第十四話 交渉と罵倒
前方から飛んできた複数の火球が、俺が自らの周りにドーム状に張り巡らせた
防壁に次々と衝突し、爆散していく。
何発もの火球を浴びながらも、防壁にはヒビ一つ入る事はなく、煩わしい火花
や爆風も俺に降りかかる事はない。
火と熱が苦手な俺にとって、これはとても重要な事だ。……そうだ、俺だ。ア
ルブスクルスだ。
「無傷だと!?」
「バカなッッ!」
「魔物風情が! 素直に焼け死んでおれば良いものを!」
火球を放ってきた人間達が、驚きに目を見張っている。
いきなり何事だ!? と思われるかもしれないので、説明させていただこう。
数分前――街道をひた走っていた俺は、ついにアストルと思われる街を発見し
た。巨大な城壁で四方を囲われた城塞都市だ。
戦利品の日記には、街の詳しい外観については特に書かれていなかったので、
初めて街の姿を目にした際は「城壁でけ~~!」と素直に感動した。
地球で人間やってた頃から、テレビでピラミッドや万里の長城などを見る度に
「重機とかが存在しない時代でもこんな物を造れるのだから、人間って凄いなぁ
」などと思ったりしたものだが、それを思い出したのだ。
高さだけで言うなら、現代の日本にはこの城壁を超える物がいくらでもあった
が、大きな街一つをすっぽり囲う程の巨大な石壁を生で見たのは初めてだった。
もっとも、この世界にはスキルやら魔術やらといった摩訶不思議便利パワーが
存在するので、大昔の地球と比べれば多少はハードルが低いのかもしれない。
閑話休題。
街の人間達を刺激しないよう、ゆっくり歩いて街に近づいていくと、途中であ
っちも俺に気付いた様で、突如として打ち鳴らされる鐘の音が響き渡る。おそら
く、魔物が街に近づいてきた事を知らせる警鐘だろう。
その後、程なくして城門から武装した人間達が大量に溢れ出てきたかと思うと、
テキパキと城門前に布陣した。
現れた人間達は鎧を着込み、槍や剣などを装備した戦士風の者達と、フード付
きのローブを纏い、手に長い杖を持った魔術師風の者達の二種類に分かれていた
が、どちらもそれぞれ統一された装備で身を包んでいた。
森でたまに見かけた傭兵や、傭兵と思われる者達とは違い、いかにも国に仕え
る正規兵といった感じの見た目だ。よくよく見ると、城壁や側防塔の上には弓兵
らしき恰好をした者達の姿も見て取れる。
兵士達は皆一様に武器を構え、俺に対して容赦ない敵意を向けてきた。
それを見て、俺が特に何か思う事はなかった。このくらいの拒絶反応は予め想
定済みだ。
自分達のテリトリーに得体の知れない魔物が近づいて来ているのだから、彼ら
のこの反応も当然と言えるだろう。
しかも、俺はここに着くまでの間に手頃な水場を見つけられなかったので、結
局身なりを綺麗にする事はできていなかった。つまり、体の所々が返り血で汚れ
ている状態。そりゃあ、警戒するなって方が無理ってもんだろう。
加えて、兵士達から感じられる魔力量がせいぜい森にいた小っこいスライムや、
多い者でもオークと同程度だったので、敵意を向けられたところで何の脅威も感
じなかったというのもある。
それはともかく、まずはこちらに害意が無いことを知ってもらおうと考え、握
っていた戦棍を地面に落とす。更に、万歳をする様な形で両手を上げることで無
害をアピールした。
そんな俺に対して、兵士達が最初に取った行動は――魔術師風の兵士達による、
炎の魔術の一斉射だった――という訳だ。
武器を向けられる程度の事は予想していたが……ここまで無害をアピールして
いるというのに、警告の一つも無しにいきなり殺りにくるとは。この世界の人間
……野蛮人率高くないか?
まぁ……魔物が急に自分達の街に近づいてきて、気が立っているのだろう。
正直ちょっとムカついたが……落ち着け、俺。これから俺はこの街の住人達に
対して、酒を売って欲しいと交渉を持ち掛けようとしている身。攻撃されたから
といって、いつもの様に即反撃のぶち殺しというのは早計だ。
そんなことを考えていると、兵士達の中の一人――藍色のマントを羽織った、
三十代後半くらいに見えるちょび髭のおっさんが声を張り上げる。
「魔術隊! 第二弾、放てい!」
「「「《火球》!」」」
「「「《火矢》!」」」
恰好や雰囲気からして、おそらく指揮官であろうそのおっさんの発した号令に
従い、魔術師風の兵士達が再び俺に魔術を放ってくる――が、念の為張りっぱな
しにしておいた防壁に阻まれ、それらが俺に届く事はなかった。
「……あ~~、ちょっといいかな?」
指揮官らしきおっさんに問い掛けると、おっさんを始め、全ての兵士達がより
驚愕を露わにする。
「――!? 喋った!?」
「あの魔物、我らの言葉を喋ったぞ!?」
この反応を見るに、どうやら人間の言葉を喋る魔物というのは相当珍しいもの
の様だ。
「俺は別に街を襲いに来たわけでは――」
「槍隊、前へ! 魔術隊は支援に回れ!」
俺の言葉をぶった切って、指揮官らしきおっさんが再び大声で命令を下す。
「いや、だから――」
「黙れ! 汚らわしい魔物が!!」
おっさんは人差し指をビシッと俺に突き付け、唾を飛ばしながら怒鳴る。その
瞳の奥には、明確な侮蔑の色が宿っている。
あ~~……これ、話が通じないタイプだわ。
気が付くと、俺は我知らずポリポリと頭を掻いていた。地空望だった頃は、よ
く家族に「望(兄ィ)は困ったり、イライラしたりすると、すぐに頭掻きだすから
分かり易いね」と笑われたものだ。
「化物の分際で我々の言葉を話すでないわ! 忌々しい!」
…………。
「人の言葉を話す事で、こちらの油断を誘おうとでも考えたか? ふん! 浅は
かなことよ! 我らは魔物なんぞの言葉に耳を傾けたりはせん!!」
鼻息荒く言い切ったおっさんの言葉に、周りの兵士達も「その通りだ!」と言
わんばかりに頷いている。
………………。
【防壁】解除。【雷帝】発・動!
