仮初めのピースフル 6
発射口が開き、外の光が差し込む。
悠は出動する覚悟を決めると、マスドライバーからデッドノートを射出。
高速移動を可能とするダッシュバレルのスラスターを噴射、長距離移動を可能とするミグレイトバレルの双方を使用して一刻でも早い到着を図る。
その速度は飛行機など軽く凌駕し、音速の域に達していた。
比較的山に近い場所にあった大学からあっという間にビルが並び立つ東京の真ん中へ到着すると、誰もいない場所を狙って直接着陸を試みた。
悠はスラスターを小刻みに噴射し、勢いを殺しつつゆっくり地面に着陸。
ミグレイトバレルをパージし、メモリデバイスとデッドノート備え付けの小型偵察機をバレルに差し込み、自動操縦へと切り替える。
あくまで移動装置であるミグレイトバレルを装着したままでは戦うことが出来ない。
『聞こえるかい斎賀君。そこから数百メートル進むと、間も無く会敵するはすだ。油断するなよ』
通信を通して沈希の声。
『はい。警戒します』
悠は装甲を操り、目にも止まらぬ速さで街を駆け抜けていく。
既に辺りは壊滅状態。後手に回ったことが痛手だった。
――そして、悠が奥歯を噛み締めた瞬間、それらは現実となって彼の前に姿を現わす。
醜悪な見た目をした、怪物の集団がそこにはいた。
意味のわからない、言語らしきものを口々に叫んでいる姿には恐怖を覚える。
『せ、先生』
『狼狽えるな。いつも通りやればいい。さぁ、存分に暴れたまえ』
『……はい!』
悠は全身のシャープレイを活性化させ、各種バレルにエネルギーを流し込んでいく。
やがてバレルにも青い光が宿り、武装がアクティブ状態へ移行する。
目の前の怪物達はその様子が可笑しかったのか、悠は向けて手のひらを向け、そこから炎を収束させ放った。
その物理法則を超えた現象に悠は面食らったが、その炎の規模を見るに取るに足らないと判断しそのまま避けなかった。
右腕に装着した折りたたみ式の巨大剣、ブレイドバレルを展開し、飛来した炎を弾き消した。
そのようなものに掻き消されると思っていなかったのだろう怪物は多少ながら狼狽を見せる。
悠はその隙を逃すことなく、シャープレイを撃ち出す装着型の銃、ガンバレルで炎を放った怪物の頭を容赦なく撃ち抜き「ギッ」と醜い声をあげて爆発した。
『いいね、ナイスショット』
『あの炎とかは厄介そうですけど、デッドノートの敵じゃないですね』
『よし、なら詳しい解説を聞きながら戦ってくれ。一分一秒も惜しい』
「お願いします」
悠はエネルギー弾で炎を相殺し、弾丸でヘッドショットを狙う。
背後から襲いかかってきた怪物にブレイドバレルを突き立て、隙がないことを見せつける。
大したことない、と理解できた悠は沈希の解説を待ちながら戦闘を続ける。
『奴らが放っている炎から謎のエネルギーと同じ波長を感知した。つまり謎のエネルギーは奴らの体内で生成されたエネルギーに他ならない。つまり、あの怪物は街を破壊できる程のエネルギーを自分で生成できるわけだ。人間とは根本的に違う生物だね』
「こんなエネルギーを自分の体で作れるんですか……!発電所も真っ青ですね……たっ!」
話をしつつブレイドバレルを駆使し、的確に怪物の体を裂いていく。
『この反応を仮に名称づけるならば、魔法だろうね。体内でこのようなエネルギーを生成されるなど、魔法以外的確な表現がないだろう』
『ですね。しかもさっきから、手から魔法陣みたいなのも出してます。魔法でいいですね』
『わお、そんなものでも出してるのか。今モニター出来てないから驚きだよ』
その時、怪物が両サイドから軍をなして攻めかかってきたのを受けて、シャープレイのエネルギー砲と実弾を兼ね備えた大型砲撃装備、キャノンバレルでそれらを一掃した。
全てが塵に帰したことを確認すると、がしゃん、とデッドノート内部に溜まった熱を排熱する。
『いけそうだね。クラックが閉じるまで残り三分だ。それまでにこれからの段取りを説明する』
『やっぱり、そういうことですか』
『……すまないな。君には無理を押し付けることになる』
「大丈夫ですよ。向こうを逆に侵略するくらいの気持ちで行ってきます」
『それじゃあ、頼む。……残り一分になったら、クラックの中へ飛びこんでくれ』
『はい、わかりました』
そう、沈希が言いたいこととは、クラックを通じて逆に別世界へ赴き、そちらで原因を解決してやろうというものだった。
ほぼ同じことを考えていた悠は、別段驚くことなくその任務を受ける。
『けど、あと二分でこいつらを倒せるとは思えません。どうすれば……』
『ああ、それなら――』
――その瞬間、背後で大きな爆発が起きた。
後ろに爆発物はなかったはずだ、と表情に驚愕を見せて振り返る。
「やぁ、こうした形で会うのは初めてだね、斎賀君」
『せ、先生。なんで……』
そこには、全体的に生身なものの、体のあちこちにデッドノートに酷似した機械鎧を装着した沈希が立っていた。
「この世界の最大戦力を別世界へ送り出すんだ。最強がいなくなれば、その『次』に強いものが戦場に出てくるのは当然のことだろう。安心したまえ。こんな装備だが、一応これはプロトタイプのデッドノートだ」
『きょ、許可は?』
「勿論取ってきたさ。君を別世界に送り出す許可も、私がプロトタイプデッドノートを使う許可も。ほら、後ろを見たまえ。大勢が君を見送っているよ」
悠はそう言われて、沈希の立っている更にその先に視界を送ると、そこには大量の自衛隊という名の応援、それに避難したはずの一般人が口々に叫んでいた。
「行ってくれ!俺たちの代わりにこの世界を頼む!」
「また俺たちを救ってくれ!」
声援は悠の強い力となり、凍りついた心に再び闘志が戻っていく。
『……行ってきます!』
悠は集団に手を振ると、沈希を一瞥してクラックへ向かった。
「おっと、これを持っていきたまえ」
沈希は小さなアタッシュケースを悠に投げ渡した。
「それはデッドノートの予備バッテリーだ。シャープレイの自動充電が間に合わない緊急時に使いたまえ。ただ、稼働時間にはあまり期待するなよ。それと、向こうについたらメモリデバイスを使って連絡をくれ。今アップデートしておいたから、きっと次元を超えても通信が可能なはずだ」
『わかりました。それと……』
「ん、何かな?」
『いつ、俺のことを悠君と呼んでくれるんですか?』
「……はっ、帰ってきたらそう呼んでやるよ。行ってきたまえ」
「はい、行ってきます!」
最後にマスクの装甲を上げ沈希に笑顔を見せつけると、それを最後の挨拶として、ミグレイトバレルを再装着し、怪物達を蹴散らしつつクラックの中へ飛び込んだ。
クラックの中は一面闇色で、これまでに見たどんな景色よりも暗かった。
このクラックがいつまで続くかわからない以上、油断は出来ない。
悠は今更ながら、別世界という存在に畏怖を覚えた。
これからどうなるのか、果たして、沈希なしで自分は勝てるのか。
――二〇一七年四月二十六日。
人類は初めて、意図的な別世界への旅を実現した。