エリック視点・第8話
ひとしきり情報収集が終わったのでリディ嬢を回収しに行く。僕以外の男性を魅了して、リディ嬢がその男性に靡いてしまったら目も当てられない。
「そろそろ僕のパートナーを返していただけますか?」
リディ嬢が一曲踊り終わって次の男性がダンスを申し込もうとしたのを、すっと遮って攫った。
「リディ嬢、少し何かお飲みになりませんか?」
「ええ。」
二人で寄り添いながら、飲み物の置いてあるテーブルに近付くと、丁度飲み物を取ろうとしていた令嬢2人が鉢合わせたようだ。
カサンドラ嬢とシンシア嬢だ。
二人はお互いの姿を確認すると悲鳴を上げた。
「「きゃああああああああああああああああっ!!」」
夜会会場に相応しくない大絶叫。本当に怖かったのだろう。恐怖の声だ。
「「わ、わたくし、何もしておりませんわっ!!」」
二人は口を揃えて同時に同じ発言をした。見ていたけどお互いに「何もしていなかった」のはわかったよ?何故そんなことをわざわざ宣言するのかがわからない。
二人は脱兎のごとく反対方向に逃げ出してしまった。
「エリック様はカサンドラ様を追ってください。私はシンシア様を追います。」
何故かリディ嬢は首を突っ込んだ。そしてシンシア嬢を追って行かれた。
仕方ないのでカサンドラ嬢を追った。
カサンドラ嬢はホールからそう離れていない控室にいた。
窓から月明りが差し込んではいるが、燭台に火すら灯していない。僕はそっと燭台に火を灯した。
「なんでわたくしが。わたくしが何をしたというの…修道女なんて嫌よ…濡れ衣は嫌!シグルド様…お慕いしているのに…」
カサンドラ嬢の前に出て「大丈夫?」と聞いてみたが、反応がなく、ずっとブツブツ言っている。何だか怖いな。
「おーい…カサンドラ嬢~…?」
目の前で掌をひらひらさせるけど反応がない。目に光がない。ずっと「修道女は嫌」「濡れ衣は嫌」と繰り返している。修道女?カサンドラ嬢にはあまり縁のなさそうな単語だと思うが。カサンドラ嬢は礼儀正しく高潔な人柄で知られているから、道を修める女性は性に合ってるかもしれないけど。お嫌なのだね。修道院に入れられる予定でもあるのだろうか。あまりに様子がおかしいので心配ではある。知らぬ仲ではないし。
「ねえ、カサンドラ嬢。いいのかい?きっとシグルド殿下が心配しているよ?」
「シグルド様…」
その名前は少しだけ彼女を正気に戻した。ふらふらとシグルド殿下の元へ戻って行った。殆ど話を聞けなかったんだけど、リディ嬢になんて報告したらよいのだろう。
思案してからシグルド殿下の元へ行き、「カサンドラ嬢はどうなさいましたか?」と聞くと「気分が優れないようで帰った。」と仰られた。シグルド殿下は心配で心配でならないという風情でそわそわされている。
とりあえずリディ嬢と合流した。
「シンシア嬢のご様子はいかがでしたか?」
「随分とご動揺されておいででした。多分カサンドラ様に対して、何か誤解されていることがあるのだと思います。」
うーん…誤解かあ…カサンドラ嬢と言えば5歳くらいまではすごい我儘令嬢として有名だったとお父様が仰っていたから、その頃の噂を今でも覚えておいでなのかなあ。
「カサンドラ様は?」
「カサンドラ嬢は酷く動転していて『修道女は嫌!』『濡れ衣は嫌!』『シグルド様…』とブツブツ呟きながら泣いていたよ。僕とは全然話してくれなかった。びくびくしながらホールに戻って行ったけど、すぐにご帰宅してしまったようだよ。」
リディ嬢に見たままを報告すると、リディ嬢は少し思案されている様子だった。
「ねえ、エリック様。私、一度カサンドラ様にお会いして、お話したいです。何とかなりませんか?」
リディ嬢とカサンドラ嬢の間に接点があるとは聞かない。リディ嬢がカサンドラ嬢に会いたいと望んでも、格下からの申し出は易々と許可されないかもしれない。その点僕なら、公爵家同士、多少接点もあって、カサンドラ嬢には何度もお会いしたことがあるし、お会いしたいと頼むのは容易だと思う。
「いいよ。僕が頼んであげる。エウレカ公爵家とは多少縁もあるし、僕の家の方がやや格下ではあるけれど、一応同格ってことになってるし、僕が令嬢同伴なら問題なく会えると思うよ。」
僕が単身でカサンドラ嬢に会いたいと望むのは、婚約者がおいでのカサンドラ嬢には少々具合が悪いかもしれないが、こちらが別のご令嬢を同伴していくなら、特に色めいた意味には捉えられず、普通に受け入れてもらえると思う。
「ではお願いしてもいいですか?」
「勿論。」
可愛いリディ嬢の頼みだし、リディ嬢ならまさか失礼な真似などされないだろうから、お安い御用だ。
飲み物でも飲んで、二人でイチャイチャ出来たらなあ…なんて僕は望んでいたのだけれど、シンシア嬢とカサンドラ嬢のことで、少々時間をとられて、随分遅い時刻になってしまったので、リディ嬢をお送りして帰ることにした。あまり遅いとご家族が心配されるかもしれないし、エスコートしていた僕の信用を落とすことになりかねない
「今日はエスコートさせてくれてありがとう。」
馬車の中で、リディ嬢に改めてお礼を言った。
「こちらこそありがとうございます。」
リディ嬢が微笑んでくれた。
「次の夜会でもリディ嬢をエスコートしたいな。」
ドキドキと胸が高鳴る。ぐっと大胆にリディ嬢に告白してもよいだろうか。リディ嬢もきっと僕のことはお嫌いではないと思うし。色好い返事を貰えたら嬉しい。
「え…?」
「次の次も、そのまた次の夜会も、ずっとずっと僕がエスコートしたい。」
遠回しなプロポーズなんだけれど。リディ嬢の白く優美な手を取り、そっと唇で触れた。リディ嬢の反応を確かめると……ちょっと微妙な表情をされていらっしゃった。このセリフはお気に召さなかったのだろうか…
「エリック様が私の胸をときめかせ続けてくれる限りはお約束いたしましょう。」
ちょっとツンとされた。条件付きだけどOKだよね?僕の胸は甘くときめいた。
「では腕によりをかけて誑かさねばなりませんね。」
悪戯っぽく微笑むと、リディ嬢も微笑んでくれたが、少し悲しそうな表情。飛び切り嬉しい顔をしていただきたかった僕としては、喉の奥に小骨の引っかかった感がある。何がリディ嬢にそのような悲しそうな顔をさせてしまうのだろう。僕が何か間違えたのだろうか…




