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第一話 プロローグ

 摩訶不思議な光景だった。


 銀色の満月が照らす、巨大な木々が生い茂る深い森の中、青白い光の粒があち

らこちらに舞っているのだ。

 光の粒はまるで霧の様に広い範囲を覆っており、さながら現実味の無い夢の中

の世界の様な、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

 何が切っ掛けかになったのかは分からない。

 突如として、光の粒達が自ら意思を持っているかの様に大きくうねり、動き出

す。

 光の粒達は一点に向かって収束し始め、やがて広い範囲を覆っていた光の霧は

全て一箇所に集まり、サッカーボール程の大きさ光球へと姿を変えていた。

 光球は暫しの間、眩い光を放っていたが徐々にその勢いも弱まり、やがて淡く

穏やかな光を放つ程度に落ち着いていく。


 ピシィッ。


 硬質な物に亀裂が走る様な、そんな音が辺りに響き、光球にヒビが入る。

 ヒビは瞬く間に光球の全体に広がると、光球は再び爆発的な光を放ちながら、

まるで高所から落下した卵の様に粉々に砕け、弾ける。

 その光が収まると、そこには隕石が落下した後の様に半球状に抉れた大地と…

…一体の奇妙な生物の姿があった。

 暫くの間、瞼を閉じたまま微動だにしなかったそれは、やがてゆっくりと目を

開くと、その黒くつぶらな瞳で辺りを見回し始める。


 それは一言で言うと……巨大な兎だった。長い耳をぺたんと下に垂らした、特

大サイズのロップイヤーだ。身長は二メートル半はあるだろう。遠目から見れば、

まるで巨大な毛玉に見えるであろう丸々とした体形をしており、その体毛は雪の

様に白い。

 しかし、ただ巨大になっただけの兎かといえば、そうではない。

 まず、それは直立している。二本の足でしっかりと大地を踏みしめ、立ってい

るのだ。また、その腕や足(普通の兎ならば前脚後脚に当たる部分)は、人間のそ

れに似た形状をしていた。

 腕は太く長く逞しいが、脚はやたらと短い。短足とかそういうレベルではない

短さだが、その短く大きな足だからこそ、この巨体を安定して支えられていると

も言える。


 ゆるキャラの着ぐるみの様なシルエットをした、直立する巨大な兎型の怪物―

―というのが、この生物を見た際の第一印象だろうか。


 純白の毛玉は暫くの間、辺りをキョロキョロと見回していたが、やがて自らの

手の平に視線を移すと、握っては開いてを何度か繰り返し、最後に天を仰ぐ。

 毛玉の視線の先には、悠然と大地を見下ろす銀の満月と煌めく数多の星々が広

がり、そして……〝怪鳥〟としか言いようのない巨大な鳥が数羽、空を舞ってい

た。

 それをしげしげと見つめていた毛玉は、やがて小さな――非常に小さな声でポ

ツリと呟く。


「…………異世界転生って……マジか……」


 ◇


 忙しなく明滅を繰り返す、頼りない街灯に照らされた薄暗い夜道を、一人の男

が歩いている。

 俺だ。

 いや、誰だ? と言われそうなので、自己紹介をさせていただこう。

 俺の名前は地空望(ちから のぞむ)。25歳。独身。

 大学卒業後、いくつもの企業から不採用の通知を送られた末に、ようやく内定

を貰った会社が結構なブラックで、就職してから現在に至るまで、いい様に酷使

されている。

 その影響か、最近駅で電車を待っている時や横断歩道で信号待ちをしている時、

近づいてくる電車やトラックなどを見る度「今、あれの前に飛び出せば、もう会

社に行かなくてもいいのかなぁ……」などと考える様になってきている、極々普

通のサラリーマンだ。


 そんな俺の心を癒してくれる、数少ない楽しみの一つが映画鑑賞だ。特に怪物

が人を襲い、暴れ回る内容の映画――所謂〝モンスターパニック系〟の映画が大

好物だ。子供の頃も、特撮やアニメで怪獣や怪人が暴れているシーンを見るのが

大好きだった。

 暴れる怪物が強ければ強いほど良い。理不尽なまでの強さを持つ怪物が、その

力を思うままに振るい、好き放題している様を見るのは、幾つになっても心が踊

るし、スカッとする。

 もちろん、俺がそういった映画を鑑賞するのは、あくまでもフィクションを娯

楽として楽しんでいるだけであって、作品の中の怪物達の様に本能のままに暴れ

回り、人々を傷付けたいなどと思っているわけでは決してない。

 しかしながら、仕事やら何やらで嫌な事があって心がささくれ立つと、そうい

った映画を観ながら、ついつい「俺にもこんな風になにものにも囚われず、好き

勝手生きられる力があったらなぁ……」などと、いい歳して幼い子供の様な夢想

をしてしまう時がある。


 そんな力があれば――毎朝全く疲れが抜け切らない体に鞭打ち、重い瞼を擦り

ながら、日の出より早く起床したり。

 サービス残業、休日出勤は当たり前。まともな休日は月に一日有るか無いかだ

ったり。

 珍しく……本当に珍しく定時に上がれそうだった俺に、本来そいつがやる予定

だったはずの仕事を当然の様な顔で押し付けてきた上で「分かってると思うけど、

明日も早出ね~」とかぬかしながら、自分は定時でさっさと退勤していく上司の

背中を、無表情という名の仮面の下に殺意を隠しつつ「お疲れ様でした~」と言

いながら見送ったりする――そんなクソみたいな日々から抜け出す為の、勇気あ

