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第十五話 都市長と騎士団長

 サウストラージ大陸の北西に領土を持つ人族の国――〝ラウヌス王国〟。

 人間の王族が治め、国民の約七割が人間で占められているという、この世界で

は稀有な国だ。

 この世界において、人間という種族は脆弱な劣等種である。この世界には人間

と同等以上の知能を持ち、かつ人間を上回る戦闘能力を誇る種族が数多く存在す

るのだ。

 故に、人間はこの世界の多くの国で他種族に支配され、奉公を強要させられる

立場にある。

 例えば豚鬼(オーク)吸血鬼(ヴァンパイア)牛鬼(ミノタウロス)鬼人(オーガ)といった〝鬼族(おにぞく)〟と呼ばれる種族

の支配する国や、一部の獣人――〝人狼(ワーウルフ)〟や〝虎耳人(ワーティーガ)〟、〝獅子人(ワーリオン)〟などが大半

占める国では食料や家畜――良くて奴隷といった扱いだ。

 人間が〝国民〟として扱われる国がそもそも少数派であり、ましてや人間が頂

点に立って治める国となると、世界中を見渡してもラウヌスを含め数える程しか

存在しない。


 そんなラウヌス王国の一都市であるアストルは、死神の森や〝死出の草原〟と

呼ばれる死神の森とラウヌスの領土の間に広がる大草原から、強大な魔物や魔物

の群れなどが領土に侵入してきた際、それらが国の奥深くに入り込む事を防ぐ為

の、防波堤の役目を背負った都市の一つだ。

 幸いにして今日に至るまで、死神の森の魔物が草原を越えて攻め込んできた事

はないが、草原の魔物が単身或いは徒党を組み、ラウヌスやその周辺諸国の領土

に乗り込んでくるというのは珍しい事ではない。

 五年程前、脅威度六つ星級の魔物である〝邪眼蜥蜴(バジリスク)〟が草原からラウヌスの領

土に侵入し、複数の村や町に壊滅的な被害を齎した事は人々の記憶に新しい。

 アストルはその高い防衛力を持って、そういった魔物達の襲撃をこれまで幾度

となく撥ね退けてきた、堅牢なる城塞都市である。


 街を囲う城壁の内側には〝第一防壁〟、〝第二防壁〟と呼ばれる、城壁と比べ

ると低く薄い防壁が二重で存在し、都市内を三つの区画に分けている。

 城壁と第二防壁の間にある区画は第三区画と呼ばれており、街の防備、警邏を

担当する守備軍の駐屯地として利用されており、守備軍の為の兵舎や武器庫など、

軍事関係の施設が多数存在する。

 城門近くに設置されている詰め所には常に複数の部隊が待機しており、城壁の

上や側防塔で見張りをしている者達から敵影発見の報せが届こうものなら、すぐ

さま城門前や城門の外に移動、布陣し、外敵の迎撃を行う手筈となっている。


 第二防壁と第一防壁の間には、第二区画と呼ばれる市民が暮らす為の区画が広

がる。

 左右に民家や商店が建ち並ぶ通りを多くの人々が行き交い、所々に点在する広

場では子供達が棒切れを振り回しての傭兵ごっこや蹴鞠といった遊びに興じ、腕

に買い物籠をぶら下げた主婦達が談笑している。この街の中で最も広く、活気に

溢れた区画だ。

 傭兵達に仕事を斡旋する傭兵ギルドの建物も、この区画にある。


 そして、第一防壁の内側――街の中央に位置する第一区画は、行政関係の施設

やそこに勤める役人達の居住区、兵糧の保管庫や街にいくつかある神殿を纏める

〝中央大神殿〟など、重要な施設が多数存在する、街の中枢と言える区画だ。

 そんな第一区画のとある大通りを、騎乗した一組の男女が、第一区画と第二区

画を結ぶ通行門目指して並進していた。いや、男の方が女性の二歩程前を進んで

いるので、正確には〝ほぼ並進〟と言ったところか。

 女性の少し前を行くのは、見るからに堅固そうな金属鎧に身を包み、オールバ

ックにした金髪と紺藍の瞳が特徴的な、壮年の騎士だ。

 キリッとした凛々しい顔立ちと、背筋をピンと伸ばし、威風堂々と馬に乗るそ

の姿は、見た者達に「これぞ、騎士!」という感想を抱かせる。

 腰の左側にロングソードを佩き、背中には円形の盾とショートソードを背負っ

ている。羽織っているマントは瞳のそれと比べて、やや薄い藍色の生地で作られ

ており、その外面には犬をモチーフにした紋章が銀糸で刺繍されている。

 男の名はジャーマン・フォード・ベルモンド。

 アストルを守護する騎士団――〝藍犬(あいけん)騎士団〟の団長である。


「キャンベル卿……憔悴しておられましたね」

「ああ……」


 自分の少し後ろに続く女性の言葉に、ジャーマンは渋い顔で応える。

 話しかけた女性――シェリー・パッカードは、藍犬騎士団第二大隊大隊長にし

て、騎士団の副団長を務める女性騎士。つまりはジャーマンの部下である。

 端正な顔立ちだが、緑玉の輝きを宿す凛としたそのツリ目は、見る者に少々キ

ツい印象を与える。

 腰に届くくらいの長い金髪を、頭の後ろで一つに纏めて垂らす――所謂、ポニ

ーテールと呼ばれる髪型にしており、男性用と女性用で多少の違いはあるものの、

ジャーマンのそれとほぼ同じデザインの鎧を身に纏っている。団章が刺繍された、

藍色のマントも同じ物だ。

 所持する武器は、斜めにして背負った一本の斧槍(ハルバード)と、腰に差したショートソー

ドだ。

 

