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        〜怒り〜

「日本には、凪家を先頭に守人と言われるヤツ等が存在する。北に凪、南に飛鳥あすか、西にいずみ、東に大和やまと、それぞれが強大な力を持ち、それぞれが政界をはじめ国の機関と繋がりを持っている。ぶつかり合えば日本の政界はボンッ! ぶっ飛ぶ」

 紫龍は鼻で笑いながら、愉快そうに言葉を口にする、だが、瞳は笑っていないように見えた。

「5年ほど前、大和家の当主が亡くなり、当主を継いだのが長男の大和静火やまと しずか、それから間もなくして俺達の両親が亡くなった。俺が入院している間に、凪家の人間が不自然な死を遂げている」

「それじゃあ、母さんが死んだのは、もしかしてその大和とかっていうヤツの仕業なのか?」

「……どうだろうな、証拠がねえ。それに裏社会で動いているヤツ等のやり方にしては仕事が雑すぎる。この三年近くもの間調べてきたが、どう考えても大和家に結びつく要素が多すぎる……それが気に食わねえ」

 紫龍は少し考え込みながら、ゆっくりと足を進める。そんな紫龍を覗き込んできたのは朱音だった。

「でもなぜ凪家が狙われなければいけないの、他の家だって力を持ってるなら、他の家を狙ってもいいじゃない」

「そうだな……だが凪家は特別なのさ、龍神を守り神とし、揺ぎ無い星の下、北を守る。守人の中でも別格、権限も強い、それに……凪家は昔から呪殺も手がけている。恨みを買っていても不思議じゃねえ。守人同士はお世辞にも仲が良いとはいえないからな、凪家をこの世から抹消したいという依頼があれば、それを受ける事はあるかもしれねえな」

 前を歩く朱音の揺れる黒髪を見ながら、紫龍は淡々と静かな口調で話していく。

 紫龍の言った「呪殺も手がけている」と言う言葉に、青威は顔色を変え、朱音も驚き悲しみに瞳を揺らしていた。

「呪殺って、あの何だ、呪いとかで人を殺すってヤツだよな、まさか、お前もその呪殺とかってのをやった事があるのか?」

 青威の口から、ごく自然に出てきた問いだった。紫龍はそれを予想していたのか、冷ややかな瞳で口を開く。

「あると言ったら?」

 紫龍はそう言って、口元を微かに歪めると、皮肉っぽい笑みを浮かべる。青威の表情は見る見る怒りに満ちて行き、紫龍に飛びかかるように掴みかかると、そのままブロック塀へとぶつける様に紫龍の体を押し当てた。

「お前は本当に面白いな。この現代でそんなまどろっこしいやり方をするかよ」

 紫龍のその言葉に、青威は怪我をしている事を忘れ、右手で紫龍の頬をひっぱたいた。ひっぱたいた後に怪我をしている事を思い出し、青威は手を押さえ顔を痛みに歪めていた。

 紫龍はふっと笑みを零すと、ゆっくりと青威を見つめる。

「ムカツクんだよ、人の気持ちを逆なでしてそんなに楽しいかよ!」

 顔を伏せていた青威が怒りを抑える様な低い声でそう言った。

「ああ、楽しいね」

 紫龍はそう言い、一人でクスクスと笑っている。青威はゆっくり顔を上げると紫龍を睨みつけて、下から鋭い視線を向ける。

「なぜ……なぜ、あの交差点に突然現れた。朝から姿を消していたお前が、直前まで姿を見せなかったヤツがなぜあの場に現れたんだ?」

 青威はふと何かに気付いたようにそう言い、眉間にしわを寄せる。紫龍は笑っていた声を止めると、微かに唇を開いて言葉を発した。

「俺が一緒にいたんじゃ、敵は姿を見せないだろう。お前達にしか出来ないんだよ、囮の役目はな」

 青威は瞳を大きく見開くと、紫龍の頬の横を擦れ擦れに通り、ブロック塀を左手で叩いた。

「俺の事はいい、だけど朱音ちゃんをそんな危険な目に遭わせるなんて許せねえ。自分の妹だろう!」

 紫龍は青威の言葉をまるで馬鹿にするように鼻で笑うだけ。青威の怒りは烈火のごとく燃えあがる。それは朱音にもはっきりとわかるほどだった。

「まったく、お前はよ……もう、うんざりだよ。凪家だとか、他の家がどうだとか、面倒くせえんだよ。色んな理由を付けたって母ちゃんが死んだのは現実だ、もしかしてそれも利用したんじゃないのか? 血も涙も無いお前ならやりかねないよな!」

