第十九話 兎と番犬④
まずは様子見として、軽く小突いてみるとしますか。標的は団長だ。
瞬き一つ分の間で距離を詰め、メイスを振り上げる。大抵の奴はこの体の俊敏
さを披露してやると、驚きで一瞬固まったりする。
まぁ、この体型、この見た目で、こんなに早く動けるなんて衝撃だわな。中に
入っている俺自身がそう思うのだから、他の者達が受ける衝撃はそれ以上であろ
う。
だが、現在文字通り目の前にいる団長の顔には、驚きや焦りといった感情は見
えない。
予想していたのか、単に感情を余り表に出さないタイプなのか。たぶん後者…
…かな? 思い返してみれば姿を見せてから今に至るまで、一度たりとも表情が
大きく変わるといった事がなかった気がする。
どちらにせよ、猛者感があって中々楽しませてくれそうやん――と思ったのだ
が、その後に取った行動はいただけない。メイスを振り上げた俺に対して、団長
は左手に持った円形の盾を構えたのだ。
特に余計な突起やら装飾やらは見受けられない、つるりとした表面を持つ、半
球状の盾――おいおい……そのペラい盾で、この一撃を受けようってのか? ほ
んっと、舐められたもんだな。
アイン様から授けられた、この体の力を侮った代償は高く付くぞ。
盾ごと腕を砕いてやるつもりで振り下ろしたメイスが、団長の構えるその盾に
触れた――次の瞬間。
メイスは盾の表面をスルリと滑り、団長の体の直ぐ横を通り過ぎると、そのま
ま勢い良く地面を叩いた。地面にメイスがめり込み、軽い振動が足の裏から伝わ
る。
――!? え? 何だ? これってまさか…………受け流しってやつか!?
おそらく間違いない。団長は俺のメイスによる一撃を、盾を使って勢いを逸ら
す形で受け流したのだ。
動揺から思わず動きを止めた俺に向かって、団長は右手に握った剣を突き出し
てくる。
迫る切っ先。狙いは――右の眼球か!
即座に魔力による硬化は間に合わないと判断し、回避を試みる。ほんの一瞬と
はいえ固まってしまった事もあって、かなり際どいタイミングにはなったものの、
なんとか目を突かれる事は免れた。
しかし、完璧に回避し切る事はできず、団長の剣はゾリンッッ! という音を
立てつつ、俺のこめかみの辺りを撫でる。それによって断ち切られた体毛が数本、
パラリと宙を舞った。
すぐさま空いている左手で団長を叩きにかかる――が、それは彼の部下達が許
してくれない。俺と団長が一連の攻防の交わしている間に距離を詰めていたツリ
目でポニーテールの女騎士が、その手に持ったハルバードで俺の左腕を斬り付け
てくる。
今回は傷はおろか体毛の一本すら斬り落とされる事はなかったが、その一撃か
ら予想外の膂力を感じ、ついついポニーテールの方へと注意を逸らしてしまう。
あの髑髏頭の巨大蟷螂やこの街に来る途中で戦った黒馬辺りとは比べるべくも
ないものの、人間の女性が繰り出したにしては中々に力強い一撃だった。
この世界には魔力による肉体の強化やスキル、魔術やマジックアイテムといっ
た摩訶不思議パワーが存在するのだから、種族や性別で相手の腕力を予想するな
ど愚かな事。相手を見た目だけで判断してはいけない――分かっているつもりだ
ったのだが……やっぱり俺もまだまだだな。
見ると、ポニーテールの顔にも僅かな驚きの色が浮かんでいる。傷一つ付けら
れなかったのいうは、あちらも予想外だったのだろう。
「《貴方の後ろに》!」
僅かな間に、自分でも驚く位に色々と思いを巡らせていた俺に向かって、背後
から何らかの魔術が飛んでくる。声と【魔力感知】によって感じられる魔力の動
きから察するに、飛ばしてきたのはカイゼル髭の方だろう。
『何らか』という曖昧な表現を使うのは、別に火球やら石の弾丸やらが飛んで
くる様な気配は無く、何の魔術なのかよく分からないからだ。
僅かに身構えた瞬間――ふと、自分の中で【アインの加護】が発動したのを感
じる。
……ん? これが今発動したということは……カイゼル髭の放ってきた魔術は、
何かしらの状態異常を与えてくるタイプの魔術だったのだろうか?
おそらくそう考えて間違いなかろう。だとしたら、残念だったな。アイン様の
ご加護の前では、どんなデバフも無意味だ。
「《火矢》!」
「シィッッ!」
続いて、攻撃魔術と魔力の込められた矢が飛んでくるのが【魔力感知】のお陰
で分かる。
咄嗟に【防壁】を発動。背後で魔力の壁に阻まれた炎が弾け、キンッと音を立
てた飛矢が地面に落ちた。
また炎か……。この街の人間は炎系の魔術が好きなのか?
