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広げられた地図。四方は海で、ほぼ円形に近い島の形をしている。伊崎園子が応接室の中央に置かれている低い木のテーブルにそれを広げ、日比野重三を初め、メンバーたちはそれを囲うように見下ろしている。
先ほどの船着場は、島の東に位置し、そこからこの施設までは北を海岸線に沿って歩いて来ていたようだ。この施設は島の北側に入り口が位置し、そこをさらに西に進むと佐根川が流れている。
その海岸線は砂浜になっていて、そこでは海水浴が楽しめると園子は言っていた。
島の内部は木に覆われているようで、道がいくらか走っているようだが、どれも広く整備のされたものではない。また、地図上ではあるが、あるポイントから線が引かれ、注意書きが時々書かれている。
小さな滝であったり、
あるいは、巨大な岩、
天然の洞窟、
遺跡?
などなど。
日比野からすると、よくこんなところに研究施設が建てられたものだと感じるのだが、どれも価値のない遺跡なのかもしれない。実際に見てみないとなんとも言えないところであるが。
「ちょっ、ここ、行きたくない?」
園子が説明を始める前に、日達瑠璃が地図の左下を指差す。海岸線に程近い場所に、きれいな星型の図が書かれていて、その説明書きには、光照らす場所? という文字がある。確かに、この説明だけではどんなところか想像がつかない。
「ええ、もしかしたらそちらにも一度は足を運ぶかもしれません。ですが、まずはレクリエーションの説明をしたいと思います」
一度笑ってから、園子が咳払いをする。
「それでですが、わたしの調べた限りの情報をもとにしていますから、もし情報で明らかに間違っているようでしたらどうぞ古川さん、訂正して下さい」
少し離れたところに立っていた古川順也に園子は一度だけ首を傾ける。彼は、ああと返事をすると、自分が持っているメモと机の上にある地図とを見比べている。どうやら純也は、このレクリエーションのほうにメインを置いているような雰囲気がある。
「佐根川伝説、というとさすがに大げさですが、実はこの川には悲しい物語が語り継がれています。その話自体はそれほど重要ではありませんが、悲恋の佐根姫が佐根川に身を投げた、というものなんですね」
日比野が順也を見ていると、重要ではないという表現に眉を寄せている。
「もちろん物語です。史実はそれほどきれいなものではなかったと、考えられます。そうでなければ、彼女はあのような歌を残さなかった。そうですよね、古川さん」
「きれいかどうかは、わたしには判断ができないが。歌を残しているのは確かです。その歌が何を示しているのか」
「簡単に表現するなら、佐根姫の財産が隠されている場所のことを歌ったのではないか、と考えられます。ですから、その歌の意味をきちんと読み取ることができれば、財宝が見つかるかもしれないのです」
「財宝!」
瑠璃が素っ頓狂な声をあげる。日比野の隣にいた笠倉岬も、さすがに驚いたようで、顔を大きく揺らす。
「どうやら、皆さんの反応を見ると、本当にわたししかこの情報を持ってこの島に来なかったように思えるのだが」
「ええ、そうですよ、古川さん。あくまでもわたしたちにはモニターしていただきたい商材があります。ですが、それは1週間を通して常に行うようなものではありませんから、さまざまなレクリエーションをこちらも用意してあるんです」
「わたしが選ばれたのは?」
「それは、もちろん、モニターに参加していただくためです。ただ、この島、佐根姫について知識を持っているということがプラスに作用したことは否めませんが」
「で、で、で」
順也と園子の会話を遮るように、興奮した様子の瑠璃が先を促す。
「その財宝が示されているかもしれない歌ってのは、どんな歌なの?」
「これが、その歌です」
園子がコピーをテーブルの上にさっと置く。
「せんこのときののこりかのさねのかわのやまにたちゆるとながれるいわしみずさきのみえないやみのなかほしのほしのみひかりてしじまにこだますれてのかわうしないわすれしかのおもいならばなにもいらぬとてすべてすておきそのみだにすべてくべてなにもなしのこるはほしのしたあまたののこりかのこりか」
日比野はその日本語を追うので精一杯だった。すべてがひらがなで書かれていて、頭が痛くなりそうだ。
「これって、どういう意味かな」
頭を傾けながら、岬が日比野を見上げる。そんなことを聞かれても、分かるはずがない。そうなることを予想していたのか、園子はもう一枚コピーをテーブルの上に置いた。
「千古の時の、残り香の、佐根の川の山に立ち、ゆると流れる岩清水、先の見えない闇の中、星の星の御光て、しじまに木霊すレテの川、失い、忘れし、かの思い、ならばなにも要らぬとて、すべてを捨て置き、その身だに、すべてくべて何もなし、残るは星の下の数多の残り香残り香」
漢字が入るだけで、多少は内容がある文章に見える。けれど、日比野には違和感が残る。それが何か、すぐに指摘できないが。もしこの文章を彼女に見せたとしたら、すぐにそれが分かるかもしれない。が、今彼女はいない。それに、そんなことで彼女の知恵を借りるわけにもいかない。
「レテの川って、どうしてそんな名前が出てくるんだ?」
腕を組んだまま久住照好は唸った。確かに、そこだけカタカナというのは不自然な気もする。
「実は、分かりません」
園子は素直にあやまる。
「そのすぐ後に、忘れる、という表現もありますから、レテというのがギリシャ神話のレテのことじゃないかしら、という程度のことしか。古川さんはこの部分をどのように解釈されていますか?」
「確かに不自然なところでもある。だが、日本にもはやり禊という風習が残っている。だから、それほど場違いではないのかもしれない、とも思える。それとも、どこか場所を表しているのかもしれない」
しばらくその文章を見つめていたが、それでは何も分からない。
「はい。レクリエーションというのは、モニターの空いた時間にこの暗号をもとに、この島を探検して財宝を見つけよう、というものです。ですが、今日は、この島にどのような場所があるのか、みんなで回ることにしましょう」
手を打つようにして園子はその空気を破った。それから、ペアごとに先ほどのコピーを手渡すと、さっとその部屋から出るように歩き出した。




