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エリック視点・第1話

僕の人生は9歳のあの日終わったと思っていた。

僕はエリック・ウェルスト。父はダンカン・ウェルスト。父は公爵家という高い地位にいながら、それに決して胡坐をかかない、優しく、努力家で、物腰穏やかで、理知的で、気さくな素晴らしい方だと思っている。実母は僕が3つの時に亡くなってしまい、実はあまり覚えていない。父が有能過ぎて宰相に任命されてしまったため、領地の方には代官を置いて、父と共に王都の屋敷に住んでいた。母が亡くなった当時、父はまだ27歳とお若かったので、再婚の話は山のように出た。小さな僕にはよくわからなかったが、社交界では綺麗な女性に囲まれて、皆が、父の寵愛を望んだそうだ。僕は毎日を様々な勉強に費やし、父の跡を…宰相は世襲ではないので、それを望もうとは思わないが、きちんと領地を治められる…もしくは代官を御せる人間になろうと日々邁進していた。僕が6歳になった頃、父がビヴァリーというご夫人と再婚された。ビヴァリー様は金の巻き毛に緑の目をした美しいご夫人だった。


「エリック。今日からこのビヴァリーが君の新しいお母様だよ。」


父は微笑んで僕を撫でてくれた。


「宜しくね、エリック。」


ビヴァリーは美しく、そして優しそうに見えた。


「はい。……お母様。」


正直そう呼ぶのはすごく恥ずかしかったが、嬉しく、面映ゆくあった。僕にも『母』という存在が出来たのだと高揚した。

お父様とお母様の仲は良好。お母様は僕にも優しくしてくださる。時々他人行儀な壁を感じることもあるが、自分のお腹を痛めて産んだ子供ではないのだから、仕方ないのかも…とも思う。8歳のある日、お母様の懐妊が発覚した。家中がお祭りムード。


「エリックは、弟と妹、どちらが欲しい?」


お父様に質問された。


「どちらでも良いです。健康に生まれてくれれば。」

「そうだな。コリンナがエリックを胎に宿したころのことを思い出すよ。あの時は、毎日はらはら心配したもんだ。」


お父様と共に僕も初めてできる弟か妹の誕生に胸膨らませていた。多分あの頃は全てが輝いていた。後からそれは虚像だったと知るのだけれど。

9歳の頃、お母様は出産された。

陣痛が始まったと連絡があり、急ぎ戻った父が、落ち着かずうろうろと室内を歩き回っていた。僕も十数年後はこんな状態になるのだろうか…と緊張しつつもじっと座って待った。侍女がお茶を入れてくれたが、口をつけるほどの余裕もなかった。

そして産声が響いた。

暫くして中に入れてもらえたが、お母様は汗だくで、でも清々しい表情を浮かべて「元気な男の子ですのよ。」と父と僕に弟を見せてくれた。しわくちゃの小さな命が神秘的に思えた。ショーンと名付けられた我が弟は、ご機嫌な時は可愛いが、何かあるとすぐに泣き喚く。赤子とはそういうもの、とそれは僕も納得できた。納得できなかったのは、お母様の僕に対する態度が豹変したこと。普通に「死ねばいいのに。」と言われる。痣がつかないように巧妙に殴ったり蹴ったり。医者に行ってもお母様にお金を握らされているらしく、診断書は書いてもらえないし、おざなりな処置をされる。食事を抜かれることもあった。


「なんだか、エリックは少し痩せたね。きちんとご飯を食べているかい?」

「お、お母様がご飯をくれなくて…」


恐る恐るお父様に訴えてみたが、お母様は平然としている。


「エリック、私がショーンにつきっきりだから、ヤキモチを妬いて私のことが嫌いになってしまったのね……でも、嘘は良くないわ。」


悲しそうな顔を作って僕を諫める。

父は使用人に「どうなのか?」と尋ねたが、使用人は皆一堂に「毎食お食事をお出ししております。」と答えた。


「エリック、寂しいのはわかるが、出された食事はきちんと食べなくてはならないぞ。お母様とも仲良くな。」


お父様はポンポンと僕の頭を撫でた。僕は絶望した。使用人はすでに全員お母様に買収され、この家の実権はお母様に握られている。僕がうんと幼い頃から可愛がってくれていた使用人さんもいたのに…お金に目が眩んで僕を裏切ったんだ…。そして大好きだったお父様にさえ僕の発言は信じてもらえなかったのだ。僕には味方など居ない。絶望は深い。人間とは何て汚い生き物なのだろう。

お母様は僕の自室に外から掛けられる鍵をつけて、僕を閉じ込め、家庭教師に「エリックが勉強したくないと言って、引き籠もってしまって…」というような訴えを何度もしたらしい。僕は学習の時間が近づくと急に閉じ込められてしまって訳が分からなかったが、後からお父様にそう聞かされた。家庭教師は「エリック様の学習意欲が著しく下がっている。」と父に告げたらしい。お父様に呼び出された。


「エリック、きちんと勉強しないと、ちゃんとした大人になれないよ?」


父に諭されてしまった。


「家庭教師に会う日になると、部屋に閉じ込められるんです…」


父に打ち明けたが、外から掛けられる鍵は装着の簡単なものらしく、使うとき以外は外されていて、鍵の跡もない。使用人も口を揃えて「閉じ込められていたというような事実はございません。」と言う。お父様は僕の頑なな態度に困惑されているようだった。

お母様は殴ったり蹴ったりもするが、それは痣が出来ないように巧妙にやる。代わりにお尻なんて言う誰にも見せられないようなところを鞭で打ったり、焼き鏝を当てたりする。恥かしすぎてお父様にお見せすることが出来なかった。僕はもう諦めていた。誰も助けてくれるものなど居ないのだ。お父様も信じてくださらないのだ。この世は地獄だ。公爵家子息などという輝かしい称号があったって、無力な子供には何もできず、甚振られるだけなのだ。




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