第二十二話 帰還と乾杯
「うん……存外楽しめたな」
団長の見事な受け流しといい、団員達との息の合った連携といい、様々な魔術
やマジックアイテムといい……森の魔物達とはまた違う、中々に興味深い対戦相
手であった。
軽い運動を終えた後のアスリートの様な気分で額を拭う。いや、まぁ、汗掻か
ないんだけどな、この体。
その変わり、体温が上がると耳がめっちゃ熱くなる。この体は体温がある程度
上昇すると、耳からその熱を放出するからだ。脳内取説から得た情報なので間違
いない。
これはこの体特有の機能なのだろうか? それとも、普通の兎もそうなのだろ
うか? 俺は特に兎好きという訳ではないので、そこら辺はよく分からない。
閑話休題。前座はもう十分に楽しんだ。そろそろ森に戻って、メインイベント
といきますか――と思ったのだが。
先程カイゼル髭に向けて投げつけたメイスを拾い上げ、森に帰還すべく、とあ
るスキルを発動させようとした俺の耳に、こちらへと向かって走ってくる足音が
届く。
それは、俺が破壊した城門の在る方向とは逆の方向――つまり、街の中心部が
在ると思われる方向から大量に聞こえてくる。
一般市民……ではないな。これは金属製の靴を履いている連中の立てる音だ。
全員が全員って訳ではなさそうだが。
市民を誘導していた騎士達かな? などと考えながら、音の聞こえてくる方向
に目を向けると、鎧を身に纏い、思い思いの武器を手に持った数十人の武装集団
が、こちらに押し寄せてくるのが見える。
装備に統一性が無い。それぞれが自分好みの装備を自由に身に付けている、と
いった感じの印象を受ける。どうやら騎士ではなく、傭兵の様だ。
そういえば、この街には傭兵ギルドが在るって日記にも書いてあったな……。
傭兵が大勢いるのも当然か。
それにしても……君ら、今更何しに来たん? と言うか、今まで何してたん?
俺がこの街に来て暴れ始めてから、なんやかんやで三十分くらいは経ってるぞ
? たぶん。
それとも、こういった状況で三十分かそこらで準備を整え、現場に駆け付ける
ことができるというのは、十分に優秀な部類にはいるのだろうか? ん~~……
よく分がんね。
そんなことを考えていると、傭兵と思しき集団は俺から五、六十メートル程の
距離まで迫り、全員がそこで一旦足を止める。そして、それぞれが地面に転がる
団長達と、俺と団長達が門前広場のあちこちに刻んだ破壊の痕を見回すと、十人
十色の反応を見せる。
目を見開き、呆気に取られる者。額に汗を張り付け、ゴクリと唾を呑み込む者。
鋭い目付きで、俺をギロリと睨み付けてくる者――実に様々だ。
「おいおい、こりゃあ……なんてこった……」
「これ全部……あの毛玉がやったってのか?」
いや、全部じゃねぇよ。団長達を伸したのは確かに俺だけど、広場の破壊に関
しては、そこで挽肉になってる元チャラ男とか、未だに仰向けで伸びているカイ
ゼル髭のおっさんも一枚噛んでるからな。
「随分とまぁ……好き放題やらかしてくれやがったみてぇだな!!」
「やっぱり一般人を避難させるのは衛騎士達に任せて、とっととこっちに加勢に
来りゃあよかったんだ!」
ああ、なるほど。避難誘導のお手伝いをしてたのね。
ん~~、それにしても……なんだか皆さん、お怒りのご様子だな。
まぁ、自分達が拠点にしている街を荒らされたのだから、当たり前と言えば当
たり前か。魔力量は多い奴でも狼男辺りと同等って所なので、脅威は大して感じ
ないがな。
さて、どうしたもんかな? 前座はもう堪能したし、いい加減帰って一杯やり
たいのだが……。
頭をポリポリと掻いていると、背後からも大量の鉄靴を踏み鳴らす音と鎧同士
が擦れ合う音、猛々しい鬨の声が聞こえてくる。
見れば崩れた壁の向こうから、これまた大勢の騎士達が姿を現し、こちらに向
かって突撃してきている。先頭に立っているのは、先程一発叩き込んでやったは
ずのポニーテールだ。
生きとったんか、姉ちゃん。しかも、もう復帰してきたのか。
おそらくだが、回復魔術的なものを使ったのだろう。これだからファンタジー
異世界ってやつは……。
地球ならば、全治数ヵ月は確実であろうダメージを与えても、ものの数分で復
活してくる。なんとも反則くさい。
……まぁ、【超速再生】などという壊れスキルを持っている俺が言えたことで
はないが。
「団長達をお救いしろッッ!!」
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」
いや、遅くね? 団長達、もう全滅してるよ? たぶん、何人かは死んでるよ
