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矢口誠一は目の前のモニターを見ながら、プログラムを差し替える。次の被験者が子どもであることを考慮して、だ。実際に存在しないレーザーガンがいいだろう。少し気になるのは時間だろうか、すでに9時を回っている。被験者である古川直也が普段何時ごろに眠っているか知らないが、子どもには遅い時間だ。そういう状況でも問題がないか見るにはよい機会ではあるが。父である古川順也も気にしていたようで、降りていく前に眠たくないか聞いていた。
二人はほぼ部屋の中央に立ち、今試し撃ちを終えたところだ。伊崎園子が、これから場所を変更しますと説明し、一方の千堂祐次主任が的のところでその状況を観察している。全く不要の存在だ。前二回のときと全く同じたち位置だ。例えこの場にいなかったとしても、このモニター活動に何の支障も生じない。むしろいないほうがスムーズに進むだろう。
キーボード前の小さなモニターには、古川直也が見ている画面。それから部屋にある大きなモニターには古川順也が見ている画面が映し出されている。二人の映像がリンクしているように見えるが、結局は無理やり合わせているに過ぎない。浜嶋佐登留と共同してこれからハプニングが起きるプログラムを挿入したわけだが、そのせいで微妙に計算がずれてしまった。その理由が分からず、直すことができずに時間が来てしまい、結局以前の、無駄が大きいプログラムに差し替えたわけだ。
今日の3時まで有田百合が原因を探っていた。もしかしたらこのいたずらプログラムに感ずかれたかもしれないが、どうやらそれを公表する気はないらしい。好都合だ。プログラマーからすれば、祐次主任などいないに越したことはない。これなら最初から百合にも計画を打ち明けておいてもよかったかもしれない。
画面は密林へと移動する。密林だというのに、なぜか歩きやすい獣道が出来ている。ゲームなのだから仕方がないところだが、実際に売り出すとしたらリアルさを追求しても面白いだろう。背後から襲ってくる虎に気づかずにゲームオーバー。全身を使ったアクションゲームで、運動不足の解決にもなる。あるいは、ホラーゲームこそ面白いかもしれない。いや、それを試す意味もある。
直也と順也は、通常よりも強力な武器のせいもあり襲ってくる獣たちを順調に撃破している。
「今のところ、問題がないようですね」
肩の力を抜いた北原朋彦医師が安堵の息をつく。彼は念のため、モニターから戻ってきた被験者の身体の具合を診ていたが、先ほどの笠倉岬と日比野重三のペアも体調になんら影響がなかったようだ。
「あれだけ小型化してあるからな、むしろ子ども方が気にならないんじゃないか」
順也が見ている映像が流れている部屋の大きなモニターには、いちいち格好をつけて獣を撃っている直也の姿が映し出されている。ほほえましい光景だが、一定年齢を超えるとあれは痛々しい姿に見えるだろう。バーチャルで着ているもの自体の変更もできるし、体格や顔もコンピューターグラフィックに差し替えることもできる。ネットで繋げて、知らない他人と冒険に出る分には、それくらいがちょうどいいのかもしれない。今、一般的に広がっているオンラインゲームにも、ポーズに合わせて、そんな痛々しい文章を登録し、すぐに呼び出せるようにしているユーザーが多い。自分を知るものがいない、仮想の世界だからこそできる姿だ。誠一としては、それを否定するつもりはない。現実とは別のペルソナに身を任せた世界があってもいいとさえ思っている。そうでなければ、現実世界はつまらなく、多くのものが精神の崩壊を起こしてしまうだろう。
場面は最後の密林の奥地にある滝の場面に辿りついた。
時間だ。
滝の映像部分が、わずかに振動する。
被験者はそれに気がつかない。
祐次主任も、園子も当然気がつかない。
次の瞬間、場面暗転。
「ど、どうした?」
主任のあせった声が響く。
「分かりません」
「……誰だ、わが世界に足を踏み入れし、は?」
男と女の混ざった声がスピーカーから響く。
「創造主をたばかるとはいい余興、その命をもって、償え」
真っ暗な世界の中に、不気味な姿が浮かび上がる。
人ではない。
否、人が、何十もの人が重なりあい、うごめきあい、互いに肉体を共有している。ある人の口が苦痛を叫び、ある人の両目から赤い血が流れ出る。
全体として生き物をなしたその口から、内臓のような触手がまっすぐ直也と順也を貫く。
「お前らも、わが肉体の、一部となるがいい」
生き物が肥大化し、口と思しき触手の元が大きく開かれる。そして、そのまま二人を飲み込んでしまう。
ガラス窓を爪で引っかいたような悲鳴があがった。
この部屋の、被験者である日達瑠璃があげたものだった。




