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       〜霊障〜

 次から次に、月島未来のファッションショーを見るために、客が集まってくる。

 青威は客席の一番前の特等席に座っていた。

「人が集まりだしたな。紫龍は人が集まりだしたら気をつけろと言っていた……何か人間じゃないものを見たら、言葉に出さずに念を強くして、そいつにぶつけろって、そんな抽象的な事言われてもな」

 青威はそんな事を呟きながら、集まってくる客を見回していた。

 今の所は、何の異常もなさそうだ。青威は胸を撫で下ろし、ステージの上部を見つめる。

 ライトが落ちる時、軋む音がする前に、危機を感じた。

 青威は幼い頃、不思議な物をよく見る子供だった。それが霊の類だと知ったのは、小学生になり見る力が弱まってきた頃だ。力は段々と弱くなり中学生になる頃には、見なくなっていた。

 ところが、凪家に来て、紫龍の力に触発されたのか、また見るようになってしまった。青威にとっては正直いい迷惑だったのかもしれない。


 紫龍はステージ裏の更衣室で着替え中だった。

「貴方、霊能力者なんですって? そんな仕事、もったいないわ、十分モデルでもやっていけるわよ」

 スタイリストの声が、カーテンの向こう側でするが、返事をする事事態が面倒で、無言で紫龍はタキシードに着替えていた。

 最後のクライマックスを飾るのは、やはりウェディングドレス。

 紫龍は鮮やかなブルーのタキシードを着て、カーテンから出てくると、更衣室に集まっている、モデル達を見渡す。確かに霊の存在はあるが、ライトを落とすような力を持った霊は見当たらなかった。

 死んだ者の霊とは限らない、青威の後ろをウロチョロとしているような、生霊という事もありえるし、もしかしたら何処かの霊能力者が力を貸しているかもしれない。

 ライトが落下する前、凄まじい霊気を感じたのは確かだったのだから。

 とりあえずの策として、できるだけ紫龍自身の力の範囲を広げて結界を張り、このステージ上に悪しき意思を持った霊を入れないようにした。

 他のモデル達に危害が及ぶ事は無いだろう。

 勝負は、クライマックス、未来がステージからスロープを下り、客席の前に立った時、何かが起こるとしたら、その時以外考えられなかった。

 外の観客席から歓声が聞え、アップテンポな曲が流れ始めた。

 ついにショーの始まりである。

 ステージ裏も、にわかに騒がしく忙しくなっていく。それに合わせて霊達の動きも活発になっていくはずだ。


「すげえ! リハの時とは比べ物にならない位、お姉様達が輝いて見えるよ」

 青威の瞳は、キラキラと輝いていた。

 衣装は全て夏をイメージした、緑と花がプリントされた、柔らかい素材の布で作られた物だった。

「緑と花か……なるほど、それで公園を選んだわけだ」

 青威はそんな事を呟きながら、ステージ上のモデル達がターンする度に、少し姿勢を低くしする。なんとか、ひらりとひるがえるスカートの中が、見えないものかと思っていた。

 

 ショーは順調に進んでいく。

 青威は内心、何事も起こらない事を祈っていた。  

 

 ステージに照らされるライトが一瞬にして、淡い緑へと変わり、それは清々しい自然の緑を想像させた。

 ついにクライマックスである。

 ステージの中央奥から、未来と紫龍が腕を組んで歩いて来る。

 未来のドレスは淡いピンクに、見えるか見えないかぐらいの淡い黄色い花がプリントされた、可愛らしいデザインだった。

 リハーサルの時の未来とは別人のような、ドレスのイメージにぴったりな柔和な表情を浮かべ、それこそモデルとしての存在感は、さすがと言うべきだろう。

 紫龍は、水と空を想像させるような鮮やかなブルーのタキシード、白い肌との相性が抜群だった。いつもの紫龍らしく、堂々としていて凛とした姿が映え、モデルでもこれほど存在感のある素材はなかなか見当たらないかもしれない。