? チャラ男に至っては、確認するまでもなく死んでるし。
まぁ、怪我人の救助をしてたとか、足手まといになるかもしれないから自重し
ていたとか、彼ら彼女らにも色々と事情があったのだろう。
騎士団の突撃に触発されたのか、様子を窺う様に距離を取っていた傭兵達も暑
苦しい雄叫びを上げながら、一斉にこちらへと向かって走り出す。
ん~~……本当にどうしたもんかな、これ。別に無視して森に帰っても良いの
だけれど……数にビビって逃げた、と連中に思われるのは少々癪だし……。
…………よし。ちょっとばかし本気出すか。
【雷帝】発動。城門前であのムカつく騎士達を屠った時の倍近い量の魔力をつ
ぎ込み、無数の雷蛇を創り出す。
解き放たれた雷の大蛇達が傭兵や騎士達を蹂躙する様は、光り輝く巨大なヒュ
ドラが思うままに暴れ回っている様に見えなくもない。
門前広場に立っている者が俺だけになるのに、一分と掛からなかった。
死屍累々とはこの事か。全身が炭化している死体もあれば、焦げ臭さを漂わせ
ながらも、比較的損傷の少ない死体もある。
お! 少ないながら、なんとか絶命は免れた者も何人かいる様だ。
全身に火傷を負い、倒れ伏してはいるものの、その口から確かな呻き声を漏ら
している者達がチラホラ確認できる。運良く雷の直撃を免れたのだろう。
三、四人程度ではあるが、軽い火傷だけで済んでいる果報者達の姿も見える。
ただし、皆例外無く腰を抜かし、ガタガタと震えているので、心の方は完全にポ
ッキリいってしまっている様だ。
よし。これだけやっておけば、ビビって逃げたとは思われないだろう。堂々と
森へ帰還できるな。
俺はその場で軽く跳躍し、とあるスキルを発動させる。
一瞬のホワイトアウトの後、俺の目に飛び込んできたのは、木々が屹立する見
慣れた深緑の世界――そう。今世の我が故郷、死神の森の景色である。
俺が今発動させたスキルの名は【空間跳躍】。離れた場所へ瞬時に転移するこ
とができるスキル――簡単に言えば〝瞬間移動能力〟というやつだ。
目視が可能な場所への近距離転移の場合は特に制約は無いのだが、遠く離れた
場所へと転移する場合には、実際に行った事のある場所しか転移先に指定できな
いという制約がある。
近距離転移にしろ、長距離転移にしろ、発動にはかなりの魔力を消費するもの
の、発動してから効果を発揮するまでに掛かる時間が非常に短く、優れた回避方
法としても利用できる。実際、先の戦いでチャラ男が最後にぶっ放してきた、デ
カい火の玉を避ける際にも使用している。
俺の切り札たる二つのスキルの内の一つだ。
……ん? よくよく考えたら、そんな切り札をあんな大勢の前で堂々と使った
のは、もしかしてまずかったか? 古来より、切り札とは極力隠すものだと聞く
し……。
ん~~…………ま、いっか。大勢と言っても、殆どお亡くなりになっていたし、
生き残っていた連中も、全員茫然自失となっていたから、俺が何をしたかなんて
理解できちゃいないだろう。たぶん。
今はそんな事よりも――酒だ! 酒!! まだまだそれなりに日は高いが、飲
まずにはいられない!!
適当な木陰を見つけ、草花の絨毯に腰を下ろす。そして、魔術袋から酒樽とチ
ーズ、蜂蜜を取り出す。
チーズに蜂蜜を垂らしまして……ふっふっふ。酒、良~し! アテ、良~し!
ではでは……。
「乾杯!!」
一人飲みではあるものの、気分を盛り上げるべく、大声で音頭を取る。そして、
酒樽に直接口を付け、中身の葡萄酒を一気に呷った。我ながら豪快な飲み方だ。
久々のアルコールが、五臓六腑に染み渡っていくのを感じる。瞬く間に一樽分
を飲み干し――
「うんまぁあああああああああああい!!!!」
――ぷっは~~!! と酒臭い息を吐き出した後、歓喜の雄叫びを上げる。
正直、想像していたより遥かに美味い。久々の酒という事で補正が入っている
可能性も有るが、地球で飲んでいた葡萄酒と大差無い味だと思う。
新たな酒樽を魔術袋から取り出し、ホールのままのチーズを一齧りして咀嚼す
る。……うむ。こっちも美味い。どうやら、このチーズも蜂蜜も、中々に上等な
品の様だ。
チーズを飲み込んだ後、再び葡萄酒を口に含む。口の中に残ったチーズと蜂蜜
の余韻が葡萄酒と混じり合い、口内と心を何とも言えない幸福感で満たしていく。
あぁ……たまらん。
何やら先程からアイン様のご加護が発動している事から、どうやら酩酊も状態
異常と見なされる様なので、実際に酔う事はできないみたいだ。
だがそれでも、俺の心の中だけは確かな陶酔感に包まれていた。




