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エリック視点・第2話

しかし10歳のある日、突然僕は地獄から解放された。お父様が秘密裏にお母様の素行を調査されたらしい。僕に対する度重なる虐待が報告されたようだ。お母様は即刻隔離されて、部屋に閉じ込められた。


「エリックを信じてやれず、辛い思いをさせて、すまなかった…」


お父様は涙を流して詫びてくれた。


「お父様…」

「僕はダメなお父様だけれど、エリックを心から愛しているよ。」


僕はお父様にしがみついてわあわあ泣いた。使用人たちはお金に目が眩んで、僕を裏切ったけど、お父様だけは真実を知った後、あれだけ愛していらしたお母様より僕を選んでくれたんだ…と思ったら言葉にできない激情がせり上がってきて、もう10歳だというのに盛大に嗚咽をあげて泣いた。お父様が「すまなかった…愛している…」と繰り返して僕の背中を撫でてくれた。

思う存分泣き叫んで気が済むと疑問が出てきた。


「どうして突然お母様の素行調査などされたのですか?」


お母様はお父様と再婚してから実に3年馬脚を隠し通し、僕とお父様の信頼を得ていた。使用人だって古くからいる人も沢山いて、お父様もよく信頼していたのに。


「僕の元に、この手紙が届いたのだよ。」


お父様が一通の手紙を見せてくれた。可愛らしいクリームイエローに菫の花の押し花が埋め込まれている上品な便箋。


【ダンカン・ウェルスト様

突然お手紙をお送りする無礼をお許しください。長々とご機嫌伺いを綴って切り出すような素敵な内容が書かれた手紙ではないですので、単刀直入に用件を伝えさせていただきます。

ご夫人のビヴァリー様の素行に多大なる不審を持っております。端的に言ってエリック様を虐待している可能性を示唆するものです。

内密に、既存の使用人を使わずにビヴァリー様の素行を調査なさることを強く勧める次第です。

もしビヴァリー様が潔白であったならば、頭のおかしい人間に踊らされた!と憤慨していただいて結構です。でも、もしビヴァリー様が潔白でなかった場合、エリック様は今現在苦痛を味わわされているのです。

ほんの少しでもエリック様を大切に思う気持ちがあるのなら、是非とも手間と金銭を割いて調査なさってください。

この手紙が疑わしいのは重々承知ですが、エリック様の為を思うなら、何卒宜しくお願いしたく思います。

匿名希望】


綺麗な文字で書かれた手紙だった。

僕の胸は熱くなった。名も知らぬ誰かが、僕のことを心配して告発文を書いてくださったのだ。匿名希望ということは、何の下心もなく、見返りも求めずに。なんてお優しい方なのだろう。


「正直『何故僕さえ知らなかった我が家の内情を知っているのだろう?』という疑問は持ったが、そういえばエリックは何度かビヴァリーにつらく当たられていると発言していたな、と思い返し、慌てて素行調査をしたのだよ。いやはや他者に指摘されるまでエリックの苦境に気付いてやれなかったなど、情けなく、恥じ入るばかりだ。」


我が家に入ってきた新しい侍女2名と侍従1名が諜報員らしい。すぐにお母様にお金を握らされ、従順な態度をとる振りをして内偵したらしい。お母様はかなり強かな人間らしく、上手に優しい仮面を被って、競争相手を蹴落とし、すさまじい競争率のお父様の妻の座をもぎ取った。優しく、控えめで、貞淑な妻の仮面を被り、お父様を騙し続け、「私の子がいずれ公爵家を継ぐ。継がせてみせる。私にはそれだけの手腕がある。私についた方が得だ。」と使用人を従順な犬に変えたようだ。

恐ろしい人だと身震いした。


「お父様、この手紙の差出人を探し当てたいのですが…」

「しかし匿名希望で手紙を送っているということは、多分相手は身元を知られたくないと思ってるはずだよ?」


それはわかっている。わかってはいるが…僕を地獄から解放してくれた恩というのは大きすぎる。


「いつか、いつかこの方に恩返しがしたいのです。無理矢理縁など押し付けたりは致しません。ただ、この方が僕のように困った状況に陥られたとき救って差し上げたいのです。」


僕が一生懸命お願いするとお父様が折れてくれた。

この便箋を取り扱う店舗を王都の隅から隅まで探してくれた。

お父様とお母様は度々口論をしているようだが、僕は詳細までは知らない。結果、お母様は離縁された。公爵家にいた使用人たちもほぼ全員入れ替えられた。『ほぼ』というのは、中にはビヴァリーに弱みを握られ、脅され、仕方なく無言を貫いていた使用人も数人いたからだ。情状酌量として、減俸はされたがクビにはならなかった。



***

便箋の取扱店舗が判明した。王都の『オールドファッション』という雑貨店でのみ取り扱われている便箋であったらしい。公爵家の強権で購入記録を見せてもらった。店主曰く、少々高額な商品で、ターゲット層は富裕層の女性らしい。庶民、貴族合わせて12家が購入していた。

僕はその12家に貴族なら「紅茶についてアンケートを取っている。あなたがよく飲む紅茶の銘柄は?どうしてその紅茶を選んだか?その紅茶の味や香りはどうか?どこで購入しているか?そのお茶に満足しているか?今後どのような味の紅茶があれば購入したいと思うか?」とアンケートを送った。庶民なら「新しい事業を始めるにあたって、民間の意見を求めている。この豆茶の感想、味、香りはどうか?希望の価格帯はいくらくらいか?実際販売されたらあなたは購入するか?購入すると答えた人は、購入する理由を。購入しないと答えた人は購入しない理由を。」と安物の豆茶を同封して手紙を送った。

きちんと12家から返信があった。あとは筆跡鑑定士さんを呼んで、手紙の文字をよく比べてもらった。

12家分のすべての人間からの手紙を見比べるのは正直時間がかかったようだが、結果はリディ・ネックラーイというネックラーイ子爵家のご令嬢らしい。




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