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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第一章 その凶器は神名島へ届けられた
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 3

 正方形の部屋のなか、中央にテーブルとディスプレイが3つ、扇形に置かれている。その前には三つのキーボードがあり、そこを縦横無尽に手が動きまわっている。まるで、マウスが檻の中で、ひたすら走り回っているようで、油断していると目で追えないほどのスピードだ。

 座っているのは一人、部屋同様無駄な装飾がなく、ワイシャツをだらしなく着ている。けれど髪は短く揃えられ、厚いゴーグルをつけていて、その内側で瞳が激しく動いているのが見える。ゴーグルからマイクが伸びていて、時折小さな声を発している。よく聞かなければ何と言っているのかわからないが、汚らしい言葉であることは間違いない。

 しばらく経つと、今度は大きな声でくそっと叫びながら、壊れるのではないかという音を立てて、男はキーボードを叩いた。

「いらついてるねぇ」

 いつからそこにいたのか、部屋の入り口に別の男が立っている。白衣を着ていて、対照的に身なりを整えている。肩にかかるほどのストレートの髪を中央で分けていて、細いめがねをしている。

「間に合いそうなのか?」

「誰に聞いてるんだ?」

「ここにお前以外いるか?」

「誠一はもう終わったのか?」

「終わったから様子を見に来てやったんじゃないか」

「別に見に来る必要なんかないだろう。部屋から覗けば明らかなんだから」

「まあそう言うなって、佐登留。一応部屋からもチェックしたんだがな、お前こっちの話聞こうとしないだろう」

「それで、ただじゃましに来たんだったら後にしてくれよ。こちとら昨日からほとんど寝てなくて苛立ってんだから」

「杓子定規のようなプログラムを組んでいるからだろう。だから、ちょっと予定が変更になると応用が利かない」

「最終的に、これが一番早く確実なんだよ。他の誰が見ても理解できるんだから。誠一のプログラムは、さっぱりだ。まあ、陰湿なんだよ」

「遊び心満載といってくれよ。そうしておけば、様々なケースに対応しやすい。いっそ言語から構築しちまったほうが手っ取り早いしな」

「それで、そんな嫌味を言いに来たのか?」

「例の、モニターのことだ。三組らしいよ」

「知ってる。だから今こんなに苦労してるんじゃないか。なんだってこんな時期にそんな面倒なことをやるのかね、うちの主任は」

「対外的な理由があるんだろ」

「極秘のプロジェクトなのに?」

「そういう戦略なんだろう。あるいは、本社への言い訳なんじゃないか。一応仕事進めてますよって」

「だったら時期を考えろっての」

「で、俺から提案があって来たってわけ」

 佐登留と呼ばれた男は、腕を組んでようやく振り返った。まだゴーグルをつけたままで、その目の部分が時々光っている。

「まあサプライズでもどうだって話だ」

「今から?」

「主任らもついでにサプライズさせちまおうって思うんだよ。やることはちゃんとやってみせといて、最後にトラブル発生。主任のあせる顔が目に浮かばないか」

「もう一度聞くが、今から?」

「もうアイデアはある。わざわざお前んところに来たのは、佐登留が組んでるところをちょっといじりたいから、その許可を貰おうと思ったんだよ。ほら、お前のプログラムだと勝手にいじるとすぐばれるだろ?」

「俺を共犯にする気か? 誠一の能力があれば俺に気づかせることなく変更したプログラムを紛れ込ませることぐらいできるだろ」

「本音を言えば、あの無能な主任を辞任にまで追い込みたいんだよ」

「まあいいぜ。有田は?」

「あいつは無視。あのまじめな女にばれると、主任補佐に筒抜けだ。そしたら主任にばれちまう」

「有田なら、俺らのプログラムを監視してるかもしれないぜ」

「だけど俺のプログラムの遊び部分は理解していない」

「オーケー。そのサプライズ、俺ものる。で、俺はどうすればいい?」

「俺のもぐりこませたプログラムを無視してくれればいい」

「……アドバイスは?」

「知覚のところで、センサーを半分にしても結果はほとんど変わらない。重さが十分の一になるから、そこをチェックしたほうがいい」

「そりゃ、どうも」

 佐登留は再びディスプレイ側を向くと、手を動かし始める。それにあわせてディスプレイ上の文字は激しいスピードで流れていく。その様子を見届けてから誠一は満足したように、部屋の扉を閉じた。

 廊下はまるでテーマパークの宇宙船の内部のような、無機質で涼しい色合いだ。もともと建物全体が地下にあることもあり、夏は暑さを抑え、冬は地熱を利用して暖かくなるようしてある。だが、そのような実質的な温度ではなく、この建物自体が冷たい。誠一はその廊下を、音を立てるように歩く。その足音は、けれど響かない。

 廊下は前後に長い。ところどころに、先ほどの佐登留の部屋の扉のようなスライド式のドアがついているが、今開いている扉は見えない。油断すると、この世に自分しかいないのではないか、という錯覚を覚えそうだ。やがて途中のT字のところで曲がると、誠一は最初の部屋に入った。彼の部屋だ。

 正方形の部屋。けれど、佐登留の部屋とは違い、和の空間が広がっている。誠一は靴を脱ぐと、畳の床に上がった。それから団扇を手に持つと、仰ぎながら隅に置いてあったゴーグルを細いめがねの上からそのままつける。そのゴーグルは、先ほど佐登留がつけていたものと同じものだ。その伸びたマイクに誠一は声をかける。

「三番目の臨時プログラムを出して、修正する」

 それと同時にゴーグルが二、三度光った。


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