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       〜突然キス〜

 紫龍は冷ややかな視線で、桜井を睨みつけ近付くと、肩を掴み上げ、未来の体から桜井を引き離す。

 未来がどんな事をしても離れなかった桜井の体が、いとも簡単に自分から離れた事に、未来は驚いていた。

 紫龍は桜井の体に馬乗りになって、芝生の上に体を押し付けると、額に掌をあて瞳を見開いた。すると桜井の体から黒い影がユラユラと揺れだし、人間の形を模って行く。

 影から開放された桜井は、芝生の上にグッタリと横たわっていた。

 人間の形をした影は未来にも見えていた。普通の人間なら腰をぬかす者もいると言うのに、未来はその影を射抜くように見つめ、現実として自分を襲った者の正体を見ようとしていた。

「お前の恨んでいる相手は、もうこの世にはいねんだよ」

 紫龍は影にそう言葉を放つ、すると影が激しく揺れ、風のように未来の方へと飛んでいく。紫龍は掌を影に向け、目を見開く。火花が散り、金粉のような光りの粒が、辺り一面に飛び散ったかと思うと、紫龍は何か大きな力に突き飛ばされ、体が後ろへと吹っ飛んだ。

 しまった……

 紫龍は、心の中で舌打ちをして、未来を見る。

 影の姿は無く、未来はぼんやりと空を見つめ立っていた。次の瞬間、いきなり未来は走り出す。いや、未来ではない、体の中に他の人格は入り込んでしまっているのだ。

 紫龍は急いでその後を追った。

 未来は誰もいなくなった客席の上にある、遊歩道を走っていく。ちょうど進行方向には青威の姿があった。

「青威! 未来を止めろ!」

 紫龍の声に、青威も未来の中に違う人格を感じていた。

 青威は未来の正面に走りこんで行き、未来の体に飛ぶように掴みかかると、芝生の上に転がる。青威の体が上になり、未来の体を芝生に押し付けたその時、未来の膝が青威の急所を捉え、青威は呼吸が止まったかのようにその場に蹲ってしまった。

 あの馬鹿! 紫龍は舌打ちしながら未来に走りこんでいく。だが、足を止めた。

 未来の手には、先程ライトが割れたときの、硝子の破片が握られていたからだ。

「ソイツを殺しても、お前の恨みに満ちた心は救われない」

 紫龍のその言葉に、未来は口元をニヤリと歪ませ、硝子の破片を首元へと持って行く。

「やめ……止めろ……止めろおおおおお!」

 青威の苦しさが漂う口元から、悲痛な叫び声が未来へと向けられる。

 その声に、未来の動きが止まる。

 紫龍は何かに気付いたように、フッと笑みを浮かべ目を見開らくと、澄んだ通る声で、未来に向って叫んだ。

「未来! お前の中の邪魔者を追い出せ!」

 紫龍の言葉の後、一瞬の静けさが空気の流れを止める。

「く……そ……ったれ……えええええ!」

 未来の声が響き渡ると、黒い影が凄い速さで未来の体から放れ、紫龍達からも逃げるように飛んでいく。

「逃がさねえ」

 紫龍はそう言うと、右手を飛んでいく影に向け、目を閉じ、息を吸い込み一気に目を見開く。その途端、紫龍の体から光りがうねりだし、右手を伝って、稲光のような光りが放たれた。

 それはまるで生き物ように影に向って飛び、黒い影を射抜き、まるで食べるように黒い影を包み込んでしまった。

 紫龍は両手を広げ、その光りが自分の体に帰って来るのを待ち構える。

 光りは、稲光のようなもの凄い速さで、紫龍の右手に絡みつき、体全体を包み込むと消えてなくなった。

 青威は確かに見た。紫龍の放った光の中に、黒い龍の姿を。


「霊能者! 助かった、ありがとう」

 未来は額の汗を拭きながら、紫龍にそう言う。

「別に、報酬分を働かせてもらっただけだ」

「何? そっちのハーフ君は、どうしたの? そんな所を押さえて」

 急所を押さえながら立っている青威を見て、未来はそう言う。何も覚えていないらしい。

 青威は苦笑いするしかなかった。

「で、あの影の正体は、何だったの?」

 未来の問いに、紫龍は意味ありげな笑みを浮かべ、未来に近付くと耳元で囁く。

「月島組、先々代組長に殺された、鬼山組の組長だよ」

 紫龍の低い淡々とした声が、未来の耳に響いていた。

 未来は静かに目を閉じ、微かに微笑む。それは悲しい影を宿す笑みだった。

「そうか……そうだったのか」

 未来は微かにそう言う。

「これからも今みたいな厄介事が、お前の周りで起こるかもしれねえな」

「かもね、だからこそ凪紫龍に依頼した」

「そうか……毒をもって毒を制す……か」

 紫龍は、未来の言葉にそう言い、鼻で笑う。

「まあね」

 未来はそう言い、ゆっくりと顔を上げると、紫龍を揺れる瞳で見つめ、まるで風のような動きで、紫龍の唇に自分の唇を重ねた。


 なに!?