る一歩を踏み出せるのだろうか? と。

 もしも輪廻転生というものが本当にあり、今のこの生が終わってまた生まれ変

わる事になるのなら、次はちっぽけな人間などではなく、ぜひとも怪物に生まれ

変わりたいものだ。なにものにも縛られる事無く、やりたい事をやりたい時に、

やりたい様に実行できる――そんな強大な怪物に。

 …………ほんっと、我ながら幼稚な夢想だこと。


 自らを嗤いつつ、本日もサービス残業を終え、近所のコンビニで寝る前に一杯

やる為の安酒とそのアテを購入した俺は、愛しい我が家である安アパートへの帰

路に着く。

 最早見慣れた暗路を黙々と歩いていると、ふと自分の少し前を、幼い少女が歩

いている事に気付いた。

 白銀の綺麗な長い髪の女の子。後ろ姿しか見えないので、どんな顔なのかは分

からないが、外国人だろうか? 背丈から推察するに、歳は十歳かそこらといっ

たところだろう。

 首元ダルダルの白ティーシャツに、丈が膝に届く程度の長さの黒の短パンとい

う、部屋着のまま出てきましたといった感じの恰好しており、左手には俺が今持

っているのと同じコンビニのビニール袋をぶら下げ、右の小脇には白い兎のぬい

ぐるみを抱えている。

 兎好きなのかな?

 この辺りは俺の家の近所なのだが、あんな子は今までに見たことが無い。あん

な目立つ子が近くに住んでいたなら、何回か見かける事もありそうなものだが。


 それはともかく、既に日を跨いでいる時間帯。しかも、この辺りは街灯が少な

く薄暗い道が多い。

 こんな時間に、こんな場所を、あんな小さな子供が1人で歩いているなんて…

…危なっかしいな。

 そんなことを考えた――次の瞬間。なんとも不穏な出来事が、俺の目の前で始

まってしまう。

 薄暗い横道から帽子を深く被り、その上マスクまで着用した、いかにも怪しい

小太りの男が現れ、少女に掴みかかったのだ。

 おいおい……マジかよ……。


「ヒヒ……お嬢ちゃん、大人しくしようねぇ~」

「……誰? 何?」


 会話を聞く限り、どうやら知り合い同士というわけでもなさそうだ。

 これはどう考えても、事案発生……と言うやつだよな。目の前で少女が誘拐さ

れそうになる現場に出くわすとか……あるんだなぁ……こんな事。

 とりあえず、ボ~っと見ているわけにもいかない。一応こんな俺にも、一握り

の道徳心というものはある。

 目の前で幼い子供がかどわかされようとしているのを、見て見ぬふりする事は

流石にできない。


「おい、お前! 何やってんだ!」


 男の肩を掴み、少女から引き剥がそうとする。しかし――


「チィッ!!」


 ――男は俺の手を払いのけると、ポケットから何かを取り出し、その取り出し

たものを俺の腹に突き立てる。

 瞬間――凄まじい激痛が腹部に走った。


「……え?」


 そんな間の抜けた声を出しながら、自分の腹に目をやる。俺の腹には男の手に

握られた、折り畳み式のナイフが突き刺さっていた。

 膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 腹部から伝わってくる激痛の中、俺の視界は徐々にぼやけ、意識は暗闇に飲ま

れていく。

 二十五年間、両親を初めとした様々な人達の力を借りつつ、なんとかかんとか

繋いできた俺の人生…………まさかこんな終わり方とは……我ながら呆気ない。

 薄れゆく意識の中で、俺の頭には様々な思いが去来し、入り乱れる。

 ――女の子は、この隙に逃げてくれただろうか?

 ――親父、お袋……先立つ不孝を許してくれ。広海(ひろみ)(妹)、来月の二十歳の誕生

日に、回らない寿司屋に連れてってやる約束をしてたのに……守ってやれなくて

ごめんな。

 ――あぁ、そういえば……これでもう会社に行かなくて済むなぁ。

 ――神様、もしも生まれ変わる事になるのなら、今度はこんな苦痛に塗れた生

活の果てに、全く報われずに呆気なく死ぬ――なんて事にはならない、自由で強

大な存在に生まれ変わらせて下さい…………って、最後の最後にまたそれか。

 耐え難い苦痛に襲われながらも、口元には思わず笑みが浮ぶ。


 そんな俺の耳に「ブギャッ!?」という、顔面を殴り付けられた豚の様な悲鳴

が聞こえ、その直後――


「いいよ……その願い、叶えてあげるよ」


 ――やけにはっきりと響く、鈴を転がすような声が届く。

 最後の力を振り絞り、目だけを動かして声の聞こえてきた方向を見やると、少

女が静かに俺を見下ろしていた。

 頼りない街灯に照らされた白銀の髪、人形の様に整った顔、金と銀の輝きを宿

すオッドアイ――――全てが人間離れした美しさだった。

 そしてよく見ると、少女の後ろで俺を刺した変態野郎が、ひしゃげた鼻から血

を垂れ流しながら、仰向けの状態で気を失っている。


「ぶっちゃけ、自分だけでどうとでもできたんだけど……まぁ、それでも助けよ

うとしてくれた事には感謝するよ。お礼に招待しよう、〝私の世界〟に。……ま

ずは〝地球の〟に許可を貰わなきゃだな」


 少女は何か言っている様だが、意識を手放しつつある俺の頭に、殆ど内容は入

ってこない。

 限界を迎えた街灯が消え入るのと同時に、俺の意識も暗闇に沈んだ。

 主人公の転生後の外見。

挿絵(By みてみん)


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