やれやれと思いつつ注意を前方に戻す。団長とポニーテールは既に後ろに跳び
退き、共に俺から距離を取っていた。
仕切り直し、だな。
メイスは握ったまま、右手の甲で団長の剣が撫でた辺りを軽く擦る。
血は出ていないので皮膚までは切り裂かれていない様だが、念の為強化してお
いた体毛を断ち切ってきたか……回避が間に合って良かった。
流石に硬化していない眼球にあの突きをくらっていたなら、潰されていた可能
性が高い。眼球を貫いて脳まで達する、といったような事にはならなかったと思
うが、切っ先が眼球にめり込むぐらいはしていただろう。
そう思うくらいには速く、鋭い突きだった。
まぁ、例えそうなっていたとしても【痛覚遮断】の効果で痛みは感じなかった
だろうし、スキル【超速再生】を発動させれば、潰れた目も瞬く間に完治させる
ことはできた。
更に言うなら、仮に脳を貫かれたとしても俺は死なない。脳内取説によると、
この体にとって脳や心臓といった各種内臓は戦闘補助の為の器官でしかないらし
く、潰されたとしても致命傷には至らないそうだ。この体の唯一にして最大の急
所は、人間の体で例えるならば骨盤がある辺り――そこに存在している、球状の
〝核〟だ。
これを破壊されない限り、どれ程の重傷を負おうがこの体が生命活動を停止す
る事はない……ないのだが…………そういう問題ではない。
重要なのは、危うく予想外の手傷を負わされていたかもしれないという点だ。
加えて、突きの前に見せた、盾によるあのしなやかな受け流し……。周りの仲
間達のフォローも速かった。
どうやら、舐めていたのは俺の方だった様だ。反省しなければ。
相対する騎士達に対する警戒度を少しばかり引き上げつつ、再び団長に接近。
メイスを振り下ろす。
メイスは先程と全く同じ要領で受け流され、再度地面を叩く。分かってはいた
が、さっきのはマグレでも偶然でもなかった様だ。
この受け流しという技は、バトル物の漫画やアニメなどでは割とよく見られる
ものだが、現実で実際に見たのはもちろん今回が初めてだ。
何と言うか……達人やら手練れやらといった言葉がしっくりくる、実に見事な
動きだと思う。命を懸けた戦闘の最中にも関わらず、軽い感動すら覚えてしまう。
胸の内に良い感じの高揚感が湧いてくる。思いがけず、楽しい戦いになってき
たな。
今回は受け流される事が予想できていたので、当然俺に動揺は無い。すぐさま
追撃の左ストレートを放つ。
団長はそれを、ギリギリではあるが見事に躱してみせる。おそらく、団長の方
も俺が二度は隙を見せないと予想し、追撃に備えていたのだろう。
攻防の隙間を縫い、ポニーテールが再び俺に対してハルバードを振るってくる。
左の脇腹辺りが狙いの様だが、特に慌てる必要は無いだろう。既に全身の体毛
と皮膚の強度を先程までよりもだいぶ強化してあるので、彼女の攻撃ではこの体
にダメージは通せないはずだ。
案の定、彼女のハルバードが脇腹と衝突し、硬質な音が鳴り響いたものの、俺
の体には掠り傷一つ付いていない。悔し気に表情を歪めるポニーテールに対して、
即座に反撃の裏拳をお見舞いする。
左の裏拳を咄嗟にハルバードの柄で受けたポニーテールは「ガハッ」という短
い悲鳴を吐き出しつつ、後方へ数メートル吹っ飛ぶ。
ハルバードが特に破損していないのは、少しばかり意外だ。まだ彼ら彼女らを
殺す気は無いので、大して力は込めなかったものの、へし折れるくらいはするか
と思っていた。
流石は魔術武器と言ったところか。特に彼女のハルバードには、何故か耐久力
を高める為の魔術ばかりが複数付与してある様なので、それが功を奏したのだろ
う。
「《四肢麻痺》!」
「《炎槍》!」
「通れ!!」
背後で、先程よりも派手な音を響かせつつ、魔術と飛矢が弾かれているのが気
配で分かる。張りっぱなしにしておいた防壁が、遠隔攻撃組からの攻撃を再び防
いでくれたのだ。
直後に、若い男女の舌打ちがそれぞれ聞こえてくる。
もう一度攻撃すれば、防壁を突き破れるとでも思ったか? 残念。俺の張った
防壁はそんなにヤワじゃあないんだよ。
唯一届いたカイゼル髭の魔術も、再びアイン様のご加護によって無効化された
のが分かった。どうぞそのまま、無意味な状態異常魔術を連発していてください。
「オォオオオオオオオオ!!」
団長が雄叫びを上げつつ、斬りかかってくる。
なにやら、やけに仰々しい咆哮だ。もしかしたら、俺がポニーテールに追い撃
ちをかけないよう、自分に注意を向けさせる意図があるのかもしれない。
俺としてはもう少しこの戦いを楽しみたいので、まだまだ彼女に止めを刺すつ
もりは無いのだが……そんな事、団長には分からないもんな。
団長のあの見事な受け流しはもう何回か見ておきたいところなので、あちらの
方から積極的に近づいてきてくれるのは、むしろありがたい。
俺は浮かびそうになる喜色を無表情の下に隠しつつ、迫りくる団長を迎え撃た
んと、今一度メイスを振り上げた。




