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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第一章 その凶器は神名島へ届けられた
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 佐根の国はな、ほんに、いい国じゃてな、みんなが、そう言うんよ。どんなに、いいんかて、聞くとな、みんな、行けば分かるて。行けば分かるに、行けて、行けて。せやから、死ぬまでにな、一度は行かな、て、そう思うんよ。


 佐根の国は、そら、きれいな所さ。いんや、きれいなんて言葉じゃ、言い当てておらんぞ。あれはまさに天上の、天女がおれば、疑うことができんて。夢、まほろば、桃源て、そな言葉がようあっとると思う。


 佐根の国は、小さなところだよ。ここの何十かの一しかないだろうよ。走って、その日のうちに果てまでいけるほどに。だけどな、走ってしまうのは、正しくないな。歩いて、ゆっくりと過ごすがええ。それだけで、心がな、こう、ふっと軽くなるだ。


 佐根の国におわします、佐根の姫はな、御歳まだ十を越えたほどなんだけどな、それは美しゅうことこの上ない。母君の麗しさも、こんな離れたところまで聞こえ届くほどだからな。だからな、まるで玉のように、大切に大切に育てられておるよ。


 佐根の国はな、別に何もないところじゃ。小さな国で、何も持っておらんし、何も欲しておらん。周りの国も、そんなことは分かっとるんじゃ。だからな、まだ、残っているんだ。野心のある国主であったれば、きっともう、周りの国に盗られておるじゃろう。


 佐根の国の佐根の川は、まことに、美しいて、そこで禊ぎ、清められた赤子は、みなきれいな声で泣きおるて。佐根の姫の禊ぎのおりには、国中の、老いも若きも集まって、みなで祝ったそうな。そんな集まりは、この国では有り得んじゃろうて。


 佐根の国はな、けれど、時代に取り残されて。戦う力を自ら手放してしまったからな。かつてはそれでよかったろう。けれどな、もう、そんな時代ではないて。今に、きっとあの国は、失われてしまうだろうよ、悲しいことかな。


 佐根の国は……



  ・


 資料の最後にまとめられている佐根の国に関する逸話を読みながら、古川順也はそれとは別の、より関係性の高い資料があったはずだと思い返す。順也の疲れきったシャツが、だらしなく垂れている。研究室と呼ぶにはあまりにも粗末な、そして乱雑な部屋。否、乱雑というのは、結構多くの研究室においてありえることかもしれない。けれど、その度を越していると順也本人でさえ感じてしまうほどの乱れ方だ。以前調べた資料をもう一度見ようとしても、すでにどこにあったのか分からない。けれど、それも味だと妙な納得をしつつ、何とか見つけたその資料を目で追っている。先日モニター当選の連絡を貰い、早速、研究の見直しをしているところだ。こんなにも早く、自らの研究の実地探査ができることになるとは思っていなかった。

 が、実地調査ができるとは限らない。あくまでも招かれたのは、Kカンパニーの研究施設に、である。決して島そのものに招かれたわけではない。

 神名島。名前に神を抱いているが、元を辿れば神の無き島。それがいつしか訛り、かんな島となり、今ではかな島と呼ばれている。位置的には日本の重心に程近く、A県に属する小さな島だ。かつては人がそこで暮らしていた時代もあるのだが、戦後には無人島と化していた。それをKカンパニーが買い取り、現在研究施設を建て、そこである研究をしている。順也はその研究にまったく興味もないし、そもそも何の研究をしているのかも知らない。おそらく通常であれば、順也とKカンパニーを結びつける要素はないはずであった。それが、地元郷土の歴史を調べているうちに、神名島という名に行き当たった。

 モニターに応募して当選するとは、露とも思っていなかったわけだが、当たってしまった。それならば、神名島に行くまでに、もう一度歴史と、どうしてその名で呼ばれているのか、振り返っておくのも悪くない。


 祭り、

 祟り、

 神流し、

 あるいは、権力者の、

 保身、

 ギリシャのレテに似た、

 怪奇、

 鬼、

 死、

 再生、

 元々の位置が、


 読みながらキーワードと思われる位置にマーカーを走らせる。気持ちのいい文面ではない。それがために無人島となってしまったと考える人もいる。そのようなところに研究施設を建てるなど、恐ろしいことだと証言した人もいる。きっとすぐにでも祟りが降りかかるだろうと、なぜか順也が脅迫された。

 それとは全く関係ないと思われるキーワードもいくつかある。


 財宝、

 豪族の、

 逃亡、

 船、

 奇跡、

 眠る、

 軍資金、


 あるいは、こちらが本命なのかもしれない。宝が眠る島、けれど、それを隠すために怪奇な噂を流しているのだ。いずれにせよ、現地を調べてみなければ結論を出すことはできない。本土に残されている資料はほとんどが当事者のものではないし、昔その島に住んでいた人など、今は数えるほどしか残っていない。半世紀以上前のことだ。間違った記憶も入り混じっているだろう。

「とにかく」

 と、順也は声に出して資料を鞄に入れる。

「すべてはあちらについてからだ」

 順也のその声が聞こえたのか、彼の息子である古川直也が、彼の研究室の扉を大きく開け放つ。

「父ちゃん、楽しみだな、明後日!」


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