来ちゃん、いったいどういう事だよ!? 俺以外の男と付き合うなんて!」

 希ララと呼ばれた男は、そのスラリと長い足を絡ませもせず、未来の方に歩いて来ると、サングラスを外して、未来の顔にもう少しで触れるのではと思うほど顔を近付けそう言った。 「いったい、何の事よ?」

 未来は眼の前の希ララに冷めた視線を向け、淡々とそう聞く。

「これだよ! この記事はどういう事だよ、これは大変な事になるぜ」

 希ララはそう言って、携帯の画面を開いて未来に突きつけた。桜井もクルミもアヤの携帯の画面を見て、途端に表情が曇っていく。

「……ちょっと予想外だったかな」

 未来はそう微かに呟くと、後ろに移動してしまた椅子を引っ張ってきて体重を軽く落とすように椅子に座って、溜息を一つすると力なく微笑んだ。

「未来、もしかしてこんな記事が出ることを予想していたのか?」

 桜井は未来の様子を見て、そう聞いた。

「まあね、だけどまさかネット上に流されるなんて……どこかの雑誌の載るんだと思ってたわ」

「でも、あまりにも酷い……」

 クルミは書かれてある文字を読み、未来の方を見つめて溜息混じりにそう言う。未来はそんなクルミに微笑んだ。

「仕方がないわよ、月島組の事にしても紫龍の事にしても全部本当の事だし、さて、ばれてどうなるか? 皆が失業したら私のせいね」

 未来はそう言って、少し悲しそうに微笑み、眼の前の苛立っている希ララを見つめた。

「全部本当の事って、この男と付き合ってるのか?」

 希ララは未来に食いつくように激しくそう言って、机を叩き付けた。

 桜井をはじめ、クルミもアヤもその希ララの行動に面食らったように驚いている。いつもテレビの中では明るく穏かな表情を見せている希ララが、未来に対しては別人のように激情的な表情を見せていたからだ。

 これが希ララの本来の姿なのかもしれない。

「付き合ってる……って言うのかな、私はベタ惚れなんだけどね」

 未来のその言葉に、希ララの顔色が変わり、瞳が怒りに満ちていく。

 桜井、クルミ、アヤの三人はその雰囲気に圧倒され、二、三歩後ず去り、少し怯えているようだ。

「何言ってるんだよ、未来ちゃんと付き合うのは俺だろう?」

「おかしな事言わないでよ、私がいつそんな事言った? 希ララの事はいいヤツだとは思うわよ、だけど恋だとか愛だとか、そんなのとは違うもの」

 未来の冷ややかな言葉が、希ララの怒りを増幅させ、未来の手元にあったスケッチブックをいきなり手にすると、書いてあったデザイン画に手をかけ破ろうとする、だが未来は何も言わず、ただ希ララの瞳を食い入るように真っ直ぐに見つめ動かなかった。

 希ララはスケッチブックに手をかけた状態で動かない。事務所の中に皆の呼吸の音と外の雑踏だけが響いていた。

 未来の視線に何を感じたのか、希ララはフッと笑みを浮かべると力無くスケッチブックを机の上に静かに置いた。

「かなわねえな……だけど俺も諦めないよ。いつか絶対、俺の方を振り向かせてやる」

「それでどうするの、今回の話を流すつもり? その方が賢明かもね、こんな噂のある女のデザインした衣装を着たら、アンタまで巻き沿いをくうかもよ」

 未来は目を伏せ、机に置かれたスケッチブックを大事そうに手で撫でる。

「俺を見くびるなよ、月島組? そんなの関係ねえ、俺は月島未来のデザインが好きなんだ、まあそれ以上に、月島未来という人間に惚れてるんだけどね」

 希ララはそう言って、未来にウィンクした。二重の瞳を輝かせ、形のいい鼻の下には可愛らしい肉厚の唇、整った顔から放たれるウィンクは、人々を魅了するだけの雰囲気を持っていた。

 未来は希ララの顔を真っ直ぐに見つめ手を差し出す。希ララもまた未来の顔を真っ直ぐに見つめその手をしっかりと握り締めると、固く握手をし、お互いに零れんばかりの柔らかい笑顔を浮かべた。

 窓の外が騒がしくなりつつある中、事務所の中には優しい空気が流れていた。

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