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ガラスの扉を抜けると、そこから先はさながら宇宙船の中だと日達瑠璃は感じた。もっとも過去に宇宙船に乗ったことなどないのだけど。ただ、深夜にやっている外国のドラマに見るような宇宙船の廊下にそっくりな印象を持っただけ。
まっすぐ進んだ先が十字に分かれていて、先頭を歩く伊崎園子はそこを右に曲がった。カツーンと響く足音が心地よく、瑠璃は意識的にその音を出そうとミュールのかかとに力を込める。
園子が行き止まりで立ち止まると、そこで右手を向きドアに触れる。自然とドアはスライドし、それから中の部屋へと瑠璃たちを導く。
「すげぇ」
と、古川直也が何度目かの感嘆の声をあげ、実は瑠璃も心の中で何度も発狂していた。
応接用の部屋だろうか、中央に低く長い木製のテーブルがありその周りにソファーが用意されている。部屋の内装は純和風で、ここまで歩いてきた空間とはまるで別物のように感じた。テーブルの上にはポットと多数のカップが置かれていて、園子がそのテーブルの側まで行ってから振り返った。
「こちらは応接室になりまして、皆さんにリラックスしていただこうと思いまして、用意しました。ここからそれぞれ皆さんが泊まっていただくことになる部屋には、先ほどの廊下に出ることなく、反対の、あちらのドアから出ていただくことになります」
入ってきたドアからちょうど左の壁面に、同じようなドアが付いている。が、こちらは先ほどのものとは違い、ノブがついていてそれを使って開けるようだ。
「荷物があるので、できれば部屋に行きたいのだが」
古川順也が、一度降ろした荷物を指して言う。久住照好を振り返ると、ここまで持ってくるのが疲れたのか、荷物に体を預けている。笠倉岬とその彼氏である日比野重三も、二人荷物を挟むように立っている。
かしこまりました、と園子は言うと、どこに持っていたのか、鍵を取り出す。鍵には木製の長いキーホルダーがついていて、そこに数字が書かれているようだ。それを見ながら園子は鍵を岬、順也、照好に手渡す。
「……あの、私の部屋は?」
日比野がおずおずと手を上げる。
「一緒に決まってるでしょう」
そのわき腹を岬がごつく。こうやってみると、なかなか初々しい。瑠璃にそういう趣味はないが、あんな関係もうらやましい。瑠璃の場合、ストライクゾーンの相手とは恋愛ができない、複雑な心情もある。そういえば、この間の親友の誕生日のときにいた、あの少年は結構ストライクだったけれど。でも、やはり恋愛の対象としては、見ることができない。
「それでは、どうぞこちらへ」
笑いながら園子はノブに手をかけてドアを開ける。けれど、瑠璃にはその笑顔がやけに作られた、偽もののように感じた。おそらく、慣れていないのだろう。営業スマイルなんて、瑠璃のような接客業をやっていれば嫌でも身につくものである。けれど、この孤島の、隔離されたような研究室にあってはスマイルなんてほとんど必要ないだろう。けれど、表情には出さず、瑠璃は園子の後に続き、ドアを抜ける。
廊下が左右に伸びていて、どちらも長くない。正面と、廊下の同じ方向にちょうど三つ同じようなドアが付いていて、シンプルでこれなら迷う心配はないだろうと瑠璃は微笑んだ。
「ほれ、どの部屋だ?」
照好に木のキーホルダーで頭を叩かれ、瑠璃はそのまま手渡された鍵のキーホルダーに書かれた文字を見る。101という文字。正面のドアの中央にはプレートが付けれていて、その番号は102だった。瑠璃は左へと進む。
「こっちと見た」
「正解です」
園子がもう一度笑う。
「部屋はご自由にお使いください。一通りのセットは揃っていますが、何か足りないものがありましたら教えて下さい。用意できるものの限りこちらで手配いたします」
「はーい」
岬と瑠璃が同じタイミングで返事をする。
「それでは、せかしているわけではありませんが、10分後に先ほどの応接室に戻ってきて下さい、これからの予定と、一つレクリエーションを用意しておりますので」
もう一度返事をすると、左の廊下を進み、右手をむく。同じような形のドアに、プレートは確かに101だ。ノブの下に鍵穴がついていて、瑠璃はそこに鍵をさした。
ふと考えてから、鍵を回す前にノブを回すと、ドアは抵抗なく開いた。どうやら鍵は掛かっていなかったらしい。
ドアの先は洋風の間取りが見えていた。目の前には玄関らしく靴箱もあり、先にはフローリングの廊下がある。左右に二つずつ扉がついていて、奥にリビングが広がっている。
ミュールを脱いで裸足でフローリングに触れるとよく冷えていて気持ちがいい。振り返り、照好が運んでいた荷物を上に上げるのを手伝う。それから左右の扉を確かめる。向かって右の扉の先には、洗濯機も置かれた洗面所とさらに奥に瑠璃のアパートのものよりも広いお風呂。もう一方の左の扉を開けると、寝室らしく広いベッドが置かれて、雰囲気も悪くない。
廊下に戻り、一つずつ奥の扉の中を見る。右側はトイレに、左側は荷物を置くためのスペースになっている。廊下の奥に見えていたスペースは広いリビングで、中央に、40型くらいありそうなテレビが、でん、と置かれている。また、寝室があった側にもスペースが続いていて、そちらにはシステムキッチンとカウンターがある。
リビングの中央にソファーがいくつか置かれていて、照好はすでにそこに腰かけていた。
「こいつぁ、すごいなぁ。よほどのホテルより立派なんじゃないか?」
「本当。ちょっと贅沢すぎるよね」
「モニターにも気合が入るってもんだ」
瑠璃のアパートと比べること自体、貧相な発想だったようだ。2回ほどだが、照好の実家のマンションに行ったことがあるが、正直、そこよりも立派な気がする。いや、あれは荷物が溢れていたからそう思えたのかもしれない。
「お前も、モニターなんて興味ないかもしんないけど、よかったな」
「興味ないわけじゃないけど」
「ほら、同じくらいの歳の子がいたじゃん」
「岬ちゃんだって。私のが年上だったよぅ。お姉さん、ちょっとショック。すごく大人っぽく見えるよね」
「へぇ。てか、お前が幼いんだと思うけど。俺とためってったって誰も疑わないと思うぞ。でも、あの子の彼氏、すげえな」
「何かすごかった?」
「いや、だって、あれ、いくつくらい?」
「いいじゃない、そんなこと照好は気にするの?」
照好はソファーでうーんと唸りながら、首を振った。
「気にしない、かな。うん、気にしない。俺が悪かった。けど、やっぱりすげえと感じる。なんてか、あれは何度も死線をくぐってきた男だな」
「何よそれ」
「男の勘だな」
「それって、あてにならないなぁ。お姉さん的には、古川さんだっけ、お父さんのほう、あっちのが切れる気がするなぁ」
「そうかぁ?」
「女の勘よ」
冗談を言っていると、10分は瞬く間に過ぎてしまった。




