エリック視点・第4話
13歳になった。僕は勉強や絵画なんかを頑張っているが、ふと気が付くとリディ嬢のことを考えている。思い出の中のリディ嬢のお姿を絵画に描きだしたのは、一度や二度ではない。あれから2年。手紙一つやり取りしていない。お手紙を送ってみようと思ったこともあったけれど、相手は若くてお可愛らしいご令嬢だし、「何か下心があるのでは?」などと思われては嫌だと思って、お手紙は送っていない。でも会いたいなあ…
リディ嬢の書いてくれた告発文にそっと指を這わせる。綺麗で読みやすいリディ嬢の字…
たった一度お会いしただけのリディ嬢のお姿を思い浮かべるだけで胸が熱くなる。16になって社交に出た時お会いできるだろうか。きっとリディ嬢はもっとお可愛らしくなってるだろうなあ…その時、リディ嬢の隣にご婚約者など居られたらどうしよう…そう想像するだけで胸が締め付けられるように苦しい。
「エリック、またリディ嬢のことを考えているのかい?顔が百面相しているよ。」
恥ずかしくて赤くなる。
「毎日毎日リディ嬢のことばかり考えていて、まるで恋煩いのようだね。」
恋……!!
カッと頬が熱くなった。
「おやおや。もしかして図星かい?」
そ、そうなのかな?確かに毎日毎日リディ嬢のことを考えてしまうし、リディ嬢に婚約者などできたら物凄くつらいと思う。リディ嬢を恋愛対象として捉えているのだろうか。一度しかお会いしたことがないのに…。例えば、リディ嬢と、キ、キスしたり、それ以上のことを……頭が沸騰しそうに茹る。
「お父様…僕がリディ嬢と結婚することは可能なのでしょうか…?」
「可能か不可能かで言えば、『可能』だし、『簡単』だよ?普通に婚約申し込みすれば、格上の我が家からの申し込みはネックラーイ家には断りにくいはずだし。妾だと話はまた別だけど、正妻な訳だし。ただ…リディ嬢が自ら望んでお嫁に来てくれるかどうかはわからないよ?エリックは、ただ結婚したいだけなのではなくて、きちんと相愛になりたいのだろう?」
こくりと頷く。
「では、まずは恥ずかしくても、きちんと手紙を送ることから始めなさい。『下心があるのでは?』と思われたって仕方がないよ。本当に下心があるのだから。」
「うん…」
***
手紙を送ろうと決心はしたが、どのような手紙を送っていいかわからない。まさか「リディ嬢にお会いした日の思い出が、毎日頭から離れないのです。」などと、突然告白するわけにはいかないし。どんな出だしで?手紙というのは用件があればスラスラ書けてしまうものだが、何の用事もなく、お心を射止めたいがために手紙を書くなど、そんな経験は今まで一度もないし、どうやったらいいなんていうお手本もないし、教えてくれる人もいない。流石にお父様に恋文の書き方を教わるなんて言う恥ずかしいことは出来ない。
毎日毎日手紙を書いてみては、こんな手紙じゃダメだ…とごみ箱に捨てる、を繰り返している。
夜、ベッドの中で、どんなお手紙ならいいのか悶々としていたが、侍女にたたき起こされた。いや、寝てなかったけど。寝っ転がってはいた。
「どうしたの?」
「旦那様がお呼びです。火急の用件があるのだとか。」
なんだろう?と思い居間へ行くと、お父様は酔い覚ましのお水を飲んでいらっしゃった。今夜は夜会だったはずだ。
「エリック、大変なことになったぞ。」
「大変なこと…?」
今夜の夜会でゼルマン侯爵が陛下より賜ったという短剣を見せびらかしていたらしい。その短剣にリディ嬢の兄上であるドミニク殿がワインを零してしまいゼルマン侯爵が怒って謝罪を要求しているそうだ。謝罪の内容が「リディをわしの妾に寄こせ」という無茶苦茶なもの。「さもなくば陛下に訴え出て、罰を与えてもらう。」と脅しているらしい。
「ドミニク殿が失態を…?」
「いや、ドミニク殿は嵌められたようだね。現場を見ていたものによるとワインを飲んでいたドミニク殿にゼルマン侯爵が態とぶつかっていったようだよ。狙いはリディ嬢だね。どうも噂によるとリディ嬢のお父様のベンジャミン殿の城内演習を見学に行ったリディ嬢と鉢合わせて以来、しつこく『リディ嬢を妾に…』と持ち掛けていたようだから。」
僕は怒りでさっと赤くなった。
「そんなことが許されるのですか!?」
陛下から下賜された短剣を小道具に使っていたいけな13歳の少女を妾に召し上げようなどと…!何たる非道!畜生の行いだ!
「物が陛下から下賜されたものだからね。王家の権威を笠に着てるんだろうね。」
権力で押しつぶそうという腹か。腹が立つ。ゼルマン侯爵とウェルスト家、どちらに陛下の寵があるかなんて決まっているし。ウェルスト家には王家にだって無視できないくらいの力はあるはずだ。
「…………お父様は、王家に貸しがありますか?」
ギラギラと怒りを滾らせつつ強気なことをお父様に尋ねた。
「ふふ。いい顔つきをするようになったじゃないか。勿論貸しの一つや二つあるとも。」
それを聞いてほっとした。
「では、交渉はお父様にお任せしても良いのですよね?」
「ああ、任せておいで。エリックのご恩を返すチャンスだしね。明日、謁見の申し込みをしてくるよ。と言ってもいつ陛下がお会いになるかわからないから、取り合えず手紙を持たせた使者を送るだけだけど。上手にまとめるから安心しておいで。」
「頼りにしています。リディ嬢が安心できるように。」
リディ嬢を助けられるのが僕個人の力でなく、家の力というのがなんとも情けないが、それでもリディ嬢をお助けできることには違いない。
「エリックは明日、ネックラーイ家に行っておいで。ネックラーイ家が早まった決断をしてしまう可能性もあるし、リディ嬢を安心させてあげると良い。2年ぶりにお会いできるチャンスだしね。」
お父様がお茶目に笑った。
そうだ。リディ嬢にお会いできるんだ。先ほどは怒りに目が眩んでそれどころではなかったが、リディ嬢に話しかける絶好のチャンスではないか?
話がまとまると急にソワソワと落ち着かない気持ちになる。
お父様に「早く寝なさい」と言われてベッドの中に入った。