俺の体から放たれた複数の雷が、それぞれのたうち回る大蛇の如き動きで、兵
士達を次々と飲み込んでいく。
連中の断末魔の叫びが耳に心地良い。
数秒して【雷帝】の発動を止めると、俺の前には黒焦げの屍山が築かれていた。
いや~~……殺っちまったなぁ……。
ある程度の拒絶反応は覚悟していたし、我慢するつもりでいたのだが……警告
も何も無しに、問答無用で殺しにかかって来られたあげく、こちらの言葉には一
切聞く耳持たず、矢継ぎ早に浴びせかけてくる悪口雑言の嵐。
元々それほど丈夫な方ではなかった俺の堪忍袋の緒は瞬く間に千切れ、吹き飛
んでいってしまった。
これはもう、この街で酒を売ってもらうのは無理だろうなぁ。
……いや、待てよ。よく考えたら、もう〝売ってもらう事〟に拘る必要……無
くね?
そもそも、俺が酒を力尽くで強奪するのではなく、穏便に売ってもらおうとし
ていたのは、攻撃してきた相手を返り討ちにする事には何の抵抗も無いが、戦意
の無い相手を痛めつけたり、その財産を奪い取ったりするのには抵抗があったか
らだ。
だが、今回俺はこの街の兵士から既に攻撃を受けている。
確かに俺は彼らの街に近づいたが、ちょっと街に近づいたくらいでいきなり命
を奪いにくるというのは、少々酷いのではなかろうか? いや、間違いなく酷い。
俺はもの凄く傷付いた。
この精神的苦痛に対する慰謝料代わりに、この街に酒樽の一つや二つ要求して
も、罰は当たらないのではなかろうか? うん。きっと当たらない。
良し。酒の購入は取り止めて、これより酒の奪取を目的に動き出すとしよう。
……ん? 発想がギャングのそれって? はっはっはっ……知らんね。
城門の落とし格子が降り、跳ね橋が上がり始める。城門の内側では「急げ!」
だの「さっさと上げろ!」だのといった、怒号が飛び交っているのが聞こえてく
る。
おやおや、お仲間の遺体は放置ですか。冷たいことで。遺体にした張本人であ
る俺が言うのもナンですがね。
先程地面に落としたメイスを拾い上げつつ、城門が閉まるのを見守っていると、
辺りに先程のものよりも遥かに大きな鐘の音が響き渡る。更に城壁や側防塔の上、
城壁に開けられた狭間窓から、俺に向かって一斉に矢が飛んできた。
飛来してくる矢はどれも、特に魔力が込められたりしている訳ではなさそうな
ので、わざわざ防御力を強化する必要は無さそうだが……一応念の為、全身の体
毛と皮膚を硬化しておく。
大量の矢が俺目掛けて降り注ぐが、一本として俺の体に突き立つ事は叶わず、
悉く弾かれては虚しく地面に落ちていく。
城門が閉じ切るまでの、時間稼ぎのつもりなのかね? はいはい。邪魔する気
は無いから、さっさとお閉じなさいな。
待つこと数秒。ようやく跳ね橋が上がりきり、城門が完全に閉ざされた。
んじゃ、始めますか。左拳に魔力を集中。
実は割と本気でカチンときてるので、いっちょ派手に暴れさせていただくとし
よう。
「【魔弾】!」
声に出す必要は無いが、景気付けの意味を込め、高らかにスキル名を叫びつつ、
正拳突きを放つ様な形で左拳を突き出す。狙いは言うまでもなく城門だ。
左拳から放たれた球状の巨大な魔力の塊は、狙い通り城門に直撃する。
鼓膜を劈く様な爆音が轟き、城門は周囲の城壁諸共あっけなく砕け、崩れ落ち
た。
安心してたか? 無事城門を閉められて、ちょっと安心しちゃってたか? 残
念! ぬか喜びでした!
「お邪魔しま~す」
周囲の城壁と共に崩落し、もはや原型を留めていない城門を潜り、悠々と都市
内に侵入する。
城壁の崩落によって舞い上がった粉塵と土煙。
崩れ落ちた城壁の瓦礫に押し潰された、無惨な兵士達の死体。
死は免れたものの負傷し、倒れ伏した者達の漏らす呻き声。
混乱し、狂乱する者達の悲鳴と怒号。
必死になって事態の把握に努めようとする者達。負傷者に駆け寄り、救おうと
する者達。部隊を再編すべく兵士達に指示を飛ばす者達――そんな者達が織り成
す喧噪。
城壁の内側は、ちょっとした地獄と化していた。
……始まりのゴング、ちょっち派手に鳴らし過ぎたかな?