「死神の森の件だけでも厄介だというのに、それに加えて〝草原の主〟まで絡ん

できたとなれば……無理もあるまい」


 ジャーマンとシェリーは現在、第一区画に在る、この街の都市長の屋敷から、

第三区画に在る騎士団の第一兵舎に戻る道中である。

 キャンベル領領主にして、この街の都市長でもあるキャンベル子爵は、ここ数

か月の間、とある問題に頭を悩ませ、碌に眠れぬ夜を過ごしていた。

 その問題とは、死神の森から溢れ出てきた魔物達に関する事だ。

 死神の森という場所は元々危険度の高い魔境ではあったが、数か月程前から森

の中で何らかの異常事態が起こり、魔物の分布が大きく変わったらしく、森に踏

み入った傭兵や探検家などが消息を絶つという事態が激増したり、滅多に森の外

に出る事のなかった死神の森の魔物達が、頻繁に森の外へと進出してくるように

なった。

 とは言え実の所、その森から溢れてきた魔物達がキャンベル子爵の頭を悩ませ

る最大の原因ではない。少なくともキャンベル領内ではまだ、森から溢れてきた

魔物の手による被害が出た、という報告は上がっていない。


 子爵の安眠を妨げる最大にして直接の原因は、森の魔物達の侵攻に怒り、活性

化してしまった、死出の草原に生息する魔物達である。

 死神の森からやって来た大量の魔物達は皆、何らかの理由で縄張りを追われ、

新たな狩り場を開拓せざる得なくなったのだろう。肉食の魔物達は草原の獣を遠

慮無く狩り取り、草食の魔物達は生い茂る草花を遠慮無く食い散らかす。

 なんとも勝手で厚顔な事だ。当然、元々草原で暮らしていた魔物達が、そんな

勝手を許すはずもない。

 そんな訳でここ数か月、死出の草原ではそのあちこちで森の魔物達と草原の魔

物達による、縄張り争いと生存競争が繰り広げられていた。

 双方共倒れとなるか、草原の魔物が森の魔物達を撃退してくれるのであれば、

キャンベル領の領民達、延いては人族にとっては万々歳である。魔物同士が勝手

に潰し合ってくれているのだから。


 しかし、世の中そうそう人族にとって都合の良い方向ばかりには転がらない。

 と言うのも、死神の森と死出の草原では、前者の方が生息する魔物の脅威度の

平均値が高い。要するに、死神の森の方が強い魔物が多いのだ。

 故にと言うべきか、両者による縄張り争いは、森の魔物達側が勝利を収める事

が多い。そして、魔物同士の縄張り争いにおいて、どちらかが全滅するまで戦い

続けるという事は実は少なく、大抵はどちらかがある程度不利になった時点で、

不利なった感じた側は早々に敗走を始めるものだ。

 そもそも、魔物の中にはそこそこの知恵を持つ者もそれなりにいるので、戦う

前から敗色が濃厚だと判断した場合は、争う事なく相手に縄張りを明け渡す事す

らある。

 すると、どうなるか? 縄張りを勝ち取った森の魔物達はそのまま草原に居座

り続け、縄張りを奪われた草原の魔物達もまた、生きる為に新たな狩り場を開拓

しなければならなくなる。

 結果、草原を闊歩する魔物の数が増えると共に、今まで草原の魔物達による被

害を免れていた人族の村や町にも、その魔の手が及ぶ事となった。

 縄張り争いによって潰れる魔物の数よりも、森から流れ込んでくる数の方が多

かったのだ。


 こうして、草原の魔物達による被害が爆発的に増え、キャンベル子爵はその対

応と対策に追われていた。

 騎士団による街道やアストル周辺の警邏を増やしたり、傭兵ギルドに協力を仰

ぎ、傭兵達に死出の草原に近い村や町の警備に向かってもらうなどして、なんと

か被害の拡大を抑えようと努力していた子爵だが、そんな子爵の下に数日前――

更なる悩みの種となる報告が届けられた。

 それが先程ジャーマンも口に出した〝草原の主〟こと〝地帝王馬(グランホース)〟が狂暴化し

ているとの報せである。

 グランホース――死出の草原の生態系の頂点に君臨する、馬型の魔物。

 劣竜種(レッサードラゴン)にも匹敵する巨体、美しい黄金の瞳を持ち、全身が黒曜石を思わせる光

沢を放つ、黒々とした体毛に覆われている。

 その姿を目撃した者達の多くは「思わず平伏してしまいそうになる雄々しさと

迫力に満ちていた」と興奮と畏怖を交えた様子で語るという。


 傭兵ギルドが定める脅威度は七つ星級と、見た目だけではなく実力も〝草原の

主〟と評されるに相応しいものを持っているグランホースだが、その気性は意外

