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第5話

13歳になった。当たり前ではあるがエリック様とは没交渉。エリック様とお話したのはほんの短い時間ではあったが、思い出しては甘く胸の痺れるようなお時間だった。

思い出して切ない溜息をつく。どのように成長されているだろう。仮にも攻略対象であるのだからその美貌に疑うところはないけれど、成長したお姿も見たい。

自分磨きに精を出しつつ、切ない溜息をついていると、どたばたと侍女が駆け込んできた。


「お嬢様!大変でございます!!」


夜中に呼び出され居間に顔を出すと家族全員が揃っていた。揃いも揃って沈鬱な表情だ。

説明を聞いた。今夜の夜会でゼルマン侯爵が陛下より賜ったという短剣を見せびらかしていたらしい。その短剣にドミニク兄様がワインを零してしまいゼルマン侯爵が怒って謝罪を要求しているそうだ。謝罪の内容が「リディをわしの妾に寄こせ」という無茶苦茶なもの。「さもなくば陛下に訴え出て、罰を与えてもらう。」と脅しているらしい。陛下から下賜された短剣だものな。うちは子爵位とは言え弱小。いかなる形の『罰』が下るかわからないが、当家にとっていかなる罰でも痛いに違いない。


「嵌められたのだ…」


ドミニク兄様は悔しそうなお顔で仰る。ドミニク兄様曰く、近くでワインを飲んでいただけなのにゼルマン侯爵に体当たりされて、無理矢理ワインを零させられた…らしい。ゼルマン侯爵は大変な好色家で、悪辣な手を使っては好みの女性を妾にしているらしい。お父様の城内演習を見学に行って鉢合わせて以来、「リディ嬢を妾に…」という打診は受けていたらしいが、そんな要求受け入れられるはずもなく、拒んでいたのだ。完全に私目当て。ロリコンめ。私は12を越えたあたりからは胸が膨らみだして、少しむっちりしてきた熟れようとしている果実なのである。自分磨きを怠っていないので見目も麗しく、それでいて弱小子爵家という弱い後ろ盾の家なので、蹂躙しやすい。狙われたのだ。リディが根暗令嬢であったならこの種の悩みは抱えずに済んだが、自分を磨いた効果が嬉しくない方向に出ている。

ドミニク兄様は即答は避け「少し考えさせてほしい」と答えて家に戻ってきた次第である。


「こんな不条理が許されるの…?」


お母様がさめざめと泣いた。


「向こうからぶつかってきたのだと訴えて通るかどうか…」

「金銭での補填は?」


ドミニク兄様が提案する。


「一度折れると、要求をエスカレートさせかねない。いくら搾り取られるかわからない。リディの為に金を惜しむわけではないが、最悪改易させられる可能性も…」


私を妾として差し出すか、膨大な金銭で方をつけるか、諦めて陛下にご裁可願うか、答えが出ないまま夜が明けた。

昼頃急に侍女が来客を告げた。ゼルマン侯爵かと思い身構えるも、やってきたのはエリック様だった。


「リディ嬢。助けさせてくれる約束ですよ。」


悪戯っぽく微笑まれた。


「エリック様…」

「ウェルスト家ともなると王家に貸しの一つや二つあるものですよ。それに今回は事情が事情ですし、陛下もご理解いただけると思います。父が王家に謁見を申し込んでいるので、近日中に解決できると思います。安心してください。」


優しく頭を撫でられてポロポロと涙がこぼれてしまった。

こんなピンチの時に颯爽と助けられてときめかないはずがない。嬉しくて安心して涙が出て、嬉しくてときめいてドキドキする。

お父様やお母様やお兄様はウェルスト家が我が家を助けてくれる事情が分からずに目を白黒させている。

家族全員にエリック様を加えてお茶。


「ゼルマン侯爵も好色で困ったものですね。3周りも年下の少女に色気を出すとは。」


私はゼルマン侯爵のご年齢を存じ上げなかったが、47歳以上であるらしい。スケベオヤジ以外の何者でもない。もう娘も息子も沢山いるというのに。


「本当にかたじけない。」


お兄様がエリック様にお礼を言っている。


「いえいえ。先に助けてくれたのはリディ嬢ですから。」

「リディは何かしたのかい?」


お父様に尋ねられた。


「秘密ですわ。」


お父様がエリック様に視線で尋ねるとエリック様は苦笑なされた。


「では秘密ということにしておきましょう。」


和やかにお茶を楽しむ。昨日、衝撃の一報を聞いた時は、こんな光景が広がると思っていなかった。

なんだかすごくほっとしてしまった。



***

後日、陛下が直々にご裁可された。「幼き乙女を手中に収めるために下賜した短剣を小道具として使うなど言語道断である。そのようなことの為に短剣を下賜したわけではない。返上するように。ゼルマン侯爵は子爵位に落とす。それからネックラーイ家には迷惑をかけたのだから形ある誠意を見せよ。」とのことだった。『形ある誠意』とは無論お金な訳だが、陛下にせっつかれてゼルマン子爵は身の内に貯め込んでいた富を盛大に吐き出す羽目になった。

社交界ではこの話題でもちきりである。

ゼルマン侯爵が3周りも年下の女の子にスケベ心を出して子爵位にまで落とされた!!と。もう風評は最悪である。ゼルマン子爵は貴族生命を絶たれて、大人しく息子に爵位を譲った。

我が家は賠償金で一躍大金持ちである。ドミニクにも良い妻を探せるだろう…とお父様は胸を撫で下ろしている。


「エリック様。本当にありがとうございます。でも、何だか大きな借りが出来てしまった気分です。」


今日はエリック様と二人でお茶だ。


「寧ろウェルスト家が借りを返したのですよ。これで対等です。」


エリック様は私の好きな薄荷のような香りのするお茶を美味しそうに飲んだ。本当に麗しい人だ。2つ年を重ねてまた素敵になられた。ティーカップを持つ長い指先が艶めかしい。


「ゼルマン侯爵やビヴァリーのように…僕は、人間の心が美しいだけではないことを知っています。でも、醜いだけではないことも知っています。リディ嬢に教えられたのです。匿名投書の形をとるくらいだから、本当はリディ嬢は見返りなどいらなかったのでしょう。それでも、幼い僕を、赤の他人の僕を、何の下心もなく見返りも望まず『助けたい』と思ってくれたことがどんなに尊いお気持ちか。僕は胸打たれました。この優しい手紙の差出人の為にできることをしたい、と願ったのです。」

「ありがとう…」


軽くはにかんだ。


「でもそのお美しさは罪ですね…」

「え……?」

「中身だけでもこれ以上ないくらい尊く美しいのに、見目まで麗しいなんて…」


掌でそっと頬を撫でられた。


「リディ嬢はズルい人ですね。」


カ――――ッと朱に染まってしまった。エリック様はどこか熱っぽい瞳をしていらっしゃる。

トントンとノックがされた。


「ふぁっ、ふぁいっ!?」


慌てて変な声が出てしまった。エリック様が頬から手を離した。


「やあ、リディ。エリック殿がいらしてると聞いてご挨拶を…どうしたんだい?真っ赤だよ?」


お兄様が不審そうな顔をしていた。

慌ててぺちぺちと頬をはたく。


「な、何でもないですわ。」


あー…ドキドキした。




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