 青威の言葉が響き渡ったと同時に、朱音の平手が青威の頬に飛び、涙を湛えた瞳を揺らし、青威を見つめていた。

「そんな事あるわけないじゃない……」

 か細い声でそう言った朱音に青威は悲しく笑みを浮かべると、何も言わずに朱音に背を向け、学校とは違う方向へと歩き出す。

「……怒りで自分の弱さを隠くすんじゃねえよ。そんなお前を見て母親はどう思うかな? よく考えろ、チキン坊や」

 青威の後姿目掛けて、紫龍の冷ややかな言葉が投げつけられる。一瞬青威の足が止まるが、振り向かずにそのまま歩いていく姿には怒りが漂っていた。

「青威!」

 朱音はそんな青威の姿を追いかけた。

 空からは雨が落ちてきて、路面には黒いシミをつけてく。シミはあっと言う間に広がり、路面の上を黒く染め、雫が弾かれ飛び跳ねていた。

「待ってよ青威」

 朱音は青威の手を掴む、その手には力が入っているらしく、握った手が白くなっていた。

「兄貴の言葉……」

 朱音は一瞬、口を紡ぎ躊躇した、だが次の瞬間、瞳の中に今までに無い意思を感じさせ、誰もが目を奪われるような、清々しい美しさを漂わせた。

「死んだ人の気持ちなんか、生きている人間にはわからない……だけど、兄貴なら、兄貴の立場なら少しは近いものが見えるんじゃないかと思う。先に逝くしかなかった人の気持ち」

 朱音の言葉は、雨の音や車の音の中を通り抜けるように、青威の耳にも紫龍の耳にも届いていた。

 青威はその言葉に反応するように、朱音の手を払って自分の手を握り締める。

 紫龍は朱音の後ろ姿を見つめながら、安心したような表情を見せ、微笑んでいた。

「……紫龍の事だけ思っていればいいじゃねえか……俺の事なんか放っておけよ」

 青威は歯を噛み締めた間から微かに言葉を漏らし、振り向きもせずにそのまま歩いていく。雨の中、その背中は朱音を拒絶し、言葉さえも掛ける隙を与えなかった。

 そんな青威を追いかける事ができないでいる朱音の後姿を、紫龍は見つめ溜息をついた。

 青威の姿が雨の中へと消えていく。


「面倒くせえな、まったく……」

「兄貴、なぜいつも青威にあんな怒らせるような事ばかり言うの、兄貴が人を拒絶する理由はわかってるつもり、残される方の気持ちを知ってるから……だけど青威にはまるで憎まれる事を望んでいるいるような、そう仕向けているように見える」

 朱音はそう言う。紫龍の瞳は氷のように冷たかった。これ以上心の中に入ってくるなと言っているかのように見えた。

 朱音は一歩足を踏み出し、その場で止まるとただ紫龍を見つめていた。

 雨は激しさを増していく。それぞれの中にある悲しみに共鳴しているかのようだった。

 朱音の目に封印されている龍緋刀、それはいずれ紫龍の心臓を射抜くことになるかもしれない。その事を考えずにはいられない朱音だった。

 扱えるのは青威だけ……今更ながら、朱音は紫龍の態度や口調の真意を悟ったような気がしていた。

「龍緋刀……青威じゃなきゃ扱えない。だから憎まれようとしているの? 昨日私に言ったわよね、最終的にはそうなるとは限らないって、でも一番そう思っているのは兄貴なんじゃない! 今からそのための準備をしてるってわけ、馬鹿みたい」

 朱音の言葉に紫龍は目を見開く。

「青威にチキン坊やなんて言って、兄貴の方がよっぽど臆病じゃない」

 朱音の瞳は揺れている。

「……青威が来てからお前は少し変わったな」

 紫龍は朱音を顔を見つめそう言う。朱音の頬はピンクに染まっていた。

 紫龍は睫毛を伏せ、優しい笑みを浮かべながら朱音に近付くと、朱音の黒髪を優しく撫でる。

「もう大丈夫だな?」

 紫龍の言葉に深い意味が込められている事を朱音は知っていた。

「うん、大丈夫」

「そうか」

 紫龍は少し淋しそうにそう言うと、青威の進んでいった方向に視線を向ける。朱音も同じように家や塀が並ぶ歩道の向こう側を見る。雨に濡れた街の中にはもう青威の姿はなかった。

「青威は俺が連れ戻す、お前はちゃんと授業を受けろ」

 朱音は静かに頷き、自分の頭から手を放し、離れていく紫龍の後姿を見送った。

「兄貴、私は強くなる……何より自分のために」

 雨の音に掻き消されるほどの小さな声で、朱音は呟いた。

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