エリック視点・第10話
シンシア嬢と、カサンドラ嬢と、リディ嬢が対談されるというのでついて行った。完全なるお邪魔虫だが、僕が『シンシア嬢と接しても心揺らされない』ということをリディ嬢に知ってもらいたかったので。
場所はエウレカ邸。まずはシンシア嬢のことを知ろうと、よく観察してみたが、流石に女主人公。容姿は綺麗だ。幻想的で美しい。恐怖の象徴であったカサンドラ嬢と対峙されて緊張した表情をしている。
「は、初めまして。カサンドラ・エウレカと申します。」
「は、初めまして…シンシア・ロビンスンです。」
二人ともすごく緊張されている。
「ほら、肩の力を抜いて、深呼吸。」
リディ嬢に促されて、二人で深呼吸されている。
「「あ、あのっ、わたくし…」」
お互いに口を開いてしまって譲り合いながら事情を説明し合っていた。吃驚するくらいすれ違っていた。僕にとってはややどうでもいいことだが『ざまぁ』とは、「自分の立場を逆転してみせて、相手に仕返しして鬱憤を晴らし、スッキリすること」らしい。シンシア嬢は「悪役令嬢であるカサンドラ嬢が、自分を表舞台から消される結末を回避するために動き、立場を逆転させて、いい気になって『攻略対象』といちゃついている自分を陥れる。」という展開を恐れていたようだ。
そもそもシンシア嬢はリディ嬢が教えてくださった攻略対象とは接点を持っていらっしゃらなかったように思うが。
互いの誤解が溶けたシンシア嬢とカサンドラ嬢は謝り合って和解した。
あとは同じ『前世』を持つ3人だから、『前世』の話で盛り上がっている。
「まあ、カサンドラ様とシンシア様は高校生でしたの?」
「ええ。リディ様は大学生?やっぱり私たちと違って落ち着きが…」
「止めてくださいな。数年しか違いませんわよ。」
「『コウコウセイ』と『ダイガクセイ』って何だい?」
何のことか聞いてみると、学生のことなのだそうだ。3人の前世で住んでいた『ニホン』は物凄く教育施設が発達しており、6歳から15歳まで『義務教育』というのを受けるらしい。教育が『義務』化されるなんてすごいな。それも貴族とかの特権階級だけというわけではなく国民全員が義務付けられているらしい。というか国を動かす『職業』はあるらしいが、それは血筋ではなく一般投票で支持を得た者が就くようだ。貴族などはおらず、国を『象徴』する『皇族』というのがいるらしいが、皇族が直接政治に口を出すことはないそうだ。基本全員平民の皆平等という主義だったらしい。ちょっと信じられない話だ。コウコウセイは16~18、ダイガクセイは19~22までの子供(僕は16は大人ではないかと思うのだが、ニホンでは子供であるらしい。)が通う学校。リディ嬢は20が没年だそうで「ご結婚されていたのですか?」と妬いたら「まさかあ。」と笑っていらっしゃった。
乙女ゲームの話も盛り上がっている。
「カサンドラ様は『メロエク』でのご贔屓キャラは誰でしたの?」
リディ嬢が尋ねる。カサンドラ嬢は頬を赤らめて「シグルド様ですの…」と仰っていた。
「リディ様は?」
「スペンサー様ですわ。」
むっ。
「あー…わかります。復讐に燃えるダークな一面と、ヒロインによろめきそうになる自分を必死で律そうとする姿が切ない…」
シンシア嬢が同意している。
「ですよね!あの苦悩する姿には萌えましたわ。」
「ふふ。素敵ですわよね。」
リディ嬢がゲームでご贔屓だった男性はスペンサー・ヘルガーテ男爵子息であったらしい。御父上のトレイシー・フェレモア侯爵が、ご同僚のガルベック侯爵に陥れられ失意のうちに自害されて、スペンサーは復讐に燃える若者に育つというストーリーだったらしい。そのご不幸なストーリーもリディ嬢に変えられて、トレイシー殿は今も元気に王宮勤めをされていらっしゃる。不幸になるはずだった人物を積極的に助けたリディ嬢に惚れなおしたが、物語のこととはいえ、『エリック』より『スペンサー』の方が良いと思われていたことにムッとした。正直に言うと妬いた。
「でも現実では、エリック様に夢中になってしまいましたし、ゲームは所詮ゲームなのですよね。」
