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第8話

暫く踊って情報を抜き抜きしているとエリック様がやってきた。


「そろそろ僕のパートナーを返していただけますか?」


一曲踊り終わり、次の一曲を誘われそうになっている時スッと割って入られた。遮られた男性は少し残念そうにしていたが、軽く会釈して去って行った。


「リディ嬢、少し何かお飲みになりませんか?」

「ええ。」


二人で寄り添いながら、飲み物の置いてあるテーブルに近付くと、丁度飲み物を取ろうとしていた令嬢2人が鉢合わせたようだ。

カサンドラ様とシンシア様だ。

二人はお互いの姿を確認すると悲鳴を上げた。


「「きゃああああああああああああああああっ!!」」


身の毛もよだつ大絶叫。まるで夜道で魔物にでも遭遇したかのような恐怖の滲む声。


「「わ、わたくし、何もしておりませんわっ!!」」


二人は口を揃えて同時に同じ発言をした。ええ。何もしてませんでしたね…証人になれましてよ?でも二人がどうしてそんな行動に出たのかって言うと…

二人は脱兎のごとく反対方向に逃げ出してしまった。


「エリック様はカサンドラ様を追ってください。私はシンシア様を追います。」


エリック様に言いおいて、シンシア様の後を追った。

シンシア様は庭の木の下に蹲って一人でぶつぶつ言っていた。


「ああ、わたくし…きっと悪者にされるんだわ。だってあんな悲鳴をあげられて…わたくし何もしていないのに…攻略対象にだって近づいていないのに…どうして…酷い…神様のばか…」


……ああ、うん。


「シンシア様。」


後ろから声をかけるとシンシア様はぴゃっと飛び上がった。


「なっ、だっ…誰っ…!?」

「初めまして。『メロエク』のカサンドラ様の手下の根暗な方。リディ・ネックラーイですわ。」

「ああああああああっ。わかめおばけっ!わかめおばけがきたあああああっ!!わたくし、わかめおばけに濡れ衣を着せられるんですわ!カサンドラ様の手下のわかめお化けに濡れ衣を着せられて、盛大なプギャーをされるんですわっ!!酷い!何にもしていないのに!攻略対象だってちゃんと避けて通ったのにっ!!」

「落ち着いて、落ち着いて。シンシア様、興奮するとてんぱりますわ。深呼吸。」


すーはー。すーはー。と深呼吸の音がする。


「私、別にシンシア様に濡れ衣を着せるつもりはありませんよ?私、転生者ですの。シンシア様もですよね?」


思いっきり『攻略対象』って言ってたし。


「そ、そうよ!」


シンシア様はうわああああんと泣き出した。

シンシア様の説明によると、シンシア様はシンシア・ロビンスンに転生したと自覚した瞬間恐れ慄いたそうだ。ヒロインだったからだ。シンシア様は生前ネット小説を読むのを趣味とされていたようだが、ネット界では、空前の悪役令嬢ブーム。悪役令嬢に転生した転生悪役令嬢が、ヒロインに転生して「私はヒロインだから♡」と逆ハーレムしたり、好き勝手な行動をとるビッチヒロインを華麗にプギャーする『ざまぁ小説』が流行していたからだ。罷り間違ってもプギャーされたくないシンシア様は、攻略対象にもカサンドラ様にも近づかないようにしようと心に決めたらしい。そして本日の新緑祭。ちょっと噂をかき集めればカサンドラ様は上品で大層徳の高い人物であるらしい。シンシア様は戦慄した。「私がプギャーされる舞台は整っている…!」と。息を潜めるように夜会を過ごしていたのに運悪くばったりカサンドラ様と遭遇。恐怖の大絶叫という流れであるらしい。


「私が思うに、シンシア様は一度カサンドラ様と落ち着いて話し合われた方がいいのではないかしら。あの原作との違いや、シンシア様に対する反応からしてカサンドラ様も転生者のような気が致しますけれど、何かお互いに誤解してそうな印象を受けましたわ。それにカサンドラ様自身が『本当に徳の高い』人物であるなら、『何も悪事を働いていない』シンシア様をプギャーするはずがありませんではないですか。」

