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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第三章 その凶器は殺人者に用いられた
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 3

 広いテーブルにはすでに多くの調理された料理が並んでいる。周りには椅子があり、日比野重三も、すでにそこに座っていた。日比野の隣には笠倉岬、日達瑠璃、久住照好、古川順也、古川直也も席についている。

 伊崎園子が、彼らの対面に座っている人を順番に説明する。

 第一プログラマーである矢口誠一。

 第二プログラマーである有田百合。

 第三プログラマーである浜嶋佐登留。

 それからこのプロジェクトのリーダーである千堂祐次主任に、千堂美影主任補佐。

 誕生日席には、主治医である北原朋彦。

 もう一方の誕生日席に園子が腰をかける。

「すごいー、こんなに豪華なもの食べていいの?」

 岬が日比野に耳打ちをする。

「ええ、どうぞ遠慮しないでください」

 それが聞こえたのか、園子が顔を傾けながら答えた。それが合図になったようで、それぞれが食事を始める。けれど、どうも居心地が悪い。

 カチャカチャ。

 という音はあれど、会話らしい会話がない。正面に座ったプログラマーたちは、機嫌が悪そうな表情をしているし、主任と紹介された千堂夫妻も、ただ箸を黙々と動かしている。

「まあ、気を悪くしないで」

 日比野の怪訝な表情に気がついたのか、離れた側に座っていた北原が愛想のよさそうな笑顔を彼に向けた。

「彼らもね、普段はこんな形の食事めったにないわけですから。慣れとらんのですわ。まあ、わたしもなんですがね。基本的にね、わたしらはインドア派というか、篭ってるわけで、それぞれの部屋で食事をするんで。会話なんてもんは、必要以外のことをするもんじゃないって、そんな連中ですから」

 日比野は相槌を打ちながら、自分の職場もそう変わらないと感じる。けれど、会話は多いほうだろう。必要なことにせよ、必要でないことにせよ、職業柄相手から聞きだせるならば、聞き出さなければならない。それをまとめあげるのは別の仕事だ。

「北原さんは、長いんですか?」

 無難な会話を選択し、日比野は並んだ料理を食べながら北原に聞いた。

「そうですね。といってもこの建物が出来てからですが。ちょうどね、田舎に戻ろうかと思っていたころだったんで、利害が一致したんですわ。まあなんですか、ここの連中ときたら、そうそう体調を崩すことがないんで、楽な仕事ですよ」

「それは分かります。ここの空気は非常に澄んでいる。空気清浄機が最初から建物に付けられてるんでしょうか」

「ええ、そうです」

 北原の代わりに園子が答える。

「それに、空気を汚す要素は、都会に比べれば遥かに少ない。島に自然も多い。ええ、本当によい環境だと思います」

「このような職場は、うらやましいですな。余分な喧騒がない」

「ははは、それは人間関係のことですか」

 笑いながら北原が答える。

「職場上の人間関係以上の関係です」

「へぇ。日比野さんは何をされている方なんですか」

「すごいのよ、この人ってば」

 なぜか嬉しそうに隣の岬が答える。

「警察なんだから。それも、ちょっと上のランクの」

 その瞬間、ダイニングの空気が変わるのを日比野は感じる。おそらく、彼以外の誰も気がつかないであろうほどの変化、職業柄感じることが出来たほどの、些細な、けれども確かな変化。それが、何の変化なのか、どうしてこんな変化が起きたのか、けれど日比野にはまだ分からない。

「いやいや、今回の旅行は完全にオフですから。どうぞ、皆さんも気にすることなく」

「そうねぇ、どうりで立派な体つきしてると思いましたわ」

 反対の隣から、瑠璃が日比野の身体を上から下まで見る。日比野は居心地悪く、肩をすくませると料理に手を伸ばす。

 それからしばらくは沈黙のまま、食事が進んだ。その日比野の手に、小さな紙切れを瑠璃が手渡す。なんとなく、岬に気づかれないように、その紙を広げると、小さな文字で「相談したいことがあります」と書かれている。

 ガタンという音を立てて、千堂主任が席を立った。

「それでは、8時に、モニターとしての最初の実験に立ち会ってもらいたいと思います。どうぞ、遅れないように。場所は、秘書に聞いてください」

 まくし立てるようにそういうと、彼は席を離れてしまう。プログラマー三人も同じように席を立つと、さっさと部屋を出ていく。

「どうぞ、繰り返しますが、気を悪くしないでください。社交性のない人たちですから」

 園子が取り繕うように、愛想笑いを浮かべた。


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