 突然の事に、紫龍の瞳は見開き動きが止まる

 青威は、未来の行動に驚いたが、それよりも紫龍の顔を見て、クスクス笑っていた。

 未来はゆっくりと紫龍から離れると、微かに微笑み、最初に会った時の刺々しさとは、全く違う雰囲気を漂わせていた。

 たった数秒の時間だっただろうが、紫龍にとっては長い時間に感じていた。

 紫龍は口を押さえ、何も言葉を発する事が出来ないでいた。


「し、紫龍! 鼻血!!」

 青威の声に、紫龍は慌てて鼻を手で押さえる。

 押さえた指の隙間から血が流れてきていた。

「やだ、紫龍って、そんなに純情だったの?……もしかして……まさかね……そんな事ないよね」

 未来の意味ありげな言葉に、青威はニヤニヤしながら紫龍の鼻にティッシュを当て口を開く。

「そう、その通り、しいちゃんは、チェリー君なのです」

 青威は、水を得た魚のようにそう言う、紫龍は出てくる鼻血を止めながら、不機嫌そうに目を伏せ、その言葉を聞いているだけだった。

「へえ、そうなんだ……可愛い……余計に惚れちゃったかも」

 未来は楽しそうにそう言い、紫龍の髪の毛を優しく撫でる。紫龍はその手を勢いよく振り払った。

 青威は、そんな未来に遊ばれている紫龍の姿を見て、腹を抱えて笑っている。

 紫龍一人だけが、眉間にしわを寄せ、頭を抱え俯いていた。


「未来さ〜ん、桜井さんが大変なんです!」

 スタッフの一人が、芝生の上で倒れている桜井を発見したのか、そう叫び未来を呼んでいる。

「ああ、そうだった。桜井を放ったらかしたままだった。」

「俺達は帰る」

 未来の言葉に、紫龍は、ムスッとした不機嫌な顔で、未来の方を見ずにそう言った。

「そうか……紫龍、覚えておけ、月島の未来は狙った獲物は絶対に逃さない。また連絡するから楽しみにしてな」

 未来はそう言って、スタッフの方に走っていく。月明かりが未来の後ろ姿を照らし、その凛とした雰囲気は、未来自身が持っている心の強さを象徴しているようだった。


 紫龍は芝生に座り込み、鼻にティッシュを当て俯いてる。

 青威は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、そんな紫龍の顔を覗き込んで……息を呑んだ。

「紫……龍、どうした、何だよそれ」

 青威は、震える声でそう言った。

 紫龍の鼻から流れ出ている血が止まらず、ティッシュを真っ赤に染め、それでも間に合わずに、指の間から滴り落ちる血が、芝生を赤く染めていたのだ。

「うるせえよ……驚くよりも、此処に電話して俺の状況を話せ……それと車の所まで俺を連れてけ」

 紫龍はそう言うと、青威に携帯を渡す。

 青威は急いで、紫龍に肩を貸しながら、言われた通りに電話した。電話をかけた先は病院で、紫龍の状態を話すとすぐに来てくれると言っていた。

 青威の耳元で、弱々しい紫龍の息づかいが聞こえる。

「紫龍、俺の前で死ぬんじゃねえぞ」

 青威は自分の記憶から逃げるようにそう呟いた。

「やだね……弱虫が」

 紫龍は一言そう言って、咳込む。

 その言葉が、青威の怒りのスイッチを押す。だが今は怒っている余裕も無い。

「がっつりムカツク! お前、ぜってえ生きろ。俺が殴るまでぜってえ生きてろよ」

 青威は、絞り出すようにそう言い、力なく崩れそうになる紫龍を支え、駐車場まで辿り着いた。

 紫龍は車の後ろ側の芝生に横になると、傍らに座る青威を見つめてゆっくりと口を開いた。

「言ったろ……朱音が……悲しむ……って」

「話すんじゃねえよ。おとなしくしてろ」

 予想はしていた、紫龍の体の中で何が起こっているのかはわからなかったが、たぶん、他の人よりも寿命が短いという事を。

 ただ、そう確信していても、それを認めたくない青威がそこには存在していた。

「俺は……誰も愛さない……愛され……たく……」

 紫龍はそこまで言うと、静かに目を閉じる。


 絶対に死なない! 


 未来が言った言葉を思い出し、紫龍は微かに微笑むと、そのまま意識を失ってしまった。

 紫龍の青白い顔、鼻から絶え間なく流れる鮮血。

 青威は、心臓が高鳴り、頭の先から冷たい氷水をかけられたような、血の気が引いていく感覚を感じた。

 「紫龍! おい! 紫龍!!」 

 夜の闇の中に、青威の叫び声が響いていた。

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