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エリック視点・第7話

夜会当日。シンプルなタキシードを身に纏った。リディ嬢に恥をかかせるわけにはいかないので、シンプルながらも質のいい品を選んだ。髪はよく梳り艶を出して、タキシードはパリッと着こなした。イマイチよく見えるかどうかはわからなかったが、使用人は皆褒めてくれたし、お父様も「良い男ぶりだね。」と褒めてくださったので大丈夫だと信じる。

ネックラーイ家までリディ嬢を迎えに行く。馬車で降りると、すぐにリディ嬢がお顔を出した。美しさのあまり一瞬言葉に詰まった。美しくカールした黒髪、その髪のサイドを少しだけ持ち上げて頭の後ろで髪飾りで留められているようだ。スッキリとした輪郭は出ながらも、豊かな黒髪を垂らしている。耳と首元を飾るのはホワイトゴールドの地金に紫水晶とダイヤをちりばめた煌びやかなアクセサリー。ドレスは艶のある濃い紫の生地で胸元が大きく開き、むっちりとした白い胸の谷間を見せている。腰はキュッと引き絞られ、ふんわりと広がる裾は優雅に踝を隠している。白いお肌に紫が映える上にリディ様の瞳の色とも合っていて実に麗しい。薄く化粧をされた顔は大人っぽく、悩まし気な涙黒子や、ぷっくりとした肉感的な唇が艶めかしい。少女らしい清楚さを持ちながら妖艶な色香漂う美しい姿に一瞬で魅了された。何とお美しい…


「リディ嬢。ドレスがよくお似合いだ。とても美しい。」


心からの称賛の声をかけた。このまま隠してしまいたい衝動に襲われるほどに美しい。


「あ、ありがとうございます。エリック様も、とても素敵です…」


少し紅潮したお顔をされている。リディ嬢がそう仰るからには、僕の見目もまずまず及第点を頂けたということであろう。リディ嬢に恥をかかせない程度には。


「ありがとう。さあ、馬車に乗って。」


リディ嬢を促して馬車に乗せた。リディ嬢はウェルスト家の馬車がお気に入りだ。乗り心地が良いと仰っていた。僕は麗しいリディ嬢と馬車に揺られて夢見心地である。ほんの少しだけ勇気を出して、そっと隣に座るリディ嬢の手を握ってみた。小さくて少しひんやりしている。多分僕の体温が高いのだろう。嬉しさのあまり興奮して全身が熱いから。


「……。」


リディ嬢には拒まれなかった。ちらと横目で見たけれどお嫌そうな顔はされてない。何も言わず、心地よい沈黙を感じながら、馬車に揺られた。

会場は中々華やかであった。金の施された煌めくシャンデリアにレッドカーペットの先はつやつやに磨き上げられたホール。初めて来たが綺麗なところだ。

新緑祭はやや若者向けのパーティーなので何となく初々しい華がある。目立つ美男、美女もやはりいるし。リディ嬢が誰か他の男性に心奪われたらどうしよう…と一抹の不安は抱えるものの、リディ嬢は話題の美男にはさほど興味はないようだ。代わりに噂の美女を見ていらっしゃる。

カサンドラ・エウレカ公爵令嬢。何度もお会いしたことがあるが相変わらずお美しい。華やかな赤い巻き毛にややつり目がちな黒い瞳。睫毛は何か塗られているのだろう。黒くてバサバサしている。大きな瞳をより大きく見せている。濃い目のルージュを引かれた唇はお顔の印象をより華やかにしている。際だって美しいお顔の造形に加え、男性が思わず手を伸ばしたくなるようなむっちりとした胸に華奢な腰という魅惑のボディラインを備えている。一級品の美女と言って差し支えない。僕はリディ嬢の方が色っぽく感じてしまうけれどね。

もう一人は、僕が今まで見たことがない令嬢だ。これぞ傾国というような妖精のように可憐な美少女。月の光のような淡い金髪にぱっちりとした青い瞳。滑らかな肌にぷっくりした桃色の唇。美姫という美姫は数あれど、彼女ほど幻想的な人物は中々いないだろう。人間離れした儚げな美しさがある。きっと微笑めば花が咲くように可愛らしいだろうに、何かに怯えているような強張った顔をされている。勿論僕にとってはリディ嬢の方が可憐に感じられるわけだが。