にも、魔物の中では穏やかな部類に入る。

 もちろん、縄張りを侵した者や、自分に牙を剥いた者達には一切容赦しないも

のの、その気性と、肉食ではない事も相まって、グランホースの方から人族に危

害を加えてくる事は基本的には無かった。

 死出の草原に近い場所で暮らす人族の中には、死神の森の魔物達が滅多に森の

外に出てこないのは、生きるのに必要な物の殆どが森の中で調達できる為、外に

出る必要が余り無いという事情の他に、グランホースの存在が抑止力の一つにな

っていると唱え、ありがたがっている者達も少なからず存在している。


 しかしここ最近、グランホースは荒ぶっていた。原因は言うまでもなく、死神

の森の魔物達が草原へと侵攻してきた事だ。

 縄張りを奪われ、憤怒している訳ではない。

 むしろ、グランホースは縄張りに踏み込んできた愚か者達を悉く叩き潰し、返

り討ちにしてみせた。

 しかし、短期間の間に繰り返された、森の魔物達による度重なる縄張りへの侵

犯はグランホースを大いに苛立たせ、荒ぶらせた。

 その怒りは森から溢れてきた魔物に対してはもちろん、草原に生息する他の魔

物達、更には草原の近くを通りかかる人族に対してもぶつけられた。

 グランホースの縄張りと思われる地域からは、だいぶ離れた草原を進んでいた

傭兵一党(パーティ)を攻撃をしたり、草原近くを通る街道を通行していた商隊に襲撃をかけ

たりといった騒動を、ここひと月の間に何度か起こしているらしい。

 要は完全なる八つ当たりだ。


 単体で人族の都市を壊滅させ得る怪物の狂暴化という報告は、子爵の心労を加

速させるに十分なものであり、子爵はここ数日の間、しばしば胃に直接針を刺さ

れているかの様な痛みに苛まれていた。

 ジャーマンとシェリーが子爵の屋敷に呼び出されたのも、この凶報が齎された

事が理由である。

 今のところ、グランホースがアストル周辺に近づいてきたという報告は無いも

のの、いつそういった事態が起こったとしてもおかしくない状況なのは間違いな

い。

 そう判断した子爵は、都市長としてアストル守備軍である藍犬騎士団に対し、

警備体制の更なる強化を要請したという訳だ。


 死出の草原に接する領地を持つ領主達は、今回の騒動の大元の原因である死神

の森から魔物達が溢れた理由を探るべく、それぞれ優秀な傭兵パーティや、斥候(スカウト)

野伏(レンジャー)としての訓練を受けた特別な騎士達によって編成された調査隊を死神の森に

送り込むなどして、なんとか情報を得ようとしているそうだが、未だ真相の究明

には至っていない様だ。

 最近になって、アストルの南東に在るエアードという街の傭兵ギルドに「死神

の森で、今までに見た事も聞いた事も無い姿と膨大な魔力を持った〝謎の白い魔

物〟と遭遇した」との報告が寄せられ、その魔物こそが死神の森に異常を齎した

元凶ではないか? と考えている者達もいるらしいが、調査が予想以上に難航し

ている事もあり、まだまだ断定はできないとのことだ。


 二人の脳裏に、ここ数日で一気に老け込んでしまった、キャンベル子爵の草臥

れた顔が浮かぶ。


「街道と街周辺の警邏の頻度を増やさねばならん。それに伴い、警邏隊の編成を

見直す必要があるな」

「兵舎に戻り次第、すぐに大隊長達を召集します」

「頼ん――」


 その時――ジャーマンの言葉を遮り、大きな鐘の音が街中に響く。


「「――!!」」


 それを聴いた二人の表情は、一瞬にして険しいものへと変わる。

 当然だ。今、鳴り響いているのは、城門近くの詰所に配備されている部隊だけ

では対処が難しいと思われる強大な魔物や、大量の魔物が襲来してきた場合に鳴

らされる〝大警鐘〟と呼ばれる鐘の音なのだから。

 大警鐘は三回連続で打ち鳴らされた後、僅かな間を置いて、再び三回連続で打

ち鳴らされる。これが意味するのは『東の城門にて緊急事態発生。直ちに応援求

む』である。

 ジャーマンとシェリーがそれを理解し、東門の方向を見やったのとほぼ同時に、

大警鐘の音を掻き消す程の爆音が轟き、東門が在る辺りの空に大量の土煙が立ち

昇った。


「パッカード! 急ぐぞ!!」

「はっ!!」


 困惑は一瞬。二人はすぐさま馬を蹴ると、東の通行門に向かって走り出した。

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