「ちぇっ! 悔しいが似合ってやがる」

 青威は紫龍を見て、舌打ちをした。


 未来と紫龍が、青威に向って歩いて来ると、紫龍はステージの上で未来の手を放し、未来は一人でスロープを降り客席の前に立った。

 その時だ、硝子がこっぱ微塵に破裂するような音が、空間に響き渡る。

 客席の外側を囲むようにセットされていたライトが割れる音だった。一瞬にして会場が暗い空間に包まれ、光りが残っているのはステージ上だけとなる。

 紫龍の視界の中に、霊が現れた。姿形は完璧な人間であったが、表情は人間が持ち合わせていないような、憎しみだけを凝縮した、羅刹のような顔であった。

 紫龍はスロープを下り、左手で未来の腕を掴むと、自分の方に引き寄せ抱きしめる。

 何も知らない観客達は、ライトの割れる音に一瞬怯えたが、紫龍の動きを見て、それも演出なのかと、錯覚しているようだった。

 霊と紫龍の目が合う、途端に霊は紫龍の方に飛ぶように向かってくる、紫龍は右の掌を霊にむけて開くと、黒い瞳を見開いた。

 霊は一瞬にして消し飛んでしまう。

 紫龍はそのまま、何事も無かったように、右手も未来の背中に添えると優しく抱きしめるように演出した。

 未来はそんな紫龍の中に、何事にも動じない静かな心を感じ、自分の少し上にある、涼しげな顔をただ見つめていた。

 紫龍は、切れ長の瞳を伏せ、未来を見つめる。涼しげな清々しい雰囲気を持つ視線に、未来は心臓が高鳴るのを感じ、ほんのり頬をピンクに染めていた。

 薄暗い空間の中を、レインボーの光りが二人を照らす。リハーサルには無かった演出だが、そのライトだけが無事だったために、スタッフが機転を利かせて、より良い幻想的な演出効果となったのだった。

 観客達は、レインボーの光りの中で、二人が見つめ合っている、その美しい姿に目を奪われていた。

 青威はふいに背後に何かを感じる。とても嫌な重苦しい気配。

 ゆっくりと後ろを向くと、そこにはマネージャーである桜井が立っていた、最初に見たあの優しそうな表情はなく、まるで蛇を思わせるような鋭い視線で、未来と紫龍を見ていた。

 青威の背筋に、冷たい感覚が走る。


 まだ、何かが起こる。

 

 青威は直感的にそう思っていた。

 紫龍もまた、桜井の視線には気付いていた。そしてその後ろ側に存在する影にも当然気付く。それは、紫龍の神経を、痛みに近いほど刺激してくる、強い力を持っているものだった。

 

 紫龍と未来は、何事も無かったように、ステージ裏へと入って行き、ショーはフィナーレを迎える。

 観客が拍手をする中、未来は満面の笑顔を浮かべ、他のモデル達と共にステージ上で、煌びやかな雰囲気を漂わせ存在感をアピールした。

 青威は拍手の渦の中を擦り抜けるように、桜井が立っていた場所まで走っていく。だが、もうそこには桜井の姿は無かった。

「何処に行った?」

 青威は周りを見渡すが、何処にも姿が見えない。ステージの方を見ても見当たらなかった。だが、まだ何か起こる。それは確信となって、青威の心に嫌な小波をたてていた。


 客席の周りのライトが割れた事も、個性的な演出として観客達は好感を持ち。逆にプラスの効果としてショーの盛り上げに一役かった形となった。


 未来はステージ裏に、紫龍の姿がない事に気付き、私服に着替えると外に出て紫龍の姿を探した。だが何処にもいない。

「おかしいわね、何処にいったのかしら」

「未来、今日のショーは大成功に終わったな」

 控え室裏にある林の中から、桜井が現れ、未来にそう話し掛けた。

 未来はその声に振り向き、満面の笑顔を浮かべる。

「だから、言ったじゃない。ショーをやって正解だったでしょう! それに私もこうやってちゃんと生きてるしね」

 未来はそう言いながら、桜井に近付いて行き、優しい笑みを浮かべた。

 桜井と未来とは売れる前から、一緒に頑張ってきた仲である。

 確かに、未来は桜井に対して冷たい言葉を吐いたり、わがままを言ったりするが、それは何年も一緒にやってきた桜井だからこそ、言える事なのかもしれない。

 未来は桜井の事を信頼していた。

「桜井、やっと私達が頑張ってきた事が、報われるのよ」

 未来はそう言って、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

「そうだね……でも、僕は、もう一緒にやっていけない」

「なぜ?」

 桜井の言葉に、未来は怪訝な表情を浮かべて、顔を覗き込んだ。

「それは……お前が、死ぬからさ!」

 その声は、もはや桜井のものとは別のものであった。

 桜井の手が未来に伸び、押し倒すように芝生の上へと転がる。未来は咄嗟に男の急所を蹴り上げるが、呻き声一つ上げずに、桜井は未来の首を締め上げてきた。

「くっ……そ」

 未来は顔を顰め、必死に手を解こうとするが、桜井の力が強すぎ、未来の力では敵わない。

「ソイツを放せ。お前の恨んでる対象はソイツじゃねえだろう?」

 茂みの中から、冷ややかな声が響き、紫龍が現れた。

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