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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第一章 その凶器は神名島へ届けられた
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 明日から一週間の準備をもう一度確認しながら、日達瑠璃は手提げの大き目なバックに荷物を入れていく。特に多いのは着替え類だ。先方に確認したところ、幸いなことに泊まることになる部屋には一式、洗濯機はもちろん、キッチンからバスルームまでついているという。まだ実物を見ていないが、おそらく今瑠璃が借りているアパートよりも豪華かもしれない。

 一ヶ月前、友人の誕生日に招かれる少し前になるが、彼氏である久住照好に誘われた小旅行だ。旅行といっても、メインは泊まることになる施設での、モニター活動だという。けれどそちらは照好に任せて、瑠璃としてはその島の探検をしてみたい。昔から瑠璃はそういう冒険が好きだった。よく親に怒られたものだが、平日に無断で学校を休んで隣町まで徒歩で探検に出たり、おじいちゃんの家の裏にある山に迷い込んで二日後に救助されたこともあったほどだ。

「ええとぉ、絶対動きやすい服装が必要よねぇ。でも、照くんにはあまり見せたこと無いしなぁ。がっかりされちゃったら寂しいし。でも、いいわよねぇ、ちょっとくらい色気がなくっても。ほらぁ、そういう服は服で持っていけばいいし?」

 鼻歌を交じらせながら、瑠璃は準備を進める。荷物は少ないほうがいいが、それでも最後に瑠璃はいつも使っている枕をバックに詰め込んだ。少し膨らんでいるが、まあ、許容範囲だろう。それから携帯の充電器を側面についたチャックを開けて入れると、ベッドに放り出されたままの携帯を取り出す。

「照くん、ちゃんと準備できたかな? 明日は9時にN駅だよ、寝坊はだめだからね。必要ならお姉さんが起こしに行ってあげるようか?」

 メールの返事はすぐに来る。

「別に準備するほどもないよ。あっちにも揃ってるみたいだし。心配無用。9時にN駅、瑠璃こそ遅れるなよ。今度は待ってもらえるもんじゃないから」

 今度は、なんてひどい言い方だわ、と瑠璃は小さくつぶやく。この間の友人の誕生日だって、別に遅れたわけじゃない。時間ぎりぎりだけど、一応間に合ったのだから。

「もうもう、いい子ぶっちゃって。じゃあ、9時にN駅。遅刻禁止だからね。お休み」

 語尾にハートマークを入れて送信。

 照好と小旅行なんて初めてのことだ。照好はまだ学生だし、それなりに忙しい生活を送っている。それも、どちらかというと学生として忙しい。瑠璃は照好が何の研究をしているのか知らないが、大学から帰って来ないこともある。しばらくして、学校に缶詰で研究していた、という愚痴を聞かされることもあるが、やはりそれが好きなようで、翌日には機嫌よく大学へと出かけていく。

 瑠璃としては考えられないことだ。勉強なんて、この世からなくなってしまえばいいのに、なんてことを実際によく考えるほうだ。けれど、それが照好なら何でも許せてしまう。不思議なものだ。

 瑠璃は時計を確認すると、早めのベッドにもぐりこんだ。


 浅い眠りから覚めると、まだ時間は5時を回ったところだ。気の早い太陽でさえ、まだ微かに東の空を照らし始めている頃だ。瑠璃は重たい体を起こすと、首を回す。ベッドの脇に置かれた携帯が、青い光を放っている。メールを受信しているようだ。ゆっくりとした動作で携帯を持ち上げると、知らないアドレスからのメールだ。

 もう迷惑な話だわ、と思いつつも、そのタイトルに妙な安心感を覚える。

「すべては計算された結果なの」

 なぜ、こんな意味不明な文面に安心感を覚えるのだろうか、けれど、瑠璃はその本文を確認する。

「かつて日本の三本に入るであろう数学者であったU次郎。一般にはK田博士と言ったほうが知られているであろうが。彼が最後に計算しようとしたのは、カオスがどれだけ現実世界に影響を及ぼそうとしているか、ということである。彼は、その卓越された先見性から、考えられうる未来をすでに多く記している。その、いわば予言は、半ば成就されている。その的中率は実に90%を越える。K博士の言葉を借りるなら、これは予言ではなく、予測でしかない。君たちには、予言に聞こえるのだろうが、とのことだ。彼はその書に、自らの孫が自殺するだろうことを記していた。また、それに用いられた凶器によって、Kカンパニーのある幹部が殺されるであろうことも記していた。果たして、これを予言と言わずして、なんと心得ようか。だが、最大の関心ごとはそこではない。警察でさえ、未だそれに用いられた凶器の行方を把握していないというのに、私はその凶器を知っている。私は保身のために、記しておくが、その幹部を殺した人間ではない。その人物となんら関わりを持っていない。そして、私はその、現所有者ではない。

 突然のメールで、あなたは困惑しているであろう。私の予測では(予測ということばを使わせていただくが)、ここまであなたがこのメールを読んでいる可能性は10%にも満たない。だが、わずかでも可能性があるならば、もう少し付き合ってもらいたい。

 問題は、その凶器がKカンパニーの内部に存在するということだ。そして、不運にも(幸運にも?)、それは今日、あなたが参加するであろうイベントの中心である研究施設の内部にある。そして、再び予測するが、あと数日もしないうちに、その凶器は使われるであろう。イベントは狂気に満ちている。数多の思惑と、明確な意思とが混在し、すべては失われる。

 私が誰であるか、いずれ私はあなたに打ち明ける。信じて欲しいのは、悪意はない、ということだ。だが、これから始まるであろう悲劇に、あなたを巻き込むことを心苦しいと思っている人間がいる、ということ。すべては計算された結果なの」

 まだ瑠璃の頭はきちんと働いていない。働いていないからこそ、最後まで読んでしまった。これは一体何なのだろう。不気味な、警告だ。消そうかと思ったが、瑠璃は思いとどまり、それを別のフォルダーへ移動させる。

 深く考えないことにする。

 瑠璃は二度寝することを決めた。


 若干寝坊したことは、秘密である。


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