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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第四章 その凶器を追い権藤は神名島へ
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 日比野重三と笠倉岬が南西の湾に降りていくのを横目に見ながら、古川順也はその道を東へと歩いていく。古川直也は部屋に置いてきている。元気に振舞っているようだったが、昨日の影響は大きい。夜あまり眠れなかったようで、さきほどもう一度寝かしつけたところだ。北原朋彦主治医にお願いをし、子供用の薬を与えたから、おそらく数時間は起きることはないだろう。もしも今後の生活に影響が出るようなら、Kカンパニーを相手取って訴訟を起こす覚悟はある。

 だが、それよりも今は、どうしても確かめなければならないことがある。昨日伊崎園子に連れられて島を1週回った。

 ことによっては別の訴訟を起こさなければならないほどのことだ。それだけ順也にとっては大切な、切実な問題でもある。

 順也は唇を噛みながら、その問題のポイントまでやってくる。

 ストーンサークル、古代の天体観測所と園子は言っていた。だが、順也は同種の遺跡であるイギリスのストーンヘンジが天体観測所だと考えていない。偶然方向が一致しているだけだ。それも都合のよい角度ばかりを利用している。それなら、日本の形でさえ天体観測するために古代の人々が作り上げた形とさえ考えることできる。適当な自然物二点を結んで、それが東、太陽が昇る方向をおよそ指せばいいだけなのだ。

 このストーンサークルには、だからもっと別の意味が隠されているはずなのだ。昨日は日達瑠璃と笠倉岬が乗っていた岩に、順也は手を付きながら上がる。それから東を向くと、なるほど、確かにしめ縄をしてある岩の頭部分がかろうじて見える。

 そう、かろうじて、なのだ。そんなことがあるはずがない。背の高い岬も、同じことを言っていたし、瑠璃はここから上に飛び上がって何とか見ることができた。

 秋分からのずれもそれほどない。朝日であれば、ほぼ東に位置するであろうこの時期。自然の恵みであるこの木々を遮るすべを古代の人間が持っていたとは思えない。思えないというのは、思い込みの範疇ではない。もっと言えば不可能だ。

 順也は地面を確認して飛び降り、もう一つの岩の遺跡、張子岩がある道へと向かった。

 整備されているとはいえ、近代的な技術が施されている。古代は獣道であっただろうか。それに、古代の遺跡など、あの暗号に関係があるのだろうか。それらしい文句も見当たらない。もちろん、ここに財宝を隠した佐根姫が、ここにある古代遺跡も自然と同様に当然あるものとして扱ったことは考えられる。が、それも、おかしな考えだ。

 張子岩にたどり着く。絶妙なバランスで地面に立っていて、遥か高いところにしめ縄がある。しめ縄自体は何度も締めなおしているだろう。現代の技術があれば難しいことではない。佐根姫の時代であっても、建城技術を考えればそれほど難しいものではない。木組みさえできれば危険もなくあれくらいの高さにはたどり着ける。古代ではどうか。ピラミッドや古墳を考えれば、できなくはないだろう。それとも、もっと古い時代の遺跡だろうか。石器時代だとしたらどうだろう。

 問題は、自分ならできるか、ということだ。

「あ、古川さんだ。こんにちはー」

 後ろから岬の声が響く。突然で驚いたが、おくびにも出さずに振りかえる。長い時間考えていたのだろうか、日比野と岬が仲良く張子岩に向かってきている。岬が、自分の娘だとしたらさせたくないような、胸のはだけた服に、スカートも短い。日比野の格好は、順也とは違い、かなりラフなものだ。どういう了見をしているのだろう。警察というのが本当なのか、あやしいものだ。岬に格好付けたくて、適当なことを言っているのではないだろうか。

「古川さんも、この岩が怪しいって思います?」

「怪しいって……そうですね、怪しいと言えば怪しい」

「そうですよね。不自然ですよね、こんなところに立ってるなんて。南側の海岸から持ってきたのかしら」

 そうか。それは考えていなかった。そもそもここにあるには不自然な岩だ。どこかから持ってこなければならない。

「人力で充分運ぶことができると思いますよ」

「えー、重ちゃん、どうやるの? 岬ちゃんには無理だよ」

「いえいえ一人では無理でしょう。ピラミッドの建設と同じように、下に丸太を引いたり。ですが、この岩自体の形は横にすれば転がすことが出来るものです。その状態で縄をしめて、後で立ち上げたのかもしれませんね」

「うーん、なんでそんなことするかなぁ」

「伊崎さんの話では、天体観測所でしたか」

「そうは思えません」

 つい順也は答えてしまう。オープンにするには、相手が悪い。できれば情報を与えたくない相手ではあったが、仕方がないので順也は続ける。

「西にあるあのストーンサークルとは、別種の遺跡ではないかと、私は考えます。むしろこちらは宗教的な意味合いが強いのではないか、と」

「はあ、そうですか。ですが、ちょうど真東にあるというのは、偶然でしょうか」

「重ちゃんは、さっきもあの岩に乗らなかったもんね。絶壁は平気だったのに、あの高さがだめだなんて、よく分からないよ。まあいいや。それよりも、真東っていうのは誤解ですよ。順也さんは岩に乗りました?」

「ああ、乗ったが?」

「あの岩、結構広いし、この岩も大きい。角度的に15度くらい余裕があるもの」

 15度? 順也は理解できずに眉をひそめる。けれど日比野は合点がいったようで、ははん、と頷いている。二人の間で了解がある言葉なのだろうか。分からないが、どうやら岬もあのストーンサークルには疑問を持っているようだ。

 順也は走り書いているメモにチェックをし、それから道を北に向けて歩き出す。同じように、二人も付いてくる。やりにくい。

 ここを北に行けば、波止場にたどり着くはずだ。


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