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        〜事故現場〜

 未来の車は街中を抜けて、郊外に出ると、建物がまばらになっていく中を走っていく。

 新緑の緑が太陽の光りを浴びて、活き活きと輝いていた。


「月島さん、聞いてもいいですか?」

 朱音は助手席で、未来の顔を見ながら言った。

「何?」

「さっき、兄貴の事、欲しいっていいましたよね? 兄貴の何処が好きなんですか?」

 朱音の心の中で、紫龍に対しての気持ちが変わりつつあった。

 今までは、守ってくれるという、絶対的な安心感の中での安らぎを感じ、紫龍に惹かれていた。だが、その裏側には、紫龍の死が近付いてきてる事を感じ、いつでも自分は紫龍のお荷物でしかないと、いう、自己嫌悪とも戦わなくてはいけなかった。

 こんな弱い私では、兄貴の心を守る事ができない。そう思っていた。

「何処って……そうね……凛として静かな心かな……」

 未来はそこまで話して、噴出すようにクスクスと笑い出した。

 朱音も青威も、その笑い声に不思議そうな表情を浮かべる。

「違うわね。きっとその裏側にある、弱さかな。アイツって言葉悪いし、態度悪いし、冷たいじゃない。それって、その弱さ隠すためなんだと思うんだよね……なんとなく、私の周りにいた人間と同じ匂いがするんだ」

 未来はそう言って、遠くの方を見つめていた。何か遠い昔を思い出すように、その表情は切なくて悲しい色を感じさせた。

 朱音も青威も、未来のその言葉を聞いて驚いた。

 紫龍のあの謎めいた性格を、数えるくらいしか会った事の無い未来が言い当ててしまったからだ。

「朱音ちゃんは、紫龍の事、好き?」

 未来にいきなりそう聞かれて、朱音は顔を赤らめ慌てていた。

 青威は自分の事のように動揺していた。未来がよからぬ想像をするのではないかと心配してたのだ。

「朱音ちゃんは正直ね……ライバルとしては、一番強敵ね」

 未来はそう言いながら、朗らかに笑っていた。

 どうしてそんなに朗らかに笑えるのか、青威は不思議だった。この未来という人間には固定観念だとか、常識などと言う感覚はないのだろうか。

「あの……兄妹なのに変だと思いますか?」

 朱音は未来の横顔を真っ直ぐに見つめてそう聞いた。

 何を意図してそう聞いたのか、青威にはわからなかった。ただ、朱音の中で何かを考え、何かにけじめをつけようとしている事だけは、伝わってくるような気がしていた。

「そうね、正直に言えば私には理解できない……実際に兄妹がいるわけじゃないし、ただ絶対にそういう気持ちが生まれないかって聞かれたら、それはその時にならないとわからない。だけどね、だけど、家族を思う気持ちって、恋人の比じゃないような気もする。まあ、種類が全然違うけど、家族を思う気持ちと恋人を思う気持ちの境界線って、難しいよね」

 未来はそう言って、朱音に微笑みかけた。

 朱音はその答えに満足したのか、満面の笑みを浮かべると、胸に手をあて瞳を揺らしていた。

「月島さん、安心して下さい。兄貴は私の事、妹だとしか思ってませんから」

 朱音の言葉に、未来は優しく微笑むと、朱音の髪の毛を優しく撫でた。

「そう、私としては、そんな事どっちでもいいわ。だって、朱音ちゃんも気に入っちゃったもの……そうよね、紫龍と結婚しちゃえば、両方手に入るわ」

 冗談か本気か、未来はそう凛とした雰囲気を漂わせながら言い、一人で笑っていた。

 朱音は、未来に対して好感を持っていた。

 迷いを感じさせないきっぱりとした物言いに、爽快感のような気持ちよさを感じ、自分の中の気持ちに対しても否定する事なく、かといって馴れ合いのような同情をかけるわけでもない。そんな未来の事を朱音は一緒にいたい人、と、自分の中で位置づけた。

 こんな短い時間で、これだけ人を魅了させる人間も珍しいかもしれない。


 未来は車を道路脇に止める。

「確か、此処だったわね」

「だけど、六年も前の事故の事、よく覚えてるな」

 未来の言葉に、青威はそう疑問を感じていた。

 家族ならまだしも、全くの赤の他人が、そこまで覚えているものだろうか。

凪真雪なぎ まさゆき……その当時の凪家の当主が亡くなった、それだけでももの凄いニュースだった。まして、その事故の裏に陰謀が隠されているとしたら、それこそ、凪家の恩恵を受けてるヤツは大騒ぎになる……ねえ、朱音ちゃん」