「そうかしら…?」

「そうですわ。」

「と言いつつわたくしを嵌めるつもりでは…?」

「違います。」


疑り深いな。


「何とか繋ぎをつけてみますから、上手くお話が出来たら、シンシア様に連絡いたしますわ。二人で腹を割って話せばきっといい方に転がりますわ。」

「そう…ですわね…」


まだ不安そうにしていたが、宥めて帰した。

エリック様と合流した。


「シンシア嬢のご様子はいかがでしたか?」


尋ねられた。


「随分とご動揺されておいででした。多分カサンドラ様に対して、何か誤解されていることがあるのだと思います。」


カサンドラ様もご同様にシンシア様に何か誤解があるのではないかと踏んでいるのだが。


「カサンドラ様は?」

「カサンドラ嬢は酷く動転していて『修道女は嫌!』『濡れ衣は嫌!』『シグルド様…』とブツブツ呟きながら泣いていたよ。僕とは全然話してくれなかった。びくびくしながらホールに戻って行ったけど、すぐにご帰宅してしまったようだよ。」


やっぱりカサンドラ様もシンシア様のこと誤解している。疑惑は確信に変わった。悪役令嬢とヒロインが二人とも転生者で、この展開ってアリなのかしら?ある意味平和そうな感じではあるけれど…誤解を取り払えれば全員が心安らかになれるはず。


「ねえ、エリック様。私、一度カサンドラ様にお会いして、お話したいです。何とかなりませんか?」


私が単独でエウレカ公爵家に特攻かけても断られそうな気がするのだ。特にカサンドラ様が想像通りのご令嬢ならリディ・ネックラーイになど、絶対に会わないと思うし。


「いいよ。僕が頼んであげる。エウレカ公爵家とは多少縁もあるし、僕の家の方がやや格下ではあるけれど、一応同格ってことになってるし、僕が令嬢同伴なら問題なく会えると思うよ。」

「ではお願いしてもいいですか?」

「勿論。」


エリック様は頼もしく頷いてくださった。

新緑祭前に抱いていた「エリック様がシンシア様に心を傾けるシーンを目撃してしまうかも…」という心配は杞憂となったが、夜会を楽しむ余裕は全然なかった。

もし誤解を解かれてシンシア様が素敵な笑みを浮かべられるようになると、もしかするとエリック様のお心も傾いてしまうかもしれない。その心配はあるけれど、私はシンシア様とカサンドラ様の誤解を解きたい。お二人が心から笑える世界になってほしい。「どんな人でも私が救える!」なんて傲慢で自信過剰でおこがましいことは考えていないが、手の届く範囲の人の不幸を取り払ってあげたい。それが私を形作るものだから。エリック様に恋い焦がれてはいるけど、醜い感情で自分を貶めることはしたくない。そう決心した。

エリック様が馬車で送ってくださる。


「今日はエスコートさせてくれてありがとう。」


幸福そうな柔らかい笑みだ。


「こちらこそありがとうございます。」


いい思い出になりました。思うところはあるけれど、ドキドキはさせてもらったし。


「次の夜会でもリディ嬢をエスコートしたいな。」

「え…?」

「次の次も、そのまた次の夜会も、ずっとずっと僕がエスコートしたい。」


手を取られ、手の甲にそっと口付けられた。

エリック様……それはシンシア・ロビンスンがゲームでエリック様の好感度マックスの時にエリック様から告げられるセリフだよ。この手の甲に口付けするスチルと共に。

私は…シンシア様じゃないんだけどなあ…

シンシア様じゃないから、シンシア様の選択肢にあった、『微笑んでそっと頷く』という好感度の上がる選択肢は取れないよ。


「エリック様が私の胸をときめかせ続けてくれる限りはお約束いたしましょう。」


ちょっとツンとした顔になる。飾らないと、嬉しくて、悲しくて、泣いちゃいそうだから。


「では腕によりをかけて誑かさねばなりませんね。」


エリック様が悪戯っぽく微笑んだ。やっぱりこの方が好きなんだよなあ。もし、もしも、エリック様が原作と違う言葉で愛を囁いてくれていたら、きっと一も二もなくその腕に飛び込んでいたと思う。そうであったら良かったのに…悲しく笑った。




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