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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第一章 その凶器は神名島へ届けられた
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 Kカンパニーからモニター当選の返信が届いたのは、世間一般(否、学生にとっての)夏休みが終わりに差し掛かる頃のことだ。笠倉岬の通う国立N大学では、まだ夏休みの半ばも過ぎていない。簡単な募集要項に入力してEメールで送信しただけで、それから1ヶ月以上音信がなかったので、岬自身、そのことを忘れていたほどだ。岬は手帳をチェックしながら、モニターの日取りを確認する。9月の終わり、ちょうど前期の残った試験も終わり、必要なレポートの提出も終わっている時期で、秋休みとうまく重なる。最悪、再試験や再提出にひっかからなければ、という条件がつくけれど、おそらく大丈夫であろう。まだ専門的な授業はほとんどないし、くだらない一般教養に関する講義など、ある程度の成績さえ残せば単位をもらえる。留学先の大学とは正反対だ。入試に無駄な敷居を設けるくらいなら、通常の試験のハードルを高くしたほうが、大学の運営的には有効だと思うのだが。

 岬は携帯を取り出すと、親友の結城静江にメールを送る。

 返事を待つ間に、岬はパソコンをネットに繋いだ。それからKカンパニーに関する記事をいくつか流し読みする。けれど、モニターに関する記事は見つからない。極秘で進められているプロジェクトだと、岬も聞いている。

 携帯が運命を奏でる。結城からの着信には運命が登録してある。さしたる理由はないが、あえて言うなら、唐突というイメージが結城にはある。

「うーん、興味あるけど、ちょっと予定が合わないかも。柚衣と旅行の計画練ってて、時期が重なってるから。ごめんねー。でも、お酒ならいくらでも誘ってねー」

 残念。それでは誰を誘おうかと思っていると、ネットで地元の事件を報じているのに気がつく。Kカンパニー本社があるU市で起きた殺人事件だ。岬の家からも自転車で行けるほどの距離にある。Kカンパニーの部長宅で強盗殺人があった、というような内容だ。

 岬はクリックし、もう少し詳しい内容が載っていないかと記事を睨む。7月の終わりに、U市の資産家の長女が自殺。その自殺に用いた凶器で、その資産家の家政婦がKカンパニー本社に勤めている部長を殺害した。目的は強盗に見せかけているようだが、どうやらそれが動機すべてではないらしい。よくある汚い人間関係の狭間で、その糸が切れてしまったようだ。岬も、夏休み前にそのような糸が切れてしまった事件の近くにいた。だから、全く分からないわけではない。けれど、理解はしたくない。

 それから思い出したように岬はメールソフトを立ち上げると、以前「内緒よ」と結城に教えてもらったアドレスをあて先に入力する。それから、例のモニターに一緒に参加できないか、というと味気ないので、旅行に行きませんかと脚色し、日付を打った。ダメでもともとであるが、この選択はありではないだろうか?


 9月の上旬にその相手からOKの返事が来た。と言っても、メールでは長々「若い女性と云々」「私はまじめに云々」と書かれていて最後まで読む前に要約してもう一度返事を頂戴とメールを打って、一緒に来てくれることが分かったのだが。そこで岬は、パソコンのメールだけでは色々と不都合が出ると思い、相手の携帯の番号とアドレスを聞きだした。それから何度か携帯のメールでやり取りをしている。

「でも、パパと娘ってことにするには、年が離れていないと思うわ。いいじゃない、恋人ってことで」

「いや、しかし、若い女性と私が一緒にそのような云々」

「いいのいいの。ほら、おじさんも、たまには若いエキスを摂取しないと、あとは老いゆくだけなんだから」

「エキスって、そんなっ云々」

「とにかく! 旅行は私の恋人ってことで通すからね、分かった?」

「まあ、そちらがそれでいいならいいのですが云々」

 云々と省略しているけれど、これが思ったよりもメールの内容が面白い。日比野と言って、以前の事件で少しお世話になっている警察の人なのだけど、味方であるというのは心強い。それに恋人ということにしておけば、誰も岬に言い寄ってくることはないだろう。もちろんモニターのほかの参加者を知っているわけではないし、そんな言い寄ってくるような人などいないかもしれない。

「当日は朝9時にはN駅にいたいんだけど、大丈夫?」

「早起きには自信があります。いえ、9時なら早起きではないですね。笠倉さんは、家が遠いから大変なんじゃないですか?」

「それなら迎えに来て。それから、私は岬。恋人を笠倉なんて、名字で呼ぶなんてダメよ、日比野さん」

「恋人なら、迎えに行くべきですね。岬さん。それでは私のことは寿三と呼びますか、あまり好きではないんですが」

「やーん、来てくれるの。嬉しいわ。名前、なんて読むの?」

「ジュウゾウです」

「じゃあジュウちゃんで」

「多分、反応できませんよ」

 なんて、結構いい感じなんじゃないだろうか、などとメールを打ちながら岬はくすくすと笑う。今まで何人もの年上の人と付き合ってきたが、そもそもメールを得意じゃない人が多い。これくらい早く返事をくれるなんて、予想以上に素敵なイベントになるんじゃないだろうか。一応、旅行といってもKカンパニーの研究施設を訪れる話はしてある。そこで、岬の専門である情報に関するいくらかの質問とできれば調査をすることになっている。けれど、先方の話によると結構時間が空いているらしい。そのとき隣にいるのが非番の日比野だとしたら、これは案外楽しいかもしれない。

「私の実家はもう調べてあるでしょ?」

「ええ、まあ。以前の事件のときに。ですが、資料として残っていますが、私の知識の中にはありません」

「資料を見れば分かる?」

「うーん、一応、それは私的な流用ということになりますから、難しいです」

「次の休みはいつ?」

「次の非番は今度の木曜日です」

「それじゃあその日にデートをしましょ。予行演習よ」

「それは……迎えに行かなくていいんですよね」

「N駅に10時でどうかしら?」

「分かりました」

 岬は携帯をテーブルに置くと、もう一度くすくすと笑う。


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