 未来は朱音に対してそう言うと、車を下り、事故現場に目をやった。

 左側には海が広がり、右側には切り立った崖が存在していた。道路は片側一車線の道路、車の通りも少ない。

 その道路の傍らに、日本酒の瓶と大きな百合の花束が置いてあった。

「月島さん、私はお父様が何をしていたのか、今、兄貴が何をしているのか、詳しくはわからないんです。ただ霊払いをしてるとしか……」

 朱音の言葉に、未来は振り向いて朱音に優しく笑う。

「そうか……朱音ちゃんの雰囲気が、紫龍のそれと違うのは、同じ家の中にいても環境が違ったからなんだ……でも朱音ちゃんは、そのままでいいんだよ。紫龍もそれを願ってる。だから何も言わないし、巻き込みたくないって思ってる。大事にされてるね。ああ、もう! お姉さんはやきもちやいちゃうよ」

 未来はそう笑顔を浮かべながら、意味ありげな言葉を口にした。青威は未来の真意がつかめずイライラしていた。

「あのさ、紫龍にしても、あんたにしても、言い方が、何だか回りくどくて、面倒くせえんだよな! もう少しわかりやすく話してくれないか」

 青威のい苛立つ顔を前に、未来はほぼ青威と同じ高さの視線で、真っ直ぐに見つめると、鋭い雰囲気を漂わせながら口を開いた。

「……知らない方がいい事もある。人それぞれ生きている中で、役割みたいなものってあると思うんだよ。人の持ってるテリトリーに入りすぎると、痛い思いするよ、青威君」

 未来はそう言って、青威の栗毛を押しつける様に撫でた。

 青威はその未来の手を払い、射抜くように未来を睨みつける。


 知らない方がいい事もある。だって? 紫龍と同じ事を言いやがって。

 青威はその言葉にまた苛立ちを膨らませていた。


 朱音は未来と青威のそんなやり取りを横目に、六年ぶりに訪れた、事故現場に少しずつ近付いて行く。

 あの時の記憶が残像のように蘇り、朱音の心を苦しめた。

「痛い……」

 そう言いながら、朱音は右目を押さえその場に膝を付く。

 右目には眼帯はしていない。青威が凪家に来てから一週間くらいで、目の疼きは消えた。

 なのに、今また、目は痛みを伴うほど疼きだした。

「朱音ちゃん!」

 青威は朱音に走りより、顔を覗き込んで驚いた。しばらく金色に輝いていなかった瞳が、神々しい光りを放ち、輝いていたのだ。

 青威が今までに見たものよりも、強い光りだった。 

 この現場に来た事と、この金色の瞳には何か意味があるのだろうか。

 龍緋刀の封印以外に、何かが隠されているのだろうか。

 青威はそんな嫌な感覚を感じ、朱音を抱くように立たせると、道路脇の芝生の上に、朱音を静かに座らせた。

「大丈夫?」

「……怖い……怖いよ、青威」

 青威の手が痛くなるほど、強く握り締める朱音の手は微かに震えていた

「あの時と同じ、この痛みも、纏わり付く感覚も……」

 朱音はそう言い、事故現場の方に視線を向けた。青威もその視線につられるように見た。

「……何だ……あれは!?」

 青威の目にははっきりと見えていた。事故現場の向こう側から、近づいてくる赤い手の痕。 路上にくっきりと真っ赤な手痕を付けながら、まるでそれは、朱音を狙うかのように近づいてくる。

 どうやら、それが見えているのは青威だけのようだ。

「どうしたの?」

 未来の言葉など耳に入らない、とにかく此処にいてはいけない、そう思った。

「此処は危ない、逃げるんだ」

 青威は朱音を立たせると、急いで車に戻り、車に乗せる。未来もただ事ではない雰囲気を感じ取り、すぐに運転席に乗った。

 未来はふとバックミラーを見る。するとミラーには一つの影が映っていた。全身黒に身を包んだ姿は、まるで闇から生まれで出たような雰囲気を漂わせていた。

「紫龍!?」

 未来はそう呟き、後ろを振り向いた。青威もその声に慌てて振り向く。

 事故現場に立っているのは、まぎれもなく紫龍であった。   

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