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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第八章 レテの川に身を寄せて
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 2

「あれは、事故、なんです。決して、故意ではなかった」

 千堂祐次は、立ったまま続ける。

「あれの遺書に書いてあったことに、たとえ、それが偽者であれ、真実の一部を含んでいます」

「あれを書いたのはあなたでしょう」

「はい。そうです。私は、彼女と関係を持っていました。それは、認めなければならないところです。あの日も、いつもの場所で彼女と落ち合いました。そこで口論になった。彼女が、狂ったように、私に殴りかかってくるものですから、あれは、正当防衛です」

 テーブルの誕生日席側で、日比野が座ったまま腕を組む。何かを考えているようだが、無駄なことだ。

「だが、私は怖くなってしまった。だから、彼女の服を借りて、私はもう一つの入り口から外に出ました、女性の振りをして、この施設に戻ってきた。そして、再度彼女の元へ行き、もう一度服を着せた。今度は、安全な入口から戻り、遺書を書き、パソコンにアップした。もちろん、彼女が見つかるのは、全く想定していないことだった。それも、あんなところで」

「有田さん、確認したいことがあります」

 まるで祐次を無視するかのように、日比野は有田百合を見ながら質問する。

「あなたが、夜散歩に出られたとき、途中一人としかすれ違わなかったといいました。そして、それはおそらく古川さんでしょう。途中で、伊崎さんと、すれ違いませんでしたか?」

「すれ違っていません。道は一本ですが、隠れようと思えば、いくらでも可能です。崖を降りていたかもしれないし、あるいは、どこかの洞穴に入っていたかもしれない」

「後者で間違いないでしょう。その洞穴は、この施設からも入ることができる。そして、それは、千堂主任の部屋からしかつながっていない。それだけで、十二分な状況証拠といえるでしょうが」

「正当防衛です」

「なぜ、すぐに届け出なかったのですか?」

「私だって、状況くらい理解している。そんなことをして、美影の殺人まで私のせいにされては、たまらない」

「愛していましたか?」

「……答える必要はない」

 芹沢菫が立ち上がり、整理しましょう、と声をあげる。

「いずれにせよ、伊崎園子を殺したのは、千堂祐次である。間違いないかしら?」

「ああ。必要なら、裁判にも出るとも」

「その必要はありません。私は、あなたが、千堂美影も殺した、と確信しています。そして、それは正当防衛ではない。明らかな故意、として」

「はん。冗談じゃない。それは不可能だ。それは、私を含め、この部屋にいる誰にもできないことだ。あの遺書に書いたとおり、あれができたのは、伊崎園子だけだと、私は考える」

「時間があっていません。千堂美影が殺されたのは、二番目のモニターの最中でした」

「では、なおさらのことだ」

「不可能だと?」

 そう、できるはずがないのだ。

「あのときのモニターの様子は、記録として残っています。そのときの様子を、それでは今、見てみましょうか」

「どうぞ、お好きなように」

「それでは、矢口さん、用意してもらえますか。あちらの壁面をお使いください」

 名指しされた矢口誠一は、肩をすくめてから用意を始める。権藤が、テーブルの上に置いたプロジェクターにコードを差込み、壁面に映し出す。矢口のグラスビューワが何度か点滅する。コンピューターにアクセスしているようだ。

「用意できたぜ」

「三度目のモニターは必要ありません。一度目のモニターから観察しましょう」

「事件が起きたのは二度目だろ?」

「ええ、ですから、一度目と二度目の違いを、皆さんにも見つけていただきたいのです」

「分かった」

 部屋が暗くなり、壁面に、日達瑠璃と久住照好がモニタールームに入ってくる様子が移しだされる。


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