「リディ嬢。一曲お願いできますか?」


早速リディ嬢にダンスを申し込んだ。さっさと申し込まねばリディ嬢の公式社交界デビューのファーストダンスをどこぞのトンビに攫われてしまう。

恭しく腰を折って、リディ嬢の手を取り、しなやかな手の甲に口付けた。


「喜んで。」


小鳥のように軽やかなリディ嬢のステップはお見事だが、リディ嬢は踊りながら何か別のことを考えていそうだ。しなやかな身を僕に預けていても、その美しい菫色の瞳に僕は映っていない。リディ嬢の頭を占める僕以外の思案事にヤキモチを妬いてしまう。


「何を考えているのですか?」


リディ嬢がはっとして僕の目を見る。リディ嬢の瞳に僕が映ってささやかな充足感を得る。


「社交は重要なものですから、リディ嬢を僕一人に縛り付けることなどできませんが…」


リディ嬢を抱く手に力を込める。

確かに社交は大切だ。情報も人の繋がりも貴族としては無視できない。それはわかる。わかってはいるが…


「せめて僕と踊っている時は僕だけを見て、僕の声を聞き、僕のことを考えてください。貴女を……奪わせて?」


耳元で甘く囁いて、リディ嬢の表情を観察した。リディ嬢はものすごーくドキドキされている様子だが、最後にほんの少し落胆の表情を見せて影を落とした。

……僕は、何か失敗したのだろうか。リディ嬢の落胆の表情に不安が湧く。もっと恥ずかしがって嬉しそうにはにかむだとか、ドキドキして瞳が潤むだとか、そういう好ましい表情を期待していただけに、不安と落胆で心に隙間風が吹き込む。

ダンスが終わるとリディ嬢は微笑んで「また後で。」と仰った。去っていく背中を見つめる。引き留めるわけにはいかない。僕としか関わらないのなら、何のために社交界デビューしたのだかわからないから。貴族として、人脈を広げ、情報を収集する責務がある。

僕は情報収集したい家の令嬢にダンスを申し込み、内部調査に励む。先ほどリディ嬢が気にされていた僕の知らないご令嬢のこともさり気なく探ってみたが、シンシア・ロビンスン男爵令嬢らしい。彼女も今回の新緑祭が社交界デビューであるようだが、他の令嬢たちの噂によると、余り活動的でない、物静かな性質のご令嬢であるようだ。ダンスに誘ってみようかと思ったが、目を合わせたら、にこりともせずに露骨に視線を逸らされてしまった。僕のことがあまりお好きではないようなので、ダンスに誘うのはやめておいた。彼女が例外だっただけで他の令嬢たちは僕がダンスに誘うと快く応じてくださるのだが、うっとり目がハートで何でも聞けばあっさり答えてくれる。手応えがないというか情報収集はあっけない。皆一様に猫なで声を出して「何かお飲みになりませんか?」だの「テラスへ行きませんか?」だの誘ってきて少し鬱陶しい。男性ともお話したが、「貴族家はともかく、王家は安定しているな」という話題が多い。

お久し振りにシグルド殿下に話しかけた。


「シグルド殿下。久しぶりですね。」

「ああ…エリックか。」


シグルド殿下はどこかむっつりとされていた。首を傾げると隣にいたモーリス殿下が笑われた。


「シグルドは、カサンドラ嬢が他の男性の腕に収まってダンスを踊るので穏やかならぬ気持ちなのですよ。」


シグルド殿下とカサンドラ嬢が熱々という噂は本当であるようだ。気持ちはものすごくよくわかる。僕だってリディ嬢が他の男性と密着されているのを目にするのは妬ける。


「そう言えば最近王家では…」


王家の情報も聞けた。あと宮中ではトレイシー・フェレモア侯爵が、活躍著しいそうだ。文官の間に新しい書類の規格を作って、その読みやすさ、わかりやすさ、管理のしやすさから評価を受けているそうだ。王が何か褒賞を与える可能性が高いとか。伝手があるなら手を結ぶには良いな。ご子息のスペンサー殿は19歳だそうで、もしかしたら運良くお話しできる機会もあるかもしれない。




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