3人はコロコロと笑う。リディ嬢のあけすけな想いに恥ずかしくもときめく。
「シンシア様のご贔屓は?」
「モーリス様ですの。面倒見が良くて、優しくて、理知的で素敵だなあ…って。」
モーリス殿下か。いずれは臣下に下られる方ではあるが第一王子。男爵令嬢には少々敷居が高いように思う。しかし王家は本人の心を尊重する方針を取っているし。実際シグルド殿下の婚約者を決める際には男爵令嬢から公爵令嬢まで、全ての年頃の令嬢が選定パーティーに呼ばれている。実際は出来レースだったが。
「アタックしてみてはいかが?まだ特定の女性はいらっしゃらなかったはずでしょう?」
リディ嬢が提案される。
「脈はあるのではない?トラウマこそクラッシュさせられてしまったけれど、ヒロインには抗いがたい魅力があるものですよ。シンシア様はすごくお可愛らしいですし。」
カサンドラ嬢もお勧めされたが、シンシア嬢は首を横に振った。
「確かに素敵ではありますけれど、私、美形はダメなんです。なんて言うか美形は鑑賞用で、実際恋をするなら、もっと落ち着いた風貌の方がいいんです。勿論性格もじっくり吟味しますけれど。」
シンシア嬢はご自分がキラキラしい容姿をされていらっしゃる割りに、現実の恋愛では地味好みらしい。「性格のいい人」という点には物凄くこだわりがあるようだが。
***
僕はシンシア嬢ともそれなりに仲良くなったが、シンシア嬢に心奪われることはなかった。リディ嬢の方がずっと素敵に思える。リディ嬢と、シンシア嬢と、カサンドラ嬢は、身分を越えて社交界では大の仲良しとして知られるようになった。夜会でもお茶会でも3人べったりなので、僕は少しヤキモチを妬いていたりする。それでも女性の親しいご友人を作るということも一令嬢として、人間として、大切だということもわかっているので、無理矢理に仲を裂くようなことはしない。代わりに僕はシグルド殿下と親しくしている。それぞれの意中の女性が仲良しなので、お互いに話題には事欠かない。
「それでな、カサンドラ嬢がリディ嬢に貰ったという焼き菓子を一緒に食べたのだ。」
「ああ、美味しかったでしょう?僕もリディ嬢と一緒にその焼き菓子を選びましたから。そのお店では店売りの他にテラス席があって、そこで購入した分を頂けるのですよ。中々お洒落なお店でした。今度お忍びでカサンドラ嬢と行かれては?」
「それはいいな!それにしてもカサンドラ嬢は今夜も可愛いな。ものすごい色っぽいのに、性格が純情可憐なギャップがぐっとくる。」
「それを言うならリディ嬢だって、あのように艶めかしくも瑞々しい少女なのに、性格は本当に正義漢で。僕はいつも惚れ直させられっぱなしです。」
惚気がちょくちょく混じる会話ではあるが、他人に盛大に惚気られるというのは気持ちがいい。お互いに惚気合って満足している。
3人はそれぞれが人目を引く美少女で、その3人がべったりと仲良くしているものだから、注目を浴びまくっている。当然男性からも。
それでも王太子であるシグルド殿下や公爵子息の僕のお相手なので、みんなカサンドラ嬢とリディ嬢には手が出せずに指をくわえてみている状態。3人の中で唯一フリーなシンシア嬢は男性の期待浴びまくりで、熱心に口説かれていた。
シンシア嬢は市井育ちと聞いたが、そんなことを感じさせないくらい優雅に社交界を泳いで、恋のお相手を探し出した。
お相手に選ばれたのは、ジョナス・ベイカー伯爵子息。流石に中身こだわり派のシンシア嬢が選ぶ男性なだけあって、かなりの善人にして常識人で、一途で初心な男性だった。ただし見た目はぱっとしない。選ばれなかった男性たちは「飛び切り魅力的なシンシア嬢が選ぶ男性がそんな平凡男だなんて納得いかない!」と喚いたが、同盟を組んでいたシグルド殿下と僕でジョナス殿を保護した。これは前々からシグルド様と話し合って決めていたことだ。互いの想い人に悲しい顔をさせないためにも「シンシア嬢のお相手の保護は必須」と。ジョナス殿は性格が良いので非常に付き